知事の素質 親族の素質
65年前の今日
高齢者の自動車事故率は年を追って減少している
12月1日の朝日新聞の記事「増える高齢者ドライバーの事故」もそうだが、警察や、メディアも含め、相変わらず高齢者の自動車事故が激増していると言っているが、これは高齢者の運転者数が増えているからであって、間違った認識である。日本の公式統計データを探しても見つからないが、不思議なことに、WHOの資料には日本の状況を分析したデータが報告されている。残念ながら2002年までのデータではあるが、それによると、Fig.1のグラフに見るように、2002年度のデータでは確かに65歳から75歳の区分では、事故率の高い24歳までの若年層に比べてわずかに事故率多い。しかし、自動車先進国を見ると何れも高齢者は事故率が少ない。このグラフでは、韓国は高齢者の事故率が極端に高いがこれもやがて日本と同様、西欧型に変わってくると思われる。
そこで、日本の自動車事故の過去の変遷を見てみる。WHOが現在と同じ統計を取り始めた1995年から2002年までのデータをグラフにして見るとFig.2の様である。これで分かることは、確実に高齢者の事故率は年を追って減少している、まもなく欧米型になるであろう。
このデータは自動車が関与した道路交通事故の年齢区分による件数であり、高齢運転者が起こした事故に限ったものではないと思われる。日本の場合、事故率の減少しない年齢層25-34歳と高齢者層の事故率の年次減少率をを直線回帰で単純に将来予測をしてみると、Fig.3のように、2009年ごろ入れ替わって高齢者の方が安全層となる。
アメリカのNHTSA(国立統計分析センター)では自動車事故の詳細な分析をしていて、運転者の年齢区分別事故率は、65から74の高齢者が一番安全運転者層であることを示している。Fig.4、Fig.5。
イギリスでは運転免許は終身免許であったのを、最近一定期間の更新制にしようとの話を聞いたことがあるが、イギリスの道路事情はよくないにも関わらず、現在、世界で一番事故率の少ない国である。このことは、統計的に見た場合、高齢者の運動機能の衰えが直接転事故に繋がるのではない証拠であろう。通常の道路における運転は、スポーツ走行ではなく、クリティカルな運転技能を要するようでは、自動車交通の先進国と云えない。
統計データに基づかない非科学的な道路行政は、効果が出ないばかりか運転者にストレスをかけるだけと思う。
間違った根拠により義務付けられている高齢者教習ではあるが、教習指導員が、各種医療従事者のように、公認された学校で、科学的・医学的な教育を受け、公的資格をとった者により行われる教習ならば有意義であろう。
何時まで続く郵政民営化反対議員の復党問題
The Grand Amsterdam Hotel
ザ グランド・アムステルダム ホテルの思い出。 2002年7月の北ヨーロッパ旅行。
Lebeauのステンドグラスを見ようとホテルThe Grand Amsterdam に入り案内を頼んだ。私たち2人のために丁寧に案内してくれました。夕方でしたので感謝の気持ちもあって、レストランの予約を取って、コートヤードガーデンで楽しい夕食をとる事が出来ました。係りのウエーターは、私たちにとって適量の、洗練された料理を勧めてくれ、サービスのプロフェッショナルを感じさせるもてなしでした。
この建物は、もとは14世紀に女子修道院として建てられたことから始まり、オランダの“黄金時代には”海軍の司令部や、後に市議会に使用され、1966年には市議会のベアトリック女王の結婚祝賀会場に用いられた。
1988年に市議会がよそに移り、1998年に五つ星ホテル。 (画像をクリックすると拡大できます)
朝日新聞 アスパラクラブ に注文
天声新語コンクールに関連して。
大学入試に引用が多いということで天声人語が高校生に読まれているといわれて久しいが、この催しを行うのは朝日新聞もこのことを意識しているからでしょう。
そうであるならば、履修漏れ事件に関し、天声人語で高校生に説得を試みるべきでしょう。私は、公平論から補習を説いた11月2日付の天声人語に対し、論旨の中で公平の理念が欠落しているとの意見を送りました。
視点を変えて、学習指導要領に法律的拘束力があり、必修科目が未履修であるから卒業できない。日本は法治国家だというならば。
公文書を偽造し、2重帳簿と、偽成績簿まで作った、この証拠が歴然としている犯罪行為に対し検察が動いている様子も無く、メディアも知らん顔をしているのは不可解である。
公文書偽造の犯罪が発覚した以上、その時効期間まで遡って、校長や、科目担当教員、また、教育委員が関与していなかったかを捜査し検挙して裁判にかける。この手続きの方が先で、これを不問にして「高校生に法律だから補講を受ける義務がある」、まじめに受けましょうで説得できると思うのはどういう発想だろう。
せっかく天声人語が高校生を対象に考えるならば、この大人社会の現象を高校生に分かるように解説するのが先でしょう。
高校の履修漏れに対するテレビ局のアンケートに答えて
私が非常に残念に思うのは、マスメディアを含め履修漏れになった科目をどのようにつじつま合わせをして修復したことにするか、落しどころの議論ばかりで、世界史その他の科目が、高校教育に必要かどうか。高校の教頭でも世界史の教科書を読んだことがないとインタビューで言っていた様に、みな内容を知って云っているのだろうか。
ただ、文部省の学習指導要領に従わないことが悪だと単純に思い込んでいる、思考停止の社会に成り下がっているとしか思えない。
なぜ、スキップした科目より大事な教育が必要だったから責任を持ってカリキュラムを組んだという校長や、それに対するメディアの教育論が出てこないだろうか。校長は「ご迷惑をおかけしました」と頭を下げるだけだが、誰に迷惑をかけたと思っているのだろう。
文部科学省がマニュアル(学習指導要領)どおりに教育をしなかった生徒は卒業させないと言い出すのを恐れているのか。そんなことを社会が受け入れるとは思えない。
高校が無原則に授業をサボって生徒を遊ばせ、先生もなまけていたというならいざ知らず。保護者の暗黙の了承の基に(場合によっては教育委員会も)行っていたことを多くの教育関係者は知っていたはずである。
メディアは勇気を持って、学習指導要領がどのようにして出来ているのか、内容が支持出来るかと言った実質の教育論を社会に惹起させるようキャンペーンを張るべきではなかろうか。
現在の日本では、政府の施策を具体的に指摘して批判することは、メディアにとっても怖いことだろうか。法律違反を助長するようなことをメディアがそそのかすのかと、いった圧力がかかってくるのだろうか。
次元が違うが、アメリカでは、現在米兵の戦死者が出ている戦時中でありながら、連邦政府が合法的に開戦した戦争の、開戦当時の責任まで含めメディアで議論出来るのに、あまりにも臆病な日本のメディアが情けなく思う。病な日本のメディアが情けなく思う。
花フェスタ記念公園の秋バラ
天声人語(朝日新聞)までが 必須漏れに関して公平論
終末期患者の医療に関する要望の確認と、患者の人権を尊重した医療の実現
厚生労働省 医政局のアンケートに答えて
終末期医療に関するガイドラインへの意見 Ⅱ
患者の終末期医療に関する確認書の種類とその取り扱い。
患者の要望に基づく終末医療要望書は以下の、3種類によって異なる取り扱いをすべきである。
Ⅰ. 患者が終末期の医療について、漠然とした希望条件を家族に表明している場合。
医療方針は医療チームが患者の意向を聞き、家族の意見を含めて作成する。
この場合、書面の宛先は担当医療責任者とし、家族の確認署名が必要である。
Ⅱ. 患者が専門家の助言を得て作成した終末期医療指示書を所持している場合。
書面の宛先は、医療責任者、家族または法的代理人でなければならない。
終末期医療指示書に記載されている患者の意思の確認は、この指示書を作成した医療チーム、者患者と血縁関係や、利害関係のある者を除き、的確な第三者によってなされているべきである。
Ⅲ。 死亡選択遺書
遺書(遺言)と同じような法的拘束力のある 「死亡選択遺書」としての法制定を確立する。
その場合には、患者本人の自筆であれば書式にとらわれず、必ずしも、弁護士や司法書士、第三者の署名が無くても有効とすることが出来る。
ただし、この場合、処置が医療上の責任義務に抵触する場合は医師の判断が優先する。