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終末期医療と死亡選択遺書について

2006/10/31

下の文章は、 厚生労働省 医政局総務課宛に「終末医療に関するガイドラインへの意見として投稿したものである 。

終末期医療についての患者の意思による医療指示書の確認について。

 終末期医療の設計は、患者本人の意思をどのようにして確認し要望を実現するかの問題であり、家族の意向は二次的であり、場合によっては家族の意向は患者の意思に反する場合が生ずる。これは、危険率の大きい手術や、臓器移植の場合のインフォームドコンセントとその確認とは本質的に異なるものである。

 終末期医療には以下の二つの異質な医療行為を含む。 

1.  苦痛緩和の医療と人生最後の質を上げるための医学的援助に限る場合。

2.           過剰な生命維持装置装着の拒否や、人工的な栄養補給・水分補給を行わないとの要望がある場合の対応。

 この二つには社会的に混同出来ない基本的な違いがある。

1.の場合には患者本人の希望であり、その意向に沿うのが当然であり、本人以外の関係者に異論は生じないと思われる。

2.の場合は言い換えれば、医療技術的には生命を長引かせる可能性がある場合においてそれを行わなく、結果的に生命を短縮する行為である。この場合には、家族の意向と反する場合や、家族間で意見の食い違いが起こったり、相続権者にとっては利害関係が生ずる可能性も生ずる。

 したがって、終末期医療指示書を必要とするならば、

終末期医療指示書に関する患者の意思の確認には、患者と利害関係の生じない第三者の確認がもっとも患者の要望を忠実に証明する方法である。

 ただし一例として、国内のある公立病院のガイドラインの例を見ると

過剰な延命資料を拒否する申し出

私は、現在の私自身の病状を十分に認識し、過剰な延命治療を拒否する申し出をいたします。

署名:  患者氏名、 家族代表氏名(患者との続柄)

 蘇生処置を行わない要望書

私は、現在の病状を十分に認識し、家族とも話し合って、最期の時にも無意味な蘇生処置が行われずに、自然な死が迎えられますよう要望いたします。

署名:  患者氏名、 家族代表者氏名(患者との続柄)

 となっていて、何れも、家族の署名を要求している。このような場合、医療機関側にとっては以下のような困難に直面する。

家族代表としての署名者の法律的な有効性。

              家族代表の認定を誰が行うか(当事者の申請で有効か)

民事上の問題

      生命を短縮する可能性のあることから相続権者間の争いに巻き込まれる可能性が考えられる。

 以上の困難を避ける最も問題の少ない解決策としての提案は、

遺書(遺言)と同じような法的拘束力のある 「死亡選択遺書」として法制定を確立する。

その場合には、患者本人の自筆ならば、必ずしも、弁護士や司法書士、第三者の署名が無くても有効とすることが出来る。

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アメリカの実例 

Living will、  Treatment directive、 死亡選択遺書(Babylon辞書による)

この事項は、アメリカでは州法のカテゴリーであり、現在法律的に明確な州とそうでない州がある。

 現行の2,3の州政府の書式に共通するのは、具体的にリストアップされた条件にマークする方式である。

表示項目は、終末期の場合と植物人間の場合に分けてそれぞれの場合について、延命方法としての生命維持装置の装着可否と、栄養補給チューブや、人工的な水分補給のプロセスの実行拒否についての意思確認をするものである。

この書式には2名の証人の署名が必要である。

証人資格

ウイスコンシン、テキサス州の州が決めている書式では、

証人は本人と血縁関係や夫婦、遺産の分与権やどのような法律的制限をも持たない人物であること。Wisconsin

証人のうち一人は治療計画をした主治医でなく、本人と血縁関係。夫婦でないこと、遺産分与権や財産請求権が無いこと。本人と関係のある医療関係者やヘルスケアーなどの管理職、雇用者でないこと。  Texas

ジョンズ・ホプキンス病院の書式

特に資格条件無し   Johns Hopkins Medicine10月31日 2006

どうにも理解できない話

2006/10/27
学習指導要領というマニュアルを守ることが何をおいても大切なことか?
ここ数日、高校で世界史を取得していない生徒の卒業条件にからむニュースやコメンテーターの話がメディアで盛んに報道されている。
これらの議論を見ると、嘘を報告した校長の公文書偽造の罪を摘発し裁判にかけることが至極当然のことであり、これが法治国家の基本ルールであると思われるが、不思議なことにの至極当然の議論が表面に出ていないし、検察も動いていない様子なのが理解できない。
この校長の不法行為を「ちゃら」にすために、いまさら補習授業を受けさせられる生徒、授業を受け持たされる先生がその尻拭いをしなければならないという議論がどんな根拠から出てくるのであろうか。学習指導要領というマニュアルを守るという素朴な発想としか思い当たらない。
校長だけにこの罪をかぶせるのは酷だという感覚が分からないわけではない。そのような同情が生まれるのは、学習指導要領に現実から遊離して「死に体」になっている部分があるという社会的感覚があるからではなかろうか。
もともと、地方に設置された教育委員会制度は、校長や教員を管理するのみの機関ではなく、地方の実情に合わせた教育運営を校長と協議したり、教育内容についてもある程度の裁量権を委ねる制度であると思う。今回の事件もこの裁量の範囲とすれば、今のままで合法的に卒業認定できるのではなかろうか。校長が教育委員会に相談出来ない程、無能で機能しない教育委員会でしかなかったのか。
昨年まで同様のカリキュラムで卒業していたのに不公平だとか、いまさら生徒がかわいそうだとかといった本質と関係のない議論をしないで、教育委員会、文部科学省が見てみぬ振りをしていた責任を告発すべきである。
むしろ、生徒や、保護者が世界史の教育を高校で受けられ無かったことが、社会に出てから損失になると思えば、校長や教育委員会に民事訴訟を起こす立場にあるのが本来であろう。
この事件に関わらず、マニュアルを忠実に守ることが善であるといった責任回避の思考停止社会から脱却する時が来ていると思う。
論理的に正しく、社会的にも容認出来る解決を望む。
 

北朝鮮問題

2006/10/11
北朝鮮が核実験を発表してからすでに2日以上経った。
日本のニュース番組や、CNN, BBCなどのニュースメディアを注意してみているが、国際的な制裁がどの様にして、どれだけ実行できるかの議論が殆どのように思う。
本当に周辺国が自国の安全と、北朝鮮の人々の人権を思うならば、韓国、中国、ロシアを初め日本などの周辺各国が、北朝鮮の人々の難民を受け入れる覚悟をして、北朝鮮の現政権の内部崩壊を即する様働きかけることにある思う。このような議論が出てこないのは不思議である。
特に韓国は経済的負担を伴うが長い目で見れば、民族の安定に繋がり、経済的繁栄を取り戻すことは可能と思う。
東西ドイツの場合を見ると、10年で回復したのではないだろうか。今年の夏ドレスデンに行ったが、瓦礫になった旧市街をほぼ完全に復旧した民族の文化の誇りと、活力には驚いた。まだ、鉄道の沿線では、他のヨーロッパでは見たことの無い様な小さな貧しい住宅群を見たが、都市は、他のヨーロッパ諸国より治安のよい社会になっているように感じた。
それにつけても、つくづく日本が分割占領されなくて良かったと思う。

臓器移植事件の問題点

2006/10/02
臓器移植法
この法律だけを見れば倫理的に立派かもしれないが、社会的に機能するためにはシステムとして現実に運営可能であることが重要である。
今回の臓器売買に関しても、医療側に事前に戸籍謄本を取ったり、本人確認を行うことまで義務付けることは不条理で場合によっては、個人情報保護法違反になるのではといった心配もある、社会システムの欠陥である。
病院の倫理委員会があったにしても、これは犯罪予防の調査機関ではなく、委員会にはそのような調査権も、調査スタッフも無く、ただ何人かの委員の専門的な意見を聞き了解を受けるだけの機関である。
安楽死事件、輸血拒否、など事件のたびに思ったが、このような法律的な問題が絡む場合、裁判所が業務として関与する方法しかないと思う。
裁判所には、医療の場合、輸血のように時間が切迫している場合もあり、医療機関からの申請を24時間受け付ける体制をとり、必要に応じて限られた時間内に限られたデータに基ずく判断を下す義務を負わせる必要がある。医療現場では医師が最終決定権をもつが、裁判所を通すことによって、判断を下す経過の記録が公的に保存されることが最も重要な点である。
子供の心臓移植など、先進の外国で出来て日本で出来ないこと自体が社会システムの欠陥であるとするのが妥当であろう。
マスメディアも事件の結果だけを追い、医師や病院を取材するだけに終わらず、そこに現れた制度の矛盾、欠陥を問題にすべきであろう。

ダリ生誕100年 生誕地フィゲラス、スペイン 2004年の旅

2006/09/28
サルバドール・ダリの回顧展
昨年は、アメリカのフィラデルフィア美術館で 2月から5月まで開催されていたので訪れた、今回同じものかどうか。
上野の森美術館でダリの回顧展をご覧になってダリに興味をお持ちになった方にダリシアターをお勧めします。
ダリの生誕地フィゲラス、カタルーニャのフランス国境に近い町にあるダリシアター、1974年に完成したものです。遊びのある多様な作品が所狭しと展示されています。また、ダリの生涯の作品に触れることも出来ます。
バルセロナより高速道路A-7で約130km北上した町、この時期観光シーズンで、町に入ってから渋滞が続き駐車場に入るまで1時間以上かかった。
2004年が生誕100年の記念の年であったこともあり、シアターの入場口は長蛇の列、4時間後のツアーを申し込んで、その間食事をしたりダリ宝物館で宝石を使った素晴らしいダリの工芸作品を見た。
ダリの別荘のあった海岸のカダケスにも行きたかったが、周辺のホテルの予約が取れなかったのであきらめた。
ダリシアターの映像をスライドにしてみた。
 

アメリカに住む人たちの個人情報

2006/09/22
アメリカの知人に電話をしようとインターネットによる検索をした。
今までは電話番号や、郵便住所、道順など必要なときにその情報だけを確かめたら切断していたが、今回どのようなデータが取得可能か幾つかの検索システムで調べてみた。
検索キーワードは、電話癌号か住所氏名のいずれか、住所氏名は不確実でも該当者のリストが出るので絞り込むことが出来る。
目的によって使い勝手のちがう幾つかの検索システムがあるが。最も詳細な個人情報のソースはみんな同じWebに行き着くようだ。
得られる情報は、名前、現住所、電話番号以外は殆ど有料の場合が多いが、幾つかのシステムで検索して総合すると、年齢、生年月日、住宅の広さ価格、年収、同居家族の氏名年齢などを無料で収集することが出来る。
では、有料$49.95のデータではどのような情報が得られるか見てみよう。システムに付加されたサンプルで見ることにする。
名前、住所、年齢、過去の住所暦(アメリカでは特に教育を受けた人は、職業や家族の構成、収入の変化と共に住居も変わる場合が多い)、
個人の犯罪暦: 酒酔い運転、破廉恥などの軽い有罪暦を含む公的記録を検索できるデータリスト。
住居近くで起こった性犯罪の記録リスト。
本人に関連した民事関係の訴訟暦。
親戚関係の名簿と経歴。
財産: 財産の地名、評価額(納税額)、土地の広さ、住宅の種類、家屋の広さ、住宅のバスルームの数(=寝室の数、バスルームは寝室の付属)、空調設備、車庫、駐車スペースの台数など。
近所隣の情報: 住宅地の地図、衛星写真、人口、男女比、年齢構成、平均所得、人種構成、使用言語の比率、犯罪頻度、住民の教育程度、隣人の氏名と個人情報。
以上、我々から見ると信じられないようなデータが商品として購入出来る。
アメリカの場合、住宅資産の売買が多く、その価格は上記のようなデータに基づいて評価されているので、誰にとっても必要なデータではある。
 
 

世界一高い通行料金・世界一危険な高速道路・責任を問われない道路管理者

2006/09/15
新聞見出しにしたいタイトルをつけてみた。
またもや中央高速での交通災害。報道によると、事故多発地帯だという。異常に事故が多発している場所であることが確認されているのに管理者は事故の責任を取られない。救助責任もない。救助は地域の消防署や警察におんぶである。にもかかわらず料金を取って営業している管理領域である。不思議という他はない。
ニュース映像で見るかぎり、現場は、両側が高い塀に囲まれた曲線部分で先の見通しのない。反対車線からも事故が見えない構造のようだ。
 
ニューヨーク市からワシントンDCに向かう高速道路の大動脈で大型トレーラーが事故を起こし、道路をまたいで全車線をふさいだ直後に遭遇したことがある。その現場は、上り坂の丘の頂上を越えた向こう側で、走行方向からは見えない場所であった。このとき反対車線を走行しているほとんどの車が一斉にヘッドライトをフラッシングしてこちらに異常事態の警告をしてくれた。みんなが減速をして現場に近づくと、ボランティアらしい数人の人が、中央分離帯の芝生の方向に車を誘導して通過させていた。スコットランドでもよく似た光景を見たことがある。
 
道路交通法に、事故を最初に目撃した者は救助責任があり、巻き添えで起こる災害を最小限に抑える責任があることを、また警察の事故調査には目撃者として証言する義務を盛り込むべきである。警察には、目撃者を複数確保する責任を負わせることが必要である。
 
自然災害では、被災者に同情が集まり、救助の手や、地方や国の管理責任が問われるのにどうして交通事故は無関心なのだろう。
 

名阪国道逆走事件

2006/09/12
新聞記事によると、9月10日の東名阪事故は、第一事故車ガードレールに衝突し走行車線上で反転たところに後続車が衝突、2名死亡4人が重軽傷の事故原因のようだ。
「高速道路のガードレールが事故を大きくする」、防災の日に書いた懸念が不幸にも典型的な形で起こった災害である。
最近、車の飲酒事故が取り上げられている中で、新聞は「逆走トラック、飲酒か」の大見出しとなるのは仕方が無いとして、巻き添えで死傷した災害を受けた人たちに対する社会的救済の問題、事故を拡大した道路構造や管理の状況には一切触れていない。
事故車は、最初左側のガードレールに衝突したとのこと。ガードレールが無かったら、ガードレールがあっても路側帯がもう少し広く、ガードレールの位置が走行路面より低かったら、等々、巻き添え被害の確率を下げる構造上の配慮があったか。これは道路設計者や運行管理者の責任である。
これが、飛行場や鉄道であれば、個人の人為的なミスが引き金になった事故であっても事故原因調査と施設管理者の責任追求が行われる。巻き添えで受けた被害者には保障を求める道も考えられる。
交通災害は、誰でもが遭遇する最も身近な脅威であるにもかかわらず、第一行為者の断罪だけで当然とする社会心理は何処から来たものであろうか。

やっと咲き始めた我が家のバラ

2006/09/10
夜間の気温が下がるようになり、少しづつ庭の植物が元気付いてきた。
バラはまだ花は小さいが、秋のバラらしく色彩は鮮やかに咲き始め、
先ほど撮った花をスライドにしてみた。

交通違反の罰金あれこれ

2006/09/07
今日ドレスデンで借りたレンターカー会社から手紙が来た。
内容は、スピード違反の罰金のようで、レンターカー会社に請求が来て、すでに支払ったのでクレジットカードにチャージしたという内容で、
金額は10ユーロ+16%VAT(消費税)であった。後ほど正式の詳細は当局から受け取るであろうとの内容であった。
記憶によると、ドレスデン空港で車を取って、市街を通り抜け郊外に出たところでスピードカメラが光ったように思う。普通、ヨーロッパでは郊外に出ると90km/hぐらいのスピードになるがドレスデン周辺ではかなり制限スピードが厳しいようであった。
2002年に、オランダでやはりスピーディングで罰金を取られたがこのときはさすが法律の国、直接ハーグの裁判所の書類で罰金の判決書が送られてきた。支払いはクレジットカードでは認められず、Money order か銀行小切手で送る様指示されていて、45ユーロ(10km/hオーバー)であったが、送金するのに数千円の手数料を銀行に取られた。
スピード違反ではないが、スウェーデンの駐車場で、自動機械で駐車券を買って車内に入れて置くことに気が付かず、違反切符を切られたことがある。車を返すときディスクに罰金の請求書の金額を払って支払いを頼んだら以後何も連絡が来なかったので処理されたようだ。
ヨーロッパでは、スピーディング監視をはじめ、高速道路の料金を払っている車かどうかを判別するためと思われるカメラがやたらと目に付く。
ただ、罰金の金額は、うっかりして違反になった程度の場合、数千円以下である。何万円も取られる日本の場合と比較したくもなるがどうだろう。
写真はライセンス番号を記録された車、メルセーデス E 200