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交通安全センターの事故分析、まれに起こる事例を一般化する落とし穴に陥ってはいないか?

2010/02/16

2009年発表の自動車安全センターの「安全運転に必要な技能等に関する調査研究(Ⅲ)」を読んで[1]。

この報告書は、社会全体の自動車交通安全の政策と、運転者教育についての立案をするための基礎研究を目的とする報告資料と思われる。

しかし、この報告書の分析内容は、社会全体から見た論点が欠落している。それは、分析の主要な部分である「年齢層別・過去5年間の違反経験回数別2007年の事故(1当)当事者率」において、該当するグループの個別運転特性にとらわれ、社会的全体の実勢の交通災害に関する量的な重みを考慮していないことである。

分かりやすい実例で云えば、最高齢者層で速度違反歴3回の事故当事者は東京の場合わずか 6例、この調査の全体の運転者数との割合は百万分の1程度である。この事故関与者が社会の交通災害に対しどんな役割をしていると云うのだろうか。極端な例を挙げて議論するのは好まないので、以下に東京の場合の約四百万人の運転者について、年齢層別・速度違反回数区分別の全運転者数に対する年間事故当事者率をグラフにした(図表3-6-2-2,p43より)。第1図

年齢層別・直近5年間速度違反回数別当事者総運転者比  これを見て明らかのように、55歳以降年齢を重ねる毎に事故当事者数や速度違反で検挙される回数は減り、65歳以上では5年間に2度以上の違反記録を持つ運転者は全体の十万分の1レベルである。社会政策を考えるとき、この事実をどれだけの重みで考慮の中に入れるべきかである。

統計結果が高齢者ほど安全運転であるという結果は承服できないと考える人は多いだろうが、高齢者は実態として、運転頻度や運転距離が少ない為ばかりか昼間の天候条件の良い時にだけ運転すると云った自制効果の表れでもあろう。

研究センターの報告書の分析の基礎となっている表とグラフ、第3章6「年齢層別の個別違反歴と事故率」では、上述の頻度の影響が現れない様に各区分毎の運転者数を母数にして、区分毎に同一条件で統計を取っている。そのグラフの一例を東京の速度違反との関係について下のグラフに示す。第2図

 年齢別・速度違反回数別当事者率東京

第1図と比べてはっきり分かる違いは、第二図では高齢者層がだんとつに事故当事者率が高いことである。これなら納得できると直感する人は多いと思う。この違いはどこから来るのか? 云うまでも無く、同じ事象を社会全体の実勢として見るか、個別の事象の特性として見るかの違いである。

以下に、自動車運転者の安全性の実態を見る一方法として、少数例である責任事故に遭遇した運転者を抽出するのではなく、区分毎に対応する運転者数から事故当事者数を除いたいわゆる正常運転者率の統計を見てみた。エラーバーは、まれな事象である違反者数のみをポアソン分布していると仮定して算出した確率範囲の概略値である。第4図

無事故運転者率

これを見ると、各年齢層の間での違いは確認出来ない(95%確率範囲)。強いて言えば、高齢者で多数回速度違反を摘発された運転者の安全率が数%下がる傾向が見られる程度である。しかし、この運転者層は総運転者数の十万分の一レベルのごく稀な例であり、特殊な原因がある者として分離して考えるべきで、一般的な運転者の特性として考えるべきではない。

安全センターの速度違反との関係の要約「加齢に伴い事故当事者率が上昇している」は(3.6 (2)速度違反 p.41)個別的には云えても、交通社会全体のリスクとしては統計的に意味がないと言わざるを得ない。

交通安全センターの分析は、その結果が、警察庁の運転者政策に影響し強制力を持つ法規や教育システムに関係することを考えると。交通社会全体に対する影響の重みを含めた解析が必要であろう。

[1]   安全運転に必要な技能等に関する調査研究(Ⅲ).  平成21 年3月,  自動車安全運転センター

http://www.jsdc.or.jp/search/pdf/all/h20_3.pdf

トヨタ問題 メディアの不合理な報道

2010/02/11

2月6日このブログに書いたように、NHTSAに報告された千件にも上るレポート”意図しない急発進(Toyota Sudden Unintended Acceleration)” これを約10年間放置し、レクサスの暴走問題が云われた時、初め「フロアマットの不適正使用だ」と言っていたがおさまらず、対策としてガソリンペダルを半分に切ることにした、それでも根本的な対策ではないことを指摘され、やっと昨年(2009)11月末「ブレーキ時アイドリング安全システム?」(”Brake Override System”,“brake-to-idle failsafe”)をECU(Engine Control Unit)のプログラムに組み込むことを発表した[1]。その結果アクセルペダルの改良だけでリコールは回避出来ているようだ。

このようなニュースは日本では見たことがないような気がする。日本で発売している車もプログラムを修正しているだろうか。今問題になっているハイブリッド車のブレーキ問題もアナウンスなしに今年1月に改良していたように、顧客に知らすべからずの体質はいつから始まったのだろうか。

昨日メディアで発表になったブレーキデータが正しければ、常識的に考えてリコールに値しない問題で、安全には無関係、トヨタが最初に発表した「フィーリング」の問題だろう。

マスメディアはなぜこの不合理な疑問に対し、自動車工学や、人間工学の国際的に評価されている研究者に対する取材記事を書かないのだろう。

日米摩擦を匂わせた方が興味をそそるからであろうか?

以上の理解に間違いがあればどうかご指摘ください。

[1]  Toyota Gets Accelerator Recall Right
Written by jalancast on Nov-26-09 4:09am
From: tundraheadquarters.com

http://www.zimbio.com/Toyota+cars/articles/TpxjPDa6dAD/Toyota+Gets+Accelerator+Recall+Right

ワシントンDCの大雪とトヨタ

2010/02/10

2006年2月ワシントンDCで雪に遭遇した、ちょうどスミソニアン美術館にいたとき、午後突然アナウンスがあり大勢の館員や警備員が出てきて入館者は追い出された。理由は大雪の予報があり午後3時で閉鎖するとのことであった。連邦政府の職員が帰宅するためと云う。今、この美術館のウェブページを見たら9日は雪のため閉鎖のアナウンスが出ていた。

今日はどうなるか? アメリカでも、連邦職員は雪で休暇になるほど恵まれているようだ。トヨタはこの雪に助けられアメリカの政府に対する対応に2~3日余裕が与えられたか!逆に、雪道や、融雪剤を播いたでこぼこ道路での運転ミスをますますブレーキの不具合のせいにされる報告が増えるか?

トヨタ社長の会見を見て、CNNニュースでレポーターの日本の大企業の組織内文化の特性と関連付けた解説を見た。

とにかく、この半年ほど世界のベストセラーズであったプリウスにトヨタ社長ははじめて運転したことこそ問題であるという。要するにトヨタの経営陣は自社の車を運転したことも無いのに、欠陥はない、信頼してくださいと云い、謝罪会見では、何が欠陥でリコールするほどの問題があったかもわからない。もっと致命的な欠陥を発覚するまで隠していると疑われても仕方がない。

トヨタの社長が自ら運転してその感覚を「抜ける」と表現したことが利用者にとってそんなにありがたいことか。最初の対応は、一方的に利用者の無知のせいだと云わんばかりの態度、騒ぎが大きくなって実は社長も初めて運転してそれを確認したと、そんなことを自慢たらしく会見の席で云う社長の感覚、そして技術系の最高責任者の顔がみえない、新しい技術が生まれたとき、利点ばかりではなく予測できなかった欠陥や、利用者とのインターフェイスに違和感を生ずることはよくあることだが、それを、データに基づく”証拠”を見せて説明しなければ説得にならないのが現代であろう。

1960-70年代、ニューヨークとバンクーバーで活躍していたトヨタの社員や家族と現地でお付き合いしたことがあるが、子供を含め家族ぐるみでトヨタ(日本企業)で努力していた当時の多くの人々のことを思うと残念である。1970年代、アメリカでトヨタのレンターカーを借りたことがあるが、日本で売っている車に比べ運転席でエンジン音が大きいように感じた、同車種でも日本より大きいパワーのエンジンを積んでいるからと思ったがそればかりでなく、アメリカではエンジン音が好まれるからと聞いた記憶がある。確かに好みだけでなく、エンジン音があると、加速やスピード感が耳で感じられ運転しやすい面もある。このように多くの社員の情報収集と適格な対応に支えられて世界一になったトヨタ、殿様とその家臣達に守らられた企業のように評されるようになった原因はどこにあろう。日本病に感染したか?

アメリカの企業のトップは莫大なボーナスや年収を得ていることは周知の事実だが、名古屋企業のトップは徳川様のような天上人、庶民に謝罪したことで有り難がられるほど偉い人なのか。恐れ多い暴言をお許しください。

ゴールド免許は警察庁からのご褒美か

2010/02/07

日本のように、5年間で2回またはそれ以上の責任事故を起こす運転者の確率が0.4%以下の先進国では、大多数の正常な運転者に対する実態の把握が重要と思う。

その意味で、正常運転者の評価という観点から、科学警察研究所交通安全研究室[1]の論文データを用い、主力責任事故を起こさなかった運転者グループに対する以下のような試算をしてみた。その結果は、40年あまり運転してきた運転者としての実感としてはそれほど間違っていないように思った。

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事故回数歴と違反回数歴の違いによる運転者の安全評価の等価判断の一つとして上図を例に考えてみた。

グラフからおおざっぱに見えてくることは、運転者の安全度評価は、事故回数歴1回に対し、違反回数歴3~4回が同確率であることが分かる(細線の交点または冪指数の比-2.7/-0.75=3.6)。

無事故で違反3回までの運転者数と、それより記録の悪い運転者比を見てみると88%対11%となった。それに対し現在の評価基準である無事故無違反での運転者数の比は54%対45%となる。

運転経歴による差別は、免許更新手続きの便宜や、保険料率への影響など、現実として運転者の損益に関係しており、運転者の評価という社会的公平さの見地での基準を考える場合、運転者全体の85%程度を正常運転者と見るべきであるという基準もあろうかと思う。(85パーセンタイル基準)。

現在、欧米先進国では、正常運転者に対してはインターネットや郵送など免許更新の簡素化が実施されているところが多い。日本も統計的には自動車運転に関する事故発生率は世界で最も少ない成熟した国の水準に達していることから[2]、運転免許更新手続きにかかわる社会的損失(運転者の免許更新毎の休業、行政経費等)も考慮に入れることが行政サービスとして重要な時代に来ていると思っている。その意味で、正常運転者が遭遇する責任の軽い事故や違反の実態についての科学的分析を行い、免許保持者の85%程度を正常な運転者と評価出来る明確な基準を求めることが必要である。

しばしば取り締まり当局が陥る、1%にも満たない運転経歴の悪い統計的に異質な運転者の事故や違反状態を例にして、大多数の正常な運転者に言及するのは明らかに誤りである。

[1]   4th IRTAD Conference, Yasushi Nishida 2009.

       http://www.internationaltransportforum.org/irtad/pdf/seoul/3-Nishida.pdf

[2]   IRTAD Annual Report 2009. pp.14,15.

       http://internationaltransportforum.org/irtad/pdf/09IrtadReport.pdf

トヨタは10年に余る期間にNHTSAに報告された利用者の苦情をどう分析していたのだろう。

2010/02/06

トヨタ車の予期しない突然の急加速(SUA)と題した下記の会社が作成した報告書を見た。

事故に遭遇した当事者や、死亡事故の家族から National Highway Traffic Administration (NHTSA)に報告された記録をまとめたものである。

Lexusについては、1999年から2,226件の苦情報告がNHTSAにされていて、そのうちSUAが原因と思われる815件の事故、341件の負傷、19件の死亡事故が認められると記している。また、トヨタ車については各車種について10年余りにわたってSUAの報告が続いているとも指摘している。

この報告書は180ページに及ぶPDFファイルで、そのうち 56ページから155ページまではNHTSAに報告され整理された個々の事故の報告書のコピーが記載されている。大多数はNHTSAが調査した分類番号と要約が付加されている。

Toyota Sudden Unintended Acceleration.  February 5, 2010. Safety Research & Strategies,  Inc.

http://www.safetyresearch.net/Library/ToyotaSUA020510FINAL.pdf

もう一つの同社の報告書は、電子燃料供給システムに関するNHTSAに報告された苦情の分析報告書である。

Electronic Throttle Control Systems In Toyota Consumer Complaints to NHTSA February 3,2010.

http://www.safetyresearch.net/Library/QCSReport00203.pdf

これらの報告書が正しいかどうかの評価をする能力はないが、検証できる資料を参照文献として付加していて科学論文の形式を満たしている。

このように、ちょっと調べ、偶然見つけただけでも多くのの資料があるのに、これらには何も触れず、根拠の不明な社長の情緒的な謝罪発表では顧客を信頼させることはできないし、トヨタの指揮系統の無能さを疑われるだけと思うがどうだろう。

不思議なトヨタ社長のプリウスのブレーキ不調会見

2010/02/05

車の性能評価は各種の科学的な計測データを公表すれば疑いの余地のない説明ができるはずで、基本設計をしたトヨタがそのデータを持っていないとは考えられない。運転者の感覚の問題などとわけのわからないことを言って問題を拡大する経営陣の感覚が分からない。

現在、車の加速度計や、ジャイロ、GPS速度計などカーナビに利用されているごく普通のセンサー技術でも、ブレーキ操作時の車の力学的な運動状況は記録できる。従来の車のブレーキキングの状況と、今回問題になっているハイブリッド車の場合と詳細に比較することはできるし、それが、安全上の問題か、単なる運転感覚だけの問題かを証明することができるはずである。安全上の欠陥がなければ、運転者の好みの問題であり、試乗して好きな車を選ぶ通常の販売方法ですむ問題である。

残念ながら、言葉尻だけの説明しかないことは、トヨタは、欠陥を隠していると理解されても仕方がない。

日本で行ったような、こんな情緒的な説明では、欧米の調査委員会やメディアを納得させることは出来ないだろうし、トヨタの首脳陣はそのような事情ははっきり認識しているはずで、今回の問題は残念ながら深刻な技術的な問題であると思わざるをえない。

運転者の安全性の評価と事故歴・違反歴との関係

2010/01/31

科学警察研究所:交通科学部 西田 さんのソウルで行われたフォーラムの発表論文を見て。
Road Traffic Accident Involvement Rate by Accident and
Violation Records: Yasushi Nishida
http://www.internationaltransportforum.org/irtad/pdf/seoul/3-Nishida.pdf

この論文は、2007年度に運転事故の第一当事者になった全員について、2002年から2006年までの5年間の事故・違反歴との関係について分析したものである。

この論文に記載されているデータベース Table 2, A,Bを参照して、他の側面から分析をしてみた。

安全な運転者に着目し、運転者の安全性の統計的性質を見るために、Table 2,Aを変更して第一当事者にならなかった運転者数を算出し分析してみた。

交通の安全性を評価する時に、運転者個人の運転能力に着目するのと、統計的にあるグループが交通社会全体にどのような割合でかかわっているかを見るのとで区別する必要がある。たとえば軽度の知覚障害や身体障害のある運転者は、個人的に評価すれば一般の運転者より危険性が高いと見られるが、実際の交通社会全体からの統計分析では、これらの運転者は、むしろ安全なグループに属することが多い。それは、これらの運転者の運転距離や人数の割合が少ないためである。

そのような意味で、ここでは、2007年度に第一当事者にならなかった、安全性が高いと見られる運転者の全運転者に対する割合を調べてみた。

運転歴と安全率

これで見ると、事故歴と違反歴からみた運転者の将来の安全評価は同等ではなく、事故歴の方に重みがあることが分かる。

直近5年間に無事故で過ごした運転者が、次年度に第一当事者として事故に遭遇しない確率は93%であるが、その中で、無違反は54%程度、約40%が違反記録を持つ。それに対し、事故歴を持つ運転者は、無違反であっても無事故歴グループで違反数5回以上のグループより更に安全性が低い、このように、事故歴と違反歴は運転者の安全性の評価で同列ではない。無事故であっても、違反記録のために、免許更新時の手続き簡略化や、保険料率の優遇などから外され、経済的なペナルティーが科せられている。多くの無事故運転者が感ずる、違反を摘発をされた場合の不満の原因の一つであろう。

他の問題として、違反と事故との関係においての関連が明確でない、たとえば、駐車違反と事故との関連性についてみると、駐車違反が原因でその車に追突したり、駐車違反車の陰から突然現れた歩行者が他の車から傷害を受けた場合、違反駐車をした運転者は事故当事者として記録されるだろうか? 日本では、駐車違反は事故にかかわる犯罪というより、道路交通障害の排除としての摘発の要素が強い。また、事故を伴なわない速度違反はいわば抜き取り検査のようなものでその補足率は低いが、一般に実勢速度より規制速度が低く設定されているので、厳しく摘発すれば違反者は非常に多くなる[1][2]。一方、事故に関与した運転者は事故原因としての違反を厳しく追求される傾向はないか? すなわち、事故を伴わないで摘発された違反と、事故の原因(責任)とされて摘発された違反とは性格が異なることである。この要因を明確に分離したデータがなければ、この主の統計分析は意味がないともいえる。

無事故歴の運転者を優遇するのは根拠があるとみられるが、その中で違反経験者を切り離して除外するのは根拠薄弱であり、特に職業的に頻繁に運転している運転者には酷であると云えるのではなかろうか。

[1]  85th Percentile Speed 警察庁もやっと現行の法定速度設定の不合理を放置し続けられないと思い始めたようだ。

http://space-glow.spaces.live.com/default.aspx?_c01_BlogPart=blogentry&_c=BlogPart&handle=cns!A841E9CE14183CB0!156610

[2] 85th Percentile速度、実勢平均速度と法定速度との関係

http://space-glow.spaces.live.com/default.aspx?_c01_BlogPart=blogentry&_c=BlogPart&handle=cns!A841E9CE14183CB0!156611

トニーブレア前イギリス首相に対する公聴会を見て其の二

2010/01/30

昨日23時30分より公聴会の午後の部を見た。予告通り、イラク占領後の政策について開戦前に十分予測検討されていたかの質問に対し。ブレアは、イラクの官僚機関が敗戦とともに壊滅状態になったことについての予測はしていなかった、これがサダムフセイン政府打倒後の政策の失敗につながったことは認めていたよう思った。

政治社会のことについての経験も知識も無いので内容についての意見を云う根拠はないが、形式的な状況判断ではあるが、以下のことに強い印象を持った。

複数の委員の前とブレア氏の前にそれぞれマイクがあり、委員の質問に、ブレアは間髪を得ず返答をしていた、同じ内容の回答の繰り返しの部分も感じたが、一日で6時間にわたってこの様なやり取りに耐える能力は想像するだけでも大変なことと思った。

一方どうしても目に浮かぶのは、どこかの国の予算員会のライブ中継、政府閣僚側にたった一つのマイク、閣僚ははいちいち立ってマイクの前に進み出て、えーあーうーの発声で時間をつぶしながら無難な返答をする、準備を十分にしてきたはずの質問者にも、人によってはえーあーうーの質問時間の無駄も見られた。税金を使っての委員会、時間をつぶすための技術としか思えない儀式、この情景が浮かぶのを払拭することができなかった。

トニーブレアの発言の中に「アムとか沈黙など」時間を引き延ばすテクニックはは殆どなかったと思う。彼は弁護士出身とのこと、職業的訓練を受けていると云う事かもしれないが。

トニーブレア前イギリス首相に対する公聴会を見て

2010/01/29

先ほど、イギリス時間の朝から始まった3時間に及ぶイラク戦争に関する独立調査委員会の午前の部が終わった。首相として、イラク戦争にブッシュ大統領と協調して参加を決断したした当時の事情について、複数の委員の前で証言を求められる形式で行われていた。昼食時間を2時間ほど取って、午後には武力行使でフセイン政権を倒した後のイラク情勢についてどのような予測がされていたかの証言を求めるとの解説があった。

BBCとCNN両国際放送ともに通常番組を変更して連続放映をしていた。現在まだ継続している1国の重大な政治決断の過程が、当時の最高責任者から直接ライブで全世界に向かって放映される、このようなことが実現されたことは驚くべきことであると思わざるを得ない。

これによって、国際政治の全容が明らかにされるとは思えないが、ゴースト作家の手が入った回顧録のようなものではなく、本人から証言がライブで見られることは大変なことである。これを受けているブレア氏にとっては非常なストレスであると思う。

この公聴会での彼の発言は、これから資料に基づいて検証されると思うが、政治家は、自分の決断について論理的に説明できる資質が求められる時代になっなってきたことを実感する。

話の中で、勝手に一つの語句を切り取って、それに絡んで鬼の首を取ったように非難する、どこかの国の政治家や、メディアがあるうちは実現できないことであろう。残念ながらこれが実感であった。

安全な社会維持には現金レスが必須?

2010/01/27

欧米の先進国では、ホテルや、航空、レンターカーなどの予約にはクレジットカードのデータを要求される。これはそれぞれの運用会社にとっては予約を保証する手段であるが、社会保安上は、有効なクレジットカードを持つことは、その個人の信用度を示す最低の基準で身分証明の役を持つ。また、公安上の犯罪捜査が必要な時、被疑者の移動状況が追跡できる。日本では現金決済が普通で怪しまれないので効果はないように見えるが。欧米、特にアメリカやカナダではレンターカーでの交通が必要でクレジットカードを持たなければ事実上目的地に移動する手段がない。現金決済は出来るが、カード情報は残る。

日本では、現金があれば、どこにでも怪しまれなないで移動できるので密入国者、麻薬など不正に入手した現金での犯罪活動が自由にできる。残念ながら、このことは現在の世界状況からは無防備ともいえる危険を含んでいる。

前のブログ記事にも書いた政治家の疑惑、高額な不動産取得まで現金で出来る、これでは極端な想像ではあるが、麻薬で儲けた現金で不動産を購入し、それを売って現金で受け取る、こんな巨額のマネーロンダリングも一挙に可能となると云う事を知った。

平和で安全な日本、今までこれで社会の安全が保たれてきたのは非常に良い国民性の証と云えるが、皮肉にも犯罪組織ではなく、自国の政治権力者の疑惑によってこのような社会システムに不安を抱かなければならなくなったのは残念に思う。

もっと恐ろしいのは、日本ではこのよな現金決済が可能なことを世界のテロ組織に知れたことである。誇大妄想であろうか。