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警察庁から返ってきた「お返事の文章」

2009/04/23

4月22日付で以下のようなメールが送られてきた。4月2日に書いた記事 ”警察庁ご意見箱は何のためにあるのだろうか” で示したように、送ろうとしたメールがこちらの意図と違い、だらだら文に変えられてしまっていたがとりあえず意見を送信し、同時に、そのことに関し下記のように別メールで苦情を送った。

普通ならばメールの送信者に無断で公表することは違法であることは承知しているが、このメール文の発信者名はおろか担当部局名も記入されていない,云わば文責のない文章であることからコピーしてもかまわないと判断した。

以下に、「 」中に回答文、添付されてきた私の送った要望文も合わせて全メールをコピーする。

「 警察庁ホームページにアクセスいただきありがとうございました。
 市川様からのメールを拝見いたしました。1000字を超える場合につきまし
ては、お手数ですが、続きを再度新規メールとして送信していただきますようお
願いいたします。
 なお、表やグラフを送られる場合につきましては、郵送にて受け付けておりま
す。
 また、ご投稿いただきましたご意見ご要望につきましては、担当部署に回付い
たします。」

> ■  御意見・御要望
> 警察庁ご意見箱の取扱ご意見箱の字数制限が1000文字までとはどんな根拠
> で決められているのでしょうか。また、文章は改行や空白も書く人の意思を表
> す重要な要素と思いますが、送信文では勝手に消去され、違う文章にされてい
> ます。警察庁は、ご意見箱は納税者の不満の吐け口として設けてやったと云う
> ことでしょうか。また投稿文はどのように処理されているのでしょうか、窓口
> を設ける以上、処理方法を明記するのが当然と思います。私は、何度か投稿し
> ていますが、表や、グラフ、趣旨の根拠となるデータ、論文などを参照できる
> よう表現したいと思いますが制限のためできません。所詮独断と偏見の不満の
> 吐け口のように思われても仕方のないような内容になってしまいます。もし、
> この意見をご覧になって、少しでも注意を払っていただければ、私が公開して
> いる以下のウエブに、高齢者交通に関する意見を根拠を示して書くように努め
> ています。数年にわたり、新しい統計データや、論文、シンポジウム報告者な
> どが出るたびに紹介しています。閲覧者も少しづつ増えているようです。http
> ://space-glow.spaces.live.com/
>

上記のように、回答文では、前に送った意見に関しては触れず、要望内容も軽く受け流され、郵送の場合の宛先部所も書いていない。

メイラー(Microsoft Outlook Express)に送信者のアドレス keisatu@npa.go.jp が付加されているので警察庁のメールアドレスから送られてきたと思われるが、電子メールと云えども、国の公的機関がこんな内容、形式、署名すべて整っていない欠陥文書を業務の一部として送付するのは理解ができない。

それとも、担当者の好意として、応答にありがたく感謝すべきでしょうか。

個人の過失に過酷な責任を負わせる社会制度 これが事故の防止になるだろうか?

2009/04/21

今回のJR名松線の無人暴走事件、同様な事件が以前にも起こり対策を行ったというが、再発したことは事故防止に役立った対策ではなかったと云われても言い訳できないように思う。おりしもJR福知山線尼崎脱線事故から4年目。これも運転手個人の過失で終わりそうに見える。

人間工学で明らかの様に、”人は過失を犯す” という科学的な事実を無視した管理体制、これが一番の誤りのように思う。

こういった単独の過失事件に関し、いつも付けられる接頭語に「単純な」「初歩的な」が云われるが、これが人間の犯すミスの特徴であり、もし単独の過失が起こっても、それだけの原因で事故にはなりえないシステムが導入されていれば、事故の確率は格段に減少する。個人と個人の間で起こる自動車事故においても、多くの場合、一方が過失を犯しても、他方がそれに気付いて事故の回避可能なことは運転を経験した人ならば体験しているであろう。事故は、いくつかの過失が競合した時に起こることが多い。

今回の、家城駅の場合、駅構内の線路が勾配を持っていたと云う、 http://www.labornetjp.org/news/2009/1240240762449zad25714 鉄道の駅構内の線路は水平に保たれていると思っていたのだが意外だった。蒸気機関車のような牽引方式がなくなった今、駅も水平にする必要がないからだと云う。

40年前、アメリカで自動車の免許試験を受けたとき、テキストブックに、歩道が一段高い段差のある市内の坂道の途中に駐車する場合、前輪の向きの切り方について設問があった、上り坂の場合はステアリングを左回りに切る(日本の場合右)、下り坂の場合にはその反対、もし駐車ブレーキの効きが悪くて動き出しても、前輪が歩道の境の高い段差のふちに当たって止まる、二重の安全策のためである。現在のオートマチック車では、パーキングにシフトすれば駆動シャフトが機械的に噛み合い固定する構造になっている。このためシフトレバーがパーキングポジションでない限りキーは抜けないようになっている。これが安全思想である。キーを付けたままニュートラルに放置した場合は別だが。

たとえ、ブレーキをかけ忘れると云うミスがなくても、ブレーキをかけると云う行為だけで安全が保たれるわけではない、同線の以前の同様の事故ではブレーキをかけたが暴走している、その原因は車両の機構的なものとして解明されている。そのためにマニュアルでは車止めを置く規則になっていると云うが、車止めをはずすのを忘れて発進し脱線した事故を聞いたことがある。運転席からは車止めがあるかどうかは見えない。いずれにしてもいくつかの手順のうち、ただ一つのミスが事故につながるようなシステムは非科学的で事故の確率を減らすための役には立たない。

最大の予防策は、投資を惜しまず、昔のように駅構内の線路を水平にすることである。また、運転手がペダルを踏むか、運転レバーを握っていないかぎりブレーキが外れない構造も必要であろう。ただ、ブレーキは万能ではない、ブレーキはかえって脱線を起こす原因になったことは、尼崎事故の場合に容易に推定できる。いずれにしても、人間工学、機械工学、人事管理などから見て組織の欠陥に原因する事故を、運転手個人の過失として処理をすることでは同様の事故を繰り返すだけで、事故の再防止に役立つとは思えない。

この50年、旅客航空機の事故率が圧倒的に減少した理由が、パイロットなどの責任追及でことを納めるのではなく、事故原因の究明に当事者の免責を基本にした情報収集による事実が効果を上げていることを参考にすべきであろう。

アメリカの政治 北米・西ヨーロッパ大陸の政治哲学から脱却できるか

2009/04/08

今回のオバマ大統領の中近東での外交演説。今までの一極集中主義から脱却、グローバルな文化と人権感覚に言及した初めてのアメリカ大統領。

原爆を人類に対し行使した国としての責任、今までのように一方的に日本軍部の責任にしないで、兵器として使用した責任問題を避けたとはいえ、核兵器廃絶に最も責任のある国としての認識を明確に表明したのは初めてではなかろうか。

アメリカ発の世界経済大恐慌の今、従来のアメリカの指導者層や、財界人・投資家は鳴りを潜めてはいるが、時が来れば巻き返しが来ることもありうる。その間にオバマ政府は多様な世界の指導者層の支持を得ることの努力をしているように見える。

オバマ氏は、国内的には、アメリカ少数コミュニティーの代弁者として選ばれたのではなく、アメリカ社会の価値観に順応し、才能があり最高の教育を受け、アメリカンドリームを実現した知的階級社会の頂点をいく人物として評価された面が強い様に思う。

共通の利益支持団体に乗っていない大統領、難しい舵取りが予想される、ずっこけないよう、才能ある多様なスタッフの人選の協力を得て頑張ってほしい。

この見方は独断的でありすぎるだろうか?

相続・贈与税制度と高齢者の公的医療・介護資金

2009/04/05

日本の場合: 生前相続に対し相続税を減免する話が出ている。ただし、免税になるのは、家を新築したり、自動車を買ったり消費につながる使途に限るような話を聞く。

アメリカでは、現在段階的に減額になっていて、2010年には相続税は廃止になる。

日本の政治家はアメリカの例を見て思いついたのか、消費景気の上昇に高齢者の資産に目をつけた。政治家は景気の刺激策も大切だが、自分たちや、官僚の権力の源である税金の配分権を確保したいこともあって、全廃による税収の減るのは困るだろう、消費に限ると云った姑息な手段を考えているのではないかと見える。

家計金融資産1,400兆円の分析     国立国会図書館 ISSUE BRIEF NUMBER 491(AUG.11.2005)   家計調査貯蓄状況

財政金融課(小池拓自)

http://www.ndl.go.jp/jp/data/publication/issue/0491.pdf

現在の大きな社会混乱の一つに、高齢者医療や、介護保険料を本人の了解なしに現金で高齢者に求めようとすることの矛盾である。しかし、所有資産は上の表のように、わずか16%の70歳以上の高齢者世帯が総資産の33%もの保有率である、これに固定資産を加えればさらに増える。それに対し、高齢者医療特別会計からの支出や、介護交付金の総額はどれほどか、政府系のウエブを検索したが簡単には明確なデータを検出できなかった、おおよそ年間5~8兆円か? もちろん、資産の個人別保有分布がわからなければ、総額だけでは、どれほどの割合の人が十分な老後の生活資金相当額を保有しているのかは分らない。

こんなに資産を持っていながら高齢者は資産をどうして自分たちの質の良い生活のために消費しないのだろう。一口に老後の不安と云ってしまえばそれまでだが、先は短いと思っても、自分や配偶者の生活の終末が、いつどのような状態で来るか分らない、このわかりきった理由のために、蓄えた財産を安心して消費できない。また、現在は、老人も若い家族に負担をかけたくないし、若い世代は、高齢者の医療や介護は家族の負担ではなく、国家の責任との認識である。しかし国家にはそれに見合う税収は無い。

このパラドックスから逃れる策はないだろうか? 別のパラドックスを生むかも知れないが、

資産保有者が、医療や、介護が必要になり公的支援を必要とした場合、支援を受けた高齢者がその生涯を終えたとき、その人にかかった高齢者医療や介護支援の公的費用を、支払機関が遺産から清算する第一優先権をもつ、その人の財産に残額があれば、相続権者が相続する。もちろん、はじめから資産が無かったり、生存中に担保価値を超過した場合にも公的に継続して負担し差別はしない。こうなれば、官僚的な習性から、75歳になったら財産を担保に取ると云いかねないが、年齢や健康状態には関係なく、自分の蓄財による支出や、家族の支援を受けて公的支援を受けない自由も保障し、その間は資産は担保には取られないことはもちろんである。そんな格差を認める制度は不公平で話にならないと云う人もいるかもしれないが、以下のような現状を見た場合、相続税制度とどちらが公平だろうか。

両親の医療や介護を放棄し、費用を公的負担に任せ、それによって支出しなくても済んだ蓄財を、当然の如く相続権者が分配する、これは社会的に見て公平だろうか。もし、アメリカのように相続税がなくなったらなおさらである。

一方、資産があるなしにかかわらず、公平に老後の公的支援を受ける権利があり、財産を自分のために使おうと相続権者へ配分しようと、それは、個人の犯すべからざる権利である、という哲学もあるとは思うので難しい問題ではあろう。

私のブログ記事 タイトル別検索数のベストテン

2009/04/03

一か月間の記事検索数のタイトル別検索数を調べてみた。

本年3月一ヶ月間のタイトル別検索数ベストテン

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2005/10/31

10

 

これを見て第一に残念と思うのは、意識して記事にしない政治ネタ、たまたま書いた麻生氏の「さもしい」と小沢氏の「やましい」が上位に入っていることである。

単独ではCarbon Footprint 地球温暖化問題に一番関心が多いことがわかる(31)、続いて、日本車の安全性(13)、終末医療(10)。内容で分類した項目では、交通安全関連(49)、医療関係(36)などであった。

意外なところでは、日本庭園に水田が組み込まれていないことの疑問を、水田を前景にして撮影した小公園の写真を添えて記事にしたものが入っていることです。

医療関係では、本格的にブログを書き始めた、2005年の記事が2タイトル入っていて、この問題は記事の寿命が長いのかとも思われる。

ただし上記の数は、各種検索システムからのリンク記録が圧倒的に多いので、どれだけ読んでいただけたは分かりません。まあ一つの遊びとして纏めてみました。

警察庁ご意見箱は何のためにあるのだろう

2009/04/02

警察庁ご意見箱に送りたかった文章

               ________________________________

先進国では高齢者の急増の実情に合った道路交通行政を検討しています。

日本も加盟しているOECDは、加盟国の重要なデータの標準化と収集、統計解析などの科学的成果の刊行物や、主催した各種国際会議の記録を数多く公表していることは申すまでもなくご承知のことと思います。

昨年パリで行われたホーラム、国際交通ホーラムにおいて「障害を受けやすい交通利用者の安全:子供、高齢者、歩行者」と題した、Kate McMahon の要約を見ました。 

彼女の研究グループや、膨大な収集資料、研究論文からの証拠に基づく交通行政への提言と云えるものと理解しました。

その新しい基本思想は

OECD参加先進各国では、高齢者の急激な人口増加により、高齢者はいまや道路交通の少数者ではなく、主要な利用者となり、道路構造や、交通運営から除外することは出来なくなってきた。このためにも、科学的な実証に基づく高齢者の運転状況を把握し、高齢者に適合する施策が不可欠となったという主張と思います。

高齢運転者に関しては、思い込みを排除し、以下の科学的実証に基づく施策が必要である。

1. 高齢運転者層は歩行者との間の事故で、他の年齢層に比べ統計的に特別多い加害者ではない。

2. 高齢者は身体的な虚弱さがあり、事故に遭遇したとき死亡につながり易い。

3. 高齢者運転は他の年齢層に比べて事故率は高くないが、死亡や重症リスクが大きい等の明確な理由により、単純な死亡統計だけを見て判断したのでは過大評価となる。

4. 高齢による交通の困難さは、歩行を伴う交通手段(バス・電車等)の方が早く始まり、自動車運転の方が遅くまで利用可能である。

5. 生涯できるだけ長く運転しようとする高齢者の努力を支援すべきである。

6. 年齢区分による運転訓練の義務化はすべきではない。

7. 運転の適性と訓練は、医学的に明確に運転障害を持つと診断を受けた運転者に限るべきである。

8. 道路構造と標識は、運転者に寛容で、予想がしやすく、短時間に判断を強要することの少ない方式に変える努力をすべきである。

9. 高齢者を交通政策の開発等に関与を求めることが必要である。

10.自動車の設計改善については、利用しやすく、乗員の保護と安全運転が可能な技術的支援の向上を目指すべきである。

以上は私の要約であります。

ECMT の人口推定によると、65歳以上の人口が日本を除く先進国で2010年19%, 2020年には22%、日本は2010ですでに22%と、他国より10年高齢化が進んでいます。

このことから見ても、日本ではヨーロッパよりさらに進んだ交通政策が必要であり、

現在の警察庁の日本人に対する一般、あるいはメディア向けに、高齢者=認知症患者のような交通キャンペーンをして、高齢者を自動車交通から排除するような認識は間違っています。高齢者には、若い人にない経験と実績に基づいた、高度の判断力と知性を持って社会に貢献出来る人が少なくありません。そのような全人口の22%にも及ぶ人口を除外して、勝手に高齢者をコントロールするような思い上がりは、これからの社会の実情に合わないことを示唆しています。

http://www.internationaltransportforum.org/jtrc/safety/Paris2008/08McMahon.pdf

             __________________________________________

これに対し文字制限1000文字がかかっているので送信不可能となり、以下のように短縮した。しかも送信出来た文章は勝手に変更されて、空白や改行を除外した以下のような”だら文”となった。

             __________________________________________

高齢者は道路交通の主要な一員である。先進国では高齢者の急増の実情に合った道路交通行政を検討しています。その新しい基本思想はOECD参加先進各国では、高齢者の急激な人口増加により、高齢者はいまや道路交通の少数者ではなく、主要な利用者となり、道路構造や、交通運営から除外することは出来なくなってきた。このためにも、高齢運転者に関しては、思い込みを排除し、以下の科学的実証に基づく施策が必要である。1. 高齢運転者層は歩行者との間の事故で、他の年齢層に比べ統計的に特別多い加害者ではない。2. 高齢者は身体的な虚弱さがあり、事故に遭遇したとき死亡につながり易い。3. 高齢者運転は他の年齢層に比べて事故率は高くないが、死亡や重症リスクが大きい等の明確な理由により、単純な死亡統計だけを見て判断したのでは過大評価となる。4. 高齢による交通の困難さは、歩行を伴う交通手段(バス・電車等)の方が早く始まり、自動車運転の方が遅くまで利用可能である。5. 生涯できるだけ長く運転しようとする高齢者の努力を支援すべきである。6. 年齢区分による運転訓練の義務化はすべきではない。7. 運転の適性と訓練は、医学的に明確に運転障害を持つと診断を受けた運転者に限るべきである。8. 道路構造と標識は、運転者に寛容で、予想がしやすく、短時間に判断を強要することの少ない方式に変える努力をすべきである。9. 高齢者を交通政策の開発等に関与を求めることが必要である。10.自動車の設計改善については、利用しやすく、乗員の保護と安全運転が可能な技術的支援の向上を目指すべきである。 以上は私の要約であります。ECMT の人口推定によると、65歳以上の人口が日本を除く先進国で2010年19%, 2020年には22%、日本は2010ですでに22%と、他国より10年高齢化が進んでいます。このことから見ても、日本ではヨーロッパよりさらに進んだ交通政策が必要であり、高齢者を自動車交通から排除するような認識は間違っています。高齢者には、若い人にない経験と実績に基づいた、高度の判断力と知性を持って社会に貢献出来る人が少なくありません。そのような全人口の22%にも及ぶ人口を除外して、勝手に高齢者をコントロールするような政策は、これからの社会の実情に合わないことを示唆しています。http://www.internationaltransportforum.org/jtrc/safety/Paris2008/08McMahon.pdf

             ___________________________________________

これでは、「ご意見箱」と云いながら、警察庁でどう処理するかも明記されていない。真面目な投降者を無視した、不平不満を聞き置く処置、ぐらいのシステムではなかろうか。

真に受けて投稿する 馬鹿か ?

障害を受けやすい交通利用者の安全、 三つのOECDレポート

2009/03/28

日本も加盟しているOECD(経済協力開発機構)は、長期にわたり交通に関する研究組織を持ち、加盟国の重要なデータの標準化と収集、統計解析など科学的成果の刊行物や、主催した各種国際会議の記録を数多く公表している。

昨年パリで行われたホーラム、国際交通ホーラムにおいて「障害を受けやすい交通利用者の安全:子供、高齢者、歩行者」、Kate McMahon の要約を見た。 http://www.internationaltransportforum.org/jtrc/safety/Paris2008/08McMahon.pdfThree OECD Report 2008

発表者はイギリス政府の交通局道路交通プログラム・マネージャーを務め、主に科学者集団の交通関係の研究に責任を持つ職にあった女性である。彼女の教育歴を調べたが得られなかった。

上記のpdfファイルは、彼女の研究グループや、膨大な収集資料、論文閲覧からの証拠に基づく交通行政への提言と云えるものと理解した。その中で骨子と思われる項目を整理して見た。

基本思想として、現在のOECD加盟先進国では、道路行政が、機敏な壮年の男性の運転行動を標準として、道路建設の効率化技術や低いコストのみに注目しているのは間違いで、社会の高齢化にともない、急激に増加している障害を受けやすいグループの保護対策に焦点を移すべきであると云う趣旨が見られる。

歩行者は、OECD参加国では交通死者の2番目に多いグループである。歩行者保護の道路基盤の対策が必要で、住宅地や市街地では歩行者のためのスペースを確保し、西ヨーロッパの各地で実験されている様な、いろいろな障害物や、視覚的情景を利用し、車の速度を物理的に低下させる工夫が必要である ”トラッフィク・カルミング(Traffic Calming)技術”。また、子供の行動についてはもっと科学的な研究が必要である。

高齢者に関しては、OECD参加各国では急激な人口増加により、いまや道路交通の少数者ではなく、重要な利用者となり、道路構造や、交通運営から除外することは出来なくなってきた。このためにも、科学的な実証に基ずく高齢者の運転状況を把握し、助けるための施策が不可欠となった。

高齢運転者に関しては、思い込みを排除し、実証に基づく施策が必要である。

・高齢運転者層は歩行者との事故に過大な関与はしていない。

・高齢者は肉体的に虚弱で事故に遭遇したとき死亡につながり易い。

・高齢による交通の困難さは、歩行を伴う交通手段の方が早く始まり、自動車運転の方が遅くまで利用可能である。

・高齢者運転は他の年齢層に比べて事故率は高くないが、死亡や重症リスクが大きい等の明確な理由により単純な数値では大きく表れている。

・生涯できるだけ長く運転できるよう彼らの努力を支援すべきである。

・年齢区分による運転訓練の義務化はすべきではない。

・運転の適性と訓練は、医学的に明確に障害を持っと診断を受けた運転者に限るべきである。

・道路構造と標識は、寛容で、予想がしやすく、短時間に判断を強要することの少ない方式に変える努力をすべきである。

・高齢者を交通政策の開発に関与させることが必要である。May 2008

・自動車の設計は、利用しやすく、乗員の保護と技術的支援の向上を目指すべきである。

以上が私の抜粋である。詳しくは上記のURLから全文を見てご意見をください。

車間距離の保持 道路交通法改正案について警察庁に送った意見

2009/03/24

今回の改正は、車間距離の保持の法文の改正ではなく、罰則の変更だけのようですが!これを読んで、実際との違いに違和感を持ちました。

高速道路を走っていると、後ろにラジエーターグリルしか見えないほど接近して迫ってくる人殺しトラックの恐怖に駆られることがある。どうしてこんな危険な走行を検挙しないのか不思議に思ったことがたびたびある。

今回、偶然道交法改正案の車間距離の保持と云う条文を見て驚いた、第二十六条「・・・・・、直前の車両等が急に停止したときにおいてもこれに追突するのを避けることができるため必要な距離を、これから保たなければならない。」、これでは事故が起こらない限り、いくら車間距離を取らないで走っても道路交通法違反の証拠がつかめないと云うことではないか。これが、車間距離不足で走っても摘発されない理由と分かりました。

このような表現は、法律の条文の常識かもしれないが、道交法の場合抑止効果がなければ意味がない、速度違反はその趣旨であると理解しているが、高速道路での車間距離不足は、速度違反に勝る重大な危険の恐れが大きい走行と思います。

アメリカでは一般に、車間距離不足には違反切符が切られる、車間距離は、走行速度により車体の長さの何倍必要かにより決められていたと思います。現実には違反走行かどうかの判断は難しいと思いますし、摘発後の面倒を承知の上である程度警官の裁量に任されているように見ました。

交通事故は、他の犯罪と違い、当事者間のヒューマンエラーの重なりが原因で、ある確率で起こる可能性があり、お互い様である場合も多い。道路交通法は、事故が起きてから責任を追及し検挙しやすいためにあるものではないだろうし、まして事故のたびに犯罪者を作るための法律ではないと思います。

しかし、高速道路での車間距離不足走行は確信犯でありその行為だけで摘発すべきで、高速での追突は重傷か死亡につながる危険行為であり、実質的に、事故になった場合にしか適用出来ない罰金の増額にはどんな意味があるのでしょうか。

車間距離の保持 道路交通法の法文

2009/03/23

高速道路を走っていると後ろにラジエーターグリルしか見えないほど接近して追ってくる人殺しトラックの恐怖に駆られることがある。どうしてこんな危険な走行を検挙しないのか不思議に思ったことがたびたびある。

今回、偶然道交法改正案の車間距離の保持と云う条文を見て驚いた、第二十六条「・・・・・、直前の車両等が急に停止したときにおいてもこれに追突するのを避けることができるため必要な距離を、これから保たなければならない。」、これでは事故が起こらない限り、いくら車間距離を取らないで走っても道路交通法違反の証明ができないと云うことではないか。これで車間距離不足で走っても摘発されない理由がわかった。

このような表現は、法律の条文の常識かもしれないが、生死にかかわる交通事故は死亡してからでは遅い。法律に抑止効果がなければ意味がない、速度違反はその趣旨であると理解しているが、同様に危険の確率が大きい高速道路での車間距離不足違反は、事故が起きた時、犯罪者を確定し、送検するためのものとは知らなかった。

アメリカでは一般に、車間距離不足には違反切符が切られる、車間距離は、走行速度により車体の長さの何倍必要かにより決められていたと思う。現実には違反かどうかの判断は難しいが、ある程度警官の裁量に任されているようだ。

たまたま、アメリカでの40年ほど前の経験だが、ある田舎町に入るところで、後ろから極端に接近して追い上げてくる車に気が付き、前の車に接近して走行、このような状況でしばらくして、サイレンが聞こえ追い上げたパトカーが、3,4台の前の車を追い越して、まとめて脇道に誘導し車間距離保持違反でチケットを切られた、私は貧乏な東洋人とみられ、ワーニングチケットにサインを求められただけだったが、他の人たちは、罰金のようだった。

交通事故は、他の犯罪と違い、当事者間のヒューマンエラーの重なりが原因で、ある確率で起こる可能性があり、お互い様である場合も多い。道路交通法は、事故が起きてから検挙しやすいためにあるものではないだろうし、まして事故のたびに犯罪者を作るための法律とは違うと思うがどうだろう。

高齢者運転標識について警察庁に送った意見

2009/03/23

警察庁第一回高齢者運転標識の様式に関する検討委員会議事概要を見て

自由討議で、「・・今の社会が高齢者に対して優しくない・・」の発言を記録しているが、これは社会もそうだが、警察庁の交通施策そのものが、日本も含め先進国のデータから高齢者運転が危険でないことが統計的にはっきりしているにもかかわらず、たまたま高齢者が遭遇した個々の事例を取り上げ、一般の”思い込み”を利用して高齢者運転が危険なようにキャンペーンしていることのほうが大きいと思います。

記録では、「高齢者はマークをつけたがらない・・」これも高齢者の人格を無視した、高齢者を見下した表現で、品位のない恥ずかしい認識と思います。

日本も参加しているOECDの交通関係のフォーラムや各種国際会議では高齢者交通問題に関しもっとレベルの高い討議をしています。

委員には、現職の管理職ばかりではなく、交通先進国で生活し、国際的に活躍した業績を持つ高齢者を委員に入れ、事実に基づいた、グローバルなレベルでの討議になるようお願いします。