先の見えない世界の先進国の間で金融資産を避難させるのに最も安全な国が日本と見られ、それが円高の原因と云う説明、分からない。
表題に書いた三重苦、他国にはない日本固有のものだ。リスクを回避する投資専門家コミュニティー、このことは百も承知のはずである。その中での円高、決して根拠のないものではないことは分かっているが。
更に、世界で類を見ない国債残高、しかしこれは殆ど日本の民間銀行が保有しているという、云いかえれば国民の貯蓄資産である。政府の様々な金融規制のコントロールによって、銀行独自の経営判断で国債を大量に売ることは実質的に不可能のようであり、これが、幾度かの世界の金融危機に際し日本が比較的安定であった原因と思われる。
今回の海外勢の金融資産の逃避場所が日本の短期国債であると云う。これは情勢が変われば一斉に売られ国債の暴落につながらないのだろうか。外国勢には、規制を背景にした脅しは効かないと思うが?
われわれは、政府主管の社会保険制度の失政や自然・人災を問わず幾度か経験した生活や生命の危機的災害に際しても、社会を揺るがすような規模のデモやストライキ、暴動を起こさない社会システムの継続性と安定が保たれる稀な国民性、これが金融資産の避難場所として今回の円高に表れたのではないだろうか。
社会や金融の専門家の根拠のある説明が聞きたいものである。
日本にも本格的な ラウンドアバウト交差点 長野県飯田市
吾妻町ラウンドアバウト(ロータリー)、桜並木のライブ映像を紹介します。 ictv 飯田ケーブルテレビ ご覧ください。
私の運転経験した国では、信号交差点形式が主流の国は日本、アメリカ、カナダであり、ヨーロッパはラウンドアバウト方式が主流です。
オーストラリア、ニュージーランドは信号方式とラウンドアバウトが混在しているようです。
一般的に、日本とそれ以外の自動車交通先進国との違いは、日本が全国同一の交通規則で、どんな矛盾した、あるいは不合理な規則でも受け入れざるを得ないのに比べ、馬車時代からの車交通の伝統を持つ国々では、地方独特の交通習慣が規則になり、国や州で独自の交通法規を持っており、交通規則や安全標識の評価が社会実験として出来ていることです。一見、国や州境を超えると交通法規が変わることは厄介のように見えるが、現実に合わない不合理な規制は淘汰される方向に働くことです。
朝日新聞、原発災害から7か月もたって始まった連載、取材直後に没にした記事、なぜ今さら掘り返すのか、必然性が感じられない。
副題のプロメデウスの火、疑問に思い検索したら朝日新聞の公式ウエブ、”ことばマガジン”にあったが、有料会員でなければ肝心の部分は読めなくなっていた。自社で勝手に選んだタイトルの説明、有料情報の価値があると思っているのか? 余りにも思いあがった非常識さばかばかしく購入しなかった。
日本のメディア、NHKも含め談合により災害発生から半年間も報道自主規制と云う名目で「見ざる・聞かざる・云わざる」を決め込んだ申し訳記事か?
稲穂の風景を取り込んだ庭園 牧草地をイメージした芝生のヨーロッパ庭園風に撮ってみた
2007年9月4日に書いたブログ 芝生のある風景 水田の風景 « で疑問に感じた日本庭園の成り立ち、
統計情報によると、今でも時々見ていいただいているようだ。 水田のイメージを取り込んだ日本庭園が無いのを疑問に思ったので書いてみたものであった。
今日、素晴らしい秋晴れ、田園を公園に取り込んで仮想公園風の画像にしてみた。
ちょうど稲刈りが始まっていた。
場所は岐阜県本巣郡北方町
イカロスの墜落の風景に見る人間の愚かさ 新聞週間特集・朝日新聞の記事からの連想
先ほどテレビ番組、ブリューゲルの絵画”イカロスの墜落の風景”「美の巨人たち:TV-Tokyo」 の解説を聞いて、このタイトルを思い立ついた。
この絵画では、画面の右下に海面に墜落したイカロスの下半身が見えるが、神話と違い、絵画の中の人物すべてがイカロスから視線が外されて描かれている。ブリューゲルがこの構図に込めたメッセージは、「見ざる・云わざる・聞かざる」でなければ生き抜いていけない当時の悲しい社会情勢を風景にこめて描いた諷刺画という。誰の発想による解説であったか聞き逃したが。
東京電力福島原子力発原所事故の災害から半年間、本当のデータから目を反らし、政府の広報機関のようになっていた日本のジャーナリズム。
この放射能汚染は、ジャーナリズムとしては、危険や権力の報復を恐れず報道すべき「戦場ジャーナリズム」に匹敵する大きな社会の危機であった。にもかかわらずそれを放棄した汚点は明らかと思う。
情報が無かったと云うが、日本政府はアメリカ、フランスにはかなり正確なデータを知らせたと見られ、その結果、ニューヨークタイムスなどは、検証可能なデータに基づいて事故数日後には現在見ても間違いのない記事を書いていた。アメリカ政府機関も日本政府に配慮しながらも核心となる航空機による観測データを公表している、アメリカの国家核安全保安局と文部科学省のSPEEDI公開 «。
日本の新聞は、日本政府や東京電力がデータを公表しなかったとしても、外国メディアから信頼できるデータを入手して、リアルタイムで記事にできる情勢であった。これも、政府の「外国は風評被害を煽っている」と云う悪意のある広報に便乗して沈黙を守っていた。
この特集では、上記の様な当時の自社の行動を認めた朝日新聞としての反省の部分も見えるが、全体としては云いわけの匂いを禁じえない。
現政権、厚生年金支給年齢の引き上げ案を社会保障審議会年金部会に提案のニュース。
社会は、世代間の継続性と相互補助によって成り立つものと思っています。このように見ると、現在を中心として日本経済の過去から未来まで100年ほどの時系列分析が欠かせないのではないでしょうか。目先の対策だけの言い訳に終始しているような改革案は数年も待たないで破堤するような気がします。
私がこのブログに昨年8月に投稿した記事: 日本の世代別生産年齢層のGDPと社会貢献度 « は、現在でも月平均十数件、トータル300件以上の参照をいただいています。この統計数は有名人のサイト訪問数に比べれば微々たるものと思いますが、社会・経済を勉強したことのない私の一つの考察に目を留めていただけただけでも嬉しく思っています。
下のグラフは、大戦末期1940年から2050年までの生産年齢層と非生産年齢層の人口構成比を表したものです。
偶然ですが、2000年あたりを中心に前後に対称性が見られることです。 ただ、非生産層についてみると、1940年代には子供の数が多かったのに比べ2010年にはそれが高齢者層に入れ替わったと云うことです。
生産年令層が負担する非生産層の人口比率はよく似ていると云ってもその内容は違い、前期では子供の養育や教育の負担であったが、その負担は、経済的に破綻した貧しい社会状態で、両親ばかりでなく働く事ができる祖父母まで家族全員で協力して子供を育てた時代であり、働けなくなった高齢者は人口比が少ないとはいえ社会保障制度もなく家族が見ていた時代です。労働家族の負担は決して少ないとは言えませんでした。
現在、高齢者人口は長寿化と相まって増加中であるが、人口比から見れば2050年の予測値を見ると、1940年代の子供の比率と変わらない。もちろん現代の高齢者に対する医療・厚生費などの支出は1940年代の子供や高齢者に対する負担額とは比較にはならないが、GDPで比較すれば当時の労働生産人口の負担は軽くなかったはずです。
以上は、狭い見方かもしれないが、このような経過をたどって現在の日本の社会があることも間違いではないかとの思いで書いてみました。
行政は、あらかじめ原案に賛成をすることが分かっている構成員を組織しての審議委員会ではなく、現役の研究者の検証可能なデータの根拠を得てレベルの高い総合的判断を求めることが大切と思っています。
「私ども国際会議に出るたびに、科学的知見に基づき行政が対応して国際社会に呼びかけていますが、国内できちっと周知徹底することを 改めて痛感をしています」
東日本大震災復興特別委員会: 10月6日 参議院インターネット審議中継
このビデオのタイムカウンターで、開会から2時間6分6秒から20秒にかけて記録されている野田総理の答弁を見てください。
このブログで何回も指摘して来たが、東電災害の測定データを国際的にはある程度公表しているが、国内向けには曖昧な言葉だけのお知らせのみであったこと。これが政府の政策であったことを認めた答弁であった。
日本の政府・官僚達はいまだに欧米崇拝主義、日本人を下に見る習性を持っているのだろうか?
そうではなく、日本人はおとなしいので適当に言葉で言いくるめておく方が無難だと云うことだろうか?
ともかく初期の、文科省の日本語版と英語版のデータベースの違いがこの事実を如実に示している証拠である。
日本語版: 文部科学省ホームページ
英語版: 初期の英語版は 3月16日ー8月7日まで、それ以降データ更新がされ無くなった。 MEXT : Reading of environmental radioactivity level (English version) 現在このウェブページは日本語版からのリンクもはずされた。この時期、日本語版には放射線量データベースは無かった。
いつ頃か(8月?)日本語ページに放射線量モニタリングのデータベースが出来、同時に日本語ページの英文訳と思われるウェブページが現れた、このウェブページは7月以前には無かったと思う Monitoring information of environmental radioactivity level | MEXT
蛇足10月9日: 野田総理のこの答弁中、ヴィデオに映った緊張し心配そうな枝野幸夫氏の顔、災害発生時菅政権のスポークスマンとして曖昧な広報をし続けた張本人、 政治家のドラマ、どう見られましたか?
追伸10月10日: 文部科学省の放射線モニターデータの日本人向け広報 日本人をこんなにも見下しているとしか思えないのだが «
原発事故の概要報告 米国向けと日本向けの違い 東大の有名教授関村直人氏
下の英文は、関村直人氏が2011年5月26日米国科学アカデミーで報告した「福島第一原発事故の概要」の最後、結論の部分をコピーしたものです。
ウェブページ: http://dels.nas.edu/resources/static-assets/nrsb/miscellaneous/SekimuraPresentation.pdf
日本語文は、それを6月22日2011に日本語訳としてアップしたものです。
東京大学のウエブページ: http://www.n.t.u-tokyo.ac.jp/documents/US_NAS_sekimura_20110526_J.pdf
関村 直人氏についてその学問的な専門性と業績を調べていて見つけたものです。私の目的、氏の学問的データは見つかりませんしたが、こんなものが見つかりました。
全文80ページ弱の報告書ですが、私の印象は、参照可能なデータベースのリストや、参考文献リストもなく、東京電力等から得たデータや写真集を纏めたようであり、科学的な報告とは思えません。講演の内容とありますが、どんな聴衆を対象にしたのか、また質疑応答の報告もないのでわかりません。
私が結論の部分をここに並べて示したのは、英語版と日本語版の違いを比べてほしいと思ったからです。
(2)の①、② では英文では、不十分ではあるが、事故の要因となる欠陥事項に対し、やや具体的に触れたいるのに対し、日本文では傍観者としての精神論を述べているだけと私には感じられました。
これは翻訳ではなく日本語での講演向けに改定してあると断わっています。この結論の違いは、悪く取れば、日本人向けには、あらゆる意味で責任を追及される可能性を排除するよう注意深く作文し直した結論と云えるかもしれません。
なお英文には、各所に略号が使われています、ご参考までに私の調べた結果を書いておきます。
DBA: Data Base Administration System, AM: Accident Management, DG: Diesel Generator, T/B: Turbine Building, R/B: Reactor Building, SFP: Spent Fuel Pool, SA: Severe Accident
私が最も重大と思うことは、この文章でもそうだが、文科省のデータベースでも、あるいは外国のメディアに対する対応でも、有る程度データを示して報告しているのに対し、日本人向けには”注意して選んだ言葉だけの”根拠の分からない情報しか出さないずるさが見え、これが日本の指導者層に共通する習性のように見えます。
インターネットでかなりの専門情報が得られる現代、東大教授だから、大臣だからと云った肩書だけで無条件に信用される時代ではないことの認識が疑われる。
日本人はおとなしいのでうまく云っておけばよいと思うのだろうか、まさか、日本人は説明しても分からないバカだとは思っているのではないでしょうが?
4つの約束: 第一の約束:情報公開と透明性の確保、 第二の約束:業務の的確な遂行に向けた環境整備、 第三の約束:原子力部門の社内監査の強化と企業風土の改革、 第四の約束:企業倫理遵守の徹底
これは誰がしたお約束でしょうか? 白々しいお約束 «
再発防止対策として、東京電力は、「しない風土」「させないしくみ」への取り組みの柱として「4つの約束」を公表しました。
東京電力の一連の不正問題 - 過去の事故・トラブル | 電気事業連合会【でんきの情報広場】
高くついた”言葉だけの”お約束。今日の新聞報道では東電の算定による被害者への損害賠償総額は、今後10年間で10兆円規模という。
もし、東京電力の経営陣が目先の利益に惑わされず、このお約束を守り、”想定される”災害対策に、内外の専門家の英知を得て投資をしていたらその費用は、いかほどであったろうか。
原子力発電を管理できる科学的能力がない最高経営陣、甘い体質が招いた破局と云わざるを得ない。
ニュースによると、小沢氏は自分の元秘書たちの有罪判決は、証拠なしで行われた裁判官の暴挙だと云っているようだ。法律の技術的運用ではそういった意見もあると思うがそれで済む話だろううか。
小沢一郎氏、西松建設、双方ともに高額資金の流れを証拠立てる記録を公表しないこと自体が社会的犯罪行為であることは明らかだと思う。現行の法律はどうなっているかは知らないが。
小沢氏は法律を作る国会議員であり、お手盛りの法律で自分を守る事は許されない、法律の有無にかかわらず社会的整合性を判断できることで国民から委託された国会議員である。言い換えれば、国会議員は法律以上の天上人である。疑惑をもたれた時、法律を盾に守られる身分ではない事の認識が無いように思う。
西松建設も、公共事業を請け負う会社。犯罪組織とは違うはずで、何千万円もの現金化を否定できる経理上の証拠を提出すれば済むことである。それが出来ていないのがこの混乱の元凶であろう。
この問題は、法律技術の話ではなく、公的組織の反社会的行為を明確にするための議論でなければならない。