コンテンツへスキップ

アメリカ東海岸の大雪

2006/02/14
ニューヨークで今年は何十年ぶりかの大雪のニュース。
昨年の今頃ニューヨーク市に滞在していた。初めの週は雪はなかったが、ワシントンDCに移動する日は雪で1時間ほど遅れた。
ワシントンでは1日おきぐらいに雪で、2回目に訪れたナショナルギャラリーでは、雪のため、政府の従業員が午後3時で帰宅になり、美術館を追い出されてしまった。
ワシントン出発の朝、行き先のアルバニーが雪のようなので、フライトがあるかどうかホテルのフロントで訪ねた。電話をしてくれたがこのような場合、航空会社の電話は話中で繋がらない。インターネットで調べられないかと聞いたら、オフィスのキーを貸すから自分で調べてほしいと言ってキーカードを貸してくれた。
航空会社に接続して調べた結果、キャンセルされていたのでもう一泊延長し、ホテルでゆっくりして翌日のフライトで移動した。
日本のホテルで、70歳台の老人にインターネットで調べるように事務室のキーを貸してくれるだろうか。おそらく老人はコンピューターは出来ないと決めてかかっているだろ。コンピュータ利用の日本社会の遅れを改めて実感した。

ルーブルの古代カービング石画

2006/02/12
ルーブル美術館の膨大なコレクションから。
エジプト古代?
 
大きな美術館は疲れる。美術館にはレストランやカフェテリアがあるのはありがたい。昼食を白ワインでゆっくり取り、3時にはシャンペンを、夕食は予約してレストランで、美術館でもディナーレストランは6時半まで開かないのでそれまで歩き歩き、わずかな段差でもつまずきそうになる。夕食が待ち遠しい。

古いアルバムから 最初の車Lark

2006/02/06

古いアルバムから

最初の車、1967年2月、研究者として始めてアイダホ州立大学に渡り、その町で始めての運転免許を取った。その年の5月、所属の物理学科の主任教授が定年退職になり、故郷に帰るとのことでこの車を譲り受けた、価格は給料の4週間分ぐらいだったと記憶している。

当時、コンパクトカーとしては最もハイパワーの車だった。スチュードベーカー社は1964年モデルを最後に1966年に消滅した。メーカーとしてはGMより古く、初期のモデルは自動車博物館に陳列されている高級車だった。1968年ニューヨーク州立大学アルバニーキャンパスに移籍したのでこの車で大陸横断をした、2年余りで6万キロほど使用した。写真はレニア山を背景に1967年夏に撮ったものである。

Studbaker Lark 1960: Overhead valve V-8 engine, 4.2 litres, 180 horsepower

明るい話題 建築家 安藤忠雄

2006/02/03
今朝テレビで東京表参道ヒルズ・モールの映像を見た。
関東大震災後に建築された同潤会アパートメント跡地の再開発として、安藤忠雄さんの設計とのこと。
安藤さんは国際的に活躍されている建築家で、経済性を無視できない東京で歴史的イメージを残すには、あのような建造物が精一杯ではなかったと思う。
今日のスライドは、昨年訪れたアメリカのマサチュウセッツ ウィリアムズタウンにあるカレッジ、 クラーク アート インスティチュート が運営している美術館の外観である。
ここで、2007年春に完成予定として計画されている、ギャラリーと研究棟の設計が安藤忠雄さんに決まっている。昨年訪れたとき、この内容の表示パネルを見て早とちりし、建物を探して雪の中を歩いた。外観はそのとき写した映像である。
2枚の完成予想図は 「クラークギャラリー Masslogue」 http://www.masslogue.com/ からコピーしたものである。
ここは大好きな場所で、訪れたのは3回目である。夏にはキャンパスの遊歩道を散歩できる。
このギャレリーのメインは、フランス印象派のルノアール、モネ、ピサロと言えるが、そのほかにもヨーロッパ、アメリカのコレクションが展示されている。
こじんまりした品位のある美術館である。

怖い予感

2006/02/03
右傾化?した現政権。
野党も、マスメディアも竹中総務大臣について沈黙を守っている。不気味な力を感ずるのは自分だけか。

ブログ「平蔵が動く」とはどういうものか

2006/02/01

竹中平蔵公式ウエブサイト

http://takenakaheizo.cocolog-nifty.com/images/header_top.jpg

の「平蔵が動く」にコメントしたのに対し、このブログの管理者らしき人からの応答は無かったので

以下のコメントを送って終了とした。

 

最終コメント

前回の選挙に関して結果だけを見れば

広島六区の有権者の皆さんの方が自民党執行部の判断より正しかったと言うことです。

これは日本の民主主義が成熟したと喜ぶべきです。

残るは、現政権の中枢小泉、竹中氏が責任をどう説明するか、関係ないとオーム返しに言ったり、沈黙を守ることが説明ではないことは明らかです。

残念ですが、これでこのブログから消えます。

 

以上

竹中平蔵氏のブログに出したコメント

2006/01/29

下記は29日に竹中氏のブログに送ったコメントのコピーです。

資料 閣議後記者会見の概要 竹中氏のブログ

1月24日 閣議後記者会見の概要 について  
大臣の回答の下記の部分について論理的矛盾を感じました。
①堀江氏の応援に赴いたわけでございます…大変残念であり、また、極めて遺憾であるというふうに思っております。
②総理は今回の問題と選挙の応援は基本的には別の問題であるという旨のご答弁を…私も基本的にはそのように思います.
③今後の捜査の進捗を見守りたいと思います。総理も…..
論理的に①②の件は、総理と違い前金融担当相として指導力欠如、判断の間違いであり結果責任として日本の金融財政担当者として不適格の十分な根拠となります。
③については、現実に経済の混乱が起きたことに関し防止策を研究し、必要な法律を検討するのが政治家であります。捜査は堀江氏個人の問題であり、政治がその結果を待つ根拠がありません。
日本の記者は論理的矛盾を突いて質問攻めにしないので、口当たりの良い回答をして時間をつぶすのが政治家の技術とお考えのように見えました。大臣はアメリカで教育を受けた方とは思えません。これが私の実感です。

投稿者: 夜空 光 (2006年1月29日 午後 10時24分)

言い訳が通用する文系社会

2006/01/24
文系経済学者の典型と見える竹中平蔵の不勉強不見識が露呈したのが、彼のホリエモン推薦であろう。
 
慶応大学の経営出身で、複数の大学を設立経営している或る理事との雑談のとき、日本の経済学者は起こったことについて屁理屈をこねるのが学問で、予測や判断は学問で無いと考え、かれらの範疇にはないと言っていた。
 
竹中氏の経済運営についてよく言われた、ペーパードライバーの運転は本当のようだ。郵貯の財産が禿げたかのえさになる恐れに真実味が帯びてきた。
 
元旦のブログに、今年を予感して載せた古代人の絵画ように、祈りに頼るより無いのだろうか。
 

ライブドアパニックと東証

2006/01/18
またまた東証システム全面停止。
 
不幸にもまた東証のコンピュータシステムの懸念が的中。どうして日本の金融システムがこんなに機能不全なのか。
最近、三菱UFJ銀行もトラブルを起こしたようだ。ニュースによると合併によるコンピュータシステムの不調で、統合されたシステムが稼動するのは何年先だとか。
今度は郵便局の金融業務が・・・・・・心配の種は尽きない。
 
東証幹部は、ライブドアに対する突然の捜査のせいにしているが、このような理解しか出来ない無能な人物が、我々の社会の機構を構築、維持する責任ある地位に鎮座できているのはどういうことか。権力機構に問題があるとしか言いようが無い。国際的評価委員会のようなものを作って評価を受けそれを公表してはどうか。
 
大規模なテロや地震などで、何週間も経済機構が停止したとしても言い訳だけですむと考えているのだろうか。
 
世界第二位の経済大国の金融システムがこれでは国際的に相手にされなくなるのは目に見えている。世界に孤立して生きてはいけないと思うが。
 
 
 
 

多様なアメリカ社会

2006/01/04
ウェストバージニアの炭鉱事故の悲劇
 
ウェストバージニアで炭鉱爆発があり13名が閉じ込められて48時間後、救援隊から1名死亡12名生存の情報が教会に詰め掛けている親族に伝えられた。歓喜の歓声が近くで取材している報道陣に聞こえ教会の鐘が鳴り、深夜であったが住民が出てきてインタビューを受けていた。コミュニティーの皆が神に祈った神の御加護であると言って、感謝と共通の喜びとして答えていた。
 
しかし、3時間後に1名生存、12名死亡の逆転の知らせが入り親族は怒りに変わったという。これは、現場に入った救援隊とのコミニュケーションのミスと言われていたが、20分後には間違が分かっていたのに親族に知らされなかったとの話も出てきたようだ。また、最初の生存の情報が入ったとき、州知事も教会の中に居て親族と一緒に喜び会った。その後知事の事務局から行政独自の情報連絡が無かった様で知事の管理能力も問題になりそうだ。
 
48時間密着取材した報道陣にも殆ど情報が伝えられない様子で、12名生存の情報が入ってから、何台かの救急車が現場を離れて行く様子の映像を写しながら、救急車の中での手当ての方法や病院での検査項目などの解説を救急医療権威者に求めている場面など、生存を前提とした放映を続けていた。情報が正しく伝わっていれば、無かった憶測報道であったと言える。
 
ウェストバージニアはアメリカで典型的な貧しい州のひとつで、山岳地帯に小さな町が点在し働き場所が少なく、平均的な教育程度も低く、生まれた土地で一生を過ごすような人たちが、価値観と宗教観を共有してコミュニティーを作っている。このような善良でナイーブな人々が受けた、当局のうらぎりとも取れる対応に対するショックは計り知れないように思う。イラクで重傷を負い捕虜になった若い女性兵士もこのような小さな町の出身で、彼女の正義感は、軍発表の救出劇の嘘をばらしたことがあった。
 
1969年に、ウェストバージニアで車が故障し土地の人に世話になったことがある。そこでは、みんなで助け合って生活している貧しいが善良な田舎を実感した経験がある。アメリカ各地には、このような、地域コミュニティー以外との接触が少なく、つましいが安定した生活をしている人々が居る。アメリカは、我々がイメージしている、少しでも良い職業を求めアメリカ国内を転々としている競争社会に生きている人ばかりの社会ではない。
 
全土が都会化し、東京が先進文化の中心と考え、マスメディアによって伝えれれる情報を常に気にしている、均一化志向の日本人の習性ではでは理解しにくいアメリカがある。ニューオリンズのハリケーン災害でも明らかになったように、アメリカでは生活環境の違ったグループ間の接触は少なく、互いに無関心で無知である場合が多い。名実ともに合衆国という側面がある。災害に遭遇するとこのような社会の構造が見えてくるようだ。