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ドイツ・オーストリアの車事情

2006/08/13
今回の旅行ではレンターカーは都市部では使わなかったが、これらの国ではレンタル料金や保険料が非常に高価であるように思った。
先ず、ヨーロッパは何処でもその傾向があるが、小型車ではマニュアルトランスミッションの車が多く、オートマチックトランスミッションで価格の安い車はレンターカーに少ない。
特に、現在日本円やUSドルに比べてユーロが高いのでなおさらである。
ガソリンが1.4ユーロ・リットル、ディーゼル燃料が1.0ユーロ・リットルと日本円に換算すると、それぞれ、リットル当たり200円、140円と非常に高価であった。
しかし、高速道路では、乗用車の走行速度が普通で140km/h、150km/h以下にセーブして走っていると、160~200km/hで走っていると思われる後続車に煽られる場合をしばしば経験した。アメリカではガソリン価格は社会問題になっているがヨーロッパでは問題になっていないのであろうか。
オーストリアでは、高速道路料金は無料と思っていたが、通行カードが必要で、レンターカーではその権利のステッカーが貼られていた。このことは、サービスステーションで道を聞いたとき初めて知った。何処の国でもそうだが、ガスステーションでは、教育のある人も立ち寄るので、人を選べば非常に親切に英語で説明してくれる場合が多い。
ヨーロッパは、電車やバスが発達しているので、便利なようだが、切符の買い方など非常に複雑であり、降車駅の表示も見つけるのが困難で、旅行者向きではないように思う。
都市部ではタクシーが日本に比べて安く便利である。行き先をメモ用紙に書いてドライバーに渡せば間違いは起こらない。
 写真は借りた車 Mercedes E200 と Opel Astra 
 

オーストリア航空てんまつ記

2006/08/11
Austrian  Airlines  OS52  NRT VIE 路線 の機内サービスについて。
先に書いたように6月12日 成田・ウィーン線の機内サービスがめちゃくちゃであったことについて航空会社にレポートした。
ウェブページの欠陥と思うが、航空会社の日本語ウエブにメールアドレスが見当たらず、メールを航空券を買った旅行会社から転送してもらった。
一応、お断りらしき返事がカスタマーディスクから来たが、満席であったとか、サービスに当たった人物のせいにし、言い訳がましいものであった。再度この点を指摘したメールを出したところ、担当者が休暇中との返事が自動返信メールで来たきり今日まで応答が無い。
問題は、インターネットウェブページに、顧客からのメールアドレスを明記していない、カスタマーサービスが個人メールであることなど、公共交通機関である航空会社の体を為していないと思う。12日の機内で苦情を言ったときオーストリア本社のアドレスをもらっておいたのでこの点をレポートしようと思う。
 
帰りの便
8月6日、帰りの便で、搭乗口で挨拶したのが、行きの便の時のチーフパーサーであった。家内に愛嬌を振り回し、その後の状況から、苦情が本社にレポートされていたようだ。チーフパーサーも、自分が機内で受けた苦情をレポートした書類のコピーを見せたが、ドイツ語で内容は分からなかった。
帰りの便では、サービスは正常で、時々要望を聞きに来たり、ワインなども最初に決めたものを間違いなく注に来た。特に我々にはクルー全員が注意していたようだ。行きの便でもそうだったが、苦情を言ってからは、我々の座席から見える乗客は同様のサービスを受けていたようだ。航空会社も原油高や、警備など、経営環境が悪くなり、クルーも労働条件が悪くなっているとは考えられるが、理不尽なことには指摘することが必要と思った。
 
 
 
 

ニュース専門メディアの必要

2006/08/10
今日午後3時ごろテレビをつけたら、CNNでヒースロー空港の事実上の閉鎖のニュースをやっていた。BBCに切り替えてみると当然であるが同様であり、以後現在までこのニュースのみで埋め尽くされている。 
 
我々はテレビでニュースを見ようとすれば、よほどの非常時でも無い限り各局の定時ニュースを待つしかない。
現在の日本は鎖国状態では無いと誰もが信じているが、多様な情報を必要としている人が多い現在、ニュース専門メディアが無いのは社会システムの欠陥ではなかろうか。
 
この状態で世界第二の経済大国であり続けることができるであろうか。

ウィーン空港にて

2006/08/06
少し前にウィーン空港に着いた、ラウンジの無線ランが繋がったので待ち時間を利用して今回の旅行で感じたことを記録する。
 
7月の12日にドレスデンに着いてから、初めてのドイツ語圏旅行になった。ドイツ語圏の知識人は英語がうまいので大丈夫と思ったが案外一般人は英語の通じない人が多い印象を受けた。
表示で面白いのは、やってはいけないこと、たとえば「入るな」とか「プライベートエリア」といった自分たちの都合の悪いことには英語のサインがあるが、旅行者に必要な情報はドイツ語のみであった。
 
もと東ドイツの共産圏であったドレスデンも、アコモデーションシステムはオーストリアと殆ど変らなかった。オーストリアも含め、今まで旅行したヨーロッパ諸国と少し異なるのは、現金主義であることで、ATMで現金をたびたび引き出す必要を感じた。また、どちらかといえば他人に注意を払わない、後に続く人のためにドアを持つとか、エレベータを開いて待つとかいった心使いが少ない。希にではあるが列で待っている時ちょっとした割り込みあったりして戸惑うことがあった。
 
良いところは、都市でも治安は抜群に良いようで清潔で安心できる雰囲気を感じた。
田舎の旅行では、道路標識は旅行者向きではないが、接触した人々は素朴で親切であった。
なにより、美術館や、歴史的観光施設には、清潔なレストランがあり、ワインやビールをのみながら1時間ぐらい気やすに休む所が整備されているのがよい。
 
 
 
 

オーストリア最後の日

2006/08/05

マチネー

今日は最後の日、出発前に分かっていたことであるが、モーツアルティウムでのモーツアルト・マチネーの券が手に入らなかったが、開演時間前に館内に入り念のため訊ねたがやはりソールドアウトだった。

ニューレジデンスで行われるモーツアルト弦楽四重奏団は空席があった。プログラムは、KV155,157,170の初期のもので、今までに聴いた記憶の無い曲目で興味深かった。美しい天井画のある部屋で、150席ほどの座席数に100人程度の聴衆で行われ、演者の至近距離で聴くことが出来た。演者4名の表情や目配せ、音楽の各パートのやり取りを手に取るように知ることが出来た。

ザルツブルグ最後の日にふさわしい思い出となろう。

アウガウテンの花瓶をアンティークの店で見つけ購入した。ウィーンでは曜日の関係で工場見学が出来なかった。販売店はここザツツブルグにもあるが非常に高価である。写真は購入した3点とアウガルテン磁器工場。

都市では、中国人の団体ツアーが目に付く、高価な商品を置く店ではまだ日本人の客が目に付くが、まもなく中国人に代わるか?

オペラ アルバのアスカニオ

2006/08/03

アルバのアスカニオ

斬新な演出で戸惑ったが、音楽は抜群で音楽文化の層の厚さを実感した。

夏のシーズンにもかかわらず、聴衆はフォーマルな服装で、場違いな風体の観光客は見なかった。とはいっても、タキシード蝶ネクタイといった雰囲気ではない。中年以上の落ち着いた聴衆が大部分であった。

写真は、モーツアルティウムのマチネー開演前のロビーで取ったもので、劇場の観客の服装の様子として示す。

最後のカーテンコールで若い演出家に対する声援のすごさには驚いた。今年は250年を記念しモーツアルトの全オペラ作品をシリーズで上演しているが、他のオペラも資料を見ると実験的な演出のようだ。

今回の旅行のハイライトとして満足の行くものであった。

オーストリア旅行

2006/08/03

今日は朝から本格的な雨となった。昼間はホテルで休むことにした。今夜はこの旅行のハイライト、モーツアルトのバレーオペラ“アルバのアスカ-ニオ”州立劇場に見に行くことになる。

オーストリアに入って2週間あまりになるが、ウィーンを初めザルツブルグ、インスブルック等、都会の規模が小さく、その中に修復され、大切に保存された中世が生きている。大小、数限りない美術館や博物館、音楽会がそれらの建物を利用している。

また、ドナウ川に沿ったバッハウ渓谷には、険しい崖に囲まれた自然の地形が多く、その頂上には、古城や修道院、要塞がそびえ、主なものは修復されて観光施設となっている。両岸を往復すると80kmほどであるが、村の中では道が狭い所が多くとても1日では回りきれない。4日間、ドナウ川岸のリゾートホテルに滞在して、年寄りに似合ったペースで観光した。ホテルのオーナーは、幼児を育てながら夫婦で運営しているらしいが、サービスも満足できるものであった。たとえば、川魚料理がメニューにあったのでウエートレスに新しいかと聞いたら、シェフを呼ぶといって出てきたのがオーナーの男性であった。川魚は毎週水曜日に入りそのほかの日は冷蔵されたものとの説明。ちょうどホテル最後の晩が水曜日であったのでシェフに聞いたら、鱒の良いものがあるとの返事、その料理を注文し野外のデーブルでビールを飲んでいたら、シェフがトレーを持って買いに出かけるところが見えた。25cmはゆうにある見事な鱒の丸ごとのハーブ焼きが出た。

今までの経験では、どの料理も自然な味で我々に向いていて、特に膨大な量の料理が出てこないのが良い。難しい銘柄を言わなくても、昼食に気楽に、地のワインがグラスで飲めるのも楽しみである。残りの2日間を貴重に使おう。

ウィーンにて

2006/07/22
7月18日にウィーンに来て今日が最後の日になった。
 
8時に Wiener Mozart Orchester を最後の記念に予約してあるので出かける準備をしている。会場の Conzerthaus までは宿から近いのでそれが災いして歩いていくことになる。
 美術史博物館ではフェルメールを見ることが出来た。今日クリムトの代表的なコレクションも見ることが出来た。
 
ウィーンは大きすぎない清潔で治安の良い町で殆ど歩いて回れるが、この季節毎日晴天でかんかん照りで連日日中は35度以上になり、美術館など殆どの場所にエアーコンディションが無いので大変疲れる。
 
食事も、どのレストランもおいしい料理がありあまり多すぎなくてヘルシーなのも良い。
 
ドレスデンもそうだったが、美術館の中に質の良いレストランがあり、昼食をゆっくりワインなどを飲みながら出来るのが良い。
 
明日からは、車を取ってドナウ川のワッハウ渓谷を通って泊まりながら、ザルツブルグに移動することになる。

ドレスデンにて

2006/07/17

13日ドレスデンに到着してからもう5日目も終わろうとしている。

ドレスデンでの最大の目的、絵画館の2枚のフェルメールの絵画を見ることが出来た。特に「手紙を読む婦人は」神戸市美術館に来た時見たがその時は厳重に隔離され証明も薄暗くしてあり近くで見られなかったが、ドレスデン美術館では、他の絵画と同じように手に届くような、通路に一番近いところに無造作に掛けられ細部まで見ることが出来た。見ていると気がつかないで通り過ぎる人も多かった。

昨日からエルベ川河畔、Pillnitz城館に隣接するホテルに移った。今日はナショナル・ジオグラフィック・トラヴェラーお勧めのエルベ川河畔の古代の町ピルナの教会、また、ケーニヒシュタイン要塞からのザクセン・スイスの風景を、雲ひとつ無い快晴の空の下に360度見ることが出来た。河畔を一回りする100kmほどの距離のゆっくりしたドライブであった。

明日は夕方ウイーンに移る予定にしている。

オーストリア旅行

2006/07/14

オーストリア航空の機内サービス。

7月12日早朝岐阜を発ってセントレア・成田・ウィーン経由でその日のうちにドレスデンに来た。セントレア空港は初めてだった、小さな空港だが新しい設備が整って効率的な運営がされていると思った。

今回の旅行は、モーツアルト250年祭の催しに合わせて主にオーストリアを回る目的であるが。フェルメールの2枚の絵画とマイセンの磁器工場を見るためにここドレスデンに直行した。フェルメールの絵画は世界中に全部で三十数点しかないが、最近数年間に各地の美術館を訪ねて、その半数以上を見ることが出来た。

今回オーストリア航空にはじめて乗った。案に反しでひどい機内サービスの悪さで、素人の客室乗務員かと思われるものだった。何コースかある食事メニューの選択の中で必ずしも乗客の希望通り行かないことは時々経験しているが、それは、エントリーやメイン料理などコースの区分の中での場合であって、和食と洋食の区分まぜこぜに選ばされたのは初めてで、チーフパサーを呼んで非常識だと厳重に抗議した。帰りの便では満足してもらうよう準備しておくといって予約を取っていったがどうなるか。抗議以後は、クルーに注意したようで、時々座席に要望を聞きにきたり、シャンパンの良いものをご馳走するといって持ってきたりし、到着直前にはチーフパサーがもう一度挨拶に来た。前から経験していることだが、日本人の乗客が多い路線ほど乗務員のサービスが悪くなるようだ。後で知ったがオーストリア航空はANAと共同運航のようだ。我々は我慢してしまって自己主張に沿ったサービスを受けることが下手なようだ。それが乗務員を甘やかすことになるのでは無いか。

最初は悪かったが、これからは楽しい旅行になるよう前向きに考えよう。