考えさせられる 2人の日本の政治家の映像
考えさせられる 2人の日本の政治家の映像
日本もイギリスも周囲の国々は右側通行。お互いに左側通行の島国である。
下の写真はロンドンの市街を通り抜ける自動車主要道路A4、右側交通の国か来た旅行者に配慮であろう、狭い道ながら横断歩道の中央に一旦休止の安全地帯があり、路面には歩行者が進む方向ごとにに注意すべき視線方向が書かれている。
道路右側で待っているの女性は、まず右側を見て状況を判断し、道路を真中まで横断したらそこで一旦停止し今度は左側に注意する。中央の男性は、右側を注意して中央まで来て中央で歩道信号が停止になった場合であろう。左側通行の我々には無意識にやっていることだが。
道路標識は、交通違反を検挙するための証拠とする標識ではなく
道路利用者に対する安全情報であるべきだ。
私の疑問
文系学部出身者が多いと思われるメディアの人たち、日本語の語彙や表現にたけているはず。この人たちがどのような趣旨の記事にもかかわらず福島原発事件に関しては「事故」以外の言葉を使わない不自然さ。これらの人たちがそれぞれの記事内容に適した表現を表す語彙を知らないとは思えない。
英語力のつたないわたくしですが、今回見出し語にこのような表記を見た。
4 Years After Fukushima Nuclear Calamity, Japanese Divided on Whether to Return AUG. 8, 2015
calamity:大災害; 大惨事
私の理解では、英語圏ではこの様な場合disasterを使うのが一番多いと思う。
disaster:災害(さいがい、英:disaster)とは、気象などの自然現象の変化、あるいは人為的な原因などによって、人命や社会生活に対する被害を生じる現象
Babylon English-Japanese
日本語の事故は:
事故とは、一般的な用法では、予期していなかったのに、人のからだが傷ついたり生命が失われたり、あるいは物が損傷したり財産に損害が発生するような出来事のことである。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8B%E6%95%85
と云った狭い意味に使われる言語と理解している。
事故:東京電力や、政府にとっては最も責任の軽い都合の良い表現ではあろうが、メディアは権力側の表現を統一的に使うことの責任に気づいていないようだ。
メディアは「予期されていたかどうか」を取材により追及し報道する立場にあるはず。それが社会的に確定するまでは”災害”であろう。
以前にブログにした私の記事
災害か事故か ウェブ・タイトルに見る東京電力福島原発事件の視点 日本語サイトと英語サイトの違い
2011/11/21
[政府統計の窓口
2015年3月19日公表
日本でも、国際標準の事故死者計数のフォーマットに従ったデータベースが公表されたので、世界で一番交通事故死者の少ないイギリスの交通手段別のデータと比較してみた。
ヒースロー空港からハイウェイM4でロンドンへ、ロンドン市内で主要自動車道A4に乗り換え市中心部に向かう幹線道路。ハロッズデパートメントの前の歩道信号。
下のグラフは、2012年から2014までの期間の各国のデータベースから描いた、人口10万人当たりに換算した年間事故死者数のグラフである。
人口は 総務省統計局 男女,年齢5歳階級別人口
http://www.stat.go.jp/data/sekai/0116.htm を用いた。
結果は、乗用車及び自動二輪等の交通利用では日本が一番少ないが自転車や歩行などの交通では日本が際立って多く、総合ではイギリスの事故死者数が最も少ないことが分かる。次いで日本ということになる。
日本が自転車や歩行の安全を実効ある政策で向上させれば世界一安全な道路交通の国になるだろう。乗用車乗車中(運転または同乗)の事故死者が世界一少ないことから、日本の運転者が歩行者に対して乱暴で人命軽視の悪者運転者ではないことは確かである。
下の二つのグラフは、65歳以上とそれ以下のグループについて、人口10万人当たりの交通事故死者数をイギリスの場合との差異を表したもので、負の数はイギリスより少ないことを示す。
この二つを比べて最も目立つ特徴は、日本の高齢者の自転車、歩行者の事故死が際立って多いことである。
しかしながら、高齢者でも、乗用車乗用中の事故死者数はイギリスよりも少なく、世界一の安全を確保している。これは日本の高齢者の運転免許保有率が少ないこともその一因であろうが、高齢者運転が社会に危害を与える存在でないことは明らかであり、むしろ被害者層である。
OECDに公表している日本の交通安全計画の目標、「世界一道路交通の安全な国に」は歩行者(自転車)を除けばすでに達成している。
日本ではなぜ歩行者の事故死者が多いのか? 科学的な事故原因分析に基づいた横断歩道の信号や安全設備などが皆無に等しいからであろう。歩行者の多い西ヨーロッパ諸国の市街地や住宅地の例を参考に整備すべきであろう。
いつまでも、交通弱者保護のお題目を唱え、運転者にすべて事故の罪を着せ、やたらと注意標識を増やすことで日本の自転車や歩行者の事故死者を減らすのは限界に来ていると理解すべきであろう。
日本でも外国人旅行者が増加している今日、特に市街地の歩行者用道路標識を国際化すべきであろう。
ロンドンの横断歩道では、道路中央に安全地帯があり、横断に入る直前に片側別々の歩行者信号と路面には右または左の注意すべき方向の指示が書かれている。これは、ヨーロッパ大陸が右側通行であり、それらの旅行者に対する事故防止の為であろう。
The Huffington Postの記事 高齢者運転
各種データベースによる私の分析結果の概要。
高齢運転者が社会に危害を与えているのではなく、高齢歩行者や自転車利用者が社会の脅威になっている。なぜなら、高齢者の死傷事故にかかわるのは大部分社会的活動中の有職運転者だから。
これは、科学的統計を公表しているどの国でも共通している。
日本だけが、免許行政による高齢者の人権に配慮のない差別、ここでも憲法違反といえる。自動車学校が予備テストといって認知症検査や視力・聴力、反応検査等、法治国であれば医療機関でしか行えない検査を有料で義務付ている。
しかもそれは、科学的根拠のない「思い込みを根拠とした」行政。
米国では2011年に、自動車事故で死亡した70歳以上の数は4052人にのぼったが、これは1997年と比較すると31%減少している。人口当たりの死亡事故数の割合も、1975年から約45%減少しており、最も低いレベルにある。
以下はこれを裏付ける一例 The Huffington Postの記事抜粋。
驚くほど多い「100歳以上の運転者」
The Huffington Post | 執筆者: Shelley Emling

http://www.huffingtonpost.jp/2013/09/26/older-drivers_n_3993221.html
100歳以上の運転免許証保有者の数は、フロリダ州だけで455人以上いる。91~100歳だと6万5000人を超える。
2011年には、米国における70歳以上の運転免許証保有者は約2260万人だった。これは、70歳以上の人口のおよそ79%であり、全年齢の運転免許証保有者の約11%にあたる。
ただし、こうした傾向が事故の増加につながっているわけではない。米国では2011年に、自動車事故で死亡した70歳以上の数は4052人にのぼったが、これは1997年と比較すると31%減少している。人口当たりの死亡事故数の割合も、1975年から約45%減少しており、最も低いレベルにある。
英国では、運転免許証を保有している70歳以上の数が、初めて400万人を超えた。英国の公益団体「RAC Foundation」によると、運転免許証(full driving licence)を持つ70歳以上の数は400万人を超えており、この数は数年以内に1000万人に届く可能性があるという。
英国では、70歳を超えると、運転するのにふさわしいかどうかを3年ごとに申告することが求められる。ただし、これは自己申告である。
[Shelley Emling(English) 日本語版:緒方亮、合原弘子/ガリレオ]
訳者注
※日本では、75歳以上の人は、講習予備検査と高齢者講習等を受けないと免許証の更新ができない。2004年のデータでは、65歳以上の運転免許保有者は879万1045人で、全人口に対する運転免許保有者の割合は36.0%。100歳以上の運転免許保有者は全国で4人いたという。2012
私の補足
日本では、65歳以上の免許保有者の内女性の割合は、全免許保有者数に対して5.7%(2012)、高齢女性が家事を担当している家庭では、自転車か歩行により生活が成り立っている。これが先進国で断突に多い高齢交通事故死者の要因では?
2012年に書いたわたくしのブログ記事。 つたない記事ですが、この時期にもう一度再投稿する気持ちに駆られて。
狂気の20世紀前半に生を受け過酷な人生を過ごした世代 私の知り合った人々
2012/09/28
最近の日・韓・中・台湾のニュースを見るにつけ、社会の危機的状態で発生する生の人間の行動を体験したことのない現在の指導層世代の人々、何と観念的あるいは短絡的な思い付きの議論に終始しているかが実感される。
国と国との争いを云う前に、20世紀、極東・西ヨーロッパの文化の発達した国々で起こった悲劇、国の中、同民族の間、または隣人の間で如何に残酷で過酷な争いが行われてきたか。これは、残念ながら人間の本性としか思われない歴史的事実である。
私の想いの源泉は、1967年アメリカの大学で研究生活に入ってから住んでいた町で出会った人達、主にアメリカで生活している極東系の人々との個人的付き合いからである。
私の最も親かったいまは亡き尊敬する一人、韓国の名門家系に生まれ、日本統治時代、日本人学校で初等教育を受け、日本の敗戦後ソウル大学を卒業、朝鮮戦争に遭遇、韓国軍の補給船の司計長として兵役を回避し、朝鮮戦争終結後カナダの大学院に入学、博士の学位取得後アメリカの州立大学に就職、アメリカの大学教授を歴任、その間1970年代、韓国の法曹界の重鎮であったご尊父を当時の政治的陰謀と推測される事故で亡くされた。彼はアメリカ国籍を取得されていたため、韓国の軍政時代にも韓国で拘束される恐れがなく親族のために何度か帰国されていた。
日本統治時代の日本警察の動性、朝鮮戦争中の恐怖にかられた民間人同士の憎しみと暴行、補給船で冬季戦争避難民を甲板で運んだ時一部の女性の生き抜くためのしたたか行動と乗組員との関係、また彼の親戚の青年が日本の官憲に拷問され精神を傷め廃人になった人の話など。
これは、通算30年以上の付き合いの中での会話、人間の極度の恐怖を背景にした危機的状態にある時起こす悲しい性として、民族の違いや文化、国家権力あるいは善悪についての議論にすりかえることなく、事実として話し合いました。
私も、11歳まで軍国少年として教育され、幸い親族の中に戦死者はありませんでしたが、アメリカ軍の空襲で生家を焼かれ、敗戦、アメリカ軍の駐留が近くになったのを聞き中国での占領経験のある元兵士のの狼狽ぶり、手ノ平を返したようにアメリカ軍の権力にすがってうまくやった大人社会、子供なりに感ずるところがあり、私の性格形成に少なからず影響を受けたと思っています。
その他、敗戦から20年余りしてアメリカで知り合った過酷な境遇を過ごしてきた日系の人たち。また、退役後大学院で勉強していた海軍通信兵、韓国、台湾の留学生、インドで教育を受け博士の学位を持ってアメリカで職を得た研究者、対日戦争の記憶から抜けきらない一般のアメリカ人、朝鮮戦争に従軍し休暇での日本の歓楽街の思い出を語る退役アメリカ兵。
199o年代、2度訪れた韓国南極基地での1ヶ月余りの共同生活、いろいろな個人的付き合いの経験をしてきました。
ここで得た大切な知恵は、人間の本性を知り、悲劇的な側面をエスカレートさせない工夫であると云うことです。
政治家や経済の実権を握る人たち、己の権力や利益の為に社会の危機的状況を利用することが、やがて自分を含め全てを破局的な結末に終わらせる事になる「人間学」を勉強すべきと痛感します。
昨今のニュースを見るにつけ、私の表現力では書ききれない難しいテーマに敢えて挑戦してみました。
どう理解すべきだろう自転車事故死の世代別構成比の国際比較
自転車事故死統計に見る不思議な相関 これをどう解釈べきだろう
下のグラフは国ごとの自転車事故死者数の男女割合%の女性の割合と、全自転車事故死者数の中の65歳以上の(男女合計)死者の割合を描いたものである。資料は前ブログ記事と同じものである。
破線は線形近似線
どちらの数値も相対値であり絶対数では無いことから言えることは、女性の事故死者の割合が大きい国ほど65歳以上の事故死者の割合が多いことになる。逆に言えば、男性の死者の比率が高い国は高齢者の事故死者率が小さい。
根拠は薄弱だが、強いて解釈すれば、女性の事故死者の割合が少ない国は、高齢者の自転車利用も少ない。反対に女性の事故死者の多い国は、高齢者が男女とも日常的に自転車を利用しているのではないかということである。北西ヨーロッパの国々がこれに当たる。
西ヨーロッパの国々の人口密集地や居住区域では自転車や歩行者道路の分離や、標識による識別などの安全設備のインフラが進んでいるにも関わらす、それでも高齢者にとって自転車は危険であるといえるのでは。
このホーラムに報告されている日本のデータは国際フォーマットを満たしていないので上のグラフに表示できなかった。
日本では、自転車や歩行者の事故データの把握から安全設備の研究や設置までが皆無である状況で、ただでさえ西ヨーロッパより少ない高齢者の運転免許を取り上げ、より危険な歩行や自転車利用を奨励しているのが現状である。
科学先進国にあるまじき「素朴な確信」にたよる道路行政としか言いようがないように思う。
交通手段の違いによる事故死亡率の評価の難しさ
交通事故危険率の表し方として考えられるのは、
事故発生率=事故件数(死亡数、重傷数、軽傷数)/基準母数(利用回数、走行距離数、利用時間)
であるがこれらは事故評価の一面を評価するにすぎず、どれが社会的な実情を最も正しく表しているかを判断するのが難しい。
下表はその一例で
http://internationaltransportforum.org/Pub/pdf/12Cycle-Safety.pdf
オランダからデンマークまでは10億キロメートル走行当たりの事故数(死者または死傷者数)、アメリカは10億回利外出用回数(trips)当たり、ベルギーは利用時間10億分(minutes)当たり、そしてニュージーランドは利用百万時間当たりの死亡または傷害入院数である。
何れも自動車乗車中と比較したものである。
自転車、歩行者の事故データは、一般に、どの国でも正確な記録がなされず実態より少なめの記録になっているとみられる。
したがって国ごとの開きが大きく、また、それを比較するほどの正確さはない。
しかしながら、危険率の順位は、二輪自動車が最も大きく、次いで歩行、または、自転車と見てよいだろう。
ヨーロッパでは、1970年あたりから整備し始めた自転車や歩行道路の安全投資・整備の先進国、オランダ、スイス、イギリスデンマークでも自動車利用中に比べ歩行・自転車利用者の方が危険であるという結果は注目すべきであろう。
ベルギー・ニュージーランドの利用時間当たりの評価は注目に当たるだろう。
アメリカの場合自転車はレジャースポーツ利用であるとみられる。また歩行は大都市部の中心部の低所得者居住地域に限られると想像される。
この様に見てくると、生活や通勤、通学に自転車が多い日本(公共の交通機関利用時にも駅までの交通で必ず歩行や自転車利用が併用される)では、歩行・自転車利用の交通モードの安全政策が最重要であることが分かる。


