自動車保険協会は検証可能なデータベースを示して保険料値上げの根拠を公表せよ
新聞報道によると、また車保険料の値上げを計画しているようだが、検証可能な根拠を示さず、各社が談合して決めたことを言葉選びで尤もらしく見える理由を考えて発表している様に見える。監督官庁や新聞などメディアも理由を検証せず、損保保険業界の言い分を鵜呑みに単なるお知らせとして書いている。 自賠責審議会資料から見えてきたこと «
そこで、統計的資料として、「安全運転に必要な技能等に関する調査研究Ⅲ」 自動車安全運転センター、平成20年度調査研究報告、平成21年3月
http://www.jsdc.or.jp/search/pdf/all/h20_3.pdf
のテーブル、図表3-5-1-2 年齢別・過去5年間(②002-2006年)の事故(1当)経験回数別2007年の事故(1当)当事者率、東京・男性 p34 と同3-5-1-1北海道 p33 を用いて分析してみた。
この報告書では、警察庁が収集したと思われる、過去5年間の責任の重い事故記録(1当)と、それに続く年度の責任事故の状況が分析できる表を公表している。
運転者を、過去5年間に責任事故が無かった運転者層と、5年間に責任事故を経験した層に分け、更に10歳ごとの年齢層区分に分けて、無事故運転者と、事故歴を持つ運転者の次年度における責任事故の割合を分析してみた。
上の2つのグラフは、年齢層別に、過去5年間に責任事故が無かったグループと、過去5年間に責任事故を経験したグループとに分けて、次年度1年間に責任の重い事故に遭遇した場合について各年齢層毎の運転免許保持者総数を分母にした割合で描いたグラフである。
青色の棒グラフは、過去5年間無事故であった者が、不幸にも次年度責任事故に遭遇した割合であり、赤色は、過去5年間に責任事故を経験したグループの総運転者に対する割合である。
上のグラフは、分析結果を見やすくして示したもので、いわゆる優秀運転者(過去5年間に責任事故のなかった)に比べ、過去に責任事故を経験した運転者が次年度にどれだけ事故の割合が大きかったかを示すものである。
これは、過去の事故経験者の自動車交通社会全体への影響を見る統計として見ることができる。
このグラフからいくつかの基本的性質が分かる。
① 東京の事故歴保有者は、無事故運転者に比べ15~23%ほど事故率が高い。
② それに比べ北海道の運転者は8%~13%程度で、事故経験者の次年度の事故確率は東京に比べ低い。
③ 高齢者が事故を起こしやすいと云うのは迷信であり、75―84歳でも35―44歳と変わらない安全運転層である。
④ なお、下のグラフに示すように、東京と北海道の全免許保有者に対する事故状況の割合をみると、わずかだが北海道の事故率は、最若年層グループを除き東京より小さいことが分かる。
結論としては、無事故運転者は、事故経験者より10~20%程度責任事故に遭遇する確率が低いことは明らかである。これが保険料の割引率にどう結びつくかは難しい問題だが、保険会社は具体的に説明する義務があろう。
また、東京と北海道では生活の条件が明らかに違うのに、全国一律な保険料率を決めるのも不合理である事が分かる。現在の地方の生活環境、特に高齢者自動車運転は生活のライフラインであるにもかかわらず、保険料ばかりではなく、税金などを含め、大都会と同様の個人自動車の保有経費が掛かるのも不合理である。
この結果を見て、過去に事故経験があるグループの事故率は「もっと高いはずで承服できない」、と思われるかもしれないが、この統計は、社会での自動車移動に伴う実勢の状況を表したものであり、警察庁等規制当局ががよくやる、社会での運転実態を無視し、全ての運転者層を同じ条件で比較した仮想的なものではない。確かに、過去5年間の無事故と事故経験者との次年度の事故遭遇確率だけを比較すると、事故経験者は3~5倍ほど事故率が大きいが、過去に事故に遭遇した運転者の数は、運転者総数の5%程度なので、社会的には少数派であり、社会全体の交通の実態から見る場合にはこの事故遭遇率を乗じなければ正当ではない。
今から30年以上前、ヨーロッパで科学的な事故統計が発表され始めた頃、それまで高齢者の運転は危険であると漠然と思い込まれていた結果が否定された時、承服出来ないと思う人が多かった。
だが、これは、暗黙のうちに壮年者と高齢者を同一の運転条件で比べているのが間違の原因であることが判明した。実勢の交通状態での統計では、高齢者は個人の生活の為の移動に車を運転しているのであって、有職世代とは明らかに運転状況が違う。これが高齢者は明らかにハンディキャップを持ちながも無事故運転歴を持つものが多い原因である。この事実は、損害保険業界も把握していることで、高齢運転者が増えるに従い割引料金の対象者が多くなり、保険料の減収になったのであり、高齢者個人の事故率が増えたためではない。言い換えれば、保険会社の運転者優遇料率の見込み違いと云えるのではないか。
もうひとつ、保険業協会は高齢者の保険料率を上げる理由として、高齢者は身体的に脆く、事故による死傷率が高く、また傷害からの回復が長引き医療保証料支払いが増えたと云う理由を挙げている。この事は統計的に正しい事実として証明されているが、責任事故統計で明らかのように、高齢が加害者として他の年齢層と大差ないことから、これは被害者としてのリスクであり、加害者側の保証の負担に備える交通傷害保険を、被害者である高齢者だけが負担する論理的な理由にはならない。
具体的にいえば、日本の高齢者の交通事故死傷者の大部分が歩行者や自転車利用者である。この原因となる加害者は全ての運転層であり高齢者だけではないことは誰にでも分かる。 超高齢歩行者の交通死者は同年齢の運転者の4倍以上 それでも高齢運転者を危険視しようとする理由はどこに? «
なお、蛇足だが、日本は、運転者の経験と努力により、世界有数の交通事故が少ない安全な社会を実現していながら、あい変わらす、交通規制当局や、マスメディアの交通事故に対する理解は”迷信の域を”脱していないと云える。
私がたびたび以上の様なことを書いているので、偏向していると思われるかもしれないが、日本を始め、交通先進国のどんな科学的統計データを見ても、高齢運転者が異常に社会を危険にさらしていると云う証拠は出てこない。
高齢者ビジネスに注目をしている業界の意図的な”迷信”につけ込まれないようジャーナリズムは勉強すべきと思う。
追加:10月1日、 証拠となる統計データを無視し 慎重な言葉選びだけで情緒的な回答をする保険会社の例 東京海上自動の回答 説明の根拠となる証拠を示さない勝手な言い分と思うが? DriveSafely/ウェブリブログ
これで見ても、検証可能なデータベースの参照情報を示さないで、勝手な数字を羅列しただけの回答、単なる「お知らせ」であり、質問とは無関係の会社の広報としか見えない。
高額の現金決済そのものを犯罪とするのが現代の常識であろう
今回の小澤元秘書達の有罪判決のニュースを見て、状況証拠(情報提供者の供述)のみのを根拠とする判決との批判がある。
それよりも、高額現金決済自体を犯罪とする法律があれば、今回の様な奇怪な事件は起こりようがない。政治団体や、公共事業を受注する、社会的に信用があるべき組織が、公的記録なしに現金取引をすること自体が基本的に背任行為であろう。
法律のことは知らないが、現在の正常な社会機構では、公明な決済ならば金融機関を介してするのが最も確実であり、何の不都合もない。
小売業の入金は別として、高額の現金取り引きは、テロ資金、麻薬、脱税、違法献金、暴力団資金、売・買春等の反社会行為を目的としたものとして疑われるのが常識であろう。
これは状況的に感ずるところだが、欧米経済先進国では、高額の支払いや、ホテルなどの支払いを現金ですると疑われ、監督当局に報告しているのではないかと思い当たる節がある。
いずれにしてもクレジットカード決済が常識で、残念ながら、我々個人の行動はクレジット会社の記録から追跡出来るようになっていることで信用が保たれていると云っても過言ではない。テロや麻薬の脅威にされされている現代の社会、やむを得ないことではある。
もう40年以上にも前になるが、ある会合で法律学の教授と雑談している時、私が、脱税や不正献金を防ぐには百万円以上の現金決済自体を犯罪行為とする法律を作れば簡単ではないかと云ったら、教授いわく 「法律は政治家が作るもの、そんな自分の首を絞める法律を作ると思いますか?」 と一蹴されたことを思い出す。
総理、各大臣、官僚の最高責任者、公共組織の最高責任者たちに見てほしいヴィデオ
CERN Document Server: New results from OPERA on neutrino properties
これは23日、日本時間深夜にウェブに公開されたニュートリノの飛翔速度が真空の光速を超えたとする実験結果の発表状況を編集したヴィデオである。
この内容を自然科学の訓練を受けていない大多数の皆さんに理解してほしいと云うのではなく、表現の信頼性を得るためには、如何に検証可能なあらゆる証拠を示すデータを公表し、理解を得るための努力を必要とするするかの見本としての意味である。
権力や組織、権威を背景にすれば、何の証拠がなくても(示さなくても)社会は信用し、政治的決定権を行使すれば国民はそれに従うべきと思い込んでいる、政治家、官僚達、公共企業の責任者にそれは間違いであることを実感し、こんな自然科学の研究者たちのコミュニティーがあることを知ってほしいことである。
世界的に見て、日本の社会の指導者層の学歴が低いという統計結果をどこかで見たことがるが、大学の学部4年を卒業しただけでは、どの分野でも専門的な学歴とは言えないのは今日の先進国の趨勢であるように思う。
博士の学位にはどんな意味があるかを考えてみる時、少なくとも評価委員の理解を得られる論文を書くことが必須で、単に試験に合格し教授の評価を得るだけでは得られない。言い換えれば論文審査に合格することは、論理的判断力の展開と、それを人に理解させることのできる能力があることの証拠(最低保証)であると云えよう。
以上は、3月の東京電力の福島原子力発電事故と災害に対処するこの国の指導者層の一方的な対応を見て痛感したことである。
蛇足ですが、私の知る限り、日本の信用ある大学の理学系学部で学位を得るには、世界に流通している学会誌に論文が受理された業績を持つことが条件になっています。そのためには、それぞれの学会誌のレフェリーを納得させる必要があります。これが今日の日本の自然科学界の国際レベルを維持している基となっています。
光速より速いニュートリノ 20年ぶりに学会気分を味わったOPERAのライブ映像サービス
昨夜、セミナーのライブ放映を待っていた間、セミナー会場の映像を見ながら学会の雰囲気にのみ込まれて行きました。しかしライブの映像は発表者の動画とスライドが交互に表示されわかりにくく、確かな理解は得られませんでした。
今日の、整理されたCERN Webcast Service, CERN Document Server: New results from OPERA on neutrino properties
のヴィデオでは、発言とスライド画面が並行して映し出され、説明をプレイバックしたり、スライドの文字画面を詳細に見るために一時停止しながら見ることができた。コーヒー・ブレイクなど取りながら、ほぼ5時間ほど、楽しく過ごしました。
セミナーのヴィデオは全部で1時間53分余り、発表者Autiero氏の発表が約1時間、そのあと質疑応答が約50分間。
発表の殆どの時間は、スイスのニュートリノ発射地点と約730キロメートル離れたイタリアの受信地点での時計合わせの科学的、統計的信頼度の検証に費やされていたように思います。この実験では、基本的に、時間や距離をGPSに頼っていることが議論の焦点でした。
発表の結論は、ニュートリノの飛行速度が物理学の基本量、真空中の光の速度より早いことを主張したことにあります。
物理学でいう速度とは、直進する飛行物体の飛行距離をそれに要した時間で割った数量である。言い換えれば、距離(長さ)と時間の計り方により速度は決まります。
しかし、アインシュタインの特殊相対性理論では、光の真空中での伝播速度は、われわれの宇宙ではどんな状態においても決まった値であり、計測するものではなく物理学の法則の基本をなす定数であると結論されている。そして、光速より速い運動はあり得ないとされています。
特殊相対性理論が認められて以来100年、物理学界ではこの理論の基本が誤りであるとの合意は一度も無かった。
今回の発表の骨子は、この物理学の基本理論に抵触するものです。もちろん、物理学ばかりでなく自然科学の理論は、観測の事実が説明できなければ、理論の誤りとして常に訂正され、理論に固執することはありません。
結論の一つを書いてみます。 今回測定されたニュートリノの速度 V、物理学の法則である光の速度を C として
(V-C)/C = (2.48 ±0.28(stat) ±0.30(sys) × 10^-5
これは、ニュートリノの飛翔速度が真空の光速より0.0025%ほど速いと云うことを示します。
ここで、(stat)の項は測定結果の統計的ばらつきの標準偏差であり、(sys)は観測システム全体の欠陥による理論的誤差の推定値である。
今回の結果は、上記二つの確率誤差の標準偏差値のほぼ6倍の精度を得たと主張しています。この値は、間違いの確率が百万分の4以下となることを意味します。結果は正しいと云わざるを得ません。
今回の結論に誤りがあると証明するには、現在の測定技術の中に、まだ知られていない欠陥があることを証明する必要があるでしょう。
発表者たちは、この結果だけで物理学の法則が誤りだと主張するつもりは無いようです。
この研究グループには日本の5つの研究機関も参加しており、世界11カ国、30研究機関、160人の物理学者が参加しているとのこと。
日本にも、野依博士のノーベル賞受賞の根拠となった神岡のニュートリノ検出装置、筑波には人工ニュートリノ発生装置がある。日本でも検証実験が期待される。
最終訂正: 2011 9/25 10:30
豪雨の中で見かける自動車交通 点灯車が少ないのには違和感を感ずる
昼間でも数メートル先も見にくい豪雨。昨日今日のゲリラ豪雨、一部の運送会社の車以外殆どの車はライトをつけていない。
こんな時、いつも道路交通法はどうなっているのだろうと疑問を持つ。確かに、ライトをつけても自分の視界には関係が無い。しかし、対向車や他の車がライトを点けていれば格段に見やすくなる。特に横断をしようとする歩行者にとっては点灯したヘッドライト動きはは大きな助けになるはずである。
高齢者講習の義務付けや、交通安全協会の講習など自動車運転に対し細かい注意をする交通規制当局、なぜ安全上効果のあることが明らかな視界の悪い天候条件での点灯を義務化しないのか? 規制の好きな交通当局の不思議である。
欧米の自動車先進国では、雨天に点灯走行するのが常識である。特に、カナダや北欧では何十年も前から昼間点灯が義務付けられ、エンジンを始動するスイッチと連動してライトが点灯する構造になっている。
古い車も使われているアメリカでは、一律ではないが雨天ウィンドワイパーと連動して点灯するのが普通である。
省エネ効果を考えてと云う理屈もあるかもしれないが、車の運転に必要なエネルギーに比べライトに消費されるエネルギーは僅少である、ある試算では、1ヶ月500km昼間点灯して走行する車に要する電気エネルギーは、5km余分に走行した運転エネルギーに相当する。言い換えれば、一か月に1回だけ余分に近くのコンビニに車で出かけることに相当すると云うわけである。http://spaceglow.at.webry.info/200904/article_54.html
最近での統計学的研究によると、太陽の高度が高い日本や中緯度以南の地域では昼間点灯は交通安全上はっきりした効果が無いとの論文もあるが、先進国の大勢は昼間点灯である。
私の経験では、道路条件が悪く、天候の悪い太陽高度の低いスコットランドで、日本と同様、殆どの車が昼間点灯をしていないことを見て、なにが共通しているのか不思議に思ったことがある。
私は、1980年ごろから日本での運転でも昼間点灯をしているが、しばしば対向車から点け忘れかと思われ注意信号を送られた。そんなことから昼間点灯は道路交通法上違反になるかとも思っていた。最近は、運送会社のトラックが昼間点灯をしているのを見かける様になり、昼間点灯は道交法違反ではないことだけは分かった。
診療に使われているエックス線レベルは安全と云う証拠は無い
下の画像は文科省の英文データベースの全ての最後のページに載せられているものです。
何を云いたいのか表示の意図も説明もない。おそらく、東電原発災害の居住地への放射線強度は軽微と思わせたいためのと思われる。
たとえば、一般人の被曝量が多い例としてX-線CTスキャンの1回あたりの被曝量がリストされているが、もしかしたら医学的検査に使われているから無害だと錯覚させるためのものなのか。
この表を世界にばらまくことが無条件に意味があると考えているのであれば、放射線医学の常識のない無知の仕業とも思えるのだが。
医学検査でX-線を利用するのは、患者個人の状況に応じ、検査を受けることによる放射線障害のリスクと、検査を受ることで病気を確定出来、治療につながる利益の兼ね合いを評価しての場合である、すなわち医師はリスクと利益との科学的評を説明し、患者個人の判断にゆだねる事項、いわゆるインホームド・コンセントに当たるべきものであろう。
通常医師は、初診患者でもX-線照射履歴を患者に訪ねることなしに検査に回すのが現状のように思う。しかし、国民皆保険の日本では、被保険者の治療履歴をデータベース化するのは容易で、それが整備されれば、医師は、他の医療機関であろうと、以前に撮った画像はインターネットで検索可能であり、患者の放射線照射積算量を知ることもできる。このような検索義務を医師に負わせることは容易である。
したがって、世界の先進国では、病気の診断以外にはX-線検査をすることは禁止されていると思う。学校などで健康な若者全員に一斉にX-線透視を義務付けるような暴挙はしていないのでは?
放射線医療器具のたゆまない技術開発によって、より低放射線量で診断に十分な画像が得られるようになり、リスクは軽減されていることは事実である。
60年前、若者の肺結核が多く有効な治療法もなかった社会情勢では、社会保険上学校や職場での、一斉検査の義務付けは社会だけでなく個人にとっても利益の方が大きかったのは事実であったと思う。
福島原発事故 初期に試みた分析ブログの参照数
実験: キーワード ”原発災害” と ”原発事故” とのアクセス統計の違い。
福島原発事故半年間に投稿したブログ記事
実験 キーワード ”原発災害” と “原発事故” とのアクセス統計の違い。
福島原発放射能災害 初期に試みた分析ブログの参照数
先のブログで東電福島原発災害関係のブログタイトルトップ10を書いたが、今回は、その中から放射能減衰特性と積算被曝量の推定に関するタイトルを選んで参照数の月別推移を見てみた。投稿初期の4月以降指数関数的にアクセス数の減少が見られるので分かりやすく示すために縦軸を対数圧縮したグラフで表した。
2位 福島第一原子力発電所付近の空間放射線量率の分布と減衰予測の試算 «
4位 空間線量率の空間・時間変動 茨城県環境放射線量監視モニターのデータより «
6位 空間放射線量率トレンドより見た地域による残留放射線形態の違い «
1位は、3月22-24日のSPEEDIによるヨウ素131の幼児内部被ばく量の推定値と、文科省のデータベース、3月17日から28日までの空間線量率の減衰特性からヨウ素が主成分と考えて比較してみたものである。このブログは2位の記事の直後に書いたものである。
2位は、文科省のデータベースより、3月17日から28日までの、原発からの距離と空間線量率の関係を見たもので、距離による軽減効果は当てにならないことを示したものである。また時間減少率の半減期は17日から10日間で半減期6日~8日間程度とみられヨウ素131が出生分と推測した。
4位は 茨城県のモニタリングデータより、平均値ではなく最大値に注意する必要があることを示唆した。
6位は 3月15日から25日にかけての茨城県の2地点のモニター値の減衰特性から地域によってかなり放射線核種の違いがあるのではないかとの考えを示した。
2位と6位のブログに書いた推測結果は、9月7日出版の弘前大学グループのネイチャー科学レポートで検討されていたことと一致する。
福島原発災害半年間に投稿したブログ記事
東京電力福島原子力発電所事故に関し書いた最初の記事は3月13日。アメリカの友人からの電話に関するものでした。
以後、本日まで半年間に84タイトルの記事を登録しました。
この間参照頂いた総数は 6,131件。
内容のテーマ別では、SPEEDI関係が 1,722件、データ処理の結果などに関するテーマが 4,291でした。
タイトル当たりの参照件数ベスト10は以下のようになっています。
| タイトル | 表示 | 投稿日 |
| SPEEDI の結果とモニタリングデータとの比較 | 1,145 | 2011/3/30 |
| 福島第一原子力発電所付近の空間放射線量率の分布と減衰予測の試算 | 706 | 2011/3/30 |
| 茨城県の観測地点別放射線量率グラフ | 295 | 2011/3/22 |
| 空間線量率の空間・時間変動 茨城県環境放射線量監視モニターのデータより | 275 | 2011/3/23 |
| 放射線の人体への影響をCTスキャンと比べられるのはガンマ線を受けた場合に限ると思うが | 197 | 2011/3/20 |
| 空間放射線量率トレンドより見た地域による残留放射線形態の違い | 194 | 2011/3/28 |
| 浪江町の累積放射線量 災害発生時から一年間で20ミリシーベルトの推測 どんな根拠の計算から出るのだろうか? | 178 | 2011/4/12 |
| 福島東京電力原発災害による残留放射線率の地域差は何が原因しているのだろうか? | 160 | 2011/4/9 |
| 福島県浪江町の観測値について原子力安全委員会の不可解な被曝線量の計算発表 | 151 | 2011/4/7 |
| SPEEDIで表示された高放射線領域外における空間線量モニタリング統計 | 142 | 2011/4/5 |
全て3月~4月始めに書いた記事でした。
感想
面倒な数値分析の試算記事であるにもかかわらずこれだけのアクセスをいただいたのには感謝しています。残念ながらコメントをいただけていないので、どれだけ読んで頂いたかは分かりません。
初期段階で、政府が無視したSPEEDIに関する記事については、総数1700件以上、しかも今日まで継続して参照をいただいていて、多くの方が関心をお持ちであることが分かりました。
また、主として文部科学省の英文データベースを用いた各種の分析にもたくさんの訪問をいただけたように思います。
追記 9月12日
トップ10の記事内容は、殆どが公的機関、主として文科省のウェブに公表されたデータベースを用い分析を試みたもので、当時、如何に科学的な分析や予測が必要とされていたかがわかる。
文科省の発表は、紙に印刷され上位管理職の決済を受けたと思われるプレスリリースをPDFファイルで公表していたのみで、一切のデータ分析を排除した観測記録のみであった。その上発表は英文データベースのみで公表され、MEXT(文科省データベース)の公用語は英語かと錯覚を覚えた。
多くは無いが、このブログに政府やメディアの報道に対する批判、不平・不満を書いた記事も書いてみたが、何れのタイトルも参照数は少なかった。