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水戸黄門と総理大臣

2010/06/02

水戸黄門大好きなドラマの一つである。葵の紋の印籠「これが目に入らぬか」いかにも権威主義のように見えるが、ここに描かれた正義の味方黄門は孤独であろうか。

黄門一行はそれぞれ異なる能力を持った人物の最小の共同体である。黄門は社会的にすぐれた洞察力の持ち主であり正義のシンボルではあるが、正義を実現するためには、権力、武力、情報収集能力、民衆の心を理解し対話ができ、信頼を得ることなど、バランスのとれた分かりやすい組織の基本モデルとして構成されている。黄門はその組織を纏める管理職といえる。

総理大臣は孤独だ、これは管理職としての能力の欠如を証明しているようなもので、総理大臣の座の本質ではない。現在の複雑でグローバルな社会において、一人の人間の能力だけで国の管理ができるわけがない。大勢の才能を持つ人々の能力の結集が欠かせない、それを実現し業績を上げるのが管理職の役割であり、その最も大きな組織の最高管理職が総理大臣であろう。孤独にさいなまれて一晩寝ずに出した結論など何の意味もない。

今日のニュースの感想である。

子供手当支給始まる

2010/06/01

直接子育て中の親に現金支給、批判の声が聞こえてくるがこう考えたらどうか。

厚生年金、医療保険、福祉事業、公共事業其の他数々の社会事業、事業総額のうち本来の目的に使われる税金はどれほどだろう。それらの補助金に群がる企業、認可権限を持つ役所と、地方・国会議員のなれあい、事業を獲得した企業の政治献金。証拠のあるデータを知るすべはないが、総事業費の25%はそれらに化けると見られないだろうか。

それを考えると、今回の子供手当はオーバーヘッドを取る組織が介入する余地のない、効率と透明性の高い税金の使い方と言えるだろう。一部不心得な使い方をする親があったとしても、4人に一人(25%)にもなるとは思えない。ばらまき、人気取りと決めつけるには値しない税金の配分方法の一例と思う。

議会制民主主義の欠点の一つに、税金の配分権が議員の利権として不合理な使い方になることが少なくないと思われる。教育・医療や福祉事業など、個人納税者が納税額の中から寄付の形でその使途を選べるようにする。これによって各納税者が直接社会に貢献している実感と税金を取られるという不満も薄らぐ。各事業団体も事業費の透明化に努力し社会からの信頼が必要になると思われるがどうだろう。自然、天下りも意味がなくなる。

アメリカのプエブロ事件と今回の韓国「天安」事件の共通点

2010/05/31

1968年2月アメリカの環境情報艦(Wikipedia)プエブロが北朝鮮に拿捕された事件。ちょうどアメリカのアイダホ州モスコーに住んでいたときに起こった事件であるが、その時のアメリカ社会の反応を思い出す。ここアイダホ州立大学の大学町は西の丘陵地帯から東のモンタナ州に続く森林地帯との境にある平穏な町であった。この事件で突然予備役兵が招集され、山岳訓練が始まった。ある人は私に暫らく日本に帰れないと冗談半分に言ったことを思い出す。高々小さな船1隻で大げさなこと思った。

当時、ソビエトとの冷戦真っただ中、アメリカはソビエトの介入を心配して戦争になるのをおそれ、うやむやに回避した。

今回は、アメリカの経済回復に大きな影響力のある中国を無視できず、強硬な態度を躊躇しているように見える。

もうひとつ、今回攻撃されたのは同盟国の軍艦ではあるのも、日米の安全保障条約で日本が攻撃された時、アメリカ軍の基本的な行動として予測できる事例ではなかろうか。

日本の政治家や政府官僚、マスメディア、この国の指導層は直近の国際的な事件の歴史を証拠だてて勉強しているだろうか? 心配になる。

良く聞かれる大臣の「不勉強でしたこれから勉強します」では何のための我々の政府かわからない。

老人の常かもしれないが、1960年代、無から日本の経済を立ち上げてきた実績のある70代以上の我々老人からみると、世界第2の経済大国と浮かれ漫然と費やし失った25年、お坊ちゃま、お嬢様たちの不勉強・無経験ぶりが心配になる。これは言い過ぎではないかとはばかれるが、強いて云わせてもらう。

77歳を期にMRIによる脳神経内科専門医の診察をうけた

2010/05/30

診断の結果は、過去に小さな脳梗塞の履歴を表すプロトン密度のやや高い映像の形跡が見られる。脳血管動脈に関しては狭窄や血溜は無いと云う事であった。

対症療法としては、2週間ほど脳頭蓋内圧の上昇をコントロールし血行を良くする点滴と、飲み薬(薬効成分Nicergoline)を処方された。

日本の独立行政法人のPmdaで検索すると: この薬の効能・効果は「脳梗塞後遺症に伴う慢性循環障害による意欲低下の改善薬」とのみ記載されている。いくつかの他のウェブサイトで検索してもこの程度である。

イギリス政府がサポートしている電子医薬品ライブラリーによる記載[1][2]ではこの薬は ”認知症や年齢による認知損症に用いる” の表題で、3ページ余りの要約が記載されていた。細部については医学用語もあり十分理解できないが、私なりに分かる範囲でこの薬:Nicergolineの効能についてみると、30年ほど前から多くの国で使われている安全な薬のようだ。もともと脳血管障害に作用する薬として、認知や感情、高齢者の行動の不調の治療薬とみなされていたものである。最近の理論的根拠からは各種の痴呆やアルツハイマーに効能があるとみられているが、そればかりではなく脳や心臓の血液に見られる酵素や、酸化防止剤としての治療の効果があると筆者の結論が付加されていた。

日英でこれほどの内容が違うのはどうもよくわからない。日本のウェブでは少し具体的で専門的な情報は、医療機関を通じて医療関係者として登録するか、医師免許で登録したもの以外にはアブストラクトさえ公開されていなく、詳しくは医師に相談せよとある。今の日本の医療体制で、医師が患者の質問に対し、文献の証拠を示し患者に説明することは、時間的にも医療報酬の制度からも無理である。出来ないことが分かっていながらの指導、学会などの研究機関で評価されている要約や論文がなぜ患者に公開されないのだろうとの疑問を持つ。

厚生労働省は一般国民には医療の詳しい情報を知らせないよう規制を掛けているのであろうか。医療情報が患者個人に知らされない体制はどう見ても不可解である。

いずれにしても、主治医の説明は、患者に対してあからさまの病状の表現を避ける配慮から、症状を軽く説明されたか? 処方された薬からみてすでに認知症を発症しているとの診断かの不安を感じアセスメントの一つとしてのTrail Making Test(TMT)[3]を自分で試してみた。このテストは一種の迷路を完了するのにどれだけの時間がかかるかを調べるものでAとBの二つのパターンがあり、結果はAは32秒(正常者の平均29秒)Bは59秒(正常者の平均75秒)であった。この限りでは正常と見られるようだ、処方された薬は予防のためと理解したい。

キーワード: Nicergoline Trail Making Test(TMT)

[1]  National electronic Library for Medicines

http://www.nelm.nhs.uk/en/

[2] Nicergoline for dementia and other age associated forms of cognitive impairment

http://www.nelm.nhs.uk/en/NeLM-Area/Evidence/Drug-Specific-Reviews/496556/?query=Nicergoline&rank=100

· © National electronic Library for Medicines 2007

· Supported NHS (National Health Service)とは、 イギリス の国営医療サービス事業

[3]  Neuropsychological Assessment.4th ed. New York: Oxford University Press;2004

私の関連記事: 血圧降下剤 カルデナリン 日本と米英の注意書きの違い

http://space-glow.spaces.live.com/Blog/cns!A841E9CE14183CB0!4000.entry

事業仕訳で見えてきた日本交通安全協会の巨額な運転免許更新ビジネス

2010/05/21

産経ニュースの記事から以下の表を作ってみた。

日本交通安全協会事業収益  37億円       

運転免許講習本収入     32億円   1400万部

受講者数         1500万人/年

[1]  更新手数料

講習手数料 料金(円) 総額(億円)
   優良運転者        700(54%)          57
   不良運転者*      1700(46%)        117
   小計          174
更新手数料      2550        383
   総計          557

*更新前の免許記録が無事故無違反(警察庁の区分け基準)

[2]  1日休業して警察に出向くことの国民的損失

最低時間給(平均) 損失時間 損失額(円) 国民総額(億円)
     713   8    5700     856

 

[3] 運転免許更新に要する国民的損失の総額  1400億円

この金額がどれほどの経済規模かを見るために、全国上場会社の経常利益ランキングと比較してみた。(日本経済新聞)

更新手数料総額に相当する経常利益を上げている会社  東急(電車・バス) 70位

国民的損失総額に相当する経常利益を上げている会社  中部電力      30位

もちろんこんな次元の違った比較は無意味だと云う批判はあろうが、以下のように考えて見たらどうだろう。

東急の場合は膨大な資産投資の上での利益であり、中電の場合は資産ばかりでなく、高度の科学技術を持った人的組織集団の上で得られた利益である。それに比べ交通安全協会の場合、独自の設備投資も高度な人材も必要なく、ただ権力で守られただけの組織で得られている集団の収入である。、国民の損失を食い物にした決して小さくない不当なビジネスと見るべきだろう。事業仕訳で協会の回答者が言っていたように「交通安全のために必要な教育経費」だと云うがそれを実証する証拠となるデータはあるだろうか。

日本の自動車運転者の事故率はOECDの統計表では世界の最も少ないグループに属しているが、飛びぬけて少ないわけではない。しかし、上記のように国民の免許更新負担はOECD加盟諸外国に比べ飛び抜けて大きい。これは無駄な行為であることの証明ではないだろうか。

おそらく警察庁は「日本の運転者はマナーが悪く教育の手を抜くと事故が激増する」と答えるだろうが。警察庁の天下り幹部は、自動車先進各国に個人で何週間か滞在して生活し、自分で運転を経験したうえで言っているのだろうか? どんな根拠で日本はマナーが悪いと云っているか疑問を感ずる。権力を背景にした安易な思い上がりであろう。

前にこのブログに書いた様に、自動車交通の先進各国で運転した経験では、日本の運転者は特にマナーが悪いとは思わない。

だれが言い出したのだろう「日本の運転はマナーが悪い」

2010/05/16

年1回、教育関係の定年退職者の昼食会でこんな話が出た。年齢は65歳から85歳、運転歴は1970年代に運転免許を取り30年ほどの車通勤歴のある人たちである。話題が自動車運転になったとき、現在の運転状況は昔に比べマナーが悪くなっている、かなりの者がそう思っているようだ。老人の常として若いころの記憶はよく見えるからだろうか。

私が日本で運転を始めた1970年当時に比べ、現在の一般の自動車交通状況は成熟し良くなっていると感じている。折に触れ知人等に言って見るが、同意してくれる人は非常に少ない。日本のモータリゼーションが始まったのは1970年代、しかし当時は車運転は特殊技能で、運転技能を競うようなところがあり、運転未熟者をやさしく見守るようなところは無かったように思う。

また当時の社会環境は、官庁や、一流会社など社会的地位の高い人たちは、運転手付きの公用車が一般的で高級管理職が運転する必要はなかったし殆どの人が運転経験も無かった。言い換えれば大多数の自動車運転手は社会の中で地位の低い部類の人たちが従事していた。もちろん警察の幹部も運転はせず、車の運転は下級職員の役割であった。したがって当時の事故処理は、事故原因の究明ではなく、関与した運転手個人を業務上過失として検挙するための記録を取る目的の処理であった。モータリゼーションが進み、社会的地位のある人や、警察幹部、あるいはその家族が自家用車を運転する時代になり、理不尽で一方的に運転者の犯罪として処理する不合理(恐怖)が自分の身に関係するようになって少しずつ傾向が変わった来たように思う。

現代の交通社会では交通事故は多くの場合災害であり、必ずしも犯罪とは結びつかない。また人間は完全無欠、過失が無いと云うのは科学的な事実ではないことが分かっている。自動車事故の場合、一方が過失を犯しても他方が回避し事故にならない場合が多い。また、現実には自動車運転中は運転に集中している場合のみではない。仕事のことを考えていることもあれば、むずかる幼児を乗せたり、後部席で騒ぐ子供を乗せた母親も運転している、視力の弱い高齢者が標識に戸惑っていることもある。しかしこれらもみな道路利用者である。互いに譲り合って相手を理解し安全に交通するのが社会的な成熟度であろう。

以上の様な認識でお互いさまと云った感覚で運転している人が少しづつ多くなり、現在の日本の運転マナーは昔に比べ良くなっていると思う。もしかしたら警察の事故処理が旧態然としているかもしれえない。

アメリカ、カナダ、オーストラリア、西ヨーロッパ各国で数万キロ以上運転してきた経験から見ても日本の運転者のマナーが特に悪いとは思えない。何度も書いているが日本の運転事故率は世界で最も少ないグループである。

外国での運転経験が無のに、どういう根拠で「日本は運転マナーが悪い」と云っているのか不思議に思う。そういうのが好きなのだろうか。

運転免許制度に関する考察

2010/05/15

数日前の新聞で民主党の事業仕分けの対象に、教則本の印刷が特定の天下り会社の利権になっていることを問題にするとの記事を見た。これは自動車運転免許制度からみて本質とは程遠い些細なことである。もっと基本的な不合理、我々市民に異常な支出を強制する非常識な自動車運転免許管理の利権構造を指摘すべきであろう。

自動車先進国の常識から見た場合、日本の際立った不合理は、始めて運転免許を取る時の経費である。若者の初任給の2カ月分以上の経費をかけなければ運転免許を取れない不思議な国は日本だけのように思う。民主主義国の先進国でこんなに経費がかかる自治体があったら教えてほしい。

日本で個人の自動車交通が始まった1960年代末の社会情勢は、各家庭に車がなく、親族に運転免許を持った者が殆どない時代、自動車学校の車を借りて、教習員に運転を習うのはやむを得ない状態であった。それを50年たった今も続ける合理性はどう考えても理解できない。

現在、大都会はいざ知らず、始めて免許を取る若者の家庭には、最低でも一台の車はあり、運転免許を持った両親や祖父母、兄姉があるのが普通の時代に、なぜ個人の使用可能な車や、運転経験の長い家族などの指導での運転練習が禁止されているのか。

欧米の各国では、ペーパーテストに合格すれば、基本的にその地域行政区の運転免許を持っている者が同乗していれば、公道で運転練習ができるのが大勢である。最近では、一部の行政区では公的資格を持った指導員の教習を一定の時間数だけ受ける(単位制)を設けているところはあるようだが。

私の知る限り、運転免許を得るまで、自動車学校の車で、箱庭のような教習場で、指導員つききりで高い経費を否応なしに強制されるのは、自動車学校の存続の目的と取られても言いわけの理由が無いように思う。その上、少子化で若者の運転免許取得人口が減り、自動車学校の経営が困難になったからか、高齢者の運転教習を義務化し収入を確保しているとの疑惑を感ずる。

お役人は、言葉でもっともらしい説明をする技術を身につけ、所属している組織の予算や権益を得る専門家であることから、事実の(エビデンス)裏付けがなくても、説明を聞くと尤もらしくすべて有意義のように聞こえる。しかし、欧米先進国、アメリカ、カナダ、オーストラリア、ヨーロッパの国々では、道路交通法は州などの地方行政区の法規であり、それぞれ交通法規に差異がある。その結果、運転免許行政の違いによる交通事故統計が得られ、科学的研究により効果の評価ができる。事実の裏付けなしに、言葉だけのもっともらしいへ理屈での規制は通用しない。

ヨーロッパでの研究の一例として、免許更新制度の厳格なフィンランドと、終身免許制度のスウェーデンと比べて両国とも運転者の衝突事故率は変わらないが、全体の交通事故死者の数はフィンランドの方が多い[1]。それは運転免許更新の厳格なフィンランドでは高齢者の歩行者が増加したためであるとの結論を得ている。この典型的な例は日本であろう。日本の運転者の事故率は、高齢運転者も含め世界で最も少なく安全なグループに属しているが。交通全体の高齢者の交通事故死者率は50%と異常に高い、これは高齢者の歩行や自転車交通が多いためであろう。

先進国では、同一国内でも州による法規の違いや、特にヨーロッパでは言語まで異なるが、運転免許はどこで取っても、それぞれの国や行政区を自由に行き来出来有効である。

今日、自動車交通は普通の生活の一部であり、一度基本的な交通法規を身につければ終身それで十分であり、日本のように交通法規を猫の目のように変え、講習を受けなければ理解できないようなこと自体が異常であり、無駄の象徴のように思う。

仕分け人に: 諸外国の運転免許取得や、更新時手続きや費用を調べ、具体的に日本の運転免許維持の手続きや経費が異なる理由とその必然性について、証拠に基づいた説明を聴取し公表してほしい。

[1] Assessing the fitness to drive:

http://ec.europa.eu/transport/road_safety/specialist/knowledge/old/what_can_be_done_about_it/assessing_the_fitness_to_drive.htm

 

この文章はもう少し整理して、e-Gov の意見要望に投稿し様と思っている。

YS 11の思い出

2010/04/27

特別深い思い出でもないが、日本国内線で最初の搭乗経験はこの飛行機であった1966年頃宮崎ー伊丹間だったと思う。瀬戸内海の飛行ルートでその美しさに感激した。

1968年4月、アメリカのバジニア州シャーロットビル(Charlottesville)に滞在している時、友人を空港に送ったときフライトスケジュール表示板でYS-11を発見した、製造会社名にはローマ字表示でNPPONKOUKUKI・・のように書いてあったので間違いがない。友人にこれは日本製旅客機だと云ったら驚いていた。当時テレビやカメラなど日本製の品質は認められていたが、車はまだ小型で安いと云うイメージしかなかった時代で、飛行機はわざと日本製であることに気づかれない様に表示したいたのであろう。

ウィキペディアで調べたところ、当時南東部の地方路線のネットワークをYS-11を主力機種として展開していた航空会社があったと云う事であった。

1970年以降宮崎ー名古屋路線はジェット機に代わり、航路も四国太平洋岸を高高度で飛びあの美しい瀬戸内の風景は見られなくなった。

日本ではターボジェット機を使っている路線は少ないと思うが、ドレスデンからウイーン、ニューヨーク州のオーバニーからラグアディアまで最近乗ったことがある。少人数の乗客のため地方路線では使っている。もちろんYSではないが、小型のターボジェット機はまだ健在である。前方の席に乗ると騒々しいが低空を飛ぶので天気が良ければ地上の景色が楽しめる。

愚直な最高指導者 鳩山首相 と ジミー・カーター元アメリカ大統領

2010/04/22

これは何の根拠も客観的な証拠も無い、直感的に浮かんだ連想だけの話である一人でもこれに近い感慨を持った方は無いだろうか。

鳩山首相、メディアからも気の毒なほど管理職としての資質の欠陥ぶりを揶揄されている。現在目前の課題である米軍基地の移転、驚きの解決が見られのを期待しよう。

ジミー・カーター、ニクソン政府のウオーたーゲート事件による政治不信、ベトナム終結後のアメリカ経済のインフレと不況、社会倫理の崩壊、アメリカの国内問題の最も困難な時期の大統領、国民はそれまでの官僚的な大統領に代わりカーター氏の良き隣人的な人柄に一縷の望みを託した。冷戦下の困難な外交問題も山積しており、イランのアメリカ大使館人質救出作戦の事故による中断は、彼の愚直さからくる優柔不断であるとみられ、官僚や指導者層の支持が得られなくなった。2期目の大統領候補の座から下ろされた。しかし大統領離職以後,元大統領として国際紛争の危機的場面で火消し役としての外交手腕の実績は高く評価されている。

鳩山首相も、たとえば地球温暖化対策問題などこれからの国際的に困難な調停役として評価を受ける存在感のある日本の指導者としての実績を残してほしい。

こんな夢を見た。

1976年カーター氏が民主党候補として彼の家族とともに初めてテレビにあらわれたときの画面は今でも思い出す。この時期私は、大学の休みにはアメリカに滞在したことが多く、ほぼ隔年毎にアメリカの大きな社会変革を見てきた実感である。

国土交通省 やっとBrake Override システムの義務化の検討を始める

2010/03/19

今日の新聞で国交省の発表を見た。有識者の委員会を作るとのことだが、いまさら委員会を作らなくても、欧米の国際的に評価されている文献を見ればこんな技術がすでに実用化されていることは明らかである。

委員会を作るなら、各界の管理職ばかりを集め、核心とは外れたつまらない討議で時間をつぶし原案通り了承になるよう人選ではなく、世界で流通している学会誌に業績を持つ現役の研究者を委員に含め責任ある討議をしてほしい。

何十年前か忘れたが、Antiskid Control 装備の車を日本に輸入する時、車検のブレーキ条項(完全に4輪とも回転を止める)違反となり承認を取れないのでこの機能をはずしたと云う話を聞いたのを思い出す。現在云われているABSシステムのことである。これは憶測の話だが、当時の通産省か運輸省か知らないが、日本の各自動車生産会社にこの装備を装着が出来る技術(生産)水準になるのを待って車検基準を改善したのと思われる。

今回の発表も、各自動車製造会社の了解を取ってのこととは思いたくないが、ここにきて、監督官庁は、自動車事故は全て運転者の過失で処理する時代ではないことが分かってきたのなら喜ばしい。