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後退するかのごとき日本の政権と 急速に変わったアメリカの政治

2014/10/22
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親・祖父からの選挙支援組織の遺産を受けついた日本の多選議員による硬直した政治。一般選挙民から浮きあがっているように見える政治。

公民権法制定から半世紀未満、アフリカ系アメリカ人の大統領誕生まで。

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1960年後半アメリカでは、地域住民の人種比率に比例して各組織の階層ごとに雇用する社会的圧力があり、州立大学でも教員をはじめ学生数や、学生組織の委員まで、アフリカ系が優遇されるように見えた時代があった。当時大学では東洋系の教員や大学院生が多数いたので逆差別だとの声もささやかれた。大学でも、人種別組織を背景に持つものを排除するため、無難な人物を先取りする人事管理の方法が目立った。当時の状況は、ちょうど女性閣僚の数をアピールする現安倍政権のようにも見える。もっとも、何事も形から入り時間をかけて成熟することも事実であろう。女性が男性社会に順応するのではなく、自然に政治活動ができる社会は数十年先になるだろうが?

スライド30 (2014_01_23 16_20_16 UTC)

上の組写真は、当時私が出張で滞在していたワシントンDCで撮ったものである。この時アメリカ各地で暴動が起り、ここでも、夜間は外出禁止、昼間でも軍隊が町中をパトロールしていた。

ホワイトハウスや連邦議事堂の周りは、目につく軍隊を除けば穏やかであったが、面白いことに、下左の写真は軍隊が酒屋の前で保障に立っている様子である。夜間禁止期間中ホテルのバーはもちろん、レストランでも酒類は禁止であった。

この後、世界的に吹き荒れた学生による大学紛争、日本では東大安田講堂の警察との攻防戦、アメリカのテレビ「不思議なことに双方に一人の死者も出なかった」とのニュースの解説。

レーガノミックス、大統領ロナルド・レーガンは当時カリフォルニア知事、UCバークレイ校の大学紛争を武力で治め、行政的手腕を認められて強い大統領として手腕を発揮した。

1970年代、ベトナム戦争からの脱退、一般社会の倫理観の荒廃、第一次石油危機によるインフレ、困難な時代を経て様々な大統領と連邦政府の変遷を経てオバマの時代になった。

管理職の頂点ともいえる総理 任命責任ではなくあなたの人事管理者としての資質の問題でしょう

2014/10/21

現代の複雑な問題を抱える社会、偉くなったからといって一人の人間の判断で対応できるものではない。行政権を持つ内閣は、有能な人々を起用してチームワークで行動をする実効ある組織であるはず、総理に従順な人々を看板に据え「格好良さを」整える仮想組織ではない。

えらそうな「つぶやき」 とは思うが つい

考えさせられる研究発表 歩行は健康に良いことはわかったが 交通事故死者の半分以上が歩行者であり 大都市ほど歩行中死者の多い日本の現実をどう見るか

2014/10/20

県別の高血圧者の割合は「歩数」「車で移動」と有意に相関 

  調査の結果、県別の高血圧者率と食塩摂取量、野菜摂取量、飲酒、喫煙との間に相関はなく、1日当たりの歩数のみ有意な負の相関があった(P=0.004)。すなわち、住民の歩数が少ない県ほど高血圧者率が高かった。大都市を擁する県ほど歩数が多く、高血圧者率が低い傾向もみられた。

学会フラッシュ:第37回日本高血圧学会 岡 檀、 和歌山県立医科大学保健看護学部。
2014年10月17日~19日 横浜

http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/flash/jsh2014/201410/538991.html

 

歩行者が増えれば事故死者が増加する。これをどう解決するか?

下のグラフのように、世界で日本だけが都市における歩行事故死者が最も多い現実。緊急の課題であろう。 各国の交通事故死者数の比率

都市郊外死者比較世界

http://spaceglow.at.webry.info/201410/article_1.html

自分の選挙組織もマネージメントできない大臣たち 身体検査より適性検査を

2014/10/18

相続議員や多選議員の序列による大臣選び。平均寿命1年足らずの大臣たち、身内の選挙団体に頭を下げることで多数回の当選を果してきた議員。選挙母体の政治資金の使い道を知らないのも全くの嘘ではないだろう。しかし無能な政治資金管理者を野放しにしたあなたの人事管理の欠陥を証明したことだけは確かである。

総理大臣様、あなたも含め

大臣候補者は、検証できる資料による政治業績(法案の提出や賛否の記録)、行政実績(知事経験者など)、または、社会活動で評価できる実績を公表し、適性検査に合格した者から選ぶべきであろう。

誰が適正評価するか、 その方がもっと難題かな?

ノーベル賞中村氏は日本人とする安倍首相

2014/10/13

二重国籍の実態:「ノーベル賞中村氏は日本人」とする安倍首相、「日本国籍を喪失」とする日本大使館 huffingtonpost.jp 10月12日

この記事に私が投稿したコメント

「明らかに日本の法律を無視し首相が言うからおかしくなる。首相が言わなくても普通の日本人は日本の快挙と思っている。法律を変える権力を持つ政治家国会議員、日本人と云いたければ法律を改正してから言ってほしい。」

安倍さんあなたの誇りとする一人、祖父岸信介元総理のこんな話ご存じか

大統領自由勲章を授与されたほどのダニエル・井上アメリカ上院議員、当時の岸信介総理に、「日系人と言うのは日本を捨てた人たちでしょ・・・」と言われて、ショックを覚えたそうだ。

http://nipponeseclub.blog70.fc2.com/blog-entry-329.html

ノーベル物理学賞の快挙と日本の研究環境の変遷

2014/10/13

誇らしい事であり、それぞれの学者としての業績の評価を認められたものであるが、日本の研究環境60年間の変遷を知るものとして感慨無量である。

各受賞者の経歴及び、参考資料として国家公務員と民間企業等の給与等を時系列に並べて表にしてみた。参考資料はデータの条件が異なり比較は無意味だが時代考証として転記した。

ノーベル賞2014経歴A

ノーベル賞2014経歴B

国家公務員の初任給の変遷. 人事院。

http://www.jinji.go.jp/kyuuyo/kou/starting_salary.pdf

民間給与実態統計調査結果 1年継続者の給与 3-

https://www.nta.go.jp/kohyo/tokei/kokuzeicho/jikeiretsu/01_02.htm

赤崎教授 が卒業された1952年ごろの国家公務員の給料がいかに低かったか。

一例としてわたくしが岐阜大学助手でアメリカの大学に出張留学した時のアメリカでの給料契約書の一部を下にコピーしてみる。当時出張扱いで日本での給料は支給されていた。

1967年当時私の助手の給料は二万円台であった。出張中の給料はそのまま預金されていて2年半で75万円程度であったと記憶する。

給料アメリカ大学1967

給料SUNY1969

当時アメリカドルと日本円のレートは1ドル360円の固定レートであった。

これを月割りにして日本円に換算すると19万8千から23万4千円になる。日本(国立)とアメリカ(州立)の大学でこんな格差があった。貨幣価値の評価は生活水準の違いによるので、為替レートだけでは比較できないが、生活費はアパート代を含め給料の半額以下で済んだ。渡米して3か月ちょうど、同じ物理学科を退職する教授が故郷へ帰るので車がいらなくなり450ドルで譲り受けた。当時の月給換算550ドル以下で買えた。日本では大学助手の給料ではだとえ中古車でも考えられない時代、私の最初の運転免許はアメリカで取った。

この時代、社会的に給料が低かった代償として? 大学に職を得れば自由に自分の好きな研究に没頭する自由が保障されていた。

そんな世代と、それぞれの研究環境の異なった3人の研究者の共同受賞、改めて考えさせられる。

研究業績では足元にも寄れない私であるが、自由な研究が許された最後の世代といえよう。現在、研究経歴を持たない官僚主導の文部科学省の政策は、科学研究の基礎を破壊する心配をぬぐえない。

アメリカでは、大学に関する連邦政府の権限はなく、州立大学といえども予算上の制限があるものの、研究の独立性が確保されている。多くの教授はテニュアーといわれる制度で終身雇用の保障がされている。私の知人、ニューヨーク州立大学の教授、純粋基礎物理学の課題を一貫して研究を続け80歳で退職した。

日本のアメリカをモデルにしたかに見える官僚主導の研究政策、多様性を認めず一辺倒の狭い知識で画一的な行政をしようとすることの弊害が心配される。

追記 10月16日 2014

1960年以前、アメリカの教育系大学(州立大学)では教員は給料が低く夏休み2か月(管理職でない一般教員は年10ヶ月契約)夏休みはアルバイトしたという話を聞いた。1960年以降東西冷戦が激化し、ソビエトに負けられないという機運から、特に自然科学・工学系の学部・学科が続々増設され、教員の需要増とともに待遇もよくなった。それでも1967年当時年収一万ドル以上の人は少なかったと聞く。

教授の給料は年功序列ではなく、学外の各種研究助成財団から研究費を持ってくる人ほど高く評価された。私宛ての手紙にあるN.S.F.(連邦政府科学財団)もその一つである。研究費には、責任教授の夏休み2か月分の給料や、成果出版費や出張旅費、チーム研究者の人件費や大学院生をハーフタイムで研究助手などにする経費もふくまれ、大学に事務手数料も入る。大学にとっては直接支払った教授の給料以上に儲かる存在にもなった。

都市道路での交通事故死者の年次変化 日本とイギリスでの比較

2014/10/02

 

下のグラフは道路状態の違いによる交通事故死者の割合を示すもので、日本だけが都市での死亡割合が郊外道路より多い特徴的な状態であることが見られる。

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http://internationaltransportforum.org/Pub/pdf/14IrtadReport.pdf

この原因を探るために、都市の人口集中化は世界中で起こっている共通の傾向であるが、日本と地形的な国情が似ている自動車交通先進国イギリスと比べてみた。下のグラフは、都市人口の変化と都市での事故死者の割合を年次別に比較した相関図である。

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http://esa.un.org/unpd/wup/CD-ROM/Default.aspx

File 2: Percentage of Population at Mid-Year Residing in Urban Areas by Major Area, Region and Country, 1950-2050

これを見て驚いたが、日本ほどではないがこの期間に都市人口が増加したイギリスでは事故死者数が減少している逆相関になっているが、日本では減少していないか、むしろ正の相関と見るべきであろう。

この結果だけで理由はわからないが、イギリスでは都市の交通事故死の減少に実効的な効果を上げているのに対し、日本では効果が無かったことだけははっきりしている。

都市道路での被害者が歩行者や自転車利用者であることを合わせてみると。日本ではそれらの「交通弱者」といわれる人たちに対する安全対策が「掛け声」だけで効果を上げていないといえる。

前に書いてきたいくつかの私のブログ記事で示したように、日本では、各種注意標識は氾濫しているが、実効のある安全標識や道路の安全設備が無いということではないだろうか。

お祭り騒ぎのような春秋の交通安全週間をやって運転者に注意や圧力をかけるだけで実効がないことをこのデータは示していると極言できる。20年一日のごとく無駄な交通安全関連の予算を浪費しただけの証拠でもあろう。

イギリスの例は、都市交通の安全性向上に実効のある方策がある証拠といえる。それを怠ったのは日本の道路管理行政の誤りといえる。

その証拠に、郊外での日本の事故死者率は世界で最も少ない。どのデータベースを見ても現在の日本の運転者は世界で最も安全運転を実現している。行政管理者はその事実を道路の安全管理の出発点と認識し、効果のない無責任なアッピールに過ぎないキャンペーンをやめ、科学的で合理的な道路構造の改善や標識の研究と設置をすべき責任がある。

追記

高齢者の交通事故―序ー 山田 晴利

http://www.itarda.or.jp/ws/pdf/h25/16_01jo.pdf

この報告者では、市街地ロンドンを例に日本の市街地の物理的な速度制限装置の導入が進んでいないことを指摘し、ロンドンの細い街路の写真を示し、日本の安全設備の不備を指摘している。

残念ながら政府補助金によるこれらの報告書は、交通行政に遠慮してか道路管理やインフラ改善の責任には触れず「運転者に対し歩行者優先する」といったメセージの効果については検証していない。

世界のデータから見た日本の交通事故死者の現状

2014/09/30

下の地図は OECDの Road Safety Annual Report 2014から転載したものである。

http://internationaltransportforum.org/Pub/pdf/14IrtadReport.pdf

交通事故地図

これで見ると、今や日本の自動車交通は、世界で最も安全な国イギリスや北欧者国に次ぐ安全性を達成した。

しかし、このデーターべスの内容を分析してみると、異常な日本の現状が見えてくる。下のグラフはOECD加盟各国の2012年データより、歩行者と自転車利用者の交通事故死者と全交通事故死者との割合を計算して示したグラフにしたものである。

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グラフ1

一目でわかることは、日本はとびぬけて大きい、このデータでは示されていないが日本では高齢者の歩行・自転車利用者の事故死者は、全体の50%近くになっている。それを除けばドイツあたりと同列になろう。

それでは日本の自動車運転者は横暴で無法な未熟運転者であろうか?、下のグラフは交通事故死者の内歩行者・自転車を除いた自動二輪車や乗用車トラックなど動力を利用する道路交通での死者率を世界で比べてみたものである。

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グラフ2

日本の運転者は世界で最も成熟した安全運転者の国イギリス、オランダと同列である。

それでは、日本の道路交通での乗用車利用状況を見てみよう。先ず自動車の国民普及率は下のグラフのように世界の先進国では中位である。

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グラフ3

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グラフ4

登録車10万台当たりの事故死者率も中上位である。

ただし、車1台当たりの年間走行距離は最下位である。これが事故の少ない理由であろうか。

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グラフ5

それを見るために、平均年間走行距離と車10万台当たりの事故死者数の相関を示したもので、走行距離が大きくなれば事故死の確率は大きい傾向にあるが、それだけの原因ではないことをこの相関図から読み取れる。

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グラフ6

残念ながら日本は走行距離は最低であるが走行距離当たりの死亡事故率は最低ではない。

以上、日本の特殊性を取り上げると、

① 道路歩行者・自転車利用者の事故死率が異常に高い。

② 歩行者・自転車を除く自動車事故死亡率は世界一少ない。

③ 車1台当たりの年間走行距離は世界で一番少ない。

④ 国民一人当たりの車の登録台数は世界で中位である。

考察

自動車乗車中の事故死者率が世界一小さいことから、日本の運転者は世界で最も安全な運転者であるといえよう。これは、外国を運転してわかるが、日本の運転は穏やかで闘争的ではなく、運転速度も遅い。

このことから、歩行者・自転車利用者の事故死者が多いのは、運転者のせいとして考えるのではなく。歩行や自転車利用で移動しなければならない社会的状況、特に高齢者の自動車利用が少ないこと。したがって高齢者の歩行者・自転車利用が多く、それに対して道路の安全インフラへの関心がないことが大きな理由であろう。

また、警察の交通監視や国土交通省の道路インフラが、幹線自動車道や自動車専用道路に偏重し、歩行者事故の多い狭い生活道路に及んでいない。たとえば生活道路での安全設備や速度検挙を見たことがない。

新興住宅地の歩道画像124

欧米では、住宅団地には、速度規制のためのバンプ(道路に凸型の段)を作ったり、速度規制標識もあり、警察の速度監視や検挙もおこなわれている。上スペインの新興住宅地。

交通安全機関行事。相変わらず運転者を悪者呼ばわりして注意を促すのではなく、世界一の安全運転を獲得した現在、歩行者や自転車の事故死者を運転者のせいにするのではなく、道路の科学的なインフラに向けるべきである。

欧米を運転して、日本のように、いたるところにお祭りのように交通安全のぼりを立てている風景は見たことがない。

ツール ‹ — WordPress

2014/09/29

ツール ‹ — WordPress.

危機的状態でも現場の裁量権を認めない 硬直した中央集権国家 NHKの「証言記録・南相馬市」を見て

2014/09/28

これをを見て感動したのは、誰に命令されるでもなく、病院医療関係者の人たちや現場で同様に被害を受け不安の中にありながら自己判断で行われた助け合いの記録である。

これが、世界では驚異の目で見られ称賛された日本の市民の危機に直面した姿である。

しかし、これらの人々は、政府や社会から表彰されることもなく、名前の記録さえない。たまたまこのようなドキュメンタリー番組で取り上げられ存在が分かった人たちであり、まだほかにたくさんの同様な働きをした人たちがあるだろう。

それに比べ政府関係行政機関・警察組織の権力体制は、組織の硬直した法規順守を隠れ蓑に責任の回避に躍起となり、結果的に被害者の生活をさらに困難にした事実がありながら、その分析や検証はなされていない。

進行中の災害に際し、上位命令権者が現実を知る情報や判断力がないならば、なぜ現場の判断力を信頼し裁量権を認めないのか。信頼できる部下の人たちを組織できて初めて管理職であり。権力を背景に ”やんちゃ坊主” のような行動を許しているわけではない。

権力は、命令を受けて殉職したり、命令により危険を冒して働いた人しか記録し表彰しない組織である。