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高齢者交通事故死亡率 国によりこれほど大きな違いは何が原因か?

2019/10/18

用いたデータは、IRATDにより国際的に統一したフォーマットによりリストアップされたもので。国によるデータ収集規準の違いは少ないものとみられる。

https://stats.oecd.org/Index.aspx?DataSetCode=IRTAD_CASUAL_BY_AGE

上記グラフのデータは、それぞれの年齢層で人口10万人あたりの交通事故死亡数に基づいて計算した値である。したがって人口の高齢化率の国による違いは一応消去されているとみろべきであろう。

年次トレンドの線形近似を見ると、

著しく増加している国: 日本、オランダ。

減少している国: デンマーク、スウェーデン、イギリス、アメリカ。

一定で増加率が20%以下に保たれている国: フランス、ドイツ、イギリスも2000年以降達成した。

この違いの原因を憶測を避け分析するのに必要なデータをリストしてみる。

● 高齢者の運転免許保有率。

● 高齢者の社会参加度(外出比率)。

● 高齢者の健康状態(フレイル状態の比率)。

● 歩行や自転車(交通弱者)に対する道路構造の安全性の度合い。

上記のうち、日本に関する心当たりは、欧米諸国に比べ、特に女性の運転免許保有率( 後期高齢者 )が少なく日常の買い物に自転車の利用が多いのは確実であろう。すべての年齢層にとって最も安全な交通手段は乗用車の利用である事実から推定できる。しかし、確実な証拠となるデータベースは見当たらない。

国土の地理的状態が似ているイギリスと比べ、日本の高齢者事故死率が 極端に 高く、しかも増加しつつあることは各機関で研究すべき重要な課題であり、それに基づき政府機関は緊急に合理的な対策をする状態にあると云えよう。

事実は奇なり  高齢者の交通死亡リスクは短距離移動バイアスの見誤りか? 

2019/10/18

高齢者は運転事故リスクが大きいのではなく、ローマイレージ効果(Low milage bias)現象を見誤っているのに過ぎない。

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/16426560

この事実は、車の運転ばかりでなく歩行や自転車交通でも見られることが示された。

図 1 および 2 は、信頼できるデータ品質を持つ国の死亡率を、サイクリングとウォーキングの 1 人当たりの平均年間暴露量に対してプロットしたものである。どちらの数値も、死亡率とアクティブな移動モードのレベルとの間に負の関連性がることを示唆している。

自転車王国と言われるオランダやデンマークでは一人当たりの走行距離が大きいにもかかわらず、移動距離当たりの死亡事故率は最低である。同様に、歩行者ではスイスやノールウェイが最低と見られる。

反対に、自転車や歩行利用が少ないイタリア、フランス、オーストリアでは移動距離当たりの死亡率が大きい。

事実は間違いないがその理由を説明できる根拠に必要なデータベースは無い。現在世界中の交通事故原因調査で、歩行や自転車など交通弱者側から見た原因解明に必要なデータが収集されていない。

総合的な交通事故対策では、目立つ事故に目を取られ“認知バイアス”「納得しやすい」説明にとらわれていないか、事実に基づいた原因解明には困難が多く、必要なデータの収集が重要な一例である。

交通警察国家日本の運転免許政策の間違いは明らかに

2019/10/17

終身運転免許の国は高齢者交通事故死が最低 最も厳しい日本は最高

上のグラフは、人口10万人あたりの交通事故死者数で比べた、25歳以上64歳までの層に対する高齢者(65歳以上)の事故死者倍率を表したものである。(運転者だけではなくすべての交通手段による事故死者数)

主なヨーロッパ諸国では、各種交通安全研究機関による科学的事実をもとに多様な運転免許制度が試行されている。

最低のフランスでは、高齢者運転免許を厳しくすることでかえって運転免許を放棄する高齢者が増え、全体の交通事故が増加することに気が付き、終身免許制度に変えた。その結果事故死者は25歳以上ですべて変わりないことを示している。

高齢者対する終身免許の国と年齢基準の更新手続きを要求する国の年齢層交通事故死者比

2019/10/17

高齢者に対する運転免許手続きの違う主な先進国について、人口10万人当たりの道路交通事故死者の年齢(25歳~64歳)層に対する高齢者(65歳以上)の事故死者数比をグラフにしたものが下図である。

ここでの死者は、すべての道路交通中のもので、運転者だけのものではなく、歩行中や自転車、自動2輪車等すべての交通事故死者数である。

国によりかなりの違いが見られるが、日本はその中でも飛びぬけて大きい。

これを運転免許制度の違いで見る。黄緑色は年齢による免許更新区別のない国で青色は、高齢者には年齢で免許更新条件が規定されている国である、アメリカ(暗赤色)は州によって免許基準が異なり一律に表示できない。 しかし、日本(赤色)のように年齢で運転技術試験を義務としている国はない。

https://stats.oecd.org/Index.aspx?DataSetCode=IRTAD_CASUAL_BY_AGE

これを見る限り、高齢運転者の運転免許を厳しくしても、道路交通事故の減少には効果がないことがわかる。それは、高齢者の乗用車利用を困難にする結果、身体の脆弱な高齢者の歩行や自転車に頼る交通量が増え、そのために道路交通全体の死傷事故が増加すると解釈すべきであろう。どの国でも、歩行者や自転車利用の事故死傷者の詳細な原因調査が欠けていて正確なデーターベースがないので直接の証拠を見つけられないのが現状である。

下表は、上記グラフを作成した国の運転免許条件を転記したものである。

https://ec.europa.eu/transport/road_safety/sites/roadsafety/files/ersosynthesis2015-olderdrivers25_en.pdf

アメリカやオーストラリアは交通法規は州で独立であり、各州ごとに高齢者に対する運転免許方式の安全効果に対する試行研究がされ、効果のない方式(路上運転テスト)などは廃止され、現在では年齢だけの区分で義務としての運転テストを課している州は見られない。

日本は乗用車乗車中の安全は世界の統計では最上位にあるが、歩行者の事故が多いために総交通事故率はヨーロッパに比べると下位にあることは明白である。

警察庁の高齢運転者を排除する政策は、全体の交通安全には寄与しないことは明白であろう。

地球温暖化と人間活動

2019/10/15

今回の台風災害、多くの人々が地球温暖化に関係づけ、それぞれの思いで心配しているのが実情であろう。国連の環境問題会議でも現代のエネルギー政策、化石燃料の燃焼による大気中の二酸化炭素濃度増加による温暖化が次世代以降の人々に及ぼす責任問題として議論されました。

今朝の私のブログ表示リストから、10年余り前に書いた下記の記事を開示していただいた記録を見、改めて読み返してみました。

リサイクル と エントロピー

2008/01/28

このところニュースで製紙会社の古紙再生混入率の不足が会問題になっているが、何か古紙を再生することが無条件に環境に良いことだという迷信に基づいて語られているようだ。ここで見えてきた問題は、科学的根拠無しに資源のリサイクルを強要すると、総合的に見た場合、資源の無駄遣いになるという恐れがあるということである。その一つの表れとして古紙を混入した方が製品のコストがかかるという製紙会社の言い分で、これを単に製紙会社の利潤の問題ととらえるのは間違いである。古紙を再生するためにはエネルギー資源の投入が必要でそのコストの方が大きいということである。現在利用可能なエネルギーのほとんどは化石燃料の燃焼による二酸化炭素放出の代価として得られるものだということを合わせて考えるべきである。

エネルギーの概念は物理学で明確に決められていて、エネルギーの総量は増加も減少もしない不変であるということがこの宇宙の基本原理である。でもわれわれの日常社会では、エネルギー消費という表現が実感として受け入れられている。 このことはどこから来るか? 同じく物理学の概念であるエントロピーと合わせて考えていないからである。 エネルギーは状態に変化を与える原動力であるが、変化を繰り返す度にそれに関与したエネルギーの属性であるエントロピーが増大するというのが物理学の法則である。言い換えれば、エントロピーはエネルギーの変遷の方向と能力を知るために導き出された数値で、この値が大きいということは、すでに使い尽くされたエネルギーということになる。これを社会の価値観と関連させてみると、価値のあるエネルギーは、エントロピーが小さく多様な変化を起こす能力を持つものであり、このエネルギーを利用するとこれが消費されて、エントロピーの大きい価値の低いエネルギーに変わるということである。

エントロピーの増大しきったエネルギーは、使い道がないばかりかそれを捨てなければ糞詰まりになって活動が止まってしまう、これはごみ問題と同じである。これを地球環境でいえば、太陽エネルギーという比較的エントロピーの小さいエネルギーが、気象現象をはじめ生物の活動などいろいろな活動を経て使い古され、温度の低い(エントロピーの大きい)エネルギーとなり地球の温度を上昇させることになる。この使い古されたエネルギーは赤外線となって絶え間なく宇宙に捨てられているから恒常的な活動の継続が保たれているのである。地球環境問題はこのエネルギー収支の関係に依存している。

では、なぜ資源のリサイクルにはエネルギーが必要かを考えてみよう。 エントロピーの概念は物質資源についても拡張することが出来る。このことを金属資源について見てみると、経済的価値の高い資源は純度の高い、言い換えればエントロピーの小さい工業原料である。これらの資源が消費活動によって分散されてしまうと金属そのものは無くならないがエントロピーが増大し、そのままでは利用価値がなくなってしまう。このことから、物質の拡散の度合いをエントロピーで表すと、資源についてもエントロピーの増大法則は成り立つ。したがって、このエントロピーを再び減少させることを我々はリサイクルと云っていることとなる。しかし、宇宙の法則は、物資資源とエネルギー資源のもつエントロピーの合計は増大する方向にしか働かないので、物質資源のエントロピーを減少させるためには代替えが必要である。これがエネルギー資源であり、エネルギー資源のエントロピーを増大させることの代償で物質資源のリサイクルが実現出来るのである。 

一般的にはリサイクルをすればするほどエネルギー資源が必要であり、現在はそれを大部分化石燃料に頼っているので二酸化炭素の放出が増大するということである。このことを古紙再生問題について考えると、森林資源の保全か化石燃料の消費のどちらが重要であるかの選択である、これはそう簡単な問題ではない。しかし、電子製品に使われている稀少金属のリサイクルについては明らかに化石燃料より貴重な資源であることからリサイクルが必要であるといえる。

このように、地球環境とリサイクル活動は切り離せない関係にあり、これは総合的な自然科学の理解とデータに基づいた科学的根拠で行われなければ効果はない。一部の職業的環境活動家や、マスメディアに動かされたり、あるいは、単に 「良いことをしたい」 というだけで安易に環境問題に貢献していると思いこんでする行動が結果的に意図しない反環境問題にならないとも限らない。科学的根拠の乏しいリサイクル法がその一例とも云える。

以上

思い返してみると、私がブログを始めて最初に投稿したのも環境問題の難しさに関するものでした。

科学技術は環境を破壊するか

2005/01/27

環境問題を論ずる場面で、しばしば科学技術が環境破壊の悪者として扱われる情緒的な場面が見られるが、これは公平でしょうか。

昨年は世界中で自然災害の多かった年でしたが、人類は気候変動や自然災害による飢餓、疫病の蔓延による大量死など、幾度となく自然環境の変化により、生命の脅威にさらされてきました。自然環境は人類にとって優しいばかりでなく苛酷であると言えます。

今日では、物資の短時間大量輸送が可能となり、災害時でも飢餓から開放され、衛生や医学の発達による知識を社会的に実現し環境を整えることは科学技術なくしてはありえません。

環境問題を人々の寿命で見てみましょう。国家的な規模で、平均寿命が人間の生物学的年齢をまっとう出来るまでに伸びたのは人類歴史上初めてのことではないでしょうか。この事実は、科学技術を社会基盤の整備に取り入れ人々の生物学的環境が良くなった解釈すべきではないでしょうか。

今日、多くの場面で論ぜられている環境問題は、自然科学の知識と分析に基づく予測の問題です。話の”分かりやすさや目新しい話題”ではありません

証拠が示す日本の危機 無能で強欲な原発事業者と電力会社 その利権構造 

2019/10/14

東京電力福島原発の災害 何処吹く風 この事故が関西電力若狭湾で起こったら。関西、中部、関東、日本の人口、工業ベルト地帯が人の住めない土地に。

証拠が示す日本の社会構造の危機、外敵より内からの自爆再び。

過去の教訓が生かされない、無知、無責任な日本の指導者層を排除できない日本の社会構造の証拠でもある。

2011年に書いたブログが再び生き返った しかし  札束でほっぺたを撫でられたのは地域ボスではなく関電経営トップ陣とは予想外

2019/10/13

何が幸いか‼ 原発事故の再発でなく汚職事件の発覚で済めば? 

死人に口なし、キックバックを約束した親分に責任転嫁。後を絶たないこの国の指導者層の悪事の言い訳、高校生の知的レベルとしか思えない。こんな人たちに日本の運命が握られていることこそ日本の危機である。何とかできないものか?

2011年に書いた私のブログ記事、『もしも 福島原発と同規模の原発事故が若狭湾原発群で起こったら」が再び読まれることに。

もしも 福島原発と同規模の原発事故が若狭湾原発群で起こったら

2011/11/09

東京電力福島原発と同規模の事故が、若狭湾沿岸の原発群で冬季起こったら、放射能物質の拡散は! 

冬の季節風の強い時を想定すると、伊勢湾工業地帯は赤色、太平洋ベルト地帯は東京を通り越し茨木まで黄色。

これは3月25日 0:00UTC、ヨウ素131の地表高度での大気の拡散データを例に、発生地を若狭湾に移動させて重ねてみた仮想画像である。右側のパターンはFLEXPARTの計算値。

若狭湾原発事故

仮想とは言え、一目瞭然、日本崩壊につながる恐ろしい情景である。政府・産業界からは「いたずらに」危機感をあおると非難されると思うが、でっちあげではなく考えられる一例の表現である。

菅政権とその閣僚たち、このシュミレーションを知って知らずか、放射性汚染を適格に予測する日本のシステム SPEEDI の存在を知り、あわてて公表禁止にした理由が分かる。

日本のマスメディアも、”触らぬ神にたたりなし”と報道協定という談合により、内外の情報収集の能力がありながらジャーナリズム精神を放棄した。

朝日新聞など、今やっと、しかし、核心をそらしてエピソード風の取材記事特集でジャーナリズムの恰好をつけようとしている。

政府は、今回の災害状況を認識していないがごとく、地元の狭い行政権権者に札束でほっぺたをたたき、現実離れをした法律を根拠に、定期検査後の原発の再起動をもくろんでいる。今度の事故でこれが如何に不合理なことであるかが分かるはずである。

原子力発電政策は、科学的根拠の分かる情報を開示し(日本政府の権力の及ぼさない外国の研究者にも利用できるデータベース)、原発事故が起こる確率の数値評価や、将来何百年もの間管理が必要な廃炉処理にかかる経費予測など、多元的な情報の自由な開示を許したうえで「国民投票に掛ける」べきであろう。

現在の言葉選びだけの曖昧な説明で、感情が主導する国民投票には弊害が多いと思うので反対である。

利用した画像の一例: Iodine-131 Japan – radiation | FLEXPART: dispersion model

アメリカの国家核安全保安局と文部科学省のSPEEDI公開

アメリカの国家核安全保安局と文部科学省のSPEEDI公開

ニュースと政治

編集from → ニュースと政治思うこと東電災害← 東京電力福島原発の放射能汚染物質の拡散シュミレーション、ヨーロッパの主要3研究組織が公表している動画を見て SPEEDIを使うシュミレーションの公開はなぜ禁止されたままなのか?もしも 玄海原発が事故を起こしたら →3件のコメント leave one →

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  2. 原子力規制庁(規制委員) どんな資質を持った人たちで構成した委員会だろうか? データを見て常識でイメージし検証する能力も無い不適格者の集まりとしか思えない。 «
  3. 関西電力高浜原発 運転指し止め処分、大津地裁決定。 2011年 私のブログ記事 中部工業地帯の無人化と日本分断の悪夢がよみがえる | 退職地球物理研究者のつぶやき

自意識過剰かも知れないが とりあえず記録から。

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