英雄 吉田昌郎 元東京電力福島第一原子力発電所長の死を悼む
福島原発の危機を適格な判断と決断により最小限に押さえ込み、災害を最小限とどめた英雄。所属組織上の職務違犯だけでなく、自分の生死までかけて守った科学者としての吉田所長。
でも、「英雄」は日本人の感覚には合わない。
氏に感謝し後世に伝える ”吉田記念放射線防災研究所” を民間の寄付で作ってはどうだろうか。
福島原発事故では「死者は一人もない」、「吉田元所長の癌は放射線の影響ではない」。聞きかじりの狭義の知識をひけらかし、本質を把握できない知性の低い主力政治家、大手メディア。
精神的・肉体的過労が免疫力の低下につながり、発病を早める可能性がることはわかっている。福島原発災害がなかったら、死ななくてもよかった人がどれだけいたかの想いがない人々。
直接放射線が遺伝子などを破壊する物理的障害で短期間に死に至らなければ、因果関係のある放射線被害ではないと云ってはばからない行政。
東電福島原発をはじめすべての原発危機の最大の原因は、こんな程度の知識レベルの政府の最高権力者や原発を管理する電力会社の権力構造こそが最大の危機要因である。
「東電福島原発事故」、政府の用語もメディアの表現も”事故”で統一されているが、事故で被害が出れば、事故を起こした個人や組織は、当然刑事的責任を追及され責任者は起訴され、処罰の対象になるはずであある。
責任者を追求しない今回の東電事故、事故ではなく災害というべきであろう。
メディアは、ニュースや記事の内容により、”事故”一辺倒でなく、”危機”、”災害”、”被害”等使い分けなするのが日本語だと思うが。
東京電力は、事件発生直後、作業員の内部被ばく線量計が足りず数か月後しか測定できなかったという。しかし内部被曝く線量算定には測定時点以後の値のみを用いていた。
厚生労働省は475人の被ばく線量を修正しうち452人が過少記録であったという(朝日新聞6日)。原発を管理する科学技術集団の東京電力、これは単なる誤りではなく確信的犯罪行為である。
放射線物理学だけでなく気象学、生理学の知識を総合すればホールボディーカウンターでの測定時期にかかわらず、被災初期からの被ばく量は、かなり正確に(誤差範囲を明記して)推定できる。これを証拠不十分として加算しないのは犯罪弁護士の発想としか思われない。
理科好きの中学生でもわかる科学知識もない東電幹部組織が原発を運営しているとみるべきか、犯罪に問われない言い訳を考える能力に長けた顧問弁護士の入知恵か? いずれにしても恐怖を禁じ得ない。
このことは東電に限らず、政府機関でも同様で、放射線危機当時、新聞に公表されていた文科省の積算放射線量はやはり測定が始まった時点からの積算値であった。 https://spaceglow.wordpress.com/2011/06/19/非科学的な文科省の放射線量積算データ%e3%80%80原子力/
東京電力が無責任組織であるルーツを示す証拠の一例。 https://spaceglow.wordpress.com/2011/10/04/4つの約束:%e3%80%80第一の約束:情報公開と透明性の/
https://spaceglow.wordpress.com/2013/02/08/東京電力の虚偽説明%e3%80%80数々の前科のある東京電力/
電子機器とコンピューター制御による安全技術。現在300万円以下で売られているの市販車でも自動車線キーピング装置、加速度センサーのデータ分析による居眠り運転警報装置、走行速度制御ばかりではなく、前方走行車との車間距離を自動で保持する機能、その他車線変更時のブラインドスポットの走行車検知と警告、警告に運転手が反応しなかった場合非常時自動ブレーキング装置などが備わった車がある(VolvoV40)。今回の東名阪の大型観光バスの事故、これが装備されていればガードレールに衝突するほどの蛇行走行は自動的に起こらないばかりか、異常運転を感知して警報を発し停止させることもできたはずである。
高速鉄道でも、運転手一人制を実現するために、運転レバーの握力がなくなった等の運転手の異常状態を検知し停止する装備が備わっているという。オーストラリアの列車事故で急死した運転手の体重が速度維持ペダルにかかり安全装置が働かなかったという事故原因調査のドキュメンタリー映画を見たことがある。今回の事故でも、もし運転手の体重でアクセルペダルを踏みつけるような状態にならないとも限らない。ぞっとする状況である。
高速道路での大型バスやトラックの追突事故や車線変更時の小型車巻き込み事故などが頻発する中、ほとんど完成の域に達したと思われる車載の自動安全装備の義務付けがなされていないのは納得できない。
お決まり行事のように、事故が起こるたびに事業者の家宅捜査と運転手の乗務状態記録を押収し責任者を掘り起し起訴するだけ、多くの場合、事故原因を一番弱い運転手のせいにして原因調査は終了。これでは惨事が繰り返されるだけである。
道路管理者は、不合理でおせっかいな警告標識などに金を使わず、現在の科学技術で開発済みの安全装備を義務付けるなど、合理的な行政が必要であるであることを痛感した事件であった。
道路の標識速度と実勢速度の関係 OECD各国のデータ
日本の道路の標識ポストに書かれている速度標識は道路の実情に合わせた運転者の安全情報としてではなく、道路の管理区分で決められた規制速度であることは以前のブログに書いたとおりである。https://spaceglow.wordpress.com/2013/03/24/安全運転のための道路情報になっていない速度制/、
世界の実情はどうであろうか。OECDのデータベースに発表している国の状況を下表にまとめてみた。各欄の表示は、分子は実勢速度と規制速度との差を規制速度に対する%比であらわしたもの、分母は規制速度である。
住宅地のデータを発表しているのはベルギーだけであるが30km/hに対し超過速度が8%、市街地では、各国とも50km/h制限に対し最高10%(5km/h)超過、郊外一般道路では、70~80km/hに対しー3~+5%(4km/h以下)、自動車道では100km/h~130km/hに対し-5%~+4%(5km/h以下)となっていて、非常に速度標識と実勢速度との乖離は少ない。
これを見て、日本人は運転マナーが悪いといいたい人もいるだろうがちょっと違うように思う。
一般に、道路の速度制限を設定するに当たり、その道路環境での走行実態を測り、約80%の車の走行速度の最高値(80パーセンタイル)に近い速度で決めているといわれている。言い換えれば多くの運転経験者が妥当だと同感できる制限速度であるといえる。
このようにして制定された制限速度は、郊外の一般道では80km/h~90km/hが普通であり、速度の速い自動車道では、一般に110km/h~130km/h、普通の運転者にとって納得できる制限速度であるとともに、この速度では通り抜けられないカーブや、学校、遊園地、居住地域ではその手前に減速を指示する予告標識があり、標識は運転者の安全情報としての機能をしている。
日本では、実勢速度が規制速度を上回っていることを前提に低めに設定されていて、大多数の運転者を犯罪者扱いにした権力構造になっている。
先に書いたように日本の道路標識は道路管理単位での標識であり、道路の現場の状態とは関係なく、強いて言えば、急カーブとかカーブがきつい、といった漠然とした標識があることもあるが、それらは事故になっても道路管理者の責任にならない範囲での注意情報である。
私は、オランダとドレスデンの郊外道路でスピードカメラに掛り10%ちょっとのスピードオーバーで罰金を科せられたことがある。ヨーロッパでは、いろいろな国からの車が交雑して走行している。交通法規も州や国によって異なり、運転環境も日本のように一様ではない。スピードカメラ監視システムは人々が地域によって異なる標識に対する注意を喚起し、交通安全システムとして機能していると思う。
無事に巣立った6兄弟
先行車との時間間隔を基準に自動走行する追突回避機能の状況
下の映像は、Volvo V40 に装備されている アダプティブ・クルーズ・コントロールを設定して自動走行をしているときの様子である。
上の映像は分解能が悪いが、走行中の様子を写したしたもので、先行車との間隔の様子、追い越し禁止分離マーク、前方に速度規制標識が見える。
下の映像は、この走行時の液晶メーターパネルの表示である。スピードメーター右側の二つの赤丸は、追い越し禁止と制限速度を自動的に読み取った結果の表示、中央下の道路マークは、先行車と自車の間隔を時間マーク(横線)で示している、この時の設定では1.5秒である。
右下の小さなマークは自動追尾システム(アダプティブクルーズコントロール)が働いているときの表示(緑色)で、この場合、自動走行が可能な状態であることを示している。アクセルやブレーキペダルから足を離して走行出来る。
スピードメーターは60km/hのを示しているが、これはクルーズ速度設定が法定速度でなく、65km/hの状態にしていたので先行車の走行速度60km/hに追随していることを示す。
先行車が速度を落とせば1.5秒の時間間隔になるよう自動的にブレーキをかけ速度を落とす。ただし、飛行機のオートパイロットと同様、運転者がブレーキやアクセルに介入するとこの機能は解除されるので注意が必要である。ただし、低速用衝突回避システムは常に働いているので、解除されていても車間間隔が設定時間を切ると警報が表示されるとともに、運転者がそれに対応しなければ自動急ブレーキが作動し4km/h-15km/hであれば追突を回避できるという。
以上は、車が届いてから2週間、各種走行テストした一例である。
これまで育ったツバメの子 我が家の車庫で 夫婦で休みなく餌を運んでいる
我が家にやってきた Volvo V40 T4
十数年乗った車が車検を迎え大幅な部品交換が必要となったのを機会に電子機器による運転補助機能を備えた車を探すことにした。
前にこのブログに書いたように、日本では歩行者事故の死者が全交通事故死者の35%以上にもなる現状、これは世界的に見て異常な高率である。その原因は、自動車運転の経験のない高齢者が交通を歩行や自転車に頼っている人口が多いためであることが統計分析でわかっている。
次に多いのが追突、車間距離(時間)を取らない運転、前車の減速を1秒以内に認識しなければ追突の恐れがある市街地での運転習慣。
現在の電子機器の技術では、これらの危険な状況を検知し自動的に回避する補助機能を装備することは難しいことではない。
人間はミスを犯す存在であるという基本認識から設計されている航空機の安全性は年々格段に進歩している。それに比べ、すべて運転者の注意義務で守られている自動車の安全。特に日本では運転ミスは犯罪行為として処罰される。
車を受け取ってから2週間、半自動運転に少し慣れてきた。
原爆規模の放射線障害でなければ問題ないと云いたいのだろうか
一般人が、放射線被ばくで直接死亡する放射能災害はどんなものか。人類が歴史上原子爆弾による被ばく以外には経験したことのない危機的状態である。確か、チェルノブイリで急性放射線障害で死亡したのは、崩壊した原子炉の冷却作業で活躍した消防関係の作業員だけだったと記憶している。
自民党の高市政調会長の認識、広島・長崎の原爆被害に匹敵する規模の原子炉事故でなければ安全といいたいのだろうか? まさかそうではなく、ただ無知なだけであろう。
東京電力福島原発の危機発生直後、政府のスポークスマンであった枝野弁護士から何度 「ただちに傷害が起こる放射能強度ではありません」 と聞かされたことか。
科学的思考訓練や知識のない政治権力者の無能ぶりの証拠となるこれらの発言、こんな権力体制で運営されている原子力発電事業。
証明されたのは、官・民を問わず、科学的思考力のない不適格権力組織にごり押しされ、運営されている原子力管理の危機である。
今回の原子炉危機は、科学技術的な問題ではなく、管理運営体制の危機であると断言できるがどうだろう。
いくら規制や法律を強化しても、権力の圧力を受けると、それらに抵触しない言い訳を編み出すことを使命と考える官僚や、事業を企画する会社幹部の管理体制では安全は期待できない。
原子炉管理運営は、政治や会社の営業権力から独立した、科学的に検証できる根拠の透明性を確保した独立組織で運営されるべきである。
遺伝子には特許は認められない アメリカ最高裁
http://jp.wsj.com/article/SB10001424127887323504304578544231626748640.html?mod=WSJJP_NorthAmerica_Latest_Newsアメリカ連邦最高裁判所の判断。
このニュースを見すぐ連想が浮かぶのは、山中伸弥教授のiPS細胞の場合はどうだろう。
判決では、自然に形成された細胞を抽出しただけでは特許の対象にはならない。
人工的に合成された遺伝子(cDNA)は特許の対象になるとの解釈のようだ。
語感だけで考えると、山中教授のiPS細胞は初期化因子の遺伝子を複数導入するということのようで、材料は自然の遺伝子かもしれないが、自然に形成された遺伝子とは違うように思われる。
小さな国の国家予算にも匹敵する特許の利益。この判決が知的財産を巨大禿鷹医療産業に独り占めされないよう守る砦になるだろうか。
現代の、複雑で進化の速い社会では、既存の法律に拘束されず、人権や社会の利益を守ることを本来の使命とする国際的に連携する裁判所が必須であることを実感した。