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南極キングジョージ島の風景 1990年

2005/11/21
古い銀塩写真のフィルムからスキャナーで取って画像処理ソフト・「ペイントショップ」で補正してみた。
 
キングジョージ島は、南極半島の先端に位置する島で、チリ空軍基地があり年間を通じて航空路が開かれている。到着したのは1990年8月6日で、季節としては北半球の2月始めに相当し、24時間夜の季節が終わり昼間があるようになっていた。
 
交通は、チリの最南端の都市プンタアレーナスから空軍のC130輸送機で1200km、約2時間の飛行で到着する。滞在した基地はそこからヘリコプターで氷河を越えたところにあった。
 
1ヶ月余り滞在し、帰りの便は、チリ大統領の視察の一行のC130に便乗させてくれた。
 
 
 
 

小泉首相の戦略 なぜ国際ニュースで無視されている靖国問題に固執するか

2005/11/20
今回のAPEC首脳会議後のインタビューで小泉自身が言っているように、靖国問題は国際問題としては一時的な小さな一つの問題だと。 これは正しい、国際ニュースにおいて日本の顔が殆ど見えていない。国際的に関心のある問題に小泉がアッピールしないからだ。
 
ではなぜ世界の大多数から無視されるような問題だけに固執するのか。
 
以下のシナリオは荒唐無稽であろうか。
 
小泉の日本での圧倒的な力の裏にはアメリカの経済戦略がある。これはニュースにならない裏外交であり、この支持を得られれば、小泉の抵抗勢力である従来の経済界と結びついた利権集団を押さえ込むことが出来、安定した政治基盤となる。しかし、このことをカモフラージュしないと世論が何時小泉から離れないとも限らない。そこに靖国問題の格好の利用価値が生まれる。小泉は信念の強い人、外国の内政干渉に屈しない政治家、党利党略にとらわれない決断の人というイメージを作り上げた。その上で、国際的孤立に悩むブッシュ政権との親密さを世界にアッピールしている。またもや見事な国内向けの演出である。極東裁判の当事者であるアメリカが靖国問題に口をつぐむのもそこであろう。
 
今回、小泉は、中国や、韓国で過激な日本排斥デモが起こらなかったのは小泉外交の成功の現われのように言っているが、そうではなく、両国の指導者が上記のことに気がついたからではないだろうか。
 
小泉も、ブッシュも近いうちに退く、ブッシュの後継者は無いであろう、小泉の後継者が日本の国際的な孤立を継承しないように望むしかない。
 
 
 
 
 

首相制と大統領制の違いか

2005/11/18
CNNによると、いまアメリカの上院ではイラク戦争を始めるとき、ブッシュ政権が情報のでっち上げをしたか? で大論争となっている。このことはマスメディアも精力的に報道している、ベトナム戦争末期の様相が思い出される。
 
我々の政権では、小泉の郵政民営化法案に反対しただけで政界から追放とも言える政治家としてのリスクを負わされた自民党の政治経験豊かな人々がいる。それでもマスディアの議論も起こっていない。
 
大統領制は、現実的には政党の支持基盤の上に立っているとは言っても、最終的には国民投票により個人的に選ばれるのに対し、首相は政党が選んだ代表者であるから首相に反対したものは政党から追放されるのは当然と言う理屈は成り立つが。
 
わが国ではいま、靖国問題に異論を唱える議論をすることだけでも、60年以上にも前の戦争で亡くなった軍人を冒涜するがごとき風潮を作り上げたり、中国や韓国の内政干渉と決め付けて、偏狭な愛国心を駆り立て議論を封じ込めようとする政治的意図がが見えている。マスメディアもこの問題を避けている様だ。
 
アメリカの場合、現在若者が戦場に送り出されており、死者を出し、毎日死の恐怖に耐えながら現地に駐留している、そのさなかに、戦争を始めた現政権が、嘘をついて開戦をしただとか、成果が得られなくても撤退すべきといった議論を匿名でなく、議会で政治家が顔を見せて行っている。
 
我々は、歴史的にも文化的にも単一民族の国である。権力グループに都合の悪い議論をしたからといって、排斥しなければ国としての存立が危うくなるような恐れのある国ではない。
 
アメリカを始め、イギリス、フランスでも現在、多くの文化、宗教、言語までも異なる人々を含んだ社会を構成し、困難な政治的状況となっていることと比べると、わが国の権力組織は国民に対し臆病すぎるような気がするのはなぜtだろう。
 
 
 
 
 
 

オーロラの連続撮影 

2005/11/16
古い画像ですが、1999年カナダのイエローナイフにオーロラを見に行った時のものです。10日間滞在していて2回晴天に恵まれ撮影することが出来ました。
 
カメラは、冷却CCDといって、受光部分をー30℃以下に冷やして撮るもので、コンピュータからのコントロールで直接収録するものを用いました。
 
このスライドは、12月28日 20時54分 から 21時3分までの約9分間を約5秒間隔、各フレーム3秒の露光で撮ったものです。あまり明るくないオーロラでしたので色は出ませんでしたが動きのはっきりしたオーロラでした。
 
撮影地点から西向きに見たもので、地平線のオレンジ色は空港上空の散乱光です。広角レンズですので画像の上端はほぼ天頂になります。
 
 

東京証券取引所のコンピュータダウン

2005/11/01
また起こった金融機関のコンピュータダウン。
 
真相は分からないが、このような重大な信用に関わるコンピュータシステムが数時間も中断するのは、日本の経済システムの危うさと、国際的信用を失墜するものである。
 
重要なオフィスでは、コンピュータのクローンオフィスを持っているのは常識で、まさか東京証券取引所がクローンオフィスを設けていないとは思えないが、日本は地震国であり地震の影響が届かない遠隔地にそのオフィスは設けられていることだろう。またこれとは別に、基本ソフトを交換するときには、旧システムも同時に作動させ、新システムでトラブルが起こったとき、旧システムに切り替えるバックアップシステムを働作かせているのは常識と思うがどうだっただろう。ソフトウェアー会社に損害賠償を請求するとのことだが、それよりも投資家で損害を受けた人はどうなるのか。ソフトウエアーのミスで数時間も止まるシステムを運用している取引所の方が責任が最も大きいと認識していないのが不思議である。
 
信用と、信頼のための高額な投資は惜しむべきではないと思う。地震やテロで日本の金融システムが1週間も止まったら、日本の金融の信用回復は何年もかかるような気がする。
 
郵政民営化に伴うコンピューターシステムは、政治に翻弄されて見切り発車の様相と聞く。
 

邸宅ホテル Chateau de Saint Paterne

2005/11/01
20世紀の御伽噺か? 現在も生きている15世紀の大邸宅 Saint Paterne 
放置されていた邸宅を相続者の若いカップルが建物の歴史を尊重して修復した、部屋数7つほどのホテル。アンティークや家具、古代の暖炉など完璧に修復するのではなく、雰囲気を大切に残した仕上げにしていた。
 
フランスの道路は、広告を一切禁止しているので、町までは到達出来るが目的地を見つけるのは難しい。このときは、クロード・モネの庭園Givenyから走ったので夜遅く村に着いた。村の中は車一台がやっとの中世の道で動きが取れなくなった。ちょうど肉屋らしき食品店の明かりが点いていたのでシャトーのアドレスを書いた紙を持って入って親父さんに見せたところ、英語は出来なさそうだったが、私の用件を理解して、若い男の子を呼んで、彼のバイクについて行けと手まねで言ってくれ、無事シャトーに着くことが出来た。
 
ホテルでは、夜9時を過ぎていたが、食事を急がせるでもなく、家族的なもてなしでゆっくりと私たちだけの夕食をとることが出来た。
 
フランスの田舎町の人の親切と穏やかな暮らしを垣間見た。
 
 
 
 
 
 
 

ハリケーンウィルマに見るもう一つのアメリカ

2005/10/28
今年はメキシコ湾のハリケーンの災害が多い年だった。
 
CNNが提起している今回のフロリダでの状況は、退職高齢者の住居地域の被災問題だ。
アメリカでは、同じような生活条件の人たちが集まって住宅団地を形成しているのが普通だが、高齢退職者もその一つで、各地に高齢者だけの住宅や、コンドミニアムの団地が出来ている。その中で、冬暖かく湿度があり、緑豊かで地価や人件費の安いフロリダは人気の地域である。
 
高齢者にとって、電力が長時間途絶えることは生死に関わることが今回明るみに出た。食料や薬の保管には冷蔵庫が必要だし、コンドミニアムではエレベーターが止まれば高齢者は外に出ることも出来ない。電力によるエアーコンディショニングを基本構造として建てられた住居では、居住環境の悪化は高齢者には耐えられない。
 
州政府関係者に、3日前から警告を出していたのに、食料や、水、氷などの備蓄をしていないのは非常識と言った発言があったようで、高齢者の生活の実情を知らないと批判されている。
これらは、日本と違うアメリカ社会の特徴で、同じレベルの生活階層は同じ地域に住み、他の階層との日常生活での接触はなく、互いに無関心であり、実情を知らない。このことが、政府関係者の発言に現れているように思う。
 
先の、ニューオリンズでは、避難命令が出ても、車が無く、銀行口座もクレジットカードも無い、何処にも移動する手段が無い住民が、あれほど多く居たことを、おそらく、連邦政府や州政府の幹部たちは知らなかったと思う。今回は、高齢で体力は落ちていても、教育程度もあり、金融の信用もあり、若いときにはアメリカ社会をささえてきた人たちが、予告された災害に対し、自分の責任で当然準備をしているものと思っていたのではないかと思われる。これが、対応の遅れた原因であろう。
 
災害が起こったとき、たとえ、予測できる災害であったとしても、行政が、すべて面倒を見るのが当然と考えている我々との違いであろう。
 
 
 

フェルメールの絵画に魅せられて 美術館めぐりの旅

2005/10/25
オランダ・デルフトの画家ヨハネス・フェルメールの絵画に魅せられて。
 
2002年、オランダ・ハーグのマウリッツハイス王立絵画陳列室で「真珠の少女」と「デルフトの眺望」を見て、自然な画風に感銘を受けた。
 
フェルメールの絵画は、世界に三十数点しか現存していないことを知り、フェルメールを収蔵している美術館に注意して、見落とさないよう気をつけようと思った。
 
今までに訪れた美術館と観賞出来た絵画の数は、マウリッツ 3、アムステルダム国立美術館 4、ルーブル美術館 2、メトロポリタン美術館 3、フリック美術館 3、スミソニアン美術館 2、そして神戸美術館の特別展示「手紙を読む少女」 1、 とほぼ半数の絵画を見ることが出来た。
残念ながら、ロンドンとエディンバラの美術館では見落とした、
 
デルフトを訪れたときの写真をスライドにして載せた。
 

遺跡の修復に情熱を燃やすピエール・カルダン

2005/10/23
先ほど BBC Worldで、あのピエール・カルダン(82)がマルセーユ近くのラコストの古城と、隣接するローマ時代の劇場の遺跡を買い修復を始めているインタビュー番組を見た。
 
ラコストの古城のオリジナルは11世紀のもので、すでカルダンは一部改修して自分の住居にしている。余り快適そうには見えなかったが、その地下には拷問に使った未修復の部屋もあり、インタビュアーの女性に冷かされていた。ローマ時代の劇場の修復には特に力を入れようとしている様子だった。
 
82歳の情熱、若いときには最先端の創造的事業をしてきた人の、ごく自然な態度でインタビューを受けていた晩年の姿に感銘を受けた。ヨーロッパ人が夢見る老後の理想を具現化している例であろう。
 
スエーデン、フランス、イタリア、スペインを旅してヨーロッパの人たちが、古い文化財を上手に現代の生活に生かしていることを知った。今も生活が営まれている、スラム化していない旧市街もそうだが、各地に、一時代放棄され荒れた修道院や、お城、貴族の館などの内部を、現代の快適な空間に改造したホテルがあり、その幾つかに宿泊した。古い調度品などをうまく使って雰囲気を出している。
 
我々も古い文化を受け継いでいるが、現代に生かしていないような気がする。
 
 

ハリケーンの脅威

2005/10/21
カリブ海のハリケーン
 
昨年9月、カテゴリー5のハリケーンがグランドケイマン島を襲った、今年はニューオリンズを破壊した、今度はWilmaがキーウェストを狙っている。
 
ニューオリンズでは、多くの死傷者や生活困窮者を出しているので今日載せたスライドは不謹慎な気がするが、1998年に観光で訪れた二つの美しい地域が続けて被害にあったことを思い、当時の銀塩写真からコピーしてみた。
 
ケイマンの帰りに、飛行機から見たキーウエストには何時か行けたらと思う。
 
ケイマンは、タックスフリーのオフショアーバンキングの島として、たくさんの投資銀行や、高級リゾートホテル、コンドミニアム、ゴルフ場、スキューバダイビング施設など、観光と金融ビジネスの島として繁栄し、まだ各地で開発が進められていた。島は、珊瑚礁で水面上数メートルの標高しかなく、普通の植物が育つ土が無い。ゴルフ場やホテルの庭の植え込みは島外から運んできた土で作られたと聞いた。自然破壊の人工環境リゾート、その究極の見本のようだった。
 
島は英領で、島の中央部にはクイーンエリザベスと名付けられた植物園があり、固有の植物が保護されていた。当時アジアでは通貨危機であったが、アメリカの株価はうなぎのぼりで、幸運なアメリカの観光客でどこも満員であった。8日間程滞在したが、東洋人は2,3組しか見なかった。
 
ニューオリンズでは、ミシシッピー川の両岸に点在する昔のプランテーションの経営者の屋敷を見て周った。奴隷文化の遺物のように見えなくもないが、若いアメリカでは、古い歴史的建造物として保存している。当時、文化的僻地に家族で孤立して暮らす資産家が、どのような思いで生活していたか、出身地の文化的環境を守るための工夫が家の諸設備を見て感じられる。これは、ニュジーランドの昔の領主の屋敷でも同様に感じた。