サラトガ パフォーミングアーツ センター SPAC ニューヨーク州
サラトガ ニューヨーク州立公園の中にある施設、Hall of Springth のレストランからシンホニー会場 Amphistheatre に移動する人々。
アメリカ人は、服装がめちゃくちゃだと思いこんでいる人があるが、この写真でもわかるように、カジュアルな服装ではあるがクラシック音楽会の雰囲気を壊さない服装をしている。一般にアメリカ人は、旅行に出かけるとき、時何着かの服装を持って行き、時と場所により着替えている。飛行機の中や、車を運転しているときの服装を見てまねをする事は認識はずれである。
この日8月1日は、夏のコンサートシリーズの初日で、フィラデルフィアオーケストラのベートーベンの第九であった。8時開演で、最初のプログラムコリオラン序曲が終わり、合唱団が入り第九が始まる頃には、緯度が高いニューヨークでも宵の薄明が始まった。日本では第九は年末の行事として演奏されるのが多いが、夏の夜の第九も希望に見満ちた力強さが感じられる。
プログラムから、 CHARLES DUTOIT, conductor; ARIANNA ZUKERMAN,soprano; ELIZABETH BISHOP, mezzo-soprano; STEVEN THARP,tenor; PHILIP CUTLIP,baritone, MENDELSSOHN CLUB OF PHILADELPHIA 。
サラトガスプリングス ニューヨーク州 アメリカの中のヨーロッパ
サラトガ 温泉とリゾートの町、温泉といっても飲む温泉だけです。ここでは毎年夏恒例のパフォーマンスアーツ・センターでのニューヨークシティーバレーの公演と、世界的な音楽フェスティバル。その他夏の競馬は有名で多くの人が集まる。ニューヨーク州の州都オーバニー(Albany)から北へ車で30分。
馬車時代からある古い道路、右の写真はこの町を貫くルート9に沿って並ぶレストランや商店街、ヨーロッパに郷愁を持つ人のちょっぴり安らぎの町のようだ。
ルート9は、メディアの人たちの憧れの街角、マンハタン・ブロードウエイ、 タイムススクエアーの道路を北上し、セントラルパークをかすめて西側を Riverside Dr. から Washington Bridge まで、そこで でハドソン川両岸に分かれそれぞれ川にそって北上する。Albany で合流し、カナダ国境まで続く古いルートの道路である。この道路に沿って歴史的記念建造物や、主要な町の郊外には100年以上前に建てられたと思われる豪邸などが点在する。そして、高速道路ではないが今でも産業道路としても使われている。
このサラトガの市街もそんな場所の一つである。
マルボロ音楽祭 オーストリア シューベルトピアノ5重奏,Op.114 鱒
無意味な話だが、私的には感慨深い話。
今年2007年、マルボロで、マルボロ音楽祭40周年記念と題したCDを買った。曲目はルドルフ ゼルキン のピアノによるシューベルト鱒と モーツアルトクラリネット5重奏である。
このCDの曲目説明書によると、シューベルトはこの曲を1818年夏オーストリアの古い町ステア(Steyr)で作曲したとあった。オーストリアには我々は昨年の夏、モーツアルト生誕250年記念の音楽祭にあわせて訪れた。ウィーンからザルツブルグに行く途中、ライン川河畔のメルクに近い Wachau のホテルに数日滞在した。この場所は地図の右側のピンの位置にあり、ステアの町は左のピンの位置にある。 A1は(右から左へ)ウィーンからザルツブルグに向かう主要高速道路である。残念ながら、上記のことを知らなかったので Steyr には寄らないで A1 を素通りしてしまった。
ライン川河畔のこのホテルのメニューに鱒料理があった。ライン川と鱒、シューベルトのこの曲が頭に浮かんだ。ウェートレスに鱒は新しいかと聞いたらシェフを呼びに行った、シェフの話では、フレッシュな鱒は水曜日に市場に入る、今日は冷蔵保存のものだと言ったので、その日は別の料理にした。ちょうどそのホテルの最後の夜が水曜日に当たっていたので、シェフを呼んで聞いたら電話で問い合わせてくれ、フレッシュな鱒が入っているとのこと、夕食に頼んだ。庭のテーブルでビールを飲んでいたら、シェフがトレーをもって車に乗るところを見た、おそらく鱒を取りに行くのだろうと思った。25cmほどの大きな鱒の丸ごと料理が出され、うれしくなった。滞在中に分ったがシェフはこのホテルのオーナーであった。全く意味のない話とわかっているが日記と云う事で許されるだろう。
ルドルフ ゼルキンは マルボローの音楽監督を1968-75年まで在任し、現在は内田光子さんとRichard Goodeが引きついでいる。1968年は私がちょうどAlbanyに移った年で、この年か69年にマルボロ音楽祭を訪れた記憶があり、これも思いで深い。 このCDの曲、鱒の収録は1967年マルボロで行われたものである、音はあまり良くないが記念すべき名演奏であると思う。
小澤征爾 タングルウッド・小澤ホール NHK-最後のタングルウッドーを見て
昨日、早朝 NHKドキュメンタリー ー若者たちとの夏ー を見た。2001年の収録映像である。小澤が30年近く務めたボストンシンホニーの音楽監督を辞める最後の年の記録である。今年の7月22日このタングルウッド音楽祭を訪れた。もちろん小澤征爾氏はいないが若者の教育の伝統は受け継がれている。
この日、日曜日には、午前中オーケストラのリハーサルが公開されていて、大勢の聴衆が聴いていた。メイン会場である KOUSSEVITZKY MUSIC SHED は6000の座席と後部に芝生のエリアがある大きなもので。夜オーケストラ演奏会は満席であった。
右の写真は、夕方6時からキャンパス内の小澤ホールで、若者の研究生の音楽会が開かれ、終わった時の模様である。ドキュメントで小澤がオーケストラを指導していたそのホールである。このように国際的に一流の音楽家たちを招いて若い音楽家たちの育成を行っている。ここはマサチューセッツ州であるがもうひとつ、バモント州のマルボーロには内田光子さんが音楽監督をしている国際音楽カレッジがある。ここの音楽祭も訪れたが、日本人をはじめ韓国などの音楽家が活躍している。
このように、ボストンや、ニューヨーク市から車で3時間以上離れた、森林と湖の点在した大自然の中で世界一流の音楽祭が開かれ、併設して教育機関がある。NHK番組のナレーションで、タングルウッドの場合、7月のシーズン一ヶ月で世界中から30万人の聴衆が集まると言っていた。平均して1日1万人の勘定になり、これはオーバーのように感ずるが、この22日には、朝からトータルすれば1万人は間違いなかったと思う。このエリアは、冬は気候が厳しく、小さな規模の町であり、もちろん高層ビルのホテルがあるでもなし、道路わきのモーテルや、個人経営のB&Bなどで満員となる。おそらく100kmほど離れた町のホテルから車で往復する人もいると思われる。教育機関はほとんど寄付金と奨学金でまかなわれていて、世界中から学生を受け入れている。
フォトアルバム ”タングルウッド音楽祭”; ”タングルウッド音楽センターの風景”; ”マルボーロ音楽祭” 参照
内田光子ベートーベンピアノソナタコンサート2007年 と 2005年録音のCD
2007年8月5日 ニューヨーク州 CARAMOOR 国際音楽祭で内田さんのコンサートを聴いたことは先に書いたが、数日前に内田さんが2005年に録音したCD、MITSUKO UCHIDA BEETHOVEN Piano Sonatas Opp.109, 110& 111 を購入した。
コンサートと全く同じ曲目、ソナタ番号 30,31,32番で興味深く聴いた。専門的なことは分からないが、CDの方が音楽的には完璧のはずだが、コンサートの迫力と感動は別のようである。
右の映像はコンサート開始直前の客席から撮ったもので、会場はテント張りで、聴衆はカジュアルな服装であるが素晴らしい人たちであった。それは、コンサートの全曲目が終わった時、内田さんの瞑想の時を共有するように静寂の時を持ち、内田さんが動作を始めたとき初めて総立ちで、割れるような拍手となった。
高速度の事故原因 NHKニュースより
先ほどのNHKニュースで、8月13日東名道路で起きた観光バスの追突事故原因についての検証実験を見た。高速走行時の運転者の視野の動きを測定したもので、追突場所には道路上に横断電光表示板があり、運転手はそれを見ていたために表示板近くの渋滞で停止していた末尾の小型車の存在が視野に入らず、気がつかなかったのが原因との結論であった。高速走行では、視野が狭くなることは、多くの計測実験ですでに明らかなことで、このような人間の特性を無視した表示板の存在が必要であったかどうかの検証がない。相変わらず運転手のわき見運転とか、速度違反といった結論で終わっている。
自動車交通先進国の、アメリカ、ヨーロッパの道路を運転してみて、日本と際立って異なる点は、これらの道路には運転に必要な最小限の情報を示す標識以外、無駄な標識が無いことである。運転者は天候の変化や渋滞状況により自己判断で運転しているはずで、実情に合わない広域の速度規制や、注意や標語がどれだけ安全に寄与しているだろうか。先の事故もおそらく、電光表示板がなければわき見することはなく悲劇的な事故は起こらなかっただろう。
交通事故は巻き込まれた人全体の悲劇であり、加害者の過失を追及しても事故は減るわけでもなく、重要なことは、人間工学的に合理的な道路管理をすることにあると思う。
高速道路の構造
アメリカ東部諸州は速度制限が厳しい。毎時65マイル(104km/h)が普通である。車間距離を守る規制も厳しく、道路が空いているように見えるのはそのためである。ヨーロッパでの運転に慣れるとまどろっかしい。しかも、道路は広く、道路の両サイドに路肩があり単独事故車に巻き込まれる危険を軽減する構造になっている。また、主な高速道路では双方向の道路は分離されていて、中間に緩衝地帯があり、対向車が飛び込んできて事故に巻き込まれることはない。
道路標識は必要最小限で、支柱は細く曲がりやすい構造になっていて、運転を誤って標識に衝突しても死傷事故に繋がらない配慮がされている。ガードレールは必要最小限の場合のみ設置されている。ガードレールの切れ目は徐々に低くして地面に埋め込まれている、車がガードレールの切れ目に突っ込んでも車内にガードレールが突き刺されないような構造である。これはヨーロッパでも必ずそうなっている。
長い車交通の経験、事故の科学的データの分析結果から生まれたものと思われる。
日本に比べリラックスして運転出来るが、目的地までの距離が遠く運転時間が長いので、快適さよりも安全上必要な構造でもある。
上の映像はアディロンダック州立公園内を北上するI-87.
下は、市街地に近い混雑している道路、中央分離帯が広く取れないのでガードレールがある。右側の短いガードレールは窪地や、小川など転落の危険がある場所のみ設置されている。
不必要な標識は一切無い。
芝生のある風景 水田の風景
夏欧米を旅行すると日本ではめったに聞かれない音を聞く。芝刈り機の音である。
特にアメリカの住宅地では、夕食後や土曜日の朝、あちこちでエンジン芝刈り機の音が聞こえてくる。どこの家にも芝生があり、芝生の手入れをすることがよき隣人の証である。
芝生はもともとイギリスでは、牧場のイメージを庭に持ち込んだものと聞いたことがある。そう云えば、スコットランドで、広大な園内に羊が放し飼いされている庭園を見たことがある。
アメリカでは、社会的に成功した人の一つの夢として、田舎に農園を持ち馬を飼ううことと聞く。アメリカの大統領が外国の要人を、親しい友人として招く演出として農園を利用しているのをニュースで見る。
日本の庭園は、様式、芸術性、繊細さ、どれをとっても世界に冠たるものとして欧米の知識人の間では知られている。ただ、宮中や神社にはあるようだが、日本式庭園に水田が組み込まれていないのはどうしてだろう。蓮や、睡蓮、菖蒲など水生の植物を庭の植生としているのに、日本人の米に対する思い入れは絶対でり、水田の美しさは、単に風景としてだけでなく、宗教的な心情もあったと思うが、庭園に取り込む発想が生まれなかったのを不思議に思う。
右は、実り始めた水田を前面に、背景に小公園を取り入れた日本の風景。
この画面全体を庭園として見られないだろうか。 上の映像は Old Westbury Garden NY の庭園の芝生とその背景。