第128回 自動車損害賠償責任保険審議会資料 http://www.fsa.go.jp/singi/singi_zidousya/siryou/20110114/01.pdf
素人の常識では考えられないことに、支払い保険金の推移の表が、2011年度の表と、2010年度の表では2010年度以前の数値が一致していない、改変されていた。おそらく集計方法が変わったからとの言い訳であろうが、過年度に支払った金額が変わると云うことでは何を根拠に考えたらよいかわからない。そして、どのような理由でどう変えたかの詳細はこの資料には書いてない。
支払い総額の2010年度と2011年度の表の記載額を比較すると、2011年の表よは2010年度記載の支払額を1.1%上昇させて改変している。それもそうだが、2011年当初の報告書の年度(平成23)の欄に支払金額が記入されているのも理解できない、会計法?では常識かもしれないが年度初めにその年度の結果が入るはずがない、どう見るべきであろうか。
いずれにしても、直近10年間の支払総額が2008年の例外を除き殆ど変化していないか強いて見れば減少気味なのに、10%以上もの自賠責保険の掛け金を上げることに同意した審議会の説明を聞きたい。金融庁の記録によると、会議は平成23年1月14日(10時00分よ~12時00分とある)。
因みに、審議会委員名簿から12名の委員の顔ぶれを見ると、7名が自動車交通関連の業界管理職、弁護士2名、大学教授2名、財団法人管理職1名。 資料を作成した損害保険料率算出機構の外部理事は、6名が損保業界社長、大学教授3名、天下り官僚2名、弁護士1名、其の他3名の15名である。これをどう見るか?
自賠責保険審議会の料率検証資料の不思議
先のブログに続き、第127回自賠責審議会資料4に記載されていた数値表から下のグラフを作成してみた。
この、交通事故の年次変化とそれに伴う保険支払い金額の推移を見ると、2007年から2008年に支払い金額に不自然な変化があり理由が見つからないように見たので調べてみたら、2008年4月から自賠責保険掛け金を、2007年の料金に比べ自家用乗用車で27%、軽自動車で26%ほど値下げをさせられていたことが分かった。理由は事故率の減少のためとあった。
登録車台数は直近10年間ほぼ一定であるが死者数はこの10年間にほぼ半分まで減少し、負傷者数も20%以上減少している。それに伴って、死亡支払い金は確かに同じトレンドで減少しているが、自賠責保険料金の値上げの年と同期して支払い総額の87%を超える後遺症と傷害支払い金が突然急上昇し総支払保険金が急上昇しピークとなっている、2009年には金額を値下げ前の水準に戻している。いかにも不自然で作為的とは見えないだろうか? 値上げ理由では被保険者の医療費が高額になり、また回復までの期間が長引くためと云っている様だが、保険料率を値下げした途端にカタストロフィー的に増加するものだろうか。どうも保険料金を引き下げられたことへの抵抗のように見える。
日本の運転者が努力して確実に交通事故を減少させているのに、保険会社が赤字になるのは、運転者の責任ではなく保険会社の営業責任と云わざるを得ない。審議会はこの資料でどんな議論をしたのだろう、審議記録を見たい。
審議会に出されたこの資料では、4ページに事故率の年次推移グラフがあるが、以下に添付して示すように、年次減少率が目立たない様に意図したとしか理由が見当たらない、縦軸の最高値が大きすぎる間延びしたグラフである。
これは、損害保険料率算出機構から金融庁に提出資料とあり、審議会はこんなお知らせ程度の資料で値上げを決めあのであろうか?
http://www.fsa.go.jp/singi/singi_zidousya/siryou/20100119/04.pdf
東京・大阪のような大都会の周辺と違い、現在、過疎地に行けばいくほど車交通は生活に欠かせない死活問題とも言えるもので、地方の生活者が少ない収入から支出している車の維持経費がこんなずさんな資料で全国一律に決められるのはあまりに無責任と思われる。
国が認可する料金審査について、業界に出させた資料のみでなく、きちんと検証可能なデータベースを使って明白な証拠を示すのが義務と思うが。
2008年に値下げしたことを知らなかったので、以前の投稿をこの事実を踏まえ訂正編集しました。
金融庁自賠責保険審議会が保険料を値上げすることに決めた
新聞によると、昨日20日、金融庁が4月から平均11.7%値上げすることを決めたとの発表があった。
これで、昨日の疑問、私のブログ記事がキーワード「自賠責」に掛かり異常な数の検索があったことが分かった。
金融庁のデータベースから、この根拠とされたであろう第127回自賠責審議会の資料-4を見てみた。
平成21年度料率検証結果について(平成22年1月) http://www.fsa.go.jp/singi/singi_zidousya/siryou/20100119/04.pdf
全10ページ、保険会社が作ったと思われるデーター、科学的検証不可能で基礎となる出典のリストもないお知らせのような鵜呑みにするしかない資料が審議の基礎とされたかと思わざるを得ない。
菅政府は「無駄な規制仕分け」を3月までに始めると云うことだが、こんな保険業界の隠れ蓑のような審議会制度は廃止すべきであろう。
これから他の資料と突き合わせて、データの検証をしてみようと思う。
自賠責保険の値上げに不信感か?
昨日20日私のブログで今までになかったことが起こった。サイト統計情報を見ると、1月15日に投稿した 自賠責保険・任意保険ともに値上げの理由 その説明がピンとこない « が昨日1日だけで突然104回も参照された。通常一日当たりの総参照数は30回前後である。
検索キーワードリストで見ると「自賠責」、「値上げ」 から検索されていたようだ。閲覧統計システムの詳しい内容は分からないが、素直に、自賠責保険の値上げに不信感を持っている方々が多いのではと思いたい。残念なのはコメントがいただけないので、キーワードに関心が御有りなのか、不合理な値上だと云う私の指摘に同感をいただいているのかは分からない。
とにかく、日本は統計的証拠ではっきりと、世界で人口当たりの交通事故死者が最も少ないグループであり、死亡に繋がる運転事故率も、高齢者層の方が少ないのにも関わらず、警察庁も、保険会社もその事実を隠している様子が見える。両者に何か共通の思惑があるのだろうか? 勘繰りたくもなる。本来なら国民的な誇りとして公表すべきであろうと思えるが。
アメリカの国立医学図書館と国立保険研究所の医学文献検索システムPubMedより。
The licensing of older drivers in Europe–a case s… [Traffic Inj Prev. 2008] – PubMed result
Mitchell CG. UK Transport Research Laboratory, UK.
アブストラクト: ヨーロッパの国々は、広範囲の自動車の運転免許証更新手順を実践しています。医学チェックなしに生涯のライセンスを発行する国から、年齢70から免許更新を3年あるいは5年の期間とし、自己申告による健康診断を必要とする程度まで。また、最も厳格な45歳以上5年ごとの更新の条件に医療チェックを必要とする国まで。この論文では7ヶ国ののヨーロッパにおける異なった高齢ドライバー免許手順のケーススタディを公開して、そしてこれらの手順と高齢ドライバー安全の間の関係を対象にしました。
結果: 確かに厳しい更新基準によって発見される可能性のある運転不的確のドライバーがあるのは事実だが、どんな現行の免許の更新手続きあるいは健康診断のための必要条件でも、65歳以上の運転者の道路の安全性に効果があったという証拠はありません。 最もゆるい免許手続きを持っている3つの国を見ると、オランダ、イギリスは最も低い交通死者率を年齢65歳以上の自動車運転者に対しても評価されています、そしてフランスは緩やかな免許条件への変更により死者率が急速に低下しています。
結論: 厳しい更新手続きの条件や、厳しい健康診断が結果として高者の運転免許の発行数を減らすという証拠が見られます。フランス、オランダとイギリスは65歳以上の高齢者の免許保持者が最も高率であり、高齢者の自立的な可動性を可能にする大切な意味を持っています。それに反し、 激しい免許条件によって自動車交通の減少した結果と安全性とには密接な関係があることが分かりました: ヨーロッパのおよそ半分の国で道路事故死亡データが分析された結果、65歳以上では、自動車運転より歩行者となった場合の方が死亡率が大きいことが分かりました。
以上、上記の結論は、厳格に支持されるものではないと思うが、日本では65歳以上の交通死者は、人口比当たり先進国中最も高率で、その原因は圧倒的に高齢歩行者が多いことであることが分かっています。高齢者の運転免許更新手続きは現在でも先進国中では高額の経費と労力が必要で、警察庁のさらにこれを厳しくする動きは、交通安全に役立たないばかりか、世界に先駆けて高齢化時代に入った多数の高齢者の生活を脅かすものといえましょう。現行の法規に縛られる警察庁とは独立した研究機関での交通安全の科学的な研究結果が公表され、行政に反映されることが先進国としてのあるべき姿ではないでしょうか。
PubMed の高齢者運転免許更新に関した研究論文のアブストラクトのいくつかの例
Usefulness of off-road screening tests to licensin… [Traffic Inj Prev. 2008] – PubMed result
Implications of vision testing for older driver li… [Traffic Inj Prev. 2008] – PubMed result
An Australasian model license reassessment procedu… [Traffic Inj Prev. 2008] – PubMed result
Usefulness of off-road screening tests to licensin… [Traffic Inj Prev. 2008] – PubMed result
Driving-Related Cognitive Performance in Older Adu… [Clin Gerontol. 2010] – PubMed result
これは、社会学や経済学を学んだことない私が、不完全なデータベースを使って解析を試み、一般の思い込みによる視点と少し違う見方を提示してみたものです。投稿は昨年7月でした。
世代間の論争にするつもりはないが、高齢化社会に向かっての経済的負担ばかりに目がくらみ、社会資本を蓄積し現在の豊かさを作り上げた近い過去の歴史に目を向けることなしに将来を語ることには勉強不足の感を禁じ得ません。
このタイトルの記事の内容を、どんな年齢層の方がどのような思いで読んでいただいているのか分かりませんが関連して以下のタイトルでも書いています。
高齢者に対する社会保障費負担増 世代間の不公平と思い込むのは間違いであろう «
高齢者に対する社会保障費負担増Ⅱ 少子高齢化のせいにするのは間違いであろう «
どんなことでもコメントをいただけると幸いです。
なお、今年から本名を表示することに改めました。このシステムは、スパムメールを自働的に分離するフィルターが有効に働いているようです。
高齢運転者は最も安全運転層 損害保険協会発表の任意保険加入者割引率でも証明された
新聞記事によると、保険協会は自動車保険値上げの理由として、高齢運転者は高比率無事故割引適用者が多く、人口の高齢化で経営が困難になると発表した。
保険会社が自らの統計で、高齢者の責任事故率が他の年齢層より低い事実を認めたことになる。
日本をはじめ、先進国のどの交通事故データ統計を見ても高齢運転者の事故率が特に高くないことは20年も前から分かっていたことであるが、なぜか、日本の交通規制当局はこれをひた隠しにしている。
自賠責保険・任意保険ともに値上げの理由 その説明がピンとこない
下のグラフは、日本がOECD/IRTADに報告している交通事故死者の年次トレンドである。
このように、一定の比率で交通事故の死者数が下降しているにも関わらず自賠責保険料金を値上げしなければならないのが分からない。保険金運営に無駄がないか、厚生年金保険の無茶な浪費が頭をよじる。根拠の説明なしに、ただ支払金額が増加したという発表だけで値上げを云うのは納得できない。
任意保険の料率については、高齢者の料率を上げる理由に、高齢運転者の事故率が増えたと云う理由を云っていたが、それが統計的に根拠のない嘘であると指摘されると[1]、一転して、①高齢者は優良運転者が多く保険掛け金の割引率が大きいので高齢者の増加に伴い採算が合わなくなった。また、②高齢者は事故による傷害の回復が長引き医療保障費がかさむと云う。
①は、長期無事故の優良運転者割引率は高齢者限定で適用されているわけでなく、年齢だけで一律に料率を上げる理由にはならない。保険会社の過当競争の結果か営業予測の失敗かのどちらかとは云えないだろうか。計らずも、自らの統計データーで高齢者は優良運転者層であることを証明している結果となっている。
②は、高齢運転者の単独自損事故に限る場合には確かにそうだが、大多数である高齢者の被害事故の場合、高齢者が運転していようと、同乗者であろうと、また歩行中であっても補償支払いは圧倒的に加害者側運転者である非高齢運転層となる。これを高齢運転者だけの保険料に乗せるのは根拠がない。
以上のように証拠のない理由を挙げて、尤もらしいキャッチフレーズを使ってカモフラージュし、保険業界で料金値上げを談合するのは許せない反社会行為ではなかろうか。
医薬品の臨床試験(治験報告)の実情 厚生労働省はどう説明するのだろう
国内臨床試験(治験)に関連した副作用情報の取り扱いについて、東京地裁はイレッサ和解勧告に「・・・注意喚起に不備があった」と指摘したとの新聞ニュースを見た。
厚生労働省の行っている日本の治験行政がどんな状況にあるかは一般に知らされていないが。治験審査委員会に製薬会社から出てくる副作用報告を見ると、日本の医師からの報告は殆ど皆無と云ってもよい(販売承認済みの医薬品の場合)。
しかし、最近問題として表面化している、厚生労働省の新薬承認は先進国より2年以上もの遅れがあり、患者が未承認の個人輸入の抗がん剤などを使っている事例が出てきている。認可当局は、外国の承認を鵜呑みにしないで日本人の体質を考慮して審査しているからとの説明であるが、日本の医師からの副作用報告が極端に少ないことを放置し、時間を無駄に過ごし、結局外国のデータを根拠に認可する、これでは慎重審査とは言えない。まずやることは、日本の医師からの副作用報告を他の先進国並みに増やすよう行政改革をすべきであろう(承認前の段階での副作用報告事例は入手出来ない)。
以下に実例として、世界の治験での副作用報告の数を示した地図を見たので転載する。
Map of All Studies in ClinicalTrials.gov
http://clinicaltrials.gov/ct2/search/map
これを見ると驚くことに、日本の報告数は最下位である。報告数の比率を見ると、日本はアメリカの場合の3.3%,カナダの21%,ヨーロッパの6.7%と極端に少ないことが分かる。医療産業の規模からいえば、日本が如何に不自然な状況にあるかが分かる。
確かに日本は世界一長寿国であるが、医薬品行政については、薬害エイズ災害、B型肝炎の医療事故、そして抗がん剤など、寿命統計には現れないが、患者からみれば医薬品情報について知るすべがないことで被害を受けていることが問題であろう。
この状況を医師に聞くと、医療に忙しく、報告の義務のない因果関係のはっきりしない微妙な副作用報告を書いて送る時間は無いとのこと。しかし、行政側からみれば上記の不自然さは容易に分かっていていて、それを放置している現状こそ最大の責任であろう。
ClinicalTrials.gov offers up-to-date information for locating federally and privately supported clinical trials for a wide range of diseases and conditions.
日本の交通死者の国際比較Ⅱ 特異性について
7日のブログ記事に続き、同じデータで分析し日本の交通事故死者データの異常性に気がついた。
日本の自動車交通事故による死亡リスクは世界で最も少ないグループにあることは間違いないが、国際比較に用いられる、三つの指標を比較してみると不可解なことがある。三つの指標とは
① 人口10万人当たりの死者数。(Deaths/100,000 population)
② 10億 車台数―km当たりの死者数。(Deaths/billion vehicle-km)
③ 1万 登録車数当たりの死者数。(Deaths/10,000 registered vehicle)
日本は、③は世界のベスト1、①は6番目と先進国のグループに属するが、②は芳しくない。この様子を見るために ② / ① の比算出し、次のようなグラフで見てみた。
2000年と2009年のパターンを比べてみると、比が1.5以上の国では2009年には大幅に減少しているが、日本だけが1.5以上のままで変わっていない。また1に近い国でも減少の傾向にあることが分かる。これは何を意味するのであろうか。
①は国民の死亡率を表す指標で、医学でよく使われる表し方である。この値の国際比較ができるのは、③がほぼ同じレベルのモータリゼーションの国の間であることに注意しなければならないが、日本と西ヨーロッパの国々とはほぼ同じと見ることができる。
②は、道路網のリスク(the most objective indicator to describe risk on the road network)と云われるものである。
以上のことを考えながらグラフを見ると、日本だけが先進国の中で特異な状況にあることが分かる。
この理由を見出すことは難しいが、①が西ヨーロッパの安全な国と変わらないことから、②が異常に大きいと見られ、これは道路のインフラが悪いと見ることができよう。ヨーロッパの国々では交差点は主にラウンドアバウト方式で、信号方式ではないので比較が難しいが、アメリカに比べて日本の交差点信号システムが右折時に危険であることは確かである。また日本の自動車専用道路の制限速度がまちまちで、運転者からみた道路環境に合致していないことも原因ではないだろうか。
アメリカの値が極端に小さいのは、人口当たりの死亡率は大きいが、登録台数―走行距離が大きいのと、高速道路網の安全設計が合理的に出来ていてそこでの死亡率が小さいことが原因していると思われる。
いずれにしても、この三つの指標から日本の運転者は世界で最も安全運転を実現していることに間違いがない。このことを基本に道路管理者は科学的なデータに基づく規制や道路インフラを中心に安全行政を見直すべき時期に来ていることは確かであろう。
