トンネル天井崩落事故 2007年ミネソタの橋崩落事故の連想
この年の夏、40年前に住んでいたアメリカ東部の思い出の各地を旅行していたとき、ホテルのテレビで知りました。日本より25年ほど早く整備されたアメリカの高速道路インフラ。あちこちで道路の車線を止めて補修工事をしている場面を見でいましたが。橋全体が崩落する事態には驚きました。
老巧化が原因といわれているが、ミネソタの場合地震でも強風でもない、ただ運悪く日常の帰宅ラッシュ時に起きた災害であったようです。
サンフランシスコのゴールデンゲートブリッジ、1930年代に完成した頑丈な橋、ここも車を運転して渡ったことがあますが、いかにも頼りになる印象の建造物として感銘を受けました。
それに比べ、1994年の地震で崩落したサンフランシスコと対岸オークランドを結ぶ2階建てで東西方向車線を分離した鋼材構造の橋。サンフランシスコ滞在中数回渡ったことがありますが、印象は実用を優先した構造物といったものでした。
建造物を、コンピュータを駆使して合理的・経済的に設計する時代のものと、建築技術者の経験と直感に頼った時代を対照したとき。なんとなく現代の構造物にもろさを感じます。
極端な例では、馬車しかなかった時代に建造されたヨーロッパのアーチ橋、いまでも車が安全に走っています。
コンピュータ設計の鋼材構造の場合、全体的構造の強度の心配はないと思いますが、構造の中で、極一部の些細な部分の金属疲労やメンテナンス不良の結果が伝搬して構造物全体の破壊につながるような欠陥があるような気がしてなりません。
いずれも70歳代の高齢者の投稿である。世界に羽ばたく日本文化を支えてきた世代の警鐘とみる。現代の中堅世代の人々に読ませたい。
高齢者と云えば認知症を連想する程度の扱いしかしないメディア。 わかるかな?
若さだけを売り物にする国際感覚音痴の政治家、テレビの報道・社会番組でディレクターに重宝に扱われているコメンテーターといわれる人種。
これらの声に惑わされず、証拠に基づく根拠のある思考能力を身に着けよう。
原子力発電をやめるにしても存続するにしても、現状の原子炉管理体制では放射能汚染危機は変わりない。
東京電力は、原子力発電の利益が、想定される事故による損失より大きいと計算し運営管理してきた結果の今回の破堤である。
脱原発で票を得ようとしているみなさん、政治力で電力会社の原発を停止させ電力会社に発電収益がなくなったとき、この停止しても危険性には変わりない原子炉の安全管理を数十年・百年単位で受け継ぐ組織をどう存続させる政策をお持ちか知りたい。口先で電力会社の責任と言ってみても電力会社にそんな余裕はないことははっきりしている。
現在の電力エネルギーコストは、原子力発電の利益から原子炉管理費を負担することを基準にしているもので、突然売電利益がなくなることを想定して算出されているのではないことは明らかである。
脱原発の場合、我々の払う電力エネルギーコストの増加は、輸入燃料費の負担や再生可能発電の新規設備投資の回収コスト増だけでなく、廃炉になった原発施設と核燃料(使用済みも含む)の安全管理費も電力料金に換算した上で民意を問うべきである。
原発を止めただけでは安全にならない日本の原子力発電所の構造の実例 原発を忘れ去ることの方がもっと危険か? « 退職地球物理研究者のつぶやき
古代エジプトのツタンカーメン王 王家の歴史から抹殺された王族を連想した。 今回は荒唐無稽のたわごとを書いてみよう。
90人以上のファラオの墓、すべて盗掘に会い何も残っていないとのこと、ただ一つ3千年もの間盗掘に合わず1922年に発見されたツタンカーメンの墓。
なぜ、ツタンカーメンはファラオの歴史から抹殺されたか? ツタンカーメンは当時多神教であったアメン神を排斥し太陽崇拝のアデン神を国家神とし、横暴であった多神教の神官たちを排斥しようとした。というのがわたくしの知りえた知識。
いま、日本の既成政党と政党ボスどもを排斥しようと立ち上がった石原ファラオ、政治家として息子の世代も含め日本の政治史から抹消されない秘策は当然お持ちであろう。
日本の政治は、3千年もの昔の原点に戻らなければならない事態にまで来てしまったか!
延命治療 臓器移植 本人の意志と 家族の希望
今日の朝日新聞(名古屋)の記事 「延命治療せず63%経験」 救急施設本社調査。
全国の救急延命センターで過去1年間に経験した施設の割合は、回答のあった57%の施設の中の63%が ”積極的な延命治療”を控えたり中止したりした経験が6割以上あった。中止や差し控えの理由を複数回で回答を求めた結果では、
① 「家族から本人の希望を伝えられた」: 7割、
② 「数日以内に死亡が予測されると医学的に判断した」: 5割、
③ 「苦痛を長引かせ、本人の益にならないとチームが判断した」: 3割という。
「家族や本人の希望」 があれば延命治療を控える動きが広がっている。 というものである。
一方、21%の施設では、中止を検討したが、「家族の意見がまとまらなかった」との理由でしなかったと云う。
ここで問題なのは本人の希望があっても、家族の同意が要るとしていることである。はっきりした本人の意思がわからない場合、近い家族と相談することは当然であるが、問題は本人の意思にかかわらず家族が拒否権を持つことである。家族についていろいろなケースを考えてみると。かなりの期間同居して看病に当たった家族、同居して日常生活していた家族、血縁関係は濃いが別居していて共同生活感のない親族、これらの複雑な関係の中で、単に家族の同意といっても医療機関で法的に成立しているかどうか判断することが難しい場合があろう。問題点を挙げてみると。
① 現在、”患者本人の意志” が必ずしも絶対的に優位であるとの社会的合意がないこと。また本人の意思表示の公的な確認システムがなく、本人のメモや家族などの伝言で本人の意志を判断しなければならないこと。
② ”家族” 漠然としすぎていて、決定に関与する家族(親族)の中での優先権、あるいは法的な家族の範囲、また親族間で意見の合意を確認する機関など、明確な社会的合意が示されていなく各施設で判断しなければならないこと。
医療施設は、医学的な判断、医学的倫理については責任を負うべき機関であるが、家族(親族)などの法的な有効性の判断ができる組織ではない。事後に法廷闘争などに巻き込まれる恐れから、医療従事者が患者本人や親身に看病した家族の意思表示を確信しても、それを最優先に実行できない実情がみられる。
この問題が単純ではないことを具体的に考えてみよう。 <長期間看病した配偶者が担当の医療チームから医学的終末期を告げられ「本人の苦痛を思いやり」延命中止を申し出、医学的にも妥当と判断して死亡に至った>。 しかし、直後集まった遺族がその事実を知り、直系でありながら同居したり親密な関係になかった一部の親族から血縁のない配偶者が責められる場合があろうことは容易に想像できる。配偶者自身も迷いがありながらの決断を全員で支持されないことの精神的負担を考えると酷である。
2005年から2007にかけてわたくしがニュースなどに関連して調べるなどした関連ブログのリンクを下にリストしてみた。
末期事前医療指示書 国立長寿医療センターの例 « 2007/5/25
延命中止 終末期医療に関するガイドライン « 2007/4/10
終末期ガイドライン « 2007/2/16
岐阜県立多治見病院の倫理委員会英断 « 2007/1/9
病院倫理委員会の判定を県の役人が否定 « 2007/1/8
終末期患者の医療に関する要望の確認と、患者の人権を尊重した医療の実現 « 2006/11/2
終末期医療と死亡選択遺書について « 2006/10/31
延命治療 « 2006/4/22
尊厳死・安楽死・QOL・Living Will « 2006/4/2
また起きた尊厳死問題 « 2006/3/27
財産分与に関する遺書のように 「死亡選択遺書」 ともいえる法律的に有効な意志の記録システムの確立が望まれる。
2回続けたおとぼけの誤り。 尤もらしい名前の「原子力安全基盤機構」 メディアの前で頭を下げ謝れば済むと思っている奢り高き人々、メディアもその映像を報道することで責任を果たしたと云えるだろうか。
役に立たない組織の責任を検証し、責任者には刑罰を科し、委員の適性を明かす学術業績などを公表し、委員は初歩的な誤りを承認したことを恥じ辞任することで始めて”謝罪したことになる”はずである。
東京電力福島原発の危機は、幸い季節風の強い冬季、放射性放出物の75%が太平洋に流れたにもかかわらず。地域は壊滅的災害を被ったものである。
以下は、シミュレーションと云った科学的なものではなく、起こったことをイメージした連想のたぐいであるが、昨年11月の私のブログの画像を再録してみます。
もしも 玄海原発が事故を起こしたら « 2011/11/10
もしも 福島原発と同規模の原発事故が若狭湾原発群で起こったら « 2011/11/9
東京電力福島原発の放射能汚染物質の拡散シュミレーション、ヨーロッパの主要3研究組織が公表している動画を見て SPEEDIを使うシュミレーションの公開はなぜ禁止されたままなのか? «
記事の根拠は上記の下線付きタイトルをクリックしてブログに入ってください。
思いたくないが、上記のもととなる科学論文などを読んだ記憶があるならば、直感的に、日本にとって重大な被害を起こす危機的なイメージを連想出来るはずである。風向を180度間違えても気がつかないなど、思考停止委員会としか思えない。
再度云おう、上の二つの画像は科学的根拠は無い。しかし福島で起こった事実に基づいた画像を重ねたもので、ありえない誇大妄想のイメージとも言い切れないであろう。
アメリカ東海岸のハリケーン被害の画像から連想したか? イギリスBBCワールド、東北の大津波の映像を写し、日本政府は復興予算を確保したにもかかわらずその四分の一程が被災地から遠く離れた沖縄の道路や国の建物の改築などに使われ、被災地ではいまだに仮設住宅に住み、町の復旧は出来ていないとその状況を映像つきでレポートしていた。
オバマ大統領の今回のハリケーン災害救助に当たる官僚に対する指令。 「出来ないことを探すのではなく出来ることからやれ」 日本の行政官僚を見てきたかのよう! それとも世界共通の官僚根性か?
全がん協加盟施設間での がん治療効果に差異はあるか?
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では加盟施設別生存率を発表した。このデータに基づいて胃がんと肺がんについて調べた見た。
結果は、統計的確率信頼度を見るかぎり差異は無い。
しかし、1部の新聞では、一番目につきやすいデータだけを取り出して一覧表にして報道(した。これでは数字の差異だけで判断する患者を惑わすだけである。公表者はこのような誤解を生まないよう用意周到に工夫して公表したデータ―べス、その意図を理解できないメディアの無知無能さを見せつけられた。
詳しくは、前の(2012/10/25)記事を合わせてご批判ください。
新聞社の無責任な報道 ここでも がん生存率
が発表され、23日の新聞などメディアも取り上げていた。このデータベースは誤解による勝手な利用をしないためにデータを見るには先ず「コメントを読む」ことを各所で義務付けされている。それほど正しく理解するには難しいデータベースである。
このデータを用いて、胃がんと肺がんについて、各施設の相対生存率に差異があるかどうかを可視化するための方法として下の様なグラフを描いてみた。
Ⅱ期生存率のエラーバーは煩雑になるため省略した。
Ⅱ期生存率は省略、Ⅲ期生存率のエラーバーは省略した。
ここで用いている”相対生存率は”各施設で実測した生存率を、対象者と同じ性・年齢分布を持つ日本人の期待生存率で割ったものであり、異なった地域・性格の医療機関固有の特性を取り除くよう配慮した指標である。エラーバーは各施設での症例数等が異なるのを考慮して信頼度を統計的に推定したもので、データ表の標準偏差から推定した95%信頼度を表したものである。このエラーバーが重なるデータ間では差異に言及することは出来ないことを表す。
上の二つのグラフで見ると、全加盟施設のデータで求めた相対生存率を表す横線に殆どの施設の相対生存率のエラ-バーが重なっている。このことは、数値表だけを見ていれば施設毎に生存率に違いがあるように見えるが統計的には差異は認められないことが分かる。
細かく見ると、個々のエラーバーからは統計的に優位性のあるものが見られるが、同一施設でⅠ期からⅣ期までのデータ全てが、他の施設より優劣を示している例は見当たらない。
言い換えれば、このデータベースで見る限り、リストされた国公立専門治療機関のがん治療効果の差異は無いと見るべきであろう。
公表者が恐れたとおり、毎日新聞の記事見出しは 「がん生存率 治療開始後5年、最大33ポイント差 国公立28専門病院」 といったあたかも病院間の治療効果の優劣があるかの印象を与える見出しで読者の目を引こうとしている。マスメディアの編集者の科学的理解力の欠如がここでも見られる。
見出しこそセンセーショナルでないが、公表されたデータテーブルを無責任にコピーしただけの報道をしていたのは朝日新聞、共同通信も同様である。
下の例は、新聞報道のデータから描いた全がん協病院のがん患者5年生存率グラフである。
これでは各医療施設に優劣があるように見える。毎日新聞の見出し「・・・・33ポイントの差」は四国がんセンターと群馬県立がんセンターとの差を云っているのだろうか? がん協の恐れたこの種の間違いを助長したものと云えよう。誤解を生じないために各施設での症例数や、Ⅰ期/Ⅳ期比を同時にリストし報道していると云いたいだろうが、メディアの編集者でも誤るような判断の難しいデータをただコピーするだけ、判断は読者にまる投げの記事はメディアの使命を放棄した無責任記事と云われても言い過ぎではないだろう。
なお、ここで用いた各用語はこの記事の最初に挙げたウェブ 全がん協加盟施設の生存率協同調査 / 施設別生存率 に詳しく解説している。
人類の悲願 不老長寿 今度こそ成るか?
iPS細胞 は分化した細胞をリセットし、初期状態の遺伝子情報を取り戻すと説明されている。
しかし、これから生まれて来るのは新しい生命の誕生であり不老不死には当たらない。
私たちの生命維持の為の器官の再生、更新が出来るようになることは素晴らしい医療技術であろう。
脳内でも、情報を連結する神経細胞の更新は活動を活性化するのに期待がもてよう。
ここで私たち人間にとって不老長寿とは何であろうか? 単純にいえば人格の継続であろう、 それを司る細胞集団はどんなものだろう。
そこでは、細胞分裂の能力を維持するする「テメロア」を延長する方法と、それと合わせて、傷ついたり変異した悪性遺伝子の修復技術が求められる。
コンピュータでいえば、オペレーションシステムやハードウェアだけを更新し、構築された全ての情報を維持しながら障害となった記憶領域だけを駆除する技術をを連想する。