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ビジョンゼロ発祥の国スウェーデン ボルボ2013年市販モデルの安全装備

2019/04/25

ボルボ V40 T4 2013モデル、2015年5月納入、本体価格269万円、セーフティーパケージ 20万円、歩行者エアバッグ6万円 決して高級車とは言えないだろう。

高速道路では、画像のようにミリ波レーダーで走行中前後左右後方ブラインドスポットの監視・警告、前方走行車とは自動車間走行時間で追従走行(追突防止)、路線マークをはみ出したときハンドルの振動、自動で走行帯に復帰、市街地では建造物衝突防止自動ブレーキの他カメラによる映像分析から歩行者検知、自動ブレーキによる衝突防止。万が一歩行者と衝突した時、歩行者の頭部をフロントガラスから守る歩行者エアバッグ。残念ながらラウンドアバウト交差点優勢のヨーロッパ信号検知機能は無い。

この間、前方レーダ感知エリアの不具合修正以外、現在まで故障はなく無事故走行で過ごすことが出来た。

アクセルとブレーキの踏み違い事故 60年前マニュアルシフト車しか無かった時代の亡霊のよう   

2019/04/25

ブレーキとアクセルの踏み違い。60年以上前、マニュアルシフト車しかなかった時代、停止時には左足でクラッチを切るために、右足でアクセルペダルをブレーキに踏みかえる必要があった。このような車の運転を体験している人は現在どれほどだろう。オートマチック全盛の現在、左足を遊ばせ右足だけでブレーキペダルに踏みかえる必要がどこにあろう。左足でブレーキを踏む習慣をつけるとパニックを起こしたとき、アクセルとブレーキ両方を同時に踏む危険性があるからと聞いたことがある。しかし、現在のコンピュータ制御が取り入れられている車、アクセルとブレーキが同時に踏みこまれたときブレーキを優先する装置を備えることは容易である。すでに、電気自動車(ハイブリッド車を含む)ではブレーキとアクセルを同時に踏んだ時、駆動モーターが焼き付く故障を避けるために自動車メーカーは、モーターへの電源を切る装置を備えていると聞いたことがある。

現在のコンピュータ制御を取り入れたエンジン、運転者の意図しない暴走はありうる故障と考えられる。特に、電気自動車に装備されている電動ブレーキシステム、これは、駆動 モーターを発電機としてバッテリーに送電する装置であり 、モーターから電力を回収するときの力学的負荷がブレーキ効果を生む装置である。回路の誤動作で駆動モーターが暴走する可能性は皆無とは言えないだろう。

警察の事故調査で重視されている道路に残されたブレーキ痕、エンジンが暴走しフル回転時でもブレーキはそれに耐えて車輪を止め、ブレーキ痕を残すほど強力に設計されているのであろうか。

以上、私は車には詳しくないが、航空機ではすべての操作記録や作動記録の保存が義務付けられていて(ブラックボックス)事故の防止に役立たせている。航空機事故と比べ身近な危険でありながら、自動車事故では、あまりにも安易に思い込みだけで運転者の過失事故として即決処理されているのではなかろうか。

軽自動車の人身事故発生率 保険会社の広報より

2019/04/24

保険会社の広報より。女性や高齢者の利用が多い軽乗用車、このデータは乗員だけのものか、歩行者に対する事故も含んでいるかわからないが、低速での歩行者との衝突でも歩行者の頭部損傷を起こす確率は、前方にエンジンルームを覆う鼻を持つ普通乗用車に比べ大きいことが知られている。

上のグラフでも、普通乗用車やトラックより、軽乗用車や軽トラックの人身事故の方が多いことが分かる。

高齢者や生活利用の女性運転者は高速道路や長距離運転をしない、住居の周り、知った道を短距離・短時間の運転が多いから移動には軽自動車で十分との認識しかない。そのうえ一般に経済力の低いこれらの層にとっては経費の安いことも大切な条件である。

しかし、軽自動車が殆ど実用化されていない欧米高所得国でも、乗用車を年間短距離・短時間しか利用しない運転者は普通の運転者より事故に遭遇しやすいことが統計的に証明されている。

自動車に関する関心のない利用者、軽乗用車が危険であることを知らされる機会はなく、思い込みで、低速で走るだけ、知った道の商業地や住宅付近の道路を走るだけだから安全と思い込んでいる。

総合的な安全情報を正しく知らせる公的広報機関が望まれる。

保険会社のまとめた道路利用者の分類別交通事故分析グラフから  

2019/04/24

道路利用者区分別事故発生件数、改めて思う子供・学生・主婦・無職層の自動車を利用できない被害者の多さ、事故全体の23%余り、ほとんどが歩行者と自転車と予想される。職業と関係のない高齢者がその他に分類されているとすればこの両者で30%弱となる。社会活動に不可欠なサービス・職業に従事して交通事故のリスクを負って働いている人々の総計は71%。

これをどう見るか、交通事故といえば運転者を悪者にして済むことだろうか? たとえあなたが運転しなくてもすむ職業に就き、加害者になることがなくても、あなたの生活が成り立つために、あなたに代わってリスクを負って働いている各職業の人々によって成り立っていることを考えたことがりますか?

子供や主婦、高齢者、自動車交通を利用できない人々の被害者が全体の三分の1近くもあっても責任は運転者だけのせいだろうか? 引用資料

現在世界の高所得国の代表的な大都会では、“ビジョンゼロ”の交通活動が実験され効果を上げつつあることが報告されている(人が運転する限り自動車事故をゼロにすることはできない科学的事実に基づき、交通事故重傷者や死亡者を減らす都市システムの総合行政活動)。

OECDのデータ分類によれば、日本の自動車運転事故率は世界で一番少ないことが報告されている。でも 警察庁やメディアはこの成果に興味ががないようだ。また、どの都市の行政からもビジョンゼロの計画案はもとより話題すら見えてきていない。

自動車事故のニュース 見出しは公正か? 注目を引く見出し 同情におもねる見出し 人権無視の個人情報の公表 事故車の車名・メーカーの記載はしない 2010年メリカにはじまるトヨタ・プリウスの暴走疑惑 今に続く池袋事件の様相

2019/04/24

2010.03.16

プリウス 暴走事件、意外な展開、米当局、トヨタ 両方とも ドライバー、サイクスの暴走主張に疑いを主張、米全メジャーメディアも 狂言疑いを伝える

https://plaza.rakuten.co.jp/nikvi/diary/201003150000/

これは関連記事の一例、正しい情報として引用するわけではないが経過の参考に。

日本のニュースやテレビのコメンテーター・ショー番組では、高齢運転者の関係した事故では、年齢の公表がトップに、さらに病歴の取材、本人の公表承諾の確証の有無を明らかにしないまま、病歴や治療状況まで報道、これらは最も守られるべき個人情報、人権先進国としてはありえない暴挙。

一方、暴走した車の車名やメーカーには配慮して記載なし。事故車の映像から判断してくれと言わんばかり。

高齢者に限らずバスや職業運転者まで。エンジンの暴走で対処すべき方法のペーパーテストをしてみたらどれだけの人から「ブレーキを踏む」以外の回答が得られるだろうか?。第一選択トランスミッションをニュートラルにするは何%あるだろうか? 警察もブレーキを踏んだかどうかで送検の根拠にしているように見える。

さらに、運転者が高齢者ならば、「ブレーキとアクセルの踏み違いで」有無を言わさず決着。

これと比べ、航空機事故最近の事例、ボーイング737、世界で最も多く売れている中距離旅客機、世界中で2二回(生産国アメリカ以外の)の事故で全機運航停止。

コンピュータ制御化が進む車 事故の責任を運転者だけに押し付ける不合理 航空機事故調査制度と比べて

2019/04/23

現在進行中で今後急速に進む自動車のコンピューター制御。暴走事故の原因は運転者の過失とは限らない。車の制御系統の誤作動による可能性は高まる。航空機事故調査機関のような交通安全に関する公的機関のない日本。

警察は、運転者の過失責任を検挙する機関であり事故調査機関とは言えない。

事故の責任を、信号管理や道路安全設計管理機関、自動車メーカーを相手に運転者個人で最高裁まで戦う資金力も気力も、また、勝ち目のない訴訟を引き受けてくれる弁護士もないだろう。 正義のための訴訟を援助する組織もない。 事故の第一当事者と見られ逮捕された運転者は、警察の準備した調書に署名するのが最も軽微に済ます唯一の現実的な方法であろう。

運転者教習: 車の異常反応に対しパニックを起こさないで合理的な対処ができるシュミレーター訓練が大切となる。

航空機事故調査とその結果の対応システムを自動車交通にも取り入れるべきであろう。

キャブレーターの故障でスロットル解放のままエンジンの暴走を経験して 今から50年余り前アメリカで

2019/04/22

車のエンジン故障による暴走の経験

今から50年余り前、1968年アメリカのニューヨーク州都オーバニー(Albany)の州立大学で研究者として働いていた。この年の夏、研究の必要からバージニア州立大学の天文観測所を借りて数週間大気光の観測をした。この大学はバージニア州の西、ウェストバージニアとの州境に近い美しい由緒あるキャンパスの大学である。

観測の一段落でニュ―ヨークに帰ることになり、当時新しく完成したウェストバージニアを北上する高速道路81を通って帰ることにした。山脈に沿った美しい道路で、交通量も稀、リラックスして走行した。走行中アクセルを強く踏んでいないのに時速85マイル(136km/h)程で走行していることに気が付いた。完全に足をアクセルペダルから離しても速度は落ちない。当初、山岳道路でもあり長い下り坂と思ったがあまり長く続くのでブレーキを踏んでみたが速度はあまり落ちない。エンジンの暴走と感じて高速道から出ることにした。広大な田舎道、やっと人家の見えるEXITを見つけイグニションを切って慣性運転で出た、出口に近い飲食店をみつけその駐車場までたどり着いた。見るからに労働者のバーといった店に入り電話を借りようとしたが電話は無いという。カウンターの客の大男がどうしたと聞く、車が故障したので、修理が出来るガソリンステーションを呼びたいと云ったら、「俺がそこまで引いて行ってやるといい」立ち上がってしまった、少し怖かったが彼のピックアップトラックでけい引してくれた。故障は、ガソリンと空気を混合して送るキャブレーター(当時は機械式)のスロットルが閉まらないという、夕方であったので部品が手に入らない、修理は明日になるということで、近くのモーテルまで送ってもらい、翌日修理が終わったところで迎えに来るよう頼んだことを思い出す。

ウェスト・バージニヤは貧しい山岳地帯の州、通常なら通過してしまう田舎、面白い経験をした。翌日修理が終わった車で夜半オーバニーに帰ることが出来た。

現代の電子制御の燃料混合器装置、外見上、アクセルの機械的な故障がなくてもエンジンの暴走はありうる、それを専門の技術調査の報告書もなく。早急に運転者の過失で決着する社会的風潮。あまりにも不合理なよわいものじめではなかろうか。

エンジンの暴走でパニックを起こすのではなく冷静ならば、トランスミッションをニュートラルにするか、ガソリン車の場合イグニションスイッチ(スタータースイッチ)を切ればエンジンは止まる、バスのようなジーゼル車の場合は一概に言えないと思うが、おそらく燃料噴射装置は電力で働くとすればやはりスタータースイッチを切れは暴走はやむのではないだろうか。エンジンが止まると、現在のブレーキアシストやパワーステアリング車では、操舵やブレーキが重くなることが起こり、立て込んだ市街地では危険ではあろう。運転教習所で教えられた正常な車でだけの運転技術では十分ではない。

運転教習: 運転技術だけで安全は守れない、現在のコンピュータ化された車、制御装置が故障した時の異常事態にパニックを起こさない冷静に対処できる知識と異常を想定したシュミレーターなどでの訓練が必要であろう。

二つの事故報道の問題点 運転手の医療情報の公開と事故原因の憶測 いずれも医学的・科学的証拠の確定していない段階での発表は人権侵害であろう

2019/04/22

下は事故報道の切り抜き(朝日新聞2019/4/22朝刊)である。いずれも運転手個人だけの問題とし、運転者の言い分を単なる「言い訳」と断定しているかの様、車両の欠陥の可能性に関する技術的調査の必要性には触れていない。市交通局の発表では運転手の個人の医療情報を公表、これは重大な人権違反に相当する。

市交通局の組織としての責任回避に特化した発表、役所組織の常識といえばそれまでだが、たとえ雇用主といえども、それが原因で有罪の確定がなされない限り被雇用者個人の医療情報は守秘されるべきである。

航空機事故では機材の欠陥調査は最重要事項である。それが今日の安全な旅客航空に繋がっている。

飛行機事故原因調査とあまりにもかけ離れた自動車事故調査 高齢者といえばアクセルとブレーキの踏み違いで決着 航空機死者数とは比べ物にならない年間死亡者の多い道路交通事故しかし 科学的調査は無く思い込みで判断

2019/04/21

ここ連日、高齢者運転者の過酷な自動車事故のニュース。データの証拠なしに、アクセルとブレーキ踏み間違いと決めつけたメディアの記事、最近の車は飛行機のフライトレコーダ(ブラックボックス)に似た走行中の各種データの取り出し装置が義務化されている(市販のドライブレコーダーではない)。このデータは、安価なブルートゥースデバイスからスマートホーンにcsvファイルとして記録することができる。下にその記録の一例を示す。これは走行中、3秒毎に記録された各種データの内、アクセル踏み込み率、エンジン出力を示スロットル開口率及び走行速度の関係をグラフに描いたものである。

自動巡行速度設定中(60km/h設定時)グラフの前半ではアクセルペダルペダルを踏み込む必要がなく足をペダルから離しての走行中の場合で、スロットルが自動的に開閉し走行速度を設定値に保っていることが分かる。ブレーキを踏むことで自動設定が外れ速度を落とすことが出来る。後半の35km/h以下ではアクセルを踏んで加速、惰行走行で減速、ブレーキで停止など旧来の人的運転の走行状態を示す。

走行中先行車がいれば、車速に応じて自動的に車間時間(2秒ないし5秒)を保って走行する、したがって追突のする心配はない。走行速度80km/h以下であれば前方に歩行者や自転車など又は障害物を検知すれば自動で急ブレーキが働き停止動作をする。

上記は、現在すでに市販されている乗用車の安全設備の実例で、オプション価格20万円以下で装備できる。

ブレーキとアクセルの踏み違いは高齢者に限ったことではなく、こんな危険な車が容認されていること自体が罪悪であろう。

上記のデータは、ビジョンゼロの発祥地(人間が運転する以上事故を皆無にできないという科学的事実に基づいた安全認識)スウェーデンのボルボ2013 V40 T4 セーフティーパッケージ付きの車の市販車の場合である。この車はさらに歩行者保護用のエアーバッグも装備している。OBD2で記録されたエクセルファイルの一例を示す。

21日神戸市のバス事故のメディア記事を見ての補足。 

アクセルを踏みこみ続けたか、アクセルは踏んでいないがスロットルが開いたままなのか、その他の電子制御装置または制御プログラムの誤りによる誤動作でエンジンが暴走したか?電波雑音の妨害などこの種の原因の専門の事故調査専門機関が無い日本の現状は、事故現場での聞き込み調査、運転手の年齢・持病など警官の思い込み、証拠は ブレーキ痕や 防犯カメラ、偶然撮られた動画などの取集だけ。これは、運転者の過失を起訴するための事故調査であり事故原因調査にはなっていないことを実感した。また、運転者の病歴など事故の因果関係が医学的に根拠不明のまま公表するなど、重大な人権侵害。警察やメディア、先進社会ではありえない未熟さを露呈している。

現代の電子制御装置の装備された車、運転者の過失を回避するための安産装備や航空機と同様の運転データ記録装置(ブラックボックス)を義務付けることは容易であり、コストも低価格の車両価格の十分の一以下で出来るはず。事故防止や車両の欠陥の調査には欠かせない。

交通事故死傷者の報告規準の必要性 

2019/04/17

深刻な交通事故死傷者の報告

IRTAD、ポリシーインサイト、 

2011年12月1日

  • 道路事故による死傷者の総合的な全体像は、道路事故の影響を全体的に評価し、経過状況を監視することが必要です。
  • 傷害情報は致命的な衝突に関する情報を充実し、衝突事故をより完全に把握するのに必要であります。怪我に関する情報は国際比較のためにより重要になるはずです。
  • 警察のデータは、交通事故統計の主要な情報源であることは確かです。ただし、問題が過少報告され、バイアスがある可能性があるため(たとえば、車種別の報告率が異なるなど)、警察のデータは病院のデータで補完されるべきです。これは次に有用な情報源です。
  • 幾つかの国では利用可能な病院の救急部か​​らのデータが得られ、その場合、定期的に監視されるべきであり、それらが道路の犠牲者にもっと光明を当てるかもしれないかどうか決定するために調査されるべきです。
  • 怪我の重症度の評価は、事故現場で警察官によってではなく、医療専門家によって行われるべきです。
  • ICD国際疾病分類を使用して(道路交通)傷害を体系的に分類し、重症度を短縮略傷害尺度(AIS)または最大短縮傷害(MAIS)などの指標で評価するために、医療スタッフは訓練されるべきです。この情報は – 個人情報なしで – 統計目的、政策立案および研究のために容易に利用可能にされるべきです。
  • 警察のデータや病院のデータ以外にも、他のデータソースが利用可能です。これらは単独では価値が限られており、警察や病院のデータを置き換えることはできませんが、よりバランスのとれた包括的な全体像を構築し、主なデータソースを充実させ、品質チェックとして使用できます。
  • データをリンクするために、一意の個人識別子が利用できる場合は決定論的方法が好ましいが、そうでなければ、統計的方法が良い代替案です。
  • capture-recapture method(捕獲 – 再捕獲法を使用するのに必要とされる6つの仮定?)は慎重に考慮されなければならない。警察と病院のデータをリンクすることと組み合わせてこの方法を使用することは、道路の死傷者のより完全な全体像を与えるために適切かもしれません。
  • 国際的に合意された「重大な」傷害の定義を決めることは、安全性研究コミュニティが道路事故の結果をよりよく理解し、進歩を評価するのに役立ちます。既存の知識と慣行を踏まえて、IRTADは、最大の略傷害尺度で(レベル3以上)評価された傷害を持つ人、すなわち「MAIS3 +」として「重傷を負った道路上の死傷者」を定義することを提案します。

私の感慨

日本で、は交通事故の犯罪性を摘発する警察のバイアスがかかったデータだけが唯一の判断基準であり、交通安全政策の起案は警察庁の当然の業務のように思われ、素朴な思い込みが交通法制の根拠になっている感がある。