アメリカからの年賀状
私より1歳年上の77歳の教授の奥様より家族宛てに年賀状をもらった、もう1年現職を続けるとのこと、ニューヨーク州立大学オーバニー分校の教授である。
ご夫妻とも日本人で、大学学部まで日本で教育を受け、彼は1950年代にアメリカの大学院に入り、卒業後大学の教員生活を続けている研究者である。
ニューヨーク州は年齢による定年規定はない。年齢、性別、人種など個人の責任でない理由での差別は許されないという基本的な人権思想に基づくものと聞いた。したがってテニュアー(終身身分保証?tenure)を与えられた州職員は自分で退職時期を決めることができる。もちろん望まれて仕事ができる評価が続いている限りである、誰でも一律に権利を行使できるわけではない。彼の仕事は研究のほかには大学院博士課程の学生の論文指導なので体力は問題ではないからであろう。
彼の専門は、理論物理学のうち特に古典物理学で、アメリカの研究者間では人気のない分野と云えるが、だからと云って競争がないわけではない。この分野はヨーロッパ、特に旧東ヨーロッパに属する研究者が多く、極端な云い方をすれば ”貧者の学問分野” と云っても大きな誤りではないだろう。彼はこの分野の国際学会の指導的役割をしているアメリカでの貴重な存在である。夫妻でヨーロッパをはじめ日本にも毎年ごとく出張している。
2007年夏、ニューヨークの大学をはじめ自宅にも伺って夜のふけるのも忘れ若いころに帰ったようだった。2008年に日本に来られた時には岐阜に宿泊を取っていただいて自宅におよびして一夜を過ごした。別れ際に、お互いに長生きしましょうと云ってわかれた。勝手な老人のつぶやきかもしれないが。
運転過失責任率の年齢区分別分布
イギリスの政府系交通局のシリーズ’An In-depth Study’に事故分析の一つの視点として"Blameworthiness ratio"「過失責任率」で見た年齢別グラフが表示されていた。
過失責任率は運転者の過失事故数(部分過失も含む)を全事故遭遇数で割ったものであらわしている。そのグラフを下にコピーする。
25歳以上60歳まで年齢とともに責任事故率が下がっている。60歳以上で上昇をするが75歳以上のレベルは25歳と同程度である[1]。右のグラフは60歳以上の年齢区分別でみた場合で[2]、縦軸のスケールが少し異なるが右のグラフと比べて90歳でも若者の初心者と同程度と見られる。
次に、運転経験の少ない20歳以下と60歳以上の過失の特徴を見たものが下のグラフである。
アメリカを含むどの事故原因別の分析でも共通して間違いのない高齢者の過失事故原因は、”優先走行妨害違反”である。このグラフでも際立ってそのことを示している。しかしこれは相対的な比率であり、高齢運転者の関与する事故総数そのものが他の年齢層に比べて少ないことから、この比率が高いことが高齢者の運転が社会的全体の交通安全の障害であると思い込むのは間違いである。高齢者運転人口が増加するということは高齢者の交通需要が増したと云うことである。現在の交通システムの一部が高齢者に適応しないことで高齢者を非難するだけでは、より安全な交通環境にはならない、高齢者に適応した道路標識や道路構造のインフラを研究し過失が起こりにくくすることが重要であろう。
[1] Fatal Vehicle-occupant Collisions: An In-depth Study
http://www.dft.gov.uk/pgr/roadsafety/research/rsrr/theme5/fatalvehicleoccupant75.pdf
[2] Collisions Involving Older Drivers: An In-depth Study
http://www.dft.gov.uk/pgr/roadsafety/research/rsrr/theme5/rsrrno109.pdf
初期アルツハイマー患者の自動車運転安全能力の評価研究の現状
アルツハイマー患者即運転不適当者と云った、単純で人権無視、証拠のない、単に言葉の上での思い込みだけで人の生活を左右する、これは成熟した民主主義社会で許されることだろうか。一般にアルツハイマーといわれる患者にも程度や病状の形態に差があり一概には判断できないことが分かっている。
神経心理学テストを含む身体機能テストと路上での安全運転能力テストとの間の研究の現状を調べてみた。
2009年2月アイオワ大学で発表された実測研究のアブストラクトと、それに関連した研究を拾ってみた。この研究方法は、40名の初期アルツハイマー患者(mean Mini-Mental State Examination score 26.5)と、コントロール群として115名の発症していない高齢運転者で行われた。認識の心理学テスト群(battery of cognitive)と視野、運動機能などの身体テストおよび、実際の運転テストは、標準化された35mile(56km)の市内・郊外を組み合わせたテストコースで計測器を設置した車で行われた。
研究方法は、神経心理学検査から算出されたスコアー(COGSTA)と、安全運転エラーは運転状況のヴィデオ観察から専門家が評価して行われたという。オリジナル論文を入手していないので詳細は不明である[4-1]~[4-3]。
安全運転エラーの評価結果を見てみると、アルツハイマー群では平均42.0(SD=12.8)、コントロール群では33.2(SD=12.2)となり、アルツハイマー群の平均安全エラーは明らかに多い(p<0.0002)ことが分かった。
安全運転エラーの年齢との関係は、5歳増加するごとに安全エラーが2.3ほど増加すると解説されている。単純にこの値を年齢スケールで見るとアルツハイマー患者は、同年の健康群と比べて20年ほど老齢化が進んでいると云えるかもしれない。
この論文では、患者の運転エラーの増加が個人差や、年齢グループの違いと比較してどの程度になるかは考察していないが、上記の標準偏差が、両群とも12程度あることから、平均値の差よりも、個人差のばらつきの方が大きいともいえる。このことは、テスト結果のアルツハイマー患者の平均運転エラーが多いからと云って、直ちに社会の交通安全の脅威になるとは言えない。実際の一般事故統計ではアルツハイマーが発症してから3年後に他のドライバーに比べわずかの事故の増加が見られるとの報告もある[5]。
何れの研究のアブストラクトを見ても、アルツハイマー発症即運転不適格者と断定している研究者の見解は見られない。今回調べた資料では1994年からの研究であるが、15年余りの研究でも、どの時点で運転不適格になるかの決定的な検査基準が見つかっていないことがわかる[1]~[3]。
現在の道交法改正で、安易に自動車学校などでアルツハイマー検査まがいのテストを強制する法規は、医学的な面や、実際の事故状況の証拠からも根拠がなく、違法であることが分かる。
それと、今回キーワードや、論文の参照リストから検索した結果、日本の政府機関や公益法人、大学などのこの種の研究論文やアブストラクトの引用が皆無であったことは、先進国として重大な問題であることを痛感した。
参照文献
[1] The effects of Alzheimer disease on driving-related abilities.
Rebok GW, Keyl PM, Bylsma FW, Blaustein MJ, Tune L.
Alzheimer Dis Assoc Disord. 1994 Winter;8(4):228-40.
PMID: 7888153 [PubMed – indexed for MEDLINE]
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/7888153?itool=EntrezSystem2.PEntrez.Pubmed.Pubmed_ResultsPanel.Pubmed_RVDocSum&ordinalpos=3
[2] Driver route-following and safety errors in early Alzheimer disease.
Uc EY, Rizzo M, Anderson SW, Shi Q, Dawson JD.
Neurology. 2004 Sep 14;63(5):832-7.
PMID: 15365132 [PubMed – indexed for MEDLINE]
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15365132?itool=EntrezSystem2.PEntrez.Pubmed.Pubmed_ResultsPanel.Pubmed_RVDocSum&ordinalpos=2
[3] Improving Transportation for a Maturing Society
U.S. Department of Transportation Study, Jan.1997
http://www.aamva.org/AAMVA/DocumentDisplay.aspx?id={45EA70E2-E2D0-4808-805A-ECA4BB3A8F9F}
[4-1] Predictors of driving safety in early Alzheimer disease
J. D. Dawson, ScD, S. W. Anderson, PhD, E. Y. Uc, MD, E. Dastrup, MS and M. Rizzo, MD
From the Department of Biostatistics (J.D.D., E.D.), Division of Neuroergonomics, Department of Neurology (J.D.D., S.W.A., E.Y.U., E.D., M.R.), Department of Mechanical and Industrial Engineering (M.R.), and Public Policy Center (M.R.), University of Iowa; and VA Medical Center (E.Y.U.), Iowa City, IA.
Address correspondence and reprint requests to Dr. Jeffrey D. Dawson, Department of Biostatistics, University of Iowa College of Public Health, 200 Hawkins Dr., C-22 GH, Iowa City, IA 52242 jeffrey-dawson@uiowa.edu
http://www.neurology.org/cgi/content/abstract/72/6/521
[4-2] Tests May Predict Driving Safety in People with Alzheimer’s Disease
ST. PAUL, Minn. – Doctors may be able to use certain cognitive tests to help determine whether a person with Alzheimer’s disease can safely get behind the wheel. The research is published in the February 10, 2009, print issue of Neurology®, the medical journal of the American Academy of Neurology.
http://www.aan.com/press/index.cfm?fuseaction=release.view&release=690
[4-3] A Way Found to Judge Driving Safety of Alzheimer’s Patients
By Kristina Fiore, Staff Writer, MedPage Today
Published: February 11, 2009
Reviewed by Dori F. Zaleznik, MD; Associate Clinical Professor of Medicine, Harvard Medical School, Boston.
http://www.medpagetoday.com/Psychiatry/AlzheimersDisease/12844
[5] Improving Safety for Older Drivers
John W.E.
Tech Transfer Newsletter,Winter 2000.
http://www.techtransfer.berkeley.edu/newsletter/00-1/elder.php
高齢運転者への贈り物 クリスマスイブに
高齢者のみなさん 皆さんの運転は最も安全です。自信を持って運転しましょう、罪悪感を持つ根拠はありません。
高齢運転者が社会の害悪のような、’証拠のない理由で、人権に無頓着な警察庁のキャンペーン’ に乗せられて、気力を無くされている高齢者への贈り物。
高齢者の生活の質を保つために重要で必要な一つとして安全で自由な道路交通がある。そのためには、自動車運転は最も安全で有効な手段であります。
以下に挙げる、国際的に流通している医学レベルの学術論文はその例の一部ですが、いずれも、
“高齢運転者層が他の世代のグループに比べて社会に危害を与えている事実がないことを証明しています。”
もちろん、現在得られる交通事故のデーターベースでは、単純にそのように結論が出るわけではなく、多くの研究論文を参照して、統計的にも、論理的にも検討を加え、検証可能な論文としての結論であります。
どうしてそのような結果になるのるのか、高齢者自身でも納得できない人があると思います。それは、暗黙のうちに高齢者グループとそれ以外の層での年間運転距離の違いを無視しているからでしょう。社会全体の道路交通災害を考えるとき、現実に、高齢者グループがどれだけの割合で全体にかかわっているかが重要なことなのです。
仕事から退職し自身の生活のために必要な移動性を確保している多くの運転者は、必要最小限の運転をしているために、走行距離、外出回数、運転時間、走行スピード、いずれも年齢とともに少なくなり、また昼夜や天候の状態などを選ぶ余裕もあります。これが結果として、社会全体の交通の事故統計で見れば、最も自動車運転による加害の度合いが少ないグループとして現れていると見るべきです。また、事故の当事者になった70歳以上の運転者の場合、相手の車の乗員や、車以外の歩行者や自転車に対する全体の加害率は20代ドライバーの半分程度と見られています。これは長い運転経験によるものでしょう。
ただし、いいことばかりではありません、高齢者は他の世代と同程度の規模の事故の場合、年齢がいくほどに死亡率が大きくなることである、すなわち歳を重ねるごとに衝撃に弱いガラスのようなものになると思ってください。これは歩行も含め、交通手段によらず全ての事故に共通することです。
運転中、単独事故で死亡する率は85歳以上で急激に増加することを自覚しましょう。
以上は以下の参考文献を読んでまとめたものです。私自身、後期高齢運転者のため、全くフィルターのかかっていない透明なものではないかも知れません。ご批判いただければ幸いです。
Risks Older deivers Pose to Themselves and to Other Road Users
Brian C.Tefft
http://www.aaafoundation.org/pdf/OlderDriverRisk.pdf
Risks older drivers face themselves and threats they pose to other road users
Leonard Evansa
http://ije.oxfordjournals.org/cgi/content/abstract/29/2/315
Older drivers, medical condition, medical impairment and crash risk.
Alvarez F Javier; Fierro Inmaculada
Accident; analysis and prevention 2008;40(1):55-60
Faculty of Medicine, University of Valladolid, 47005 Valladolid, Spain. alvarez@med.uva.es
http://www.biomedexperts.com/Experts/Abstract.aspx?pid=18215532
高齢運転者のための安全性の向上
高齢運転者のための安全性の改善
2000年、ちょうど今から10年前に書かれたニュースレターを見た。カリフォルニヤ大学バークレー分校交通研究所の記事である[1]。内容の要点を見てみよう。
この記事の基本としている理念は、1997年アメリカ連邦交通局の「生涯のための安全な移動性」の包括的な研究概要を参照している[2]。それは、結論として、“年齢だけで運転適性の判断の基準にはならない”と云うことと、もうひとつ、現状では、高齢者それがたとえ運転困難者であっても一般のアメリカ市民と同様に自由に運転することを重視している文化であるとの理解に基づいている。
日本では、いまだに高齢者が危険な存在であり自動車運転から排除しようとする、人権に配慮のない粗野な思い込みが、警察庁をはじめマスメディアまでに見られる。1995年当時アメリカの65歳以上の人口予測は2030年には20%ほどになるとのことでであったが、日本ではすでに現時点でこのレベルにある。何もしなければ人口増加と同様に高齢者が関与する交通事故の増加は当然のことである。
ニュースレター記事に戻ろう、
一般論のように言われている、高齢運転者は本当に交通の脅威の主力になっているだろうか? このような作り話が生じたのは、交通事故死者の集計のうち、運転距離の関数として表した年齢グループ別死者の分布に由来しているのではないだろうか。運転免許保持者10万人当たりの事故統計で見れば、高齢者群は最も小さい事故率のグループであることが分かる。歩行者との死亡事故との関与に至っては、高齢者層は、20歳運転層の20分の1以下である。
高齢者の運転が安全な主な理由は、運転の必要が最小限であることばかりでなく、自己判断の選択により運転していくべき場所や、いつどんなにして運転するか、たとえば運転を昼間に限ったり、安全と思う道路を選んだりしている。また高齢者は運転経験が長いこともリスクを少なくしている理由である。
研究の結果は、大部分の高齢者は機能的な反応の遅れや視覚障害の限界までは運転を継続することができる。考慮すべき重要なことは、欠陥があっても安全性を補う手段があるか、あるいは、運転をやめるかの妥協が必要である時点である。
しかしながら、痴呆のような“自己制御”ができない特有の理由で、身体的な障害や視力減退などを認識し、自己判断で運転をやめることを認識することができないグループである。その結果多くは自分の運転をやめるべきことに気が付いていない場合で、家族や、公的健康機関が個人的に運転をやめるよう助言することが必要な場合である。(アルツハイマー患者の場合、発症して3年を経過した後に少し普通のドライバーより事故率が上がる程度である)
また、身体的な障害による運転の能力の低下を認識していながらもそれを否定することにも問題ある。それは、非常にはっきりした事故の災害を経験するまで受け入れない心理的な理由ばかりでなく、実際に多くの人が可動性を明確に失うことで、運転をやめるとは言えない事情があるのが問題である。
フロリダのプロジェクトで警察が欠陥ドライバーを呼んで助言するプログラムを考えたが、そんなに効果をあげたとは言えない。大部分の、助言が必要とされ紹介された者たちが単純に否認するか、プログラムに参加することを拒否することが多いからである。
社会政策として、運転不適当な運転者の移動性を保証する計画や努力、また実際の多様な交通手段が必要である。このような研究や実現化がいたるところで始まっているが更に行われるべきである。
高齢者が運転限界に来た時、歩行が最も重要な交通手段となる。それにはよくデザインされた歩道が提供されるとも必要だが、歩行困難な高齢者も増加する。特に、郊外では高齢化住民がますます主力となり交通が困難となる。
アメリカの文化は、ドライビィングは個人の独立と誇りを意味する。このことを重要な事項として認識すべきである。この視点での対策としては、車の設計や道路のデザインとともに、DMV(自動車局)をはじめコミュニティー組織が、運転不適当者の識別や、そのカウンセリング、リハビリに関与することにより高齢者は生涯出来る限り長く安全に運転できるよう助けることである。
最後に、いろいろな新しい技術や手段により高齢者の安全が補助できる様になろう。赤外線暗視装置が視距離を広げ、スマートクルーズが車間距離の保持に役立ち、これら補助装置は運転の負担や運転操作の短時間の反応の必要性を軽減する。衝突防止装置はすでに、近くの障害物や後退の時役立っている。
衝撃の少ないエアバッグで、傷害を受けやすい高齢者の運転手や同乗者を守ることもできる、携帯電話や、GPSナビゲーションシステムも役立つだろう。コントロールの標準化と注意深く人間工学に基づいた計器盤なども重要だろう。
私の視点
道路交通は皆のものである
高齢者人口が増えるほどに、これらの人々の安全な道路交通の重要性が増すことを忘れてはならない。
[1] Improving Safety for Older Drivers
University of Calfornia Bercley, Institute of Transportation Studies
Tech Transfer Newsletter Winter 2000. By John W. Eberhard, Ph.D.
http://www.techtransfer.berkeley.edu/newsletter/00-1/elder.php
[2] IMPROVING TRANSPORTATION FOR A MATURING SOCIETY
http://www.aamva.org/AAMVA/DocumentDisplay.aspx?id={45EA70E2-E2D0-4808-805A-ECA4BB3A8F9F}
ファーストクラス自粛 裸の王様の海外視察旅行は無くなるか
偉い様の海外視察の接待、1960年代から、海外で活躍し始めた日本の製造会社や商社駐在員の間で常識になっていたこと。当時云われていた接待の割り振りは政府、政治家の高官は海外公館、それぞれの省庁は監督権を持つ関連会社や商社の海外支社や出張所、地方の首長や議員は県内の一流会社、当時、ワシントンDCなどには接待用と見られる高級日本料理店があった。最近でも、おととし頃の話題で、海外の日本料理店に日本政府の機関が格付けをしようとした話、何がきっかけだろうか、憶測だが、接待された側にランクが分かるようにだろうか?。
1980年代、日本航空のファーストクラスの座席数を見て外国人に「日本はお金持ちが多いのだな」と皮肉られたことがある。集団海外視察のためとか、通常は多くの空席で飛んでいたのでは、政府系航空会社として収益に無頓着、とにかく、各界の偉い人は公金で旅行するのが出世の証との感覚、さもしいの一言に過ぎる。日本は貧しい後進国でないとの認識を持ってほしい。ファーストクラスで到着、リムジンでお迎え、ラスベガスのVIPか産油国の王様でもあるまいし。
1990年代、ニューヨークからチリのサンティアゴの機内で、JICAの招聘で日本に滞在し帰国途中のウルグアイの学者と同席したことがった。ビジネスクラスの待遇で上機嫌であった。こういう使い方はそれぞれの国の事情を見て必ずしも無駄とは思わないが、日本の場合、世界で活躍している学者・研究者がエコノミーばかりか、少ない旅費を工面して自分で旅行の手配までしている現状を、御膳建てされ餞別までもらって外遊する政府高官や議員様たちはご存知でしょうか、まるでおとぎ話のようだ。
ちょっと云い過ぎだろうか。
学齢期の交通事故 歩行、自転車交通の場合
交通事故の年齢区分別データベースから、自動車運転免許年齢に達しない子供の事故について考えてみた。
比較のためイギリスの統計データについても見ることにした。以下にそれをグラフにして示す。
年齢区分の方式が異なるが該当人口10万人当たりの割合で描いているので直接比較することができる。ただここで注意しなければならないのは、交通の利用形態の違いが分からないので、日本では、全ての年齢層でイギリスと比べ自転車の利用率が高いとすれば、自転車の単位走行当たりの事故率が高いと云う結論にはならず、イギリスに比べ危険であるということとは結びつかない。
先ず気がつく最大の特徴は、日本は自転車事故件数の割合が大きいが,イギリスでは歩行の方が全ての年齢について多いことである。両データ共、学齢期の通学時のみの事故率は分からないが、かなりの割合を占めると想定し、19歳以下の学齢期の登校手段についての統計データを探した。日本の場合見つからず、イギリスの場合には詳細に分析した報告があったので、状況的にある程度の予測ができる。Travel to School, Department for Transport.
日本の公立学校では、小学校の通学手段は100%が歩行、中学では自転車通学も認められており、高校では公共の交通機関の利用もある。
イギリスの平均的な例では、5-10歳では歩行が52%、車(バン、スクールバス)が43%、自転車1%、その他4%、11-16歳では、歩行が41%、車(バン、スクールバス)27%、バス(公共)24%、自転車3%、その他5%とされている(2006年)。もちろんロンドンのような大都会と、地方との違いも分析されている。これで見ると、日本とのはっきりした違いは、徒歩での登校がイギリスでは40-50%、一方自転車登校は1-3%と極端に少ないことである。歩行と車利用での登校の分布条件は分からないが、登校に大人が常に同伴する率は7-10歳までが85%、11-13歳が31%となっている。
以上の条件を考慮して二つのグラフの違いを見てみると、歩行についてはあまり大きな違いがないことが分かるが、自転車については日本が非常に多いことが分かる。もちろん登校時の事故だけではなく子供の生活様式の違いが分からないと考えようがないが、社会的にみた場合、重要な交通問題であろう。
登校時の大人の同伴率については、日本の場合、小学年齢では、みどりのおばさんなどボランティアによる部分同伴や、集団登校などの効果が、同伴率85%のイギリスの場合とあまり変わらない安全性を達成していると見るべきであろう。それに比べ、中学高校年齢の自転車登校中と見られる事故が多いのは、自転車通学の比率が高い結果ではなかろうか。
日本の社会構造の変化、都市住宅の近郊分散や、地方での学校統合などにより、平均通学距離は急激に拡大しているであろう。イギリスでも、1996年からの10年間で登校時間が10-15%長くなっていることが上記の報告に記載されている。このような変化に対し通学の安全にかかわる重大さを認識して対応すべきであろう。
警察庁は、運転免許保持者に規制をかけることしか興味がないようだが。日本も遅きに失していると思えなくもないが、
子供の安全保護の面からみても、科学的で合理的判断に基づいた交通安全研究と、その効果的な実施機関を独立な国家機構として設ける必要を思う。
Statistics2007 Road Accidents Japan, http://iatss.or.jp/english/statistics/pdf/st2007.pdf
Road Casualties Great Britain:2007, http://www.dft.gov.uk/adobepdf/162469/221412/221549/227755/rcgb2007.pdf
Travel to School, http://www.dft.gov.uk/pgr/statistics/datatablespublications/personal/factsheets/school.pdf
高齢者運転マークの根拠 警察庁に送った意見
先ほど以下の文章を警察庁ウェブの意見箱に送信した。
高齢者マークの根拠 (デザイン公募を見て)。
高齢者運転が他の年齢層に比べて危険で、社会に被害を与えている統計データは、警察庁交通局の統計データでも、OECDの自動車先進国のどのデータでも見られません。
①どんな合理的理由で高齢者表示をしないで運転すると有罪にする差別法規に固執するのでしょうか。
②高齢者は運動機能が劣るのは明らかですが、それと現実の運転事故との統計的因果関係の分かる「国際的に流通している」学術論文を教えてください。
高齢者を保護するためとの理由なら、高齢者に故意に運転妨害をした運転者の罰則規定を先に制定すべきでしょう。そうすれば「安心して」自発的に高齢者マークを付ける人もあるでしょう。
以下に私の論拠を示すPDFファイルのURLを記します。
高齢者マークの公募について
http://drivingsafely.hp.infoseek.co.jp/ElderlySign.pdf
高齢者支援に関する検討委員会報告を読んで。
http://drivingsafely.hp.infoseek.co.jp/SafelyPlan.pdf
意見箱は1000文字以内の文字情報しか送れないのでこんな内容になった。
「もみじマーク」代替えデザイン公募 ・・・警察庁はなぜこんなことに執着するのか
昨日のニュースで警察庁が今日から老人運転者マークを募集するとのこと。
老人マークを公示して車を運転しなければ罪人にする。このことの人権違反、あらゆる差別を排除する基本理念の憲法に違反する法令であり、無効との疑いで反対するのであって、警察庁の、老人はマークが良ければ喜ぶとの認識には驚く。
高齢者運転が社会に重大な危害を与えている事実があれば、科学的にそれを証明して社会に問うべきで、根拠のない「迷信」で高齢者を差別することは先進国家として恥ずべきことである。
以下に、警察庁発表のデータから作成したグラフにより間違いの核心を述べる。
上のグラフは、第一当事者の10万人当たりに換算した事故件数の年次推移であるが、これを見てわかるように、75歳以上でも(黄緑)30歳以上の運転層よりわずか多い程度である、30歳以下の若年層より(青、赤)より格段に少ない。
よく云われる、高齢者の認知力や運動機能の低下による危険性について見てみるために、事故原因分析についての統計を下図に見てみよう。
このパターンも若年者を除く一般の運転者とほとんど変わらないと見るべきであろう。以上のデータは警察庁交通局交通事故発生データ(2007)から取ったものである。
これからからわかるように、高齢者の運転が社会に危害をあたえやむをえなく排除しなければならない合理的理由は見当たらない。
警察庁がキャンペーンに使っていた日本の恥ずべきグラフを右に示す。
警察庁は、この表で日本の高齢者の交通事故死者は50%近くもあることを強調して高齢者の運転を止めさせる理由にしているが、このデータは道路での事故死者件数であって、高齢運転者の第一当事者のものではない。これは明らかな「うそ」に基づくキャンペーンである。なぜ欧米諸国に比べ日本がダントツに高齢者の交通死者が多いか、高齢者が、より危険な自転車や徒歩による交通に頼っている割合が多いのが一因であると思われる。アンケート調査による不正確なデータであるが、高齢者の交通手段としての自動車の利用は、日本33%に対しフランスは40%である。交通事故死者だけの統計を見ると、高齢者は同規模の事故に対し死亡率が3~4倍高いことも統計的に証明されている。
高齢者にとって、最も安全な交通手段は自動車運転であり、来るべき高齢化時代に備え、高齢者をできるだけ長く運転できるよう社会が支援する研究や交通インフラの整備がが先進国では始まっている。
人口の高齢化が最も早い日本で、高齢者の生活を無視し、高齢者を安全な交通から排除しようとする警察庁とは大きな認識の違いである。
とは言っても、個人差はあるものの、誰でも老衰によりいずれ運転できなくなることは事実で、そのことを知らせ、運転をやめるよう説得するのはだれが良いか。
アメリカの例であるが、警察の関与を望むものはわずか2%程度である。
日本は交通に関しては、民主主義先進国で唯一の警察国家であるといっても言い過ぎではないだろう。
強大な権力を背景に、交通事故はすべて犯罪の結果であるとの原則で、検挙し易い法規を猫の目のように変える。これでは事故防止に役立たない。
アメリカでは交通法規は州法であり、細部は州によって異なる、またヨーロッパでは国や言語までが異なるが、自動車運転は州や国境を越えて運転するのが普通である。日本だけが、頻繁に変更され、講習を受けなければ分からないような交通法規が必要な特別な由がどこにあるだろうか。
つまらない蛇足だが、私はの初めての運転免許は1967年アメリカアイダホ州で取り、ニューヨークに引っ越した関係でニューヨーク州のペーパーテストも受けた。
帰国後、日本の運転免許は、法規や運転試験はすべて免除されニューヨーク州の免許からの書き換えで取得した。これは何も特別なことではなく、現在70歳以上の人ではかなり居るはずである。以来、法規の勉強を特別にしたことは無いが、幸い40年間警察の記録に残る事故を経験したことがない。67歳で定年してから、ヨーロッパ、オセアニア10数カ国で2万キロ以上ドライブ旅行をしたが、各国語が理解できるわけでもなく、法規の勉強もしたことがないがやはり幸運にも事故の経験はない。
以上は、自慢話と思われるかもしれないが、私の考えは、現在の先進国では自動車交通は共通の手段であり、国際感覚として交通法規の基本は個々の国で個別に決める時代ではないと思っている。それが、自己組織中心で命令調の警察庁に強い違和感を持つ理由である。
グーグルアースで見るニューヨーク州都オーバニー

40年前、ここニューヨーク州立大学で研究者として働いていた。このキャンパスは1960年代ネルソンロックヘラ―州知事時代に建設が始まったアメリカの大学としては新しいユニークなキャンパスであった。しかし1960年代後半、ベトナム戦争の泥沼化が始まり予算困難のため最初の目論見の超一流大学になり損ねた。上の映像は 全ての学部・大学院が一つの建物に入った巨大な建物の正面右半分の映像である。ただ右側ガラスの建物は最近に建てられたものである。
右は、空中からのキャンパスと周辺の一部で、左のスタイベッサンプラザは買い物やレスとランんなどによく利用した、ちょっと気取った小さなショッピングエリアである。40年たった今でも外見は当時のままであった。右上のアパートメントホテルには最近2度ほど週極めで滞在したが、当時にはなかった、1970年代、この近くのモテルに何度か月極めで滞在したことがあるがそれは今はない。
この巨大なキャンパスを囲む曲線の周辺道路は一周すると6kmほどであったように記憶している。右端に隣接するキャンパスは州政府の事務局群である。
商業道路に隣接した一般住宅地にあった個人アパートメント。1年半ほど住んでいた。
左は、アパートメントの空中写真。近距離であったが、州間高速道路I-87とI-90を使ってドライブを楽しんで通勤した、当時日本では、唯一の高速道路、名神・東名が全通した時代である。もちろん両高速は無料である。。
1980年代に滞在したアパートメントホテルと通勤ルート。ホテルの外観は変わっていない。
I 教授の自宅とその住宅地の空中写真。旧高級住宅地に隣接して開発された初期の住宅地
K 教授の豪邸とその住宅地の空中写真。k教授は特別な資産家で大学教授では維持できない高級住宅地内にある。
オーバニー市のSUNY大学とニューヨーク州庁、アパートメントや友人宅、交通環境などの空中写真。空港と高速道路が都市周辺を取り巻いている。これは知的職業人の多い都市の必要条件である。そして都市の人口が多すぎないこと。
昨年よりアメリカの住宅ローンの問題がニュースになっているが、住宅と交通環境の豊かさが分かる。番号は主要地方道の道路番号である。

















