薬害エイズ「不作為」で有罪確定
官僚の社会では何もしないという 行為 には犯罪を問われるリスクが無いというのが常識であったように思う。この判決で監督官庁の「不作為」の結果にも責任を問われる判例が出来たことになる。あるニュースメディアによると画期的な判決という表現がされていたが、いまさらといった感がある。
決定を先送りすることを「慎重」あるいは「時期尚早」という言葉で正当化する風潮が社会全体にあるが。慎重に考慮している間時間が止まってくれればよいが、その間にも事態が進んでいくことは誰にでもわかる。指導的立場の責任者が物事を決定するのは、必要な時期に、限られた情報や科学的データを根拠にいかに合理的な決定であったかを評価されるべきで、当然リスクはある。仮に、後で新しい事実から不都合が起こったとしてもリスクを負わせるべきでない。しかし、公的機関の記録の作成や保管の法的義務がはっきりしていない現状では、勝手に都合の悪い記録が破棄されたり隠されてしまって後で評価する根拠がなくなり、決定者の責任だけが問われる。これでは先送りした方が賢いということになる。
このことは、臓器移植の事件や尊厳死に見る医学界の対応でも、医療にリスクは付き物であるにもかかわらずそれを理由にみんなで牽制し合ってなにも出来なくする、その結果、何億円もの資金援助を募ってアメリカに行き治療を求める。これもその現れの一つであろう。
なんとなく感じていたことの証拠が出た気がする。
テレビで見た、道路特定財源の使途にかかわって出て来た話のなかに、外国の道路事情の調査に1億円近くの費用を使って作成した報告書が主にウィキペディアで集めた資料であり、全部で3部しか作成されていなかったという話、当然公表もされていないのでその内容は分からないが、 いま、多くの大学では学生のレポートにウィキペディアの記事をコピーしたレポートは評価しないのが常識になりつつある時代である。
細かい使途はニュースではわからないが、これだけの経費は、幹部の海外出張経費に費やしたとしか思えない。しかも、視察旅行といわれるものが、おそらく、海外現地の在外機関の人の案内で説明を受けるだけのもので、写真や資料を持ち帰って報告書を作る、幹部の海外旅行のたらい回しの一環になっていると云うのは言い過ぎだろうか。
海外、特にアメリカ・カナダで空港でレンターカーを受取り目的地まで高速道路を使って自分で運転してみるとわかるが、日本の道路標識が運転者にとって目的地に到達するのに不必要な内容の表示がいかに多いかを実感する。にもかかわらず、標識の大きさや色は何となくアメリカの自動車道路に似ている。これはどうしてだろうか、海外の道路交通の視察であれば、自分で運転して目的地まで道路標識を見ながら一人で行ってみるべきである。 日本人が外国で運転することなど考えなくてもよい、裏を返せば外国人が出張で日本に来て空港から運転して目的地に行くことなど思いもよらない、このような認識の道路管理の関係者が持ち帰った結果が、標識のデザインだけが似たものになったように思われる。
長年アメリカ・カナダで職業を持ち、日本へ一時帰国した日本人の中に日本では運転しない人を何人か知っている。これが当然と思っている道路管理者が視察した報告書は、所詮、海外旅行記以上にはなりえないと云うことか。
大きなことを云う資格はないが、この道路事情も日本から国際ビジネスが逃げていく一因でもあろう。
基礎物理学授業における受講生のインターネット利用状況の一例
担当していた大学で、2006年より Blackbord Academic Suite を基本システムに取り入れた教育支援システムが利用できるようになったので電磁気学の基礎講義で利用した。
授業は、週1回、全15回、2007年10月開始、08年2月試験の期間に行ったもので、分析対象学科は生命工学科の選択科目、登録学生数50名のクラスについてである。
利用形態は、学期開始前に全期間のシラバスを発表し、授業開始後は毎回の授業終了後に、実施した授業の要約と、例題や演習問題の範囲などを記入した文書を表示した。
授業の最終日には、電磁気学の基本法則のまとめと、試験に対する注意事項などの要点を記入した。
システムには、メールによる個人的に情報交換が出来る機能があったが利用した学生はいなかった。
右のグラフは、授業開始から試験終了までのアクセス・ヒット数の日系列である。授業開始直後と定期試験前3週間の期間中のアクセス頻度が多いことがわかる。
下段の左のグラフが曜日別ヒット数で、授業日である金曜日の前日のアクセスが多いことがわかる。右は時間帯別ヒット数で、大学のコンピュータ端末を使用出来るにもかかわらず、在宅時間中の18時以降の総アクセス数をみると、半数余りの学生が個人用のインターネット端末を使用していると推定される。
受講生個人別のアクセス記録を見ると、教師側から発信する情報は90%以上の学生が利用しているが、学生側からの教師へのアクセスは皆無であった。
授業の進め方の責任が大きいが、積極的に工夫しない限り、このような双方向の教育支援システムを使っても、一般に学生は一方通行の受動形態の授業習慣から抜けられないと思われる。
改めて、日本でのインターネットの利用が、教育の面でも遅れていることを実感した。
大学名と、この大学で開発されたシステム名は許可を得ていないので書けないが、基本システム関係のURLをみると以下のようであった。
オバマ氏の人を魅了する演説のうまさとその陰に見え隠れするアメリカの暗い影
社会の変革に希望を与えるカリスマ的指導者、ぬぐいきれない共通の悲劇の想い。
1968年4月4日マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師が暗殺された。首都ワシントンで暴動が起こり、夜間外出禁止が数日間続いた。
この時アイダホ大学にいたが、ワシントンDCで学会が予定されていて、夜研究室で準備をしていたら空港より電話に呼び出された、内容がよく理解できなかったので近くの人に代わって出てもらったら、予約していた飛行機がワシントンDCの空港に夜間到着するスケジュールであったため、空港から外に出られないのでフライトを変更するかということだった。
スケジュールを変更し、一日遅らせて昼間に到着、空港よりタクシーでホテルに向かった、途中の道で暴動の焼け跡を見た、タクシードライバーは黒人だったが他人事のような様子で語っていた。外出禁止は夜間だけで昼間は自由に歩けたが、町は右の写真のように軍隊がパトロールしていた。
我々には思いもよらないことの一つが、このような場合徹底した禁酒となり、右下の写真は酒屋の入口を軍隊が守っている光景を撮ったものである。ホテルのレストランでもアルコール飲料は一切出禁止であった。
大統領の暗殺といえばJFケネディーが浮かぶ。下の写真は、このときに訪れたJFケネディーの墓の様子である。お棺の映像は、ウィキペディアの記事からコピーしたキング牧師のものである。
日本の入国審査官も外国人には冗談を言う国際派
日本の入国審査官は日本人に対しては、無表情、マニュアル的で個人的会話など思いもよらない雰囲気だが、外国人の入国者にはそうでもないらしい。
テレビ番組で見たが、民主党大統領候補者としてのキャンペーン中のオバマ氏のインタービューで、オバマ氏が日本に来たときのエピソードして、日本の審査官がオバマ氏のパスポートを見て自分は日本海側の小浜市出身だと言ったことを記憶していると言っていた。
これとまったく同じことをニューヨークのJFK空港でアメリカに入国するとき経験した、審査官がパスポートを見て、タチカワと言ったのでイチカワだと訂正のつもりで言ったら、自分は日本の立川エア・ベースに勤務したことがあるということだった。またある時は、南米からJFKを経由して帰国するとき、出国の日程を尋ねられて明日帰ると言ったら、アディロンダック公園などとてもいいい時期にどうして急いで帰るのかといった会話をしたこともある、これもJFKであった。このように一見無駄なような会話をしながら人物を見ているのかとも思った。
昨年11月に、入国審査に関連して書いた疑問の答えを聞いたように思い、良い話として印象に残った。
日本人の帰国者に対してももう少し対人的な態度ができないものだろうか。
国際的な盲目と疑われる日本の政治
今見たニュースメールによると ”英財務省は6日、世界経済を刺激するために他国と協調行動をとることに反対ではないとの姿勢を示した。6日付の英フィナンシャル・タイムズ”。
今日の福田首相のインタビュで、「今日、株価が下がったことはテレビで知っていますよ、株は上がり下がりするものですからね」 いつものことながら人を食った話。
こんな感覚で国際会議に臨むのでしょうか。見方によれば、日本は今が減税の好機と言えないでしょうか。国内経済の活性化に無策のまま、自動車のように国内販売の低迷を気にも留めないで、外国で売りまくる、こんなことが続くとは思えない。
経済のことは難しく、批判する資格はないが、上のような疑問を解くような説明を内外にし、説得するのがサミットに挑む政治家の資質ではないだろうか。
Carbon Footprint
”二酸化炭素の足跡” としてイギリスを中心にヨーロッパでは、生活に伴う二酸化炭素の放出量を科学的に推定する研究が進み、各種発表されている。
最近改訂された Carbon Footprint Calculator (1) を用いて昨年一年間自宅で使用したエネルギー相当の一人当たりに換算したCO2放出量を推定してみた。
| 用途分類 | 種類 | 数量 | CO2 トン | |
| 住居関連 | 電力 | 30000kw/h | 3.2 | |
| 灯油 | 750 l | 0.5 | ||
| 国際線 | 航空 | NGO-JFK往復 | 2.5 | |
| 車 ガソリン | 10km/l | 11000 km | 2.5 | |
| 公共交通 | 列車、バス | 3600 km | 0.3 |
| 生活関連 | 食糧 | 輸入食糧含む | 3.0 | |
| 衣料、家具 | 輸入品等 | 3.0 | ||
| 合計 | 15.0 |
となった。上の表では昨年は名古屋ーニューヨーク 1往復の旅行の分を含めているが、海外渡航の長距離航空交通を除いた場合の総放出量の国際比較をしてみると
| 自宅 | 日本 | アメリカ 先進工業国 | |
| 総放出量 | 12.5 | 9.8 | 20.4 11.0 単位トン |
これで見ると、自宅の使用量は、先進工業国よりわずか多いが、これは冷暖房をすべて電力で行っているのが原因している。アメリカは放出量がだんとつに多いが、自動車の使用量が多いのと、電力を火力発電に頼っている割合が高いのでこのような結果になるようだ。アメリカでも、ワシントン州やニューヨーク州のように水力発電の割合が多い地域では、電力によるCO2発生が少ないので、空調や調理、温水などの設備に利用できる。日本の放出量は計算基準をヨーロッパの場合とほぼ同じレベルで推定されているが、食糧関係では、日本の場合世界標準よりかなりCO2放出量が大きいと思われるが十分考慮されていないように思われる。
上の結果からは、日本は省エネ国と見られるが、先進工業国に比べて、住居の環境が悪くても我慢していることによるもので、食糧輸入に伴うCO2放出量が多く、一方アメリカは食糧輸出国で、食糧に関するCO2トレードを言い出されると日本は省エネ国と言っていられなくなる恐れがある。
地域で生産する季節食品を極力摂り、食糧や衣料の輸入を極力避ける生活の場合の計算をしてみると、CO2放出量を3トンほど減らすことが出来ると云う極端な試算も出来、個人総放出量を10%~20%減らすことが可能のようだ(2)。食料品の輸送も含めたCO2収支が国際的に問題になると、農業構造を変えないと日本はCO2放出基準を守れなくなるだろう。今年の環境サミットあたりでこのような議論が出てくる気がする。日本政府は準備ができているだろうか。
またも電話やファックスの非効率な連絡ミスで人命にかかわる事故
救急車がリアルタイムの情報が得られず、いまだに電話で各病院に連絡を取る時代遅れのシステムに頼っている不思議、今度は、ギョーザ中毒事件に関し、救急病院から保健所、保健所から県、県から厚労省、電話やファックスで連絡を取っている様だが、夜間や休日に役に立たないこんな不完全な方式を何とも思わ無い不思議。インターネットによるコンピュータ接続が実用化している現在、このような人命にかかわる重大な情報交換を、なぜITシステム化しないのか理解できない。救急病院に不審な患者が運ばれたときその診断情報をオンラインシステムに入力するようにすれば、保健所や、県、国の機関でリアルタイムでデータを共有できるばかりでなく、適当な条件で自動検索するシステムを導入していれば、今回のように各県に分散して起こった事件でも、病状の共通性がが直ちに検出されアラームを表示できるはずである。このようなシステムは現在なんでもなく構築できる。その証拠には、個人でも情報検索会社のシステムを使って自分に必要な情報だけをリアルタイムで自動的に収集することは容易である。今回の事件は、時代遅れの役に立たないシステムを改善もせず、従来通りならばかまわないといった、安易な思考停止の行動が同種の事故を拡大させた例であろう。
政治家の仕事は税金の配分権益を確保することだろうか ?
道路交通燃料にかかる暫定税率を廃止することを政治家はどんな手を使っても阻止しようとする様子が見える。 国会討論でも、税収が減ることによる財源問題が中心に取り上げられていて、減税による国内消費の増加や景気活性化の議論は聞こえてこない。 減税効果による消費動向のシュミレーションなどの論文や新聞の社説、取材記事も見かけない。それに比べてアメリカでは景気後退の困難を減税によって活性化する政策を目玉にして大統領選を戦っている。国民性の違いにより日本では減税しても消費には回らないと云いたいだろうが、統計的な分析に基づいた議論でなければ意味がない。県知事も税金の地方配分が減少し破産状態になるというが、県議会議員の税金配分権に配慮していると見るのはうがちすぎであろうか。
税に関する制度を見直し、教育や、高齢者の支援施設、その運営などの非営利事業を納税者の寄付で行えるようにし、納税額の何割かは寄付金に充てることを可能にし、企業や個人の納税者が、寄付行為により自分で税金の使い道を選べる様にすれば、地方議員が、公共土木建設費に代わって益々増大する福祉関係予算の配分を認可権を背景にして自分の選挙母体の集票に利用することなどを防ぐこともできよう。
とにかく、税額さえ確保されれば、国内景気がどうなってもかまわないといった政治姿勢では、世界の困難な経済情勢の中で日本は孤立してしまうと思うが専門の研究者の意見を聞きたい。
リサイクル と エントロピー
このところニュースで製紙会社の古紙再生混入率の不足が会問題になっているが、何か古紙を再生することが無条件に環境に良いことだという迷信に基づいて語られているようだ。ここで見えてきた問題は、科学的根拠無しに資源のリサイクルを強要すると、総合的に見た場合、資源の無駄遣いになるという恐れがあるということである。その一つの表れとして古紙を混入した方が製品のコストがかかるという製紙会社の言い分で、これを単に製紙会社の利潤の問題ととらえるのは間違いである。古紙を再生するためにはエネルギー資源の投入が必要でそのコストの方が大きいということである。現在利用可能なエネルギーのほとんどは化石燃料の燃焼による二酸化炭素放出の代価として得られるものだということを合わせて考えるべきである。
エネルギーの概念は物理学で明確に決められていて、エネルギーの総量は増加も減少もしない不変であるということがこの宇宙の基本原理である。でもわれわれの日常社会では、エネルギー消費という表現が実感として受け入れられている。 このことはどこから来るか? 同じく物理学の概念であるエントロピーと合わせて考えていないからである。 エネルギーは状態に変化を与える原動力であるが、変化を繰り返す度にそれに関与したエネルギーの属性であるエントロピーが増大するというのが物理学の法則である。言い換えれば、エントロピーはエネルギーの変遷の方向と能力を知るためのに導き出された数値で、この値が大きいということは、すでに使い尽くされたエネルギーということになる。これを社会の価値観と関連させてみると、価値のあるエネルギーは、エントロピーが小さく多様な変化を起こす能力を持つものであり、このエネルギーを利用するとこれが消費されて、エントロピーの大きい価値の低いエネルギーに変わるということである。
エントロピーの増大しきったエネルギーは、使い道がないばかりかそれを捨てなければ糞詰まりになって活動が止まってしまう、これはごみ問題と同じである。これを地球環境でいえば、太陽エネルギーという比較的エントロピーの小さいエネルギーが、気象現象をはじめ生物の活動などいろいろな活動を経て使い古され、温度の低い(エントロピーの大きい)エネルギーとなり地球の温度を上昇させることになる。この使い古されたエネルギーは赤外線となって絶え間なく宇宙に捨てられているから恒常的な活動の継続が保たれているのである。地球環境問題はこのエネルギー収支の関係に依存している。
では、なぜ資源のリサイクルにはエネルギーが必要かを考えてみよう。 エントロピーの概念は物質資源についても拡張することが出来る。このことを金属資源について見てみると、経済的価値の高い資源は純度の高い、言い換えればエントロピーの小さい工業原料である。これらの資源が消費活動によって分散されてしまうと金属そのものは無くならないがエントロピーが増大し、そのままでは利用価値がなくなってしまう。このことから、物質の拡散の度合いをエントロピーで表すと、資源についてもエントロピーの増大法則は成り立つ。したがって、このエントロピーを再び減少させることを我々はリサイクルと云っていることとなる。しかし、宇宙の法則は、物資資源とエネルギー資源のもつエントロピーの合計は増大する方向にしか働かないので、物質資源のエントロピーを減少させるためには代替えが必要である。これがエネルギー資源であり、エネルギー資源のエントロピーを増大させることの代償で物質資源のリサイクルが実現出来るのである。
一般的にはリサイクルをすればするほどエネルギー資源が必要であり、現在はそれを大部分化石燃料に頼っているので二酸化炭素の放出が増大するということである。このことを古紙再生問題について考えると、森林資源の保全か化石燃料の消費のどちらが重要であるかの選択である、これはそう簡単な問題ではない。しかし、電子製品に使われている稀少金属のリサイクルについては明らかに化石燃料より貴重な資源であることからリサイクルが必要であるといえる。
このように、地球環境とリサイクル活動は切り離せない関係にあり、これは総合的な自然科学の理解とデータに基づいた科学的根拠で行われなければ効果はない。一部の職業的環境活動家や、マスメディアに動かされたり、あるいは、単に 「良いことをしたい」 というだけで安易に環境問題に貢献していると思いこんでする行動が結果的に意図しない反環境問題にならないとも限らない。科学的根拠の乏しいリサイクル法がその一例とも云える。