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またまた言葉選び 「特定避難勧奨地点」

2011/07/29

「特定避難勧奨地点」 住民の放射線被ばく量は物理的現象であり、どんな言葉のテクニックを駆使しても事実は変わることは無い。これは弁護士の言葉選びで罪状が変わる裁判とは違う。

何度も書いているように、伊達市、福島市地域は放射線量に警戒することを示すデータが3月末には出てていたにもかかわらず。知らずか、故意か無視して5か月近く、すでに被曝してしまってからこんな行政手段の発表。MEXT : (English version) Results of dose rate measurement at schools in Fukushima Pref. etc

マスメディアも、行政の発表を受けてからそれを批判する取材に集中するのではなく、東京電力災害が発生した当初の報道や取材の怠慢(報道自粛協定)こそ正確に当時の状況を公表し、自己反省すべきであろう。

福島県内の学校の空間放射線率分布の時系列変化

2011/07/28

校庭放射線率度数分布Apr14 学校運動場校舎内比5月12日

 校庭放射線率度数分布Jun2学校運動場7Jul

上のグラフは学校運動場における空間線量率のヒストグラムの変遷で、4月14日、5月12日、6月2日、7月7日のものである。

7月7日では、強度の高い分布が殆ど消えてなくなっているように見えるがこれは、運動場の表土削除の結果と見られる。

下のグラフは、教室内各部の線量率の分布で、日付は上記と同じである。6月ごろより線量率の減少が見られる。

校庭放射線率度数分布Apr14教室内14Apr

 教室内12May教室内分布2Jun

下のグラフは、上の度数分布から求めた95パーセンタイル限界強度値の減衰状況を見るために描いたものである。

パーセンタイル減衰率

これを見て分かることは、参考に入れた平均値のトレンドを見ると、特に運動場の場合、表土の入れ替えの結果大きく減少しているが、95パーセンタイル閾値の減少率はほんのわずかしか変化していない。すなわち危険評価の上限は運動場の土壌入れ替えだけではけでは安心出来ないことが分かる。教室内では観測初期からほぼ一定の減少率で、これを半減期で表すと約3カ月(88日)と計算できる。

現在残っている放射性残留核種の半減期からは、このような放射能の減衰は考えられないので、特定の観測地点から拡散し薄められている結果ではなかろうか。このことは、生活環境全体の被曝評価が重要であることを示唆している。

数値資料は文科省英文データベースによる。

MEXT : (English version) Results of dose rate measurement at schools in Fukushima Pref. etc

日本のメディアは中国の列車事故報道を批判できるか? 東電災害の報道に思う

2011/07/27

東京電力福島第一原子力発電所の災害報道で、発電所から30km以内の取材ニュースが全くなく、真空状態であったことに当初より疑問に思っていた。報道機関が報道規制協定を作って30km以内に立ち入らないことにし、抜け駆け報道をしないよう「談合を」していたと云う。

言い訳はいろいろあろうと思うが、悪いのは協定と云う一種の談合でみんな仲良く政府や東電のプレスリリーズだけをコピーしていたことである。

マスメディアだけで無く、日本の政府機関の無責任さを示す象徴的な画像を以下に再掲載する。

文科省航空モニター95791af31084 アメリカNISC線量地図

左の図は文科省のヘリコプターによる4月4日のモニタリング、右の図はアメリカ国家安全保安局NNSAが発表した3月23日(日本時間)の航空機による測定値である。これには、2009年鳩山首相とオバマ大統領による日本政府とNNSAとの協力協定があり、NNSAの日本での活動は合法的と説明されている。 アメリカの国家核安全保安局と文部科学省のSPEEDI公開 «

このデータレベルの違い、これは日本とアメリカの科学技術水準の違いではなく、一般人の立ち入り規制を隠れ蓑に、証拠となるデータを隠そうとする役人文化と、データの収集と保存を重要視する科学文化の違いであろう。

日本のマスメディアは、みんな仲良く、このような取材可能なデータに目をつぶり、政府のスポークスマンとなってジャーナリズムとしての使命を放棄していたと云えないだろうか。

言葉だけの氾濫 検証可能な根拠(データ・エビデンス)を求めない文化の欠陥

2011/07/17

今朝の朝日新聞のレポートによると1955年原子力発電の導入に当たり、政府が派遣した海外事情視察団代の報告書が原子力推進に都合のよいように改変されていたたと云う証言。

言葉だけで纏められ、検証可能な証拠の参照を必要としない政府報告書様式。これが、事実とは無関係に、このような当初からの意図に沿った報告書を捏造することを可能にすると云うことであろう。

官僚主導の各種委員会、報告書のストーリーは最初に作成されていて、それに沿って委員会組織や人選が行われ、視察や会議は一種の儀式である。たまたま委員の中から根拠のある反論を出されると混乱となり、このことは担当事務当局の行政能力の欠陥と評価されるだけで、官僚組織は何とか取り繕って当初の目的を遂行し様とする。

現在でも見られるこんな構図が、原子力発電の導入時からあったと云うことか。

初代原子力委員会、ノーベル賞受賞者湯川博士始め著名人や当時の革新系団体の指導的人物を入れ、特定の政治的勢力の弱体化を図るとともに、責任を分散することでともかく見切り発車ができた日本の原子力発電事業の歴史を垣間見るようだ。

1950年~1970年、権力に反対することを職業とする団体が、政治・社会の間のみならず、学界や革新系学者・学生にもはびこり。まともな議論が出来ない社会情勢であったことも歴史的事実としてあり。原子力発電の推進派にとってはやむを得ない工作ではあったことを理解出来ないわけではないが。

今回の東京電力原発災害、これは国際社会の問題である。インターネットによる世界中の情報が錯そうする現在、60年前と同じように根拠を示さない「言葉選び」だけでことを収めようとする政府の時代錯誤が日本を世界から疎外させる元凶となろう。

原発ストレステスト議論に見る日本の引きこもり現象

2011/07/12

マスメディアの原発ストレステストに見る解説や、記事になっている有識者の意見を見ると。国際関係の視点、特に近隣諸国の意見をどのように取り入れるかの認識は無く、鎖国時代に戻った感がある。

メディアは、「外国の顔色をうかがう」、「いつも外国のことを言う」 とかいった反感を買うのが嫌で触れないようにしているのであろうか?

日本の社会が自信を喪失したことが裏返しになってこんな引きこもり現象になっているのであろうか?

日本が科学技術に立脚した先進国と自負するならば、科学的証拠に基づいた検証可能な意見を国際社会で求め、国際社会で議論に耐える合理的な判断基準を作成し公表すべきである。そのためにもストレステストの項目は、世界中から募集するとともに実行するテストの科学的根拠を明らかにすべきである。これが、日本として自信ある態度であり、長い目で見れば国益にかなう方法であろう。

日本を築いた70歳世代のパワー 現役の指導者層の甘えが気になる

2011/07/11

7月10日付朝日新聞で中部国際空港の初代社長の記事を見た。本当に中部国際空港が成功したかどうかは、今後少なくとも10年後でなければ評価できないと思うが、幾度か経験した羽田・成田空港と比べた時、ビジネス空港としての常識は備わっていると感じた。

平野幸久氏現73歳、トヨタ出身、官僚出身ではなくビジネスマンである。前々から、アメリカの友人から成田はビジネス客にとって不便な空港と言われたことが少なくない。その点、平野氏が書いておられるように、トヨタ時代、海外の空港を頻繁に利用された経験から、常識的な国際空港とすることを使命の一つと考えておられたようだ。

私は、1960年代末、ニューヨーク市のトヨタ支社の幹部の方の、ハドソン川河畔ニュージャージ―側の高級アパートメント(日本語のマンション)に2に日ほどお世話になったことがある。当時日本車はまだ一部の小型車だけで、値段の割に信頼性が良いと云う以外、特徴は無く、一般には輸入車ではヨーロッパ車の方が優勢であった。当時家族ぐるみで在住している海外支社の人たちの努力は大変なものがあったと思う。日曜日その方の運転の車でニューヨーク市内ウォール街、ビジネスの”メッカ”を案内していただいた。

1980年代、カナダバンクーバー、奥様が家内の友人で、トヨタのアルミ部品の工場建設の責任者のお宅に招かれたことがある。やはり家族で生活されていて子供の教育には苦労されていたことを聞いた。カナダは、公用語は英語とフランス語2ヶ国語、また、環境や景観に関する規制が厳しく、工場建設の諸認可の苦労話を聞いた。

上記はトヨタの話であるが、分析機器など当時日本のハイテク製品の海外進出に関係した人にも会ったこともあるが、日本の海外進出の基礎を築いた初代の人たちは、家族ぐるみ、自力で現地の社会の中に入って競争的関係の中で働いてきたのである。

現在の閣僚、一流の企業幹部や高級官僚の人たち、組織のお膳立てなしに一人のビジネスマンとして世界に通用するだろうか、疑いたくなるニュースが目立つ。

海外視察旅行一つを取って見ても、修学旅行のように何カ月も前に設定された旅程に沿って集団で ”うなずいて” 回るだけ。こんな旅行はビジネス旅行にはない。空港に着いても誰の出迎えもなく自分でレンターカーを借り目的地に行く、仕事の都合で、航空便やホテル予約も電話やインターネットで変更し効率的に旅行するのが常識である。

組織のバックアップが充分で無い時代、国際社会で、個人の能力で日本経済の発展を支えてきた70歳世代の人々について思う。

原発のストレステスト 国際社会からの圧力では?

2011/07/09

管首相が唐突に言い出したかのごとく見える日本の原子力発電所ストレステスト。

玄海原発再可動の直前に言い出した原因は、近隣国際社会からの強い要請(警告)が日本政府にあったのではないだろうか? すでに日本の原子炉危機を契機に、EUの原発ストレス テストモデルがスタートしている現在、外から見れば、日本政府は政争に明け暮れ、原発災害に対する責任ある政策が見えて来ない。

バブル崩壊後目立つ、日本の指導層・権力組織の国際的引きこもり現象、被害者意識からか、外国から指摘され圧力に屈したと見られるのを恐れ、素直に事情を公表出来ないのでは?

マスメディアには証拠の見えるスクープがほしい。

補足: 7/10

EU政府は、EUに加盟していない旧ソビエト圏内の原発を持たない国々に対してもストレステストに関するアンケートをしている。

日本だけで閉じた問題ではないことは常識と思うが、国際社会での科学技術先進国のリーダーとしての自信が見えてこない。これが引きこもり現象の証拠ではないだろうか? マスメディアも含めて言えることだが。

日本政府の効率と閣僚の給料は世界ランキングから見て均衡がとれてるであろうか?

2011/07/08

一例として、世界競争力ランキング2011(震災前の評価)で全59カ国中、日本政府の効率50位、ビジネスの効率27位、 IMD announces the 2011 World Competitiveness Rankings and the results of the Government Efficiency Gap

あるテレビ番組で、日本の国会議員の年収は世界で一番高いと云っていた。真偽のほどは分からないがどなたか教えてください。

震災後4か月、この間の日本政府の緊急時対策の行政力効率を計ったらどうなるだろう? 比較の方法が無いかもしれないが。

日本のメディアはこのようなことを暴くのも使命であろう。

日本の原子力発電所ストレス・テストはどうなるのだろう ヨーロッパの場合と比較して

2011/07/08

唐突に発表された日本の原発に関するストレスとテストの発表。ヨーロッパでも関心がもたれ、ニュースになっている。しかし、具体的な実行要綱が存在するのか、また、何時それらの作成作業に入るかもわからない。どの政府機関(委員会)がこれに当たるのだろう。

日本一国の問題と考えているとすると大きな間違いであろう。

EU政府では、6月1日からストレス・テストを始めると発表した。この理由として、日本で見られた”考えられないことが起こり”、雪崩のように災害が続いたことに言及している。

すでに、EUの場合、東京電力福島原子力発電所災害直後の3月25日には、域内143の原子力発電所に対し、それ以前には想定していなかった複合災害にどのように耐えるかのストレス・テストを要望していたようだ。

EUでは、ストレステストの項目として、原子力発電所の施設における自然災害に耐える能力のみならず、各種人災やテロリストなどの破壊工作も含めている。

検査すべき項目は、27ヶ国の規制当局にアンケートすることから始める。その中では14ヶ国が原子力発電施設を持ち、13ヶ国は持っていない。

このように、ヨーロッパでは加盟または関連のある近隣国と、EU政府との複雑な法的あるいは利害関係がある中での作業であり、ストレステストの結果は科学的検証可能な信頼性がなければ実行性が望めない。

日本の場合、今までの政府関係の機関では、官僚が都合のよいように組織した委員で構成し、検証可能な証拠(エビデンス)とは無関係に、あらかじめ結論は分かっていて、文章だけの報告書で終わるのが常であった。

しかし、今回議論の発端となった九州電力玄海原発の場合、単に日本ばかりではなく韓国にも影響が大きく、日本政府とは独立したグローバルに信用される組織で構成し、現役の専門家が関与した科学的な検証可能なデータを付けて結論を公表することが不可欠であろう。

「ストレステスト」という言葉だけを取り入れるのではなく、EUの動向を詳しく研究し、近隣諸国の理解を得られるような報告となるストレス・テストでなければならない。

参考とした記事 Japan to ‘stress test’ all nuclear reactors – FRANCE 24

文科省のデータベースを用い 日本各地の空間放射線率の初期時間変動グラフを描いてみた

2011/07/07

文部科学省の英文データベースでは、遅々としてではあるが測定データの発表がされてきている。一定の論理的基準は無いらしく、新規データの発表毎に文科省のツウィッターでタイトルが発表されている。

これらを集め、初期段階での空間放射線率の変化を時系列に並べて、日本各地のデータを一目で見えるよう一枚のグラフに描いてみた。

日本各地の初期放射線量推移グラフ

これで見て驚きを禁じえないのは、激甚汚染地として知られている、原発西北部の浪江町や飯館村の放射線率が、第一原発より数キロメートルしか離れていない第二原発のモニター(MP4)の値よりほぼ10倍も高いことである。また避難地域に入っていない福島市の線量率はやはり第二原発の値よりわずか少ないだけである。(第一原発:NPS1、第二原発:NPS2)。

この北西部の状況は、初期段階でIAEAにより警告されていたにもかかわらず、政府発表は「屋内退避地域」20-30km圏内に固執し、データが無いとの理由でこ地域を「計画的避難区域」に指定したのは4月22日でありそれまでは政府は何の警告もしてこなかった地域である。

計測されたデータが正確でないからと云ってその住民の被曝が無いわけでもなく、科学的推測からその危険性は容易に推定出来、すでに信頼すべき機関から指摘された居た。

福島市については、第二原発構内とそれほど変わらない線量率であったにもかかわらず、放射線量の発表が4月4日まで欠落している。これは福島市には居住者数が多く、避難地域に指定すると、避難者に対する対応が困難なことから故意に隠されたと云われかねない状況である。

他の地域では、太平洋沿岸を南下して静岡まで影響が見て取れる。このグラフに入れなかったが、南西に宇都宮市、前橋市、長野市の範囲でで3月15-16日には放射線量率の増加が見られた。其の他では、この期間データの欠落している仙台市を除き他の近県の線量率には影響は見られなかった。

何度も指摘しているように、データが無いからと云って、被曝が無いわけではなく。行政の免責事項にはならない。科学はデータの欠落を合理的に推定することができ、それを実行しなかったことは大きな行政の科学的判断の失策であり責任を回避はできないと思う。