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カナダ・コロンビアアイスフィールド氷河の後退と地球温暖化

2007/01/20
アル・ゴアの来日と 映画 an  Inconvenient Truth ,  地球温暖化
 
最初にカナダのバンフー・ジャヤスパーに旅行したのは1967年9月、レーバーデー休暇の時であった。
雄大な景色と100キロメートル以上も続く公園ハイウェイ、野生動物、少ない観光客、どれをとっても今までの公園という既成概念を覆すものであった。
 
最近見たブログに昨年2006年9月に撮られたファルコンさんの写真を見た。ちょうど1967年に撮った撮影ポイントと同じ場所の様なので比べてみた。
地球温暖化の指標として、氷河の後退や、北極海の氷の融解が云われている。1氷河の変化の様子だけで温暖化を云うことは出来ないが、観光客が訪れやすいこの氷河では、その尖端位置の変化を示す標識が5年毎に示されている。映像では、景色の雄大さに比べて氷河の後退の規模はそれほどでも無い様に見えるが、1992年この標識に沿って歩いてみたとき、その変化の大きさが実感出来た。
 
この公園には1980年にも訪れたが、前回のときと同様、個人の車による旅行者のみで、予約が無くても、ホテルで音楽の演奏を聞きながらゆっくり食事が出来る雰囲気であったが、1992年には観光バスのグループ旅行客の洪水で、観光スポットでは昼食も取れない有様だった。この変わりようにもショックを受けた。
 
1967年から40年目の今年、また訪れて歩いてみたいと思う。
 
写真は 1967年の撮影と ファルコンさんの http://4travel.jp/traveler/cp016nrtyyc/ 2006年撮影のもの
 

岐阜県立多治見病院の倫理委員会英断

2007/01/09
今朝の朝日新聞の 「倫理委、延命中止を容認」 の記事を見た。
やはり昨日の予想どおり、倫理委員会が客観的に信頼できる資料を検討して、現場の判断で行った結論であることが分かった。
 
組織の中でリスクを取らないことだけを信条とする、見識の無い狭量な役人の言い分もその通りであった。
 
病院長や、担当医師、倫理委員はそれぞれの立場で、社会的なリスクがあることを覚悟で決断した事の重みを理解出来ない人物が、権力を行使することの方が批判されるべきと思う。この点の突込みがこの記事でも弱いと思った。商業新聞の限界とすればこれも問題に思う。
 
実情をを無視した机上の法律論より、担当者の裁量権を尊重する社会システムが大切と思う。これは、昨年の高校のカリキュラム問題でも同様である。
 
人生を終わろうとしている人の死の選択をどうかなえようかという個人の問題を考えるとき、 ”時期尚早” といった次元の異なった、論理の通らないコメントを恥ずかしくも無く放言する監督官庁役人の傲慢さ、それをなんとも思わない社会、何が狂っているのだろうか。

病院倫理委員会の判定を県の役人が否定

2007/01/08
岐阜新聞 8日 倫理委が呼吸器外しを容認 県立多治見病院
終末医療選択遺書   終末期患者の尊厳  生命維持装置の取り外し 医学倫理委員会 
 
担当医以外の脳神経外科医ら医師2人も診断、・・・・・回復の見込めないという判断で一致した。このことを受けて、現在、どこの病院にも置かれている医学倫理委員会が召集され、外部委員を含む13人の委員が「患者の意思は無視できない」との結論、おそらく、患者に付き添った家族を含め、患者の尊厳を尊重するための苦悩の決断であったと思う。
 
それを、回復の見込みがないと判断された場合の、患者本人が事前に文書で示した希望を無視し、人間の尊厳に関わる判断を単に 「国の指針も無く、時期尚早」という、マニュアルが無ければ何も出来ない思考停止の役人の一言で中止されたという。国の指針が無いことぐらい分かっていてなされた委員会の結論であることは明白であり。あまりにも幼稚な話である。
 
県立病院としては、監督官庁の意見を無視できなかった院長の立場に同情できる。
 
それより、自分の監督責任を逃れることに精一杯で、患者の人権や現場の判断を理解する能力の無い、不的確な人物が監督官庁にいることが問題である。
 
自筆の終末医療に関する患者の要望書は、欧米では、”終末医療選択遺書”として法的な取り扱いをしているところもある。
 
県や、国が、勝手な都合で”死を迎える本人の医療選択”を無視する権利は無く、それをすることは犯罪行為だと認識すべきであろう。
 

南極出張の思い出 1990年8月

2007/01/04

古い写真アルバムから複写して、ディジタルファイルを作成する作業を始めた。

1990年、8月(南極の冬の終わりの季節)南極半島の先端にある島、キングジョージ島にある、チリの南極空軍基地経由で韓国の越冬研究施設へ出張した。大気光の光学観測の研究指導をするためであった。

チリでは、軍政の独裁者ピノチェト大統領が3月に引退し、始めて民政の大統領エルウィンになった年である。軍関係では依然としてピノチェトが最高司令官であり、大統領との微妙な関係にあると聞いた。そのためか、9月初め大統領が空軍基地を視察することになり、8月末に帰る予定であったが、空軍の通常の飛行スケジュールが停止し、基地にあるホテルで足止めされた。

結局、大統領の帰りの便(C130輸送機)に強引に頼み込んで同乗して島を出た。したがって、大統領一行の到着から視察を終わって帰るまでの行動を見ることが出来た。随行の高官は奥様連れであった。帰路のプンタアレーナスでも、大統領一行と同じホテルに宿泊した。

プンタアレーナスの空港は帰着時封鎖されていてタクシーも無かった。警備の軍関係の偉そうな人に頼んだら、出迎えに来ていたと思われる子供ずれの民間人が車でホテルまで送ってくれた。ホテルも警備で封鎖されていたが、その人の誘導で入ることが出来た。政府関係の人だったと思う。

島で待機している間、空軍基地の食堂を利用していたが、そこでも、プンタアレーナスのホテルでも、私服の同じ人をよく見かけた。後で考えるとセキュリティー関係の人ではなかったかと思う。この間一度も、質問されたり、パスポートのチェックも受けたことは無かったが、私の身元はすべてチェック済みであったと思う。民政になったばかりで、権力主義的な行為を排除する努力が見られた。

南米大陸と南極半島の間の海峡は荒れる海として知られているが、C130輸送機では2時間足らず、殆どゆれることは無いが、人は貨物室前部に網制のベンチの並び席に着席し、荷物との混載である。暖房装置はあるが作動中の熱風が強く温度変化が激しいので、防寒服を着たまま乗る、非常に安定した飛行機で、雪が踏みかめられた滑走路にも離着陸出来る大型機である。イラクに行っている自衛隊機もこの輸送機である。

写真は

1マジェラン海峡を望む。.

2.プンタアレーナスのホテルの前で大統領を待つ人たち。

3.私を大統領に紹介してくれた基地司令官(右から3番目)と大統領(右から2番目)。

4.空軍基地に到着した大統領機に出迎えのために集まった関係者。

5.光学観測設備の補修。

5.光学観測設備の補修。

オーストリアの旅 モーツアルト250年に合わせて

2006/12/31
テレビのモーツアルト特集を聞きながら書いている。
今年の旅行はモーツアルト250年に合わせてオーストリアをウィーン・ザルツブルグを中心に滞在型の旅行にした。旅行期間は、今年は7月中旬から盆前までしか取れ無かったので音楽会には最適の期間ではなかった。
ザルツブルグでは連日モーツアルトの劇場音楽の全曲シリーズの演奏会が開かれており、4月の時点で有名なオペラは売り切れになっていたが、珍しい初期のバレー劇、アルバのオスカニオを斬新な演出で見ることが出来た。コンサート後の若い演出家に対する熱狂的な声援に驚いた。
ウィーンやザルツブルグでは、色々な形態の音楽会を聴いたが、音楽層の厚さとレベルの高さをを感じた。
特に、観光客相手の雰囲気になってしまっている音楽会でも、まじめでレベルの高い音楽会にしていた。
町を歩くだけだ、と古い町並みと、モーツアルトを出しにして観光収入を上げているように見えるが、芸術文化に対する新しい実験が行われている国際的な活力の伺える文化都市と見た。
今テレビでは突然モーツアルト最後のレクエムの演奏に変った聴くことにしよう。

ジャズピアニスト秋吉敏子とコンピュータ

2006/12/27
  NHK・FM、 秋吉敏子との対談を交えた音楽番組で彼女の経歴を知った。
特に1960年代、娘を抱えて離婚、再婚、音楽界からも「ちやほや」されることも無くなる。この困難な激動時代の話は特に印象に残った。
1960年代の後半はアメリカ社会の価値観の大変革が始まる 時代でもあった。
1965年彼女は離婚、娘を抱えて夜の仕事も出来ないし、音楽を辞めて安定した職業をと考え、コンピュータのプログラマー養成の募集に応募し、合格して受講料まで納めたという話は特に興味があった。
アメリカでは、1960年代後半にはすでに、コンピュータの事務系への利用の実用時代に入り、コンピュータープログラマーはスマートな職業として憧れと、確実な収入に恵まれていた。このことは、1968年に、ワシントンDCのバージニア側の大規模な住宅開発地を見に行ったことがあるが、最高級の住宅エリアの売約済みの邸宅はコンピューターのソフト開発者がかなりを占めていると聞いた。
コンピューターを動作させる基本ソフトの概念は、この時代に確立されたと云っても過言でないと思う。以後40年の発達は主としてハードウェアーの目覚しい技術開発に伴う応用ソフトの開発と云える。
日本でのコンピューターの社会的利用の時代は、アメリカより30年遅れて始まった。コンピュータをハードウェアーと見ている日本の社会では、あれほど騒がれた西暦2000年問題をプログラマーでも理解が出来ていなかった。
コンピュータ応用の基本概念は、現在70歳代の世代が創ったものであることを日本のどれほどの人が知っているであろうか。
老人はIT技術と無関係と決めてかかる世代の勉強不足を情けなく思う。
アメリカとイタリアのホテルでの経験だが、交通情報を訊ねたら、事務室のコンピュータを使って自分で調べてほしいと鍵を貸してくれた。
日本で、70歳の老人にこんなことを言う発想があるだろうか。
老人世代の無能か、現役世代の無知か?

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)

穐吉 敏子あきよし としこToshiko Akiyoshi1929年12月12日 – )は秋吉敏子とも綴る。ニューヨーク在住の日本ジャズピアニスト作曲家編曲家

科学ジャーナリズム

2006/12/17
理系白書ブログ、毎日新聞科学環境部記者の主催するブログで、膨大なアクセス記録を誇るブログのこと。
 
最近のこのブログ記事に対して、私が数回コメントをしたが、それを見ていただいていた研究者の方からのコメントを拝見した。
詳細については、無断転載出来ないので、理系ブログの12月15日「南極講演会・ヤスです」のコメント(12月17日付け)を見てほしい。
 
現役の研究者の方に、しかも専門分野の異なる方のコメントの内容に感激した。
若い世代の方々について愚痴るのは老人の常で、あのコメントはその類かと気にしながら書いたものです。
 
科学ジャーナリズムが行う啓蒙活動、自然科学教育のあり方の討論、これは大切なことであるが、ともすれば理念や、成功の話に陥っている場合が多いように思う。
自然科学は人類が新しく獲得した文化であり、それに携わる大勢の研究者の積み重ねで発展してきたものであるが、自然科学の性格上、白黒がはっきりしていて、正しくない結果を生んだ業績は、知的作業としては評価出来るものであっても記録から消え、いわば、勝者のみの歴史ともいえる。
多くの破棄された知的努力の上に現在の科学の発展があることは、研究の体験を持たない人には理解できないのではないかという感じを受けた。

朝鮮半島統一に思う

2006/12/14
今日の朝日新聞に朝鮮統一の費用に関するレポートが出ていた。
 
韓国研究者の予測によれば、統一を先送りにすればするほど、その費用は増大するということである。
国際協力をして統一コストを分担し、地域の安全と、人道のためにも出来るだけ早く、武力を使わないで、情報戦略により北朝鮮の人々を現政権から解放することしかないように感じた。

研究論文 「高齢者に対する車と衝突要因の効果」 を読んで

2006/12/12
Effect of vehicle and crash factors on older occupants  と題する論文を見つけた。
Journal of Safety Research  (2003)
www/nsc.org/issues/driving/JSR%20441-452.pdf
 
以前の多くの研究では、高齢運転に注目して、衝突原因の調査に含まれている高齢者の乗車人員全体の傷害の特性を見落としている場合が多い。
多くの交通安全の関係者は、どの統計結果を見ても高齢者の事故率が低いことを受け入れがたく納得しない。その要因として、高齢者は運転の頻度が少ないとか個人の年間運転距離が壮年層に比べて短いなどの理由を挙げる。
確かに、高齢者の年間走行距離は壮年層の半分弱ではあるが、1995年と2001年と比べた場合、25-44歳の壮年層では平均一人当たりの年間走行距離は変わらないが、75歳以上の層では20%も増加しているにもかかわらず、この6年間に高齢者の事故率は減少している。
 
そこで、この論文では
1. 個人当たりの年間走行距離の年齢別、年次別の変化。
2. 年齢グループ別の衝突事故原因の違い。
3. 死亡事故に関する年齢と衝突形態の関係。
4. 重大な傷害に関する年齢と衝突形態の関係。
5. 同乗者の年齢、速度増加率と障害、運転車種の違い、さまざまな衝突モードと障害との関係。
 
以上の要因の注意深い分析から出した結論として、
 
高齢の免許所有者の衝突に巻き込まれる確率は、どの年齢グループに比べても小さい。
衝突形態の関係では、側面衝突の場合、高齢者の乗車人員の死亡率は壮年層に比べ明らかに大きい。
軽量乗用車の死傷率はバンなどに比べ、同程度の衝突で高く、高齢者は軽量乗用車に乗っている比率が高い。
これが原因して、統計上は75歳以上の死亡率の上昇が見られる。
 
今後の安全研究の目標は、
安全運転の面では、高齢者の右折(左折)や交差点における操縦誘導などに注目して、側面衝突を減らす工夫。
技術面では、側面衝突に関する乗車人員の安全性向上ための安全装備の開発と装着。 
と云えよう。
 
アメリカでは州によって異なるものの、左折(右折)信号のある交差点では、直進が赤の停止の状態から緑に変わる前に、左折(右折)の矢印信号に変わり、針路変更車を先に通す。この方が明らかに安全である。
日本の直進優先方式では、信号が右折に変わったとき、無理に通り抜けようと速度を上げて突っ込んでくる対向車を警戒しなければならないのは誰でも経験することである。
 
日本では、高齢者は軽自動車に乗っている割合が高いので高齢者の危険率がより高いと思われる。
 

再び高齢者の運転事故について思う

2006/12/11
今朝もテレビショーで高齢者の運転事故についてやっていた。
高齢になれば身体的機能が衰えてくるのは医学的に正しいが、相変わらず、それが事故に結びつくという社会認識は誤っている。
少し前まで、人権思想の薄弱であった頃、色盲や手足の不自由な人に一律に運転免許証は出なかった。それと同じように高齢者は運動機能が衰えているから危険であるという発想だろう。
12月3日のブログに書いたように、日本の高齢者の事故死率(10万人当たり数)は、1995年から2002年の間に高齢者層では40%も減少している。それに比べ、25歳から44歳の層の減少率は10%程度である。これはWHOが統計学的に推定した結果に基づくもので、根拠になるデータは日本のものである。数字を科学的に分析しないでする直感的判断は誤りであることが分かる。欧米の高齢者層は決して危険運転者でないことは統計的にはっきりしている事実である。
今朝の特集も、アクセルとブレーキの踏み間違いが原因する事故のついて、高齢者の事例を挙げて、さも高齢者の特徴のように表示していたが、おそらく高齢者でなくてもその種の原因による事故は発生していると思われ、それと比較しなければ事故防止には役立たない。
昨日の事故の例は、駐車場で車止めのブロックの間をすり抜てしまったのであわてて踏み間違えたとのことであるが、どうして殆どの駐車場の車止めが飛び飛びになっているのかいつも不審に思う。隙間無く連ねておけばすり抜けることは無い。ちょっとした配慮である。
また、駐車場に後ろ向きに止めるのは日本だけのように思う。欧米の自動車先進国では前向き駐車が普通である。確かに、後ろ向き駐車の方が狭い空間に止められるが、駐車場が狭いのはヨーロッパでも同じである。このように、日本では安全とは無関係なことにに技術的負担が大きい。
欧米で運転していていつも感じることは、運転ミスがあっても事故を小さくする配慮が道路の構造面でも、運転者間でも見えることである。事故の悲劇は加害者・被害者共に同様であるという認識が大切であり、善悪ではない。これが身体的機能の弱った高齢者層の死亡事故を減らしているのではなかろうか。