二つの論文不正疑惑
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二つの論文に表示された画像が加工されたものであるが、あたかも一枚の証拠画像のように扱われていたというものである。
東京大学の場合
記者会見「東京大学分子細胞生物学研究所旧加藤研究室における
論文不正に関する調査
4-3)【別添資料2】科学的な適切性を欠いた画像データの態様の例
http://www.u-tokyo.ac.jp/public/pdf/20131226_04-3_appendix2_jp.pdf
これはどう見ても稚拙な映像の切張であり学部学生の基礎実験レポートでも許されないであろう。一般の啓蒙科学雑誌で説明のため編集者が作った仮想画像だとしても許されるかどうか?
論文を読んでいないのでこの画像が論文の結論にどのようにかかわっているかわからないが、最高教育機関の教授としての資質が欠如していることは明らかである。
理研の場合
小保方論文批判 一事が万事的発想 わかりやすいが 本質を見誤る乱暴な話
この画像では、3列目の映像が他の実験画像から取られたもので、倍率を合わせて一枚の画像のように見せたもので、証拠写真のように扱われていると指摘されたものである。この加工がが論文中で説明されているか、画像に囲み線が挿入されていればこの行為自体は非常識ではない場合があるとの指摘は研究者の意見として上がっている。
科学論文でなく一般社会問題でも、現在のディジタル画像技術は「写真」の証拠能力をなくしてしまったと言える。
研究環境の変化
官僚主導の研究費の配分や人事組織が、権威や研究組織の規模を背景にした力の構造を強め、素人分かりのする成果の迅速な要求が研究者に圧力として働き、それに順応する研究が奨励される。
論文発表の電子化が進み、論文の内容が理解できなくても、文章構造の類似性や、画像の出所、画像処理などディジタル技術を用いて論文構成の欠陥を指摘し公表することが出来るようになった。
これら、科学研究者社会の環境の変化が多様な問題を提起している事件の一例であろう。
われわれ市民が恐れているのは外の敵より現政権であることの証拠が日増しに見えてくる今日。
公明党の皆さん、自民党に妥協することは、1994年村山政権による社会党崩壊の二の舞にならないよう意思を堅固に。
東日本大震災とそれに続く東京電力福島原発災害にも整然と対応した日本国民。世界に驚異の目で評価されている日本国民。現政権の思惑には簡単に騙されないことを知るべきであろう。
誇大妄想の悪夢でなければよいが!
憲法解釈の変更による集団的自衛権行使、地方の自民党支持者でさえ集団的自衛権行使容認を急ぐ安倍政権に対する不信決議。
国会議員でも積極賛成派は、将来、首相や防衛大臣が回ってきそうな中枢議員だけのように見える。愛国心を利用した絶対権力の獲得は政治家にとっては最大の誘惑であろう。
これが自民党支持政治家の中で中央政権の国会議員だけが浮き上がっている証拠であろう。
危険な速度狩り
偶然見つけた警察の危険極まりないスピード狩り。どう見ても交通安全期間の安全喚起事業とは思えない。
速度違反をしている何十台に一台にも満たない車を摘発するために、交通の流れを止め追突の危険を誘発する行為。速度違反者が起こすであろう事故の確率よりこの行為による危険の方が確実に大きいことは事故原因の統計的な理解があれば明らかである。警察権力の言い分は「どんな事態に直面しても運転者は安全に停止する義務がある」と、人命を危険にしてまで法律を守ることが重要だとの言い分であろうか。
統計的分析では、速度違反者が起こす事故確率より、車間距離不足による追突事故のほうが圧倒的に多い。後で示すように、この画像から分析した車間距離は欧米先進国の基準に比べて非常識なほど短い。しかしこの画像では車間距離に関しては警察官はこれには全く無関心である。
2014/04/14 に公開、 画像の下左端の▶をクリックするとヴィデオが起動します。
オリジナルビデオの説明
>「2014春の全国交通安全運動」最終日の2014年4月15日早朝、国道17号・新大宮バイパス上り線与野公園入口でのスピード違反取締りの様子です。ここは普段良く通る道ですがスピード違反の取り締まりは初めて見ました。早朝散歩をされている地元の方にお聞きしたところ最近になって取締りをするようになったとのことでした。>
この映像を用いて安全性の分析をしてみた。幸い早朝のため、車の影が道路と直角にはっきり伸びていて遠方でもかなり正確に位置を判定できた。
分析法: 車線境界線の白線+間隔の合計距離15m(一般道路規格)のサイクル数n、左右二枚の映像の時間間隔t秒として。
車間距離(m)=15× n
秒速(m/s)=(15×n)/t , 時速(km/h)=秒速×3.6
左右画像の時間間隔8秒
高速車線の乗用車の走行速度=85km/h ±5km/h
中央車線のトラックの走行速度=54km/h±5km/h
植え込み側の警官が飛び出す瞬間のトラックとの距離 約30m、この場合トラックは違反対象車でないので停止せず通過した。
分離帯側の警官が違反車を止めるために飛び出す直前の対象車との距離90m、対象車が時速80~100km/hで走行中の場合、停止距離80~110m(警察庁教本による)。これは道路安全管理の義務違反ではないだろうか。このヴィデオでは対象車は幸い警官の直前で停止した。
この道路で、摘発対象にならない車の走行速度を計ってみた。高速車線の乗用車、中央車線の自衛隊の車ともに54km/h±5km/h、
下の2枚の画像は、平均的走行車の車間距離を見るための瞬間をとらえたもので、走行速度は、上記の結果から50~60km/hとみられる。最も短い車間距離は車線境界マーク1サイクル分15m、前車との車間を時間間隔に直してみると1秒程度、これは明らかに危険走行であり、道路交通法違反であるにもかかわらず警官は無関心に見える。
日頃仕事のために、事故のリスクを抱えながら運転している皆さん。こんな危険な警察の点取り行為、どう思われますか?
男性が公の場で女性に深々と頭を下げるシーン。これがニュースになる現代の東京の文化?
男性が公の場で女性に深々と頭を下げるニュース映像
これを見る人々にとって思いは様々だろう。しかしこれがトップニュースになる東京の文化レベルは悲しい。
政治家ばかりでなく、行政のトップ、公益法人の経営者、頭を下げるシーン、事件の度毎に見せられるニュース映像。
メディアは、偉い人が庶民に頭を下げることがそれほど重大ニュースと認識しているのであろうか。スキャンダラスのニュースの度に、偉い人たちが並んで頭をを下げるシーン。それでメディアの使命は終わったかの様。
頭を下げる偉い人にとっては、その屈辱の代償は償いに値するとの認識かもしれないが、我々はそれを見て何の価値も感じない。謝ることは実質的な償いを伴って初めて成立する。
下のグラフは2002年当時の三つの高齢化段階の5歳年齢群の人が、年次進行とともに高齢化集団に移行する統計データを追跡して事故率の動向を見たものである。
明らかな傾向として、2002年当時70~79歳の高齢層のグループの10年減少率は87%減に対し、当時60~64歳の減少率は67%と大きい。
2002年当時70歳以上の運転免許保有者は人口の20%程度であったのに対し60~69歳では50%を超えていた。免許保有者の中で職業運転手であった人の割合がわからないが。いずれにしても2000年時点では、年齢区分による運転歴の違いがあることは想像され一概に比較はできない。
2002年60歳代の人たちは、マイカー運転者に限ってみると、本格化した1980年代40歳代、運転歴20年。70歳代では50歳で免許取得ということになる。
これだけのデータでは原因はわからないが、新しい運転者世代が高齢になるに従い事故率が加速的に減少する好ましい結果ではある。
eStat 政府統計の総合窓口 平成24年中の交通事故の発生状況 運免年p22. より。
追記 同日18:46
上記のグラフで2012年の棒グラフだけを取り出して見ると、85歳以上の高齢者は極端に事故を起こしやすいように見えるが、本文で言及したように、この三つの年齢層の母集団の内容(運転経歴等)が違うのでこのグラフだけで判断するのは明らかに誤りであることが分かる。
運転免許保有率の違いによる交通手段別事故死者の内訳
65歳以上の高齢者の交通手段別事故死者の割合を運転免許の保有率に大きな違いがある男女別の統計表から分析してみた。
下のグラフは
第16回 交通事故・調査分析研究発表会プログラム 交通事故総合分析センター
http://www.itarda.or.jp/ws/pdf/h25/16_ppt.pdf
1 ⾼齢者の交通事故 -序- ITARDA 研究部⻑ ⼭⽥晴利 の 16,17ページの図から読み取って描いたものである。
現在の65歳以上の運転免許保有率は男女に大きな開きがあり男性が70%弱に対し女性は20%強である。
これにより利用する交通手段による交通事故死率の形態別の違いを推定してみた。
① 自動車乗車中(運転中も含む)の事故死者率は男女とも大差が見られない。
② 歩行中の死者率は女性の場合全事故死者率の70%と男性30%に比べ2倍以上である。
③ 歩行と自転車利用の場合男女の差は縮まっているが、これは男性の自転車利用が多いためである。
これには、男女の性格の違いや平均年齢の差などの要素が除外されていないので、この目的での分析は正確さに欠けるが、運転できない人の利用している交通手段がいかに危険であるかということは確かであろう。
運転免許保有者は自動車利用が多いはずであるが乗車中の事故死者の割合は非保有車(同乗中)よりわずか多いだけである。
「高齢者の運転免許基準を高くすることは歩行を増やし、かえって交通事故死者を増やす」ヨーロッパでのケーススタディイーの結果と同様である。
「自動車乗車中はイギリスよりも安全、歩行中・自転車乗用中は他の主要国に較べて危険」
総理 靖国神社に参りたがるのはなぜ?
靖国神社は 開戦(参戦)責任者の免罪符?
政府の命令を受け戦場で死亡した者を神格化し、尊い犠牲者として祀ることにより命令権者の責任が必然的にあいまいになる。誤った戦争の犠牲者と云おうものなら、神を冒涜するかと罵倒し、戦争責任の追及を不可能にする力になって来たと言えないだろうか?
これは、靖国神社の祭神と言われる神々の生前の構成を見て感じたこと。
幕末から明治維新にかけて功のあった志士に始まり1853年(嘉永6年)のペリー来航(所謂「黒船来航」)以降の日本の国内外の事変・戦争等、国事に殉じた軍人、軍属等の戦没者を「英霊」と称して祀り、その柱数(柱(はしら)は神を数える単位)
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ウィキペディア より 5月2014
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%96%E5%9B%BD%E7%A5%9E%E7%A4%BE
直近の歴史を見る時、多大の人命と資産を失った結果、戦争目的「人権・自由・民主政治」一つでも成就したであろうか。
参戦国は、時の最高政権者の無責任な決断により国民の税金と若者の生命を奪っただけ。
三つの戦争の参戦国の数
朝鮮戦争: 16ヶ国
ベトナム戦争: 6ヶ国
イラク戦争: 4ヶ国
じり貧になってきた多国籍軍参戦国。
自衛という名の参戦権、失うもののほうが大きい証拠であろう。
参戦権: ここにきて、国際社会で日本の政権の存在感を示すチャンスというのだろうか?
現政権そして将来の政権、日本の国益にならない戦争への参加を断固として拒否できる見識と勇気を持つ政権の出現とその存続が確信出来るまでこれはお預けにしよう。
憲法九条だけがわれわれの防衛手段 自衛と無関係な戦争に参加した国々を見て
集団的自衛権 政権首脳の存在感を増すための権利
時の政権トップの愛国心を鼓舞した勇ましい決断の代償として、納得がいかないままに戦場に駆り出される若者、肉体的な死傷ばかりでなく精神的なダメージで社会復帰できない人たちも。
直近のの歴史、朝鮮戦争、ベトナム戦争そしてイラク戦争だけを見ても、人々にとって災害以外に何か達成したことがあっただろうか?
憲法九条だけがわれわれの防衛手段 自衛と無関係な戦争に参加した国々を見て
武力を使わず再統一を果たしたドイツ民族の忍耐力 東西分断から45年かけて
参考資料 川原 茂雄 さんの記事より
ジョン・ダワーMIT名誉教授(『敗北を抱きしめて』著者)のインタビュー記事(共同通信)です。升永さんのタイムラインからのシェアです。
https://www.facebook.com/shigeo.kawahara/posts/621512201267067