学校の放射線汚染評価には放射性核種の精密測定が欠かせない
文部科学省の6月2日の福島県内学校放射線データベースより、放射汚染の分布の違いによりグループ分けして分析してみた。先のブログに書いたように線量率度数分布から、2つの汚染群グループに分かれたことは書いたが、再度背景色を変えて示したのが下のグラフである。
運動場の高度50cmでの計測値を最も放射線量の高い学校から降順に並べたのが下のグラフである。これで見ると校庭の空間放射線量率の順位と教室内の線量率順位には同一の傾向が見られないことが分かる。
これをはっきりさせるために、校庭の線量率に対する教室内の線量比を、上図の校庭強度順位で並べて描いたのが下図である。
これで見ると、低汚染の学校群では、教室内の放射線量が校庭の値に近づいている(教室内の軽減率が小さい)ことが分かる。
考えられる原因としてまず確かめられなければならないのは、放射線量計の精度であろう。各学校に配布された線量計のタイプやメーカーに依存するものなのか、またそれではなく仮に同一の線量計が配布されているとして、ポケット線量計の表示がμSv/h単位で小数点1ケタの表示の場合、運動場の放射線量が1.oμSv/h以下の場合測定数値が単数字(1ディジット)でしか得られない影響で強度比が大きく出ることも考えられる。いずれにしても線量計の特性が分からないと正確には判断出来ない。
いずれにしてもほぼ確かと思われる結果は、運動場の強度分布に2種類の集団が現れたことであり、このことは、子供たちの将来に責任を持つ文部科学省の最も大切な義務として、空間放射線量だけでなく、放射能汚染線核種の精密測定で詳細な測定をし、放射線障害病理学的に必要な情報を確保することであろう。
文部科学省の福島県内の学校放射線量のデータベースは都市部だけに限っている
文部科学省英文の福島県内の学校放射線量データベース(幼稚園、小中学校等)56校について地名を調べてみたら以下のリストのようであった。驚くことに以下のように都市部の学校のみである。
福島市 33
二本松市 8
郡山市 5
本宮市 4
相馬市 3
伊達市 3
データベースのタイトルから MEXT : (English version) Results of dose rate measurement at schools in Fukushima Pref. etc 福島県内の学校のデータとして見ていたが、こんな偏ったデータベースとは思わなかった。データベースには学校名がローマ字で表記されているが、位置情報が記入されていないので東電福島第一原発との詳しい位置関係は分からない。
いずれにしても、一番近い相馬市が40mk圏内であるが、他は50km以遠の各都市部の学校である。作為的に政府の安全宣言に合致する汚染度の低い地域の測定値だけを公表していると疑われても仕方のないデータベースである。
郡部の学校の子供の数は少ないので無視すると云うのが行政上の常識かもしれないが、何度も指摘しているように、医学的な健康被害を評価するのに、平均値や、多数の論理は適用できないことは明白であり、統計的確率から求めた棄却可能な上限値は、十分吟味され検証可能な証拠のもとに決められなければならない。これでは文部科学省の科学レベルが疑われる。
福島県内の校庭放射線量の推移 分布に二極化傾向が表れた
昨日に続き、文部科学省の英文データより福島県内50校余りの校庭での放射線率データベースより、測定された放射線率の度数分布の時系列変化を見てみた。以下に度数分布のグラフを時系列的に載せる。比べてみてください。
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最初の測定日、4月14日では、分布は一つの山形であったが、2回目、5月12日には低放射線率側に別の分布集団が現れは始め、5月19日、6月2日と後期になるほど低放射率側の分布に属する母数が増加する傾向が見られる。高線量分布は母数が減少するものの依然として分布の形は存在している。この物理的理由は現時点では私には分からない。
この結果、放射線量の分布が広がり、平均値で見ると、校庭の線量が着実に減衰しているように見えるが、全体に一様に減衰しているのではなく、高線量側の分布が依然として残っていることに注目しなければならない。その結果、95パーセンタイル値で見るとそれほど減衰していないことにがわかる。
いずれにしても、学校環境の放射線測定は、科学的に綿密に行い、単純な平均値と云った認識は誤りだと云うことが分かる。子供たちの将来の健康にに関する問題であり、綿密な科学的データ分析に基づいた行政が必要であることが示唆される。
ここ数日前からの、同様のデータベースによる私が試みた学校の放射線汚染の分析例は、限られた情報をもとにしており、結果が正しいものとして主張しているものではなく。通り一遍のプリントされたリストを眺めるだけでは取り返しののつかない誤りを犯す危険性があり、データを得たら常に分析し、その結果、不足していると思われる情報の充実に努めることが重要であることを示唆している。
文部科学省は、科学的・統計学的な訓練を積んだ人材を擁しながら、何の分析もしないで、固定化されたプリント様式の文書を公表するだけで事足りているとの認識は無責任で、省の役割を果たしていないばかりか、子供たちの将来に責任を持つ組織とも思えない。
緊急に教室の徐塵清掃を行うことの必要な証拠が出た
文部科学省の英文データベース MEXT : (English version) Results of dose rate measurement at schools in Fukushima Pref. etc
を分析した結果、教室内の放射線率が、日々の経過とともに運動場の値に近づいて来ている箇所が増えてきていることが分かった。
先に書いたブログと同じ内容であるが、問題点が分かりやすいよう、政府が最初に使っていた室内減衰係数0.4(木造住宅)、他に、0.8 及び1.0(運動場と同じ)の3つの減衰係数レベルを閾値としてそれ以上の測定値の頻度を表示した。
文科省のデータベースでは、Mean valuse in classroom etc として、窓際、教室の中央、それぞれ高さ1mと50cmとある以外、詳しい測定条件が書かれていないので推定の域を出ないが、6月2日のデータでは、教室内の方が運動場より放射線率が高い測定値が見られる様なったことである。まだ報告されている頻度が数回であるから測定誤差とも考えられるが、下のグラフで見ると明らかに教室内での減少率(遮蔽率)が減少傾向にあることが分る。
6月2日には、屋内減少比0.4以上の測定値が25%強になり、0.8でも10%に近付いている。窓を開けざるを得ないこれからの季節、例え早朝や、放課後に窓を開放し冷却するとしてもこのような状況を見ると、室内軽減は見込めない。
コンクリートで外部のγ線が遮蔽されることを念頭に、教室の窓際と中央での測定を考えたのであろうが、この結果から考えられるのは、もっときめ細かな測定が必要であろう。もし吹き込んだ塵埃のせいだとすれば、特に部屋の角や棚など子供が荷物を置いたりする場所に線量が1以上になっている可能性がある。
乾燥した雪の多い東北の方なら経験があると思うが、塵埃は建物内など障害物がある場合、一様ではなく吹きだまりが出来、異常に蓄積する場所が生まれることは明らかと思われる。
以上の結果は、学校の建物内の塵埃清掃を専門の業者により科学的・合理的に実施することが急務であることを示唆している。
以上のことは、一個人が考えることではなく、行政では考慮済みと思われるが、運動場の表土交換以外の処置がニュースでは聞こえてこないように思うので。
6月2日発表になった文部科学省の英文データベースを解析してみると、5月19日の教室内汚染より更に進んで来ていることが分かった。
文部科学省の最初の測定値4月14日と今回公表された6月2日の線量測定値について、各学校の校庭の高度1mを基準とした教室内線量率比のヒストグラムを示したものが下のグラフである。日次の経過とともに教室内の線量強度の分散が高汚染比の方に進んできていることが分かる。赤線は累積度数分布の%値である。(グラフをクリックすると拡大できます)
分かりやすく表すために、4回の測定値を時系列で並べ、50校余りの福島県内の教室内での線量比変遷をグラフにした。グラフは、平均値、95パーセンタイル閾値、および測定された最高値で描いた。4月14日の最初の測定は後の3回の測定とは統計的に母集団が少し異なるように見られるが確かめてはいない、参考として入れた。
これで見ると、6月2日には、95パーセンタイル値は0.8以上となり運動場1mの高さで計った線量の80%を超えて居る。ピーク値では運動場より放射線汚染の高い場所が出てきたと云うことである(土埃の吹溜まりか?)。運動場の使用制限を1時間にする、運動場の表土を取りかえると云った次元では済まなくなって来たことが予想される。
医学的な危険率を考える時、平均値では意味がない、校舎内各場所での多数の測定値のような場合では、データの分散具合(度数分布)を見て判断すべきである。たとえば、最低の安全基準でも、全測定値の95%がそれ以下となる上限値(95パーセンタイル閾値)を用いることはしばしば行われている。それでも5%は無視されることとなる。
このような、文部科学省の少ないデータベースの公表値からでも確かに云えることは、学校校舎内の放射性塵の除去を緊急に(専門業者による)行う必要があると云うことである。
校舎内の空間放射線率の高い場所は日次の経過とともに運動場の値に近づいている «
教室内に校庭より放射線率の高い場所が 放射性塵の吹き溜まりができているのでは «
訂正: 6月4日投稿の計算に誤りがあったので訂正しました 訂正日: 6月13日 15:15
緊急事態の対策に現場の裁量権を認めず 権力の上下関係で決まる管理体制の間違い
東京電力福島原子力発電所の事故対策についてIAEAの素案が日本政府に報告されたと云うニュースメディアから漏れてくる内容のうち、上層部からの雑音に「ぶれない」福島第一原発吉田昌郎所長の海水注入の継続。現場作業員の復旧作業に対する責任感と行動の努力に対して賞賛の内容が含まれているという。原文では
IAEA INTERNATIONAL FACT FINDING EXPERT MISSION OF THE NUCLEAR ACCIDENT FOLLOWING THE GREATEAST JAPAN EARTHQUAKE AND TSUNAMI http://www.iaea.org/newscenter/focus/fukushima/missionsummary010611.pdf
今回の非常な困難に直面し安全を確保するために、断固として最善の処置をした現場(J-Village)の高度の専門的支援と作業員たちの行動は模範的であり最善のアプローチであったと評価している。
官邸を始め東電の最高管理機関は、海水注入を権力体制の中で決断出来なかった混乱が外部に漏れることをおそれ、誤った中断情報を知らないふりをし隠していた海水注水継続の事実。IAEA視察直前になって事実を公表することにしたようだが、これを吉田所長の報告義務違反が無ければ認めていたであろう、などと云ったように、些細な組織規律の形式違反で吉田所長を処分することで「ちゃら」にしようとの思惑があったのではないだろうか。
このIAEAの調査団は、日本政府は極めてオープンに情報を公開したと評価しているが、上記のように我々日本人の納税者に対する政府・東電の態度とはかけ離れた違和感を持つ。
いかなる事情があろうとも、権力組織の形式的な(マニュアル)体制から外れた行動を排除しようとする社会、今回の事実だけで判断できる問題ではないが、たとえば、吉田昌郎氏を原子力安全委員長に抜てきするような人物評価(英断)が官邸を始め日本社会に欠落していると思う。
話の次元は異なるが、先ほどのJR北海道でのトンネル内火災事件、運転指令は火災と認めず職員に誤った指示をした、乗客の判断で死亡事故は防げた。JR尼崎の事故、事故列車に乗り合わせたJR職員の問い合わせに対し管理職員は救助活動をさせず現場を放棄して呼び戻した。これらはいずれも現場職員の裁量権を認めず、判断のための情報を持たない遠隔地の運転指令の命令を待たなければ処分される管理体制の欠陥であろう。
教室内に校庭より放射線率の高い場所が 放射性塵の吹き溜まりができているのでは
先のブログ記事の要約であるが、福島県内の小・中50校余りの測定データから、
教室内の放射線量率分布を校庭の値と比べたとき最高値が、4月14日には0.7であったものが、5月12日には0.8、更に5月19日には1以上の測定値が数ヵ所見られる。云いかえれば、教室内一部に運動場より強い放射線率の場所があると云うことである。
これは単に測定誤差、あるいは稀な値と見過ごすのではなく測定による詳細な確認が必要な重要事項であろう。平均値で判断することの危険さを証明している例でもある。
このことは、教室の清掃は学童・生徒だけに任せず。専門の清掃業者による塵埃の除去を定期的に行う必要があることを示唆しているように思う。
校舎内の空間放射線率の高い場所は日次の経過とともに運動場の値に近づいている
文部科学省の英文データベース http://www.mext.go.jp/component/english/__icsFiles/afieldfile/2011/04/25/1305394_0419_1.pdf
を用いて、福島県内の学校50校余りの計測データ 4月14日と、5月19日の表から、運動場の高さ1mにおける空間放射線量に対する教室内各部での放射線量の遮蔽率のヒストグラムを比べてみた。
上の度数分布を比べてみると、日次がたつに従って、室内での減少率の分布が広がってきていることが分かる。教室内の減少率が大きくなった場所も見られるので、平均値で見る限り大差はないが、95パーセンタイル値では4月14日0.38であったものが5月19日には0.56になり、危険率5%の閾値で見ると、教室内での放射線量が運動場の値に近づく傾向があることが分かる。
用いたデータ量が十分でないので確かではないが、コンクリート建物そのものの遮蔽率は変わらないと見られることから、土埃等が室内に入り込み蓄積し、吹きだまりなどができ、5月19日には運動場より放射線率の高い場所が見られる。平均値で云うのではなく、きめ細かな検証が必要と思う。これから夏になり窓を開けることが避けられなくなりこことさら重要である。
また、この結果から、小さい木造住宅では、文部科学省の計算基準である、室内減少率0.4はおそらく平均値を云っているのであろうが非現実的であることが分かる。
いずれにしても確かなことは、医学的な危険率を見積もる時、安易に平均値などで判断することは間違いであることを示す実例であろう。
原子力災害危機対策 曖昧な言葉だけのやり取りで証拠を残さない命令系統
本日の朝日新聞記事によると海水注入について、内閣府と東電、現場の吉田所長との間で「曖昧に合意」とある。
昨日書いた5月27日のウォール・ストリート・ジャーナルの記事と合わせてみると、物理的な事故対策は吉田所長に任せ、事故拡大防止策は二の次にして、政府・東電のどの最高指揮命令系統の面子も潰れないよう、また責任問題が起こらないように特化した対策であったようだ。
海水注水の中断が国会で問題にされ、政府・東電の責任問題が起こりそうになり、双方ともどんな命令も出した証拠は無いと主張、とは言っても、吉田所長の注水継続の処置を認めていたと云うわけにはいかない。つじつま合わせで、吉田所長がわざと報告をタイミングをずらせて監督当局に送ったので情報の混乱が起こったと云うことで解決しようとしたことだけはほぼ事実のようだ。
さらに、官邸の注水中断の動揺の元凶は、海水注入についてかえって臨界反応を助長するのではないかの疑問に対し、斑目春樹内閣府原子力安全委員長の曖昧な表現「可能性はゼロとは言えない」だったようだ。統計的数値ではなく「言葉じり」だけで判断する習性の官邸メンバーで困惑が起こったのであろうか?
斑目春樹氏はどんな専門性を持った人物か? ちなみに東京大学の教員紹介で見てみた。公表されているとは云え違う目的で転載するのははばかれるのでリンク情報だけにします。教員紹介
氏の著書・学術論文のリストを見ると、表題だけで判断するのは不当だと思いながらも、自然科学の研究業績が見えてこない。法律・マネージメント関係の文系感覚の学者と云うイメージとなる。天下の東大大学院教授を批判するのは身の程知らずと云われるかもしれないが、もしここに書かれている業績が代表業績とすれば、どうして教授で居られたのか理解できない。
現内閣府のシンク・タンクメンバーはどのような集団か知らないが、氏の原子力安全委員長としての専門性も疑われる。業績のはっきりしない権力迎合型の学者、どのようにも取れる発言、政府・官僚が組織する各種委員会委員の典型のように見える。
組織管理のトップは偉い人ではいけない 管理職のプロであるべきだ
日本社会の曖昧さの一つにトップ管理職を偉い人に祭り上げる風潮にあるのではないだろうか。管理職の職責は有能な人材を見出しその能力が機能するように組織を運営する、言い換えれば組織管理の技術職であり、それを実現するために付与されているのが権力である。現在のグローバルで複雑な社会構造や、原発に代表される巨大な科学技術プロジェクトに於いて、どんな超人的な判断力のある人物といえども個人の能力で判断し処理できる範囲を超えているのは明らかで、それをトップ管理職に求めるのは間違いだ。
そのうえ、現在の熾烈な競争組織の内部で権力のトップの座に上り詰めるには、組織の中での権力の力学に精通し成功することに多くの精力が必要で、必ずしも総合的な判断力を持つ人材と評価されトップの地位を委託されたとは言い切れない。
今回の福島第一原発の吉田所長が注水を続けたことに関し、官邸に詰めていた東電副社長が、官邸の雰囲気が海水注入に懸念を持っていることを察知し東電本社に伝え、東電は現場に注水停止を伝えたと云う話が出てきた。この命令を無視して吉田所長は現場の技術者の職責を行使して海水注入を続けたが、その事実を直ちに上層部に公式報告としないこととし、官邸の命令で何時間か冷却を止めたと云う話を否定しないこととしていた。これは日本の組織社会の知恵として双方の面子を立てる選択肢の一つで済むはずであった。
国会で、数時間の注水中断がメルトダウンに進展したと云う責任問題が浮上して、官邸側は注水停止命令は出していないと云い、東電側では自社の責任になる恐れが出てきて、実は注水を継続していたと云う社内秘密事項の公表を決断したのではないだろうか。ここでもまた組織温存の定石どおり、吉田所長が東電本社に報告を怠ったと云う個人の形式的職務違反の犯罪とされ一件落着のシナリオになったのでは。さらにIAEA査察を目前にして東電は原発管理の技術的誤りを指摘されるのを恐れ、冷却を継続していいたことを公表したかったのではないだろうか。
飛行機の緊急事態の場合、機長は何人の命令よりも、機長自身の判断による事故回避の行動の最終決定権があるように、今回の事故処理でも、技術的管理を任されている所長による処置が最優先されるべきで、リアルタイムのデータもなく、技術的に精通していない単なる官邸関係者の「言葉の上」での懸念に対し右往左往する東京本社の命令を無視した所長の緊急避難処置は合法であるとするのが世界の常識であろう。
以上は、私の根拠のないたわごとではあるが。これを裏付けるような、類似のもっと詳しい分析・取材記事を、5月27日のウォールストりート・ジャーナルに見ることができる。 福島第1原発の吉田所長の注水継続判断 – Japan Real Time – jp.WSJ.com