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高齢者に対する社会保障費負担増Ⅱ 少子高齢化のせいにするのは間違いであろう

2010/12/20

福祉元年と云われた1973年以前、高齢者は特別の事情がない限り、当時の家族制度では当然のごとく長男家族との同居により生活していた。言い換えれば、高齢両親と、その生活を支える労働世代の数は同数であった。決して労働世代全体で高齢者を支えてきたわけではなく、このような社会機構の違いを無視して労働人口と高齢人口との比率を問題にするのは無意味であろう。

現在と当時では定年後の高齢者の寿命が違うとの声が聞こえるようだが、これを余命表で見てみよう。(国立社会保障・人口問題研究所2010)

ここで、政府機関では、労働期間の上限を歴史を無視して、一律に64歳として発表している場合を見るがこれは間違いで、1960年代まではおそらく55歳前後であったろう。したがって上記の表から以下の定年時と平均余命(男性)の関係を見てみる。

定年年代: 余命、

1947年: 16年、 1970年: 20年  以上定年を55歳とした場合。

1980年: 18年、 2000年: 21年  定年 60歳。

2005年: 18年        定年 65歳。

このように、戦後の1947年以前を除外すると、実質定年年齢が延びていることを考慮すると、無収入になってからの高齢者の余命は延びているどころかむしろ短くなっているとも言えなくもない。ちなみに、1947年の65歳の平均余命は10年で、この数値を使えば高齢者の非労働余命は当時の2倍近くになることになり、あたかも社会の負担増になっているような錯覚をさせることができるがこれは事実ではない。

もちろん、現在の高齢者は、医療保護や、老後生活のケアー等社会的保護が進んできているので、高齢者一人当たりに換算すると労働社会の負担が大きくなってきているのは事実だが、制度の整備がなかった時代、高齢者を姨捨山に置いたのではなく、同居家族の負担で行われてきたことを理解したうえでの論争であってほしい。

高齢者に対する社会保障費負担増 世代間の不公平と思い込むのは間違いであろう

2010/12/17

「日本の世代別生産年齢層のGDPと社会貢献度」は、私のブログでは他のタイトルに比べ今日までトップで検索されています。今回は高齢者問題の側面から考えてみました。

経済問題は非常に複雑な要素の絡み合いが結果として出てくる現象であり、交通問題のように発表された科学的証拠により分析出来るのとは違い、基礎となるデータを得るのも難しく感じています。この記事は、あまり触れられていない一つの着眼点に目を付け、一例として書いたものです。

高齢者に対する社会の経済的負担問題は、世界の最先端を走っている長寿国日本は、他の先進国からモデルケースとして見られ、合理的で節度ある社会政策を進めるのに注目していると思いたいところです。「英エコノミスト誌の日本分析」

第二次大戦の戦後、日本、ヨーロッパともに破壊の後に立ちあがった当時の勤労世代が、高齢化世代としてして社会の20%にもなろうとしている現在、それを社会の経済的負担のみと見るのは間違っていると思います。

高齢者に対する国民年金・医療補助など複雑に変化し、年次的に統一し標準化して見積もることは難しいので乱暴なようだが福祉元年と云われる1973年を基準とし、それ以前の高齢者には社会補償がなく、高齢者の扶養は長男家族が負担していたと仮定してみよう。

定年離職時60歳(当時は55歳?)、 定年後の平均余命を20年とし、 扶養を担った長男との年齢差30歳としてみてみる。

定年離職の年度     公的扶養補助    長男家族の負担   長男の現在の年齢

1973年以前      0%          100%         67歳以上

1983        50%           50%         57歳

1993以後     100%            0%         47歳以降

言い換えれば、現在67歳以上の高齢層は、両親(高齢者)の経済的面倒と生活を同居家族で負担してきた世代である。以後社会保障制度により徐々に経済的負担の割合が減り、現在47歳より若い世代では、おおざっぱに云えば、個人的負担を無くし生産年齢層全体(社会)が負担する社会変革になったと云える。

社会保険掛け金や、高齢者に係る税負担だけを見て、現75歳以上の世代が一方的に社会からの恩恵を受けるように見るとすればそれは錯覚で、上のように、現時点での高齢者は公的拠出金よりも重い負担を親の扶養のために家族で背負ってきた人たちであろう。

数値を挙げて説明する経済分析の力がないので、感覚的で偏った見方であるが、このような視点が政府系文書やマスメディアに抜けているように感じてい、やたらに若い世代の負担増を印象付けているように思います。

定量的な分析法や、可能なデータベースがあったらお教えください。

ノーベル化学賞 おめでとう

2010/12/13

ノーベル賞受賞科学者の活動環境。日米の違い。

近年、日本の自然科学部門のノーベル賞受賞者が続くが、今年受賞された両博士の研究・教育環境の違いの略歴を見てみた。

鈴木 章 博士: 北海道大学名誉教授、その間1963~1965年アメリカの大学で研究、1994年退官、私立大学教授歴任、2002年国内の大学を退職、台湾大学の招聘教授。

根岸 栄一 博士 :フルブライト奨学生、ペンシルベニア大学 1963 Ph.D、アメリカの大学を歴任、パデュー大学教授、1999年同大学研究室特別教授。パデュー大学卒業生や在籍した研究者のノーベル賞受賞者数 5名 輩出。

以上 Wikipedia 調べ。

いずれも、1960年代アメリカで研究者としての職歴を持ち大学教授としての研究・教育歴が長いのが共通点であるが、通常の教授職を退いた後の研究者としての環境の違いが見られる。

一律ではないが、アメリカでは業績のあった教授は、付属研究所の研究室に所属し研究を大学院生、研究者の教育や養成をしながら、それらのチームでの研究活動が継続できる体制がある。

研究業績に関係なく、一定の年齢で研究者としての環境から追い出す日本の制度。定年後は、公益法人の研究所所長などの行政職か、私立大学の教授の道しかない。実質的な研究組織での研究継続は不可能である。国際的な賞の受賞者の場合でも、最高管理職に”偉い人”として置きたい公益法人があるが、迎えられても研究が継続できる環境は与えられない、組織の行政的な長としての看板である。ほかには、私立大学が教育者として迎えると云ったところであろう。これは、平均的な大学のレベルを上げるのに貢献していると言えなくもないが、研究者としての基礎レベルが、世界的に評価されている研究者のもとで仕事ができる学生でなければ、単に”偉い人に教わった”だけでは教育の効果は少なく、もったいない。

横並び公平の日本社会、年齢だけで一律に活動の場を追いだすシステムは大きな社会的損失であろう。知的に高度な社会では、高齢によって仕事から退職する時期は、”自分で決める”のが原則であろう。高齢と云うだけで現役社会から活動を差別され、行動の制約をしてよいという理由はない。ニューヨーク州立大学に私の友人で78歳で現職教授がいる。

アメリカの州立大学の場合、付属研究所の運営費では研究活動は出来ない、研究組織の代表者は、2~4年毎に成果が評価され、あらためて研究計画提案書を作成しなければならない。研究課題や目的、成果の予測だけでなく、自分の給料やチームの研究者の給料、設備、研究経費等の綿密な計画書を作成しなければならない。研究チームの評価は、主研究費提案者および共同研究者の以前の研究業績が重要で、論文リストを添えて検証可能な文書とし作成しなければならない。受理される条件は代表者の年齢ではなく研究提案者のチームの下で実現性があるかかどうかである。単なる過去の管理職歴だけで評価される「天下り」はない。

知人の研究室に案内され休日に訪問したとき、その研究所のボスに出会ったことがある。自分のもとで研究に従事している研究者の生活を維持するためにも次期の研究費を獲得できるよう学会などの研究者仲間でアピール出来る研究課題、研究者社会の動向の情報の収集など、具体性のあるプロポーサルを書くには多くの時間と努力が必要で、部下が休んでいるときに働かなければならないベンチャー企業の経営者のような一面も求められていることを知った。

さいごに、私の知人の州立大学教授がリタイアーされた時、「これで研究プロポーサル」に追われることがなくなったとの”実感のこもった”言葉を聞いたことがある。

日本経済浮揚策 老人性瀕尿で目覚めた夜の夢

2010/12/12

度胸だけが取り柄の金融素人を日銀総裁にする。

現在市中にある国債を日銀が買い占める。

その対価として大量の紙幣を増刷して市中に放出する。

デフレ脱却どころかインフレになる。

インフレが進んでも、みなの賃金が上がればなんとなく景気浮揚の気分を味わえる。

その結果、円安になれば、円インフレ効果が日本の輸出価格を相殺するので国際収支は変わらないだろう。

国債の実質返済額が下り、見かけの税収が上がる。日銀財産の目減りだけで済む。

やけっぱちの妄想だろうか?

人口問題 英エコノミスト日本分析の疑問

2010/12/10

急速な高齢化で日本は「逆高度成長」に 古いシステムを守っていると下り坂を転げ落ちる JBpress(日本ビジネスプレス)

上の資料は エコノミスト誌の日本特集の翻訳紹介の記事 JBpress  2010.12.01(池田信夫氏)である。

その中で日本のGDPトレンドの説明の中に以下のような文章がある。

「GDPが急速に増えた最大の原因は、人口が増えたことだ。1945年に7200万人だった日本の人口は、70年には1億500万人と1.45倍になった。この間に実質GDPは約10倍になっているので、その一部は人口成長率で説明できるわけだ。」

これは、数値を挙げているようで根拠が不明確な分析に見える。

年齢構成比の年次変化

上のグラフは私のブログ記事 日本の世代別生産年齢層のGDPと社会貢献度 « 2010.07.08で用いたグラフである。[1]

これで見ると1945年から1970年までの生産年齢層の増加は(当時は15~54歳が適当かもしれないが)1.2倍強である。

「労働人口が減るために消費が減ることだ。高度成長期のエンジンになったのは、都会に出てきた若者が新しい耐久消費財を買う旺盛な消費意欲だったが、これも高齢化によって衰える」。

非生産人口も、消費という形でGDP成長の需要を喚起することは確かであろうが、1950年代初期までは、非生産年齢層(子供)の人口が生産人口を上回っていた。以後、減少期にはいり1970年に1.5倍となり,生産人口の割合が増加し現在と同レベルに達した。1970年までの高度成長期には、当時、消費にそれほど関与しない教育期の年少者人口を抱えながらGDPの成長を実現した世代である。これを見ると、高齢化によって社会消費が減るとのことでGDPが減るという結論は疑問である。

経済問題を勉強したことがない私の「たわごと」かもしれないが、このブログに移ってからの三か月弱で、最も多く検索していただいたタイトルがこの日本の世代別生産年齢層のGDPと社会貢献度 «であったので、意を強くして英エコノミストの記事の批判をしてみました。

出来たらご批判のコメントをお願いします。

[1] 国立社会保障・人口問題研究所: http://www.ipss.go.jp

自らの統計データに反する自動車保険協会の高齢者保険料金値上げ 損保会社の談合なら許せない

2010/12/04

日本損害保険協会の自動車保険データ(支払い保険関連)という統計データを見た。

日本損害保険協会 – SONPO | 統計・刊行物・報告書 - 報告書 - 交通安全

この記事の、3.事故類型別被害者数 1.加害者年齢別の被害者数(死亡・後遺障害・傷害別)の表から、年齢層別運転者の加害事故による事故死者数を、同年齢層区分の免許保持者数10万人当たりに換算してグラフを作成した。用いた年齢別免許保有者数は、警察庁の[1]データによる。

(グラフをクリックすると拡大できます)

年齢別加害死者 

これを見てはっきり分かることは、死亡事故関与率は、高齢者も壮年層と変わらないことで、統計的な誤差範囲を見ると40歳以上では免許保持者10万人当たり5名強の一定の関与率になっていることが分かる。

物損事故の損失額については、第2部物損事故の表から、免許保有者一人当たりに平均分配した場合の損害額(単位万円)で表してみた。

年齢別損害額

この場合も、80歳以上の高齢者でも30~44歳層と変わりない。

この事実を承服できないと感ずる人も多いと思うが、このデータは自動車保険の損害賠償に係る交通事故の実態である。

言い換えれば、日本の自動車運転による交通移動の実勢条件での事故データであって、高齢者と壮年者の運転技術の比較ではない。この思い違いが高齢者の運転が危険であると云う”迷信”を生んでいると思われる。

高齢者事故が少ないのは、高齢者は自分や家族のための社会参加や、生活のための移動が主で、運転距離、時間、が少なく、気象条件なども選んで運転しているこによる効果である。

以上のように、高齢者の損害賠償金支払い額が壮年層と変わらないにもかかわらず、一般の思い込みを利用して、根拠のない高齢割増料金の算出基準を定め、さらに保険契約に明記せず、勝手に査定するのは反社会行為ではないだろうか。まして、先日の朝日新聞の記事のように、保険各社が談合するのは犯罪行為であろう。商業保険会社は独自の商品開発により競争すべきである。

一例ととして、ある保険会社の自動車保険の料金を、63歳と、77歳について同一条件で取ってみた。いずれも家族総合20等級で、それぞれ58,590円、66,940円であった。値上がり項目は対人賠償と、他車との衝突で、値上げ率はほぼ15%となっていた。

この報告データでは、人身事故の補償額は記載されていないので分からないが、高齢者は異常な高速運転や飲酒運転に原因する事故が少ないと云う統計文献もあり、事故当たりの責任賠償額も比較的低いとの予想ができる。おそらく高齢者の一死亡事故当たりの補償額は他の年齢層より低いのではないかと思われる。

ただし、上記のデータには自損事故や法律上賠償責任が発生しない事故は含まれていないので、一般の事故統計とは母集団が異なるが、内外の各種科学的な統計データと比べて、基本的な傾向は大差ないと見られる。

談合に参加していない外資系の保険会社があれば調べてみようと思う。

[1] 運転免許統計 警察庁交通局運転免許課

http://www.npa.go.jp/toukei/menkyo/menkyo12/h20_main.pdf

恥ずかしい日本の高齢者交通対策の現状

2010/11/29

NY Older Driver ① 75歳以上の高齢者が運転する車には特別なステッカーを貼らせます。

② ステッカーを貼らないで運転した場合有罪とし、4,000円の罰金を科します。

③ 70歳以上の高齢者には免許更新時に、商業自動車学校で有料で講習を受けなければ免許を交付しません。

以上がOECDに報告をしている日本の高齢者対策です。

高齢者は「運転免許を返納する勇気を」。東京都

高齢者の自動車利用は犯罪行為か、贅沢か? 野蛮ともいえる知的レベル。

左上のニューヨーク州の高齢運転者に対する援助資料のホームぺ―ジ(表紙)と比べてみてください。(画像をクリックすると拡大出来ます)。綺麗ごとかもしれないが、高齢者に対する礼儀と人権に配慮した資源です。

日本の運転者は、世界でもっとも事故率の少ない誇るべき国のグループである。何度も、このブログで証明しているように、高齢運転者の事故率も壮年運転者と殆ど変わらない結果を示しています。

日本の場合、民主主義先進国にあるまじき人権無視の恥ずかしい行政、交通警察の知性の低さを露呈していると云えないでしょうか。

根拠のない高齢運転に対する一般の”思い込みを”利用して、”うその”根拠で、高齢者の生活の自立性維持にに無頓着な交通行政、原因はどこに、また、何の利益を目的にしているのでしょうか。

国語審議会は必要か

2010/11/29

今日の朝日新聞声の欄を読んで。

81歳の 山田 昭広さんの記事で、2000年の国語審議会で日本人の名前表記を「姓ー名」の順表記が望ましいと勧告したことを知った。山田さんは「問題はそんな簡単な問題ではない、答申をお墨付きのように考えない方がよい」と書いておられた。

私もまったく同感である。山田さんの論旨にも同感であるが、それに加え、学術論文の場合、参考文献の索引に用いられる著者名は、通常の書式では私の場合ならば、”Toshiro Ichikawa ” と書けば、文献リストでは”Ichikawa, T”と処理される。検索名の書式は学者の生命であり業績の証でもある。また、これは世界に流通している共通のものでもある。一方、”Ichikawa, Toshiro”のように苗字と個人名の間にコンマ(,)を入れれば、現在の電子システムでは、コンマの前を苗字と認識する様だ。もし、欧米の入国審査や公文書に、”Ichikawa Toshiro” と表記すると、パスポートとは別人と判断されトラブルにもなりかねない。外国ではパスポート表記が本人を証明する唯一のものです。ただし、飛行機のチケットでは、”ICHIKAWA/T”のように姓/名の順序で表されていることに気付かれている方も多いと思います。要するに、名前の書き順が日本人のアイデンティティーと考えるのは自由だが、グローバルには理解されないので意味がありません。国の行政機関がすることではないし、答申はあまりにも現実の世界を知らない狭義の認識と思います。

インターネット時代、国語審議会のメンバーの名簿と、経歴を調べることは容易と思うがその根気は無いので暴言かも知れないが、もし、国語の専門家と云われる委員のみで、他の分野の学術・文化・ビジネス・政治等に無頓着な人選ならば、強制力の伴う言語行政としては問題があると思う。ついこの間発表になった常用漢字の変更も、テレビのクイズ番組の話題としては面白いが、国が定めることもないと思う。これからの世界で活躍してほしい子供達の教育にはもっと大切なことがたくさんあるはずです。

具体的には、国語審議会のメンバーには、日本語文化ばかりではなく、世界それぞれの国の文化に精通し、各分野で仕事をし、言語で議論のできる体験を積んだ人材で構成すべきと思います。

前にも何度か書いたように現在80歳代の世代は、日本の経済力や社会基盤を発展させたばかりではなく、学術・文化で世界に貢献した人材を多く輩出した世代であることを認識し、上記の山田さんのような方の提言には耳を傾けるべきであると思いました。

官僚の反抗 仮想ドラマ

2010/11/24

高らかに唱えた「政治主導」、国会、「え~」、「あ~」、[お~」、「う~」の発声で時間をつぶしながらも何か無難な答弁をしなければならない大臣、 でも、無難な言い回しは官僚の知恵を借りなければ心もとない。自尊心を傷つけられた官僚、命令された答弁の原稿に巧妙に仕込んだ ”機雷”、これに触て沈没する大臣。

どこかの国の”おとぎ話”、 私も感染しました!

高齢者を自動車運転から追い出すことによる交通死者の増加 e-Govで警察庁に送った意見

2010/11/22

高齢者を自動車運転から追い出すことによる交通死者の増加

政府統計の総合窓口の表(4)(2010年度10月末)によると高齢者の年齢層別・状態別交通死者は[1]

65~74歳区分で  歩行中 276人、 自動車乗車中 207人

75歳以上で      歩行中  628人、 自動車乗車中 280人

となっていて、歩行者の死亡率は、自動車利用に対し、前者が1.3倍、後期高齢者では2.2倍と高くなっている。データが不完全で、母数が表示されていないので正確な分析はできないが、高齢者の道路歩行は加齢に伴って非常に危険であることが分かる。

自動車の場合、乗車中とあり、運転中の死者は分からないが、この人数よりかなり少ないと見られる。いずれにしても、高齢者の移動には自動車利用が唯一の安全な交通手段であると云える。

公共の交通機関利用は最も安全のように言われ、奨励されているが、この場合、移動の目的を満たすには歩行を伴うので、これらを含めトータルでの実勢の交通形態の統計で安全が証明されなければ意味がない。

一方、交通警察研究所のデータによると[2]、75~84歳層の責任ある(1当)事故の経験者の比率は、東京、北海道ともに、25―64歳の運転者層と変わらない。これは後期高齢者運転が特に社会に危害を与えていると云う “思い込み” が間違っていることの証明である。

EU連合では、数多くの機関による統計を用いて、高齢者の交通事故死の科学的分析が公表されているが、これを要約すると、

① 高齢運転者が他の交通者に与えるリスクは高くないが、自分自身に対する事故当たりの死亡や重傷率は他の年齢層に比べそれぞれ5倍、2倍と高い[3]。この事実を混同して高齢者の事故率をオーバーエスティメイトしているが、これは誤りである。

②  高齢者に対する免許制度の違いと交通事故率の関係はまだ科学的に定かではないが、免許更新制度の厳格なフィンランドと、終身免許制度のスウェーデンについての事故比較では、フィンランドの事故死者率の方が高い[4]。この理由は高齢歩行者が増加するためと考えられている。
オーストラリアでも同様な結果が出ている。オーストラリアではビクトリア州だけが年齢での免許更新システムに差別がなく、他の州では高齢者に評価プログラムを課して免許の更新を制限しているが、それらの州に比べ、ビクトリア州の高齢者死亡率は高くない。

③ 交差点のデザインや信号・照明そして高速道路への出入り口などの道路インフラがどのように高齢ドライバーに不適合なのかを細かく議論している[5]。このように、ヨーロッパでは、高齢人口が増加するに従い、道路システムを高齢者に合わせる研究の必要性についての報告が主流になりつつある。

以上で明らかなことは、日本の、高齢者を自動車運転から除外するような政策は、高齢者の生活の質を損なうばかりでなく、社会全体の交通事故死者を増大させる結果を生むことは明らかである。

現在日本の運転者は統計的誤差を考慮すると、世界で最も交通事故死者の低い国のグループである[6]。警察庁をはじめ規制官庁はこの事実を我々に知らせるとともに、日本の運転者に敬意を払うべきであろう。

参照文献

[1] (表(4)p7、高齢者の年齢層別・状態別死者数(4)高齢者の年齢層別・状態別http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/GL08020103.do?_toGL08020103_&listID=000001068208&requestSender=search

[2] 安全に必要な技能等に関する調査研究(Ⅲ)

http://www.jsdc.or.jp/search/pdf/all/h20_3.pdf

[3] Experience with age, Who is at risk

http://ec.europa.eu/transport/road_safety/users/eldery-drivers/index_en.htm

http://ec.europa.eu/transport/road_safety/specialist/knowledge/old/index.htm

[4] Assessing the fitness to drive

http://ec.europa.eu/transport/road_safety/specialist/knowledge/old/what_can_be_done_about_it/assessing_the_fitness_to_drive.htm

[5] Which infrastructural elements create problems for older adult drivers?

http://ec.europa.eu/transport/road_safety/specialist/knowledge/old/what_can_be_done_about_it/infrastructural_measures.htm

[6] A Record Decade for Road Safety

http://www.internationaltransportforum.org/irtad/index.html

以上の文章を、警察庁、国土交通省宛に送りました。システムは、テキスト標準文字で2000字の制限がかかっているため、送信文の作成には苦労しました、結局参考文献リストは分割して送信しました。