交通事故死 日本の現状
政府統計の窓口2015年より
交通事故統計(平成27年11月末)
今回は
コメントなしで投稿することにした。
日本では 高齢運転免許保有者増の結果 交通事故死亡件数は減少した
「交通事故の20年」竹本 崇, 交通事故総合分析センター 平成27年3月発表の論文より
file:///C:/Users/ichik_000/Downloads/26-04.pdf
この論文は、交通死傷事故数に対する各種要因の重回帰分析手法にによる統計分析の結果の報告で、いくつかの説明モデルを構築して、説明変数(代理変数等)を用いて今後(2025年)までの予測死亡件数を推定することを目的としたものである。
ここでは、別の視点から、この論文で用いられたデータ(付録③ 死亡事故件数説明モデルの検証結果一覧表のデータを用いてグラフ化してみた。
以下の分析では、2000年より2012年までの各種データが年変動をしていることを利用たものであり、時系列の変動要因の効果は無視したものである。
下のグラフは、実測データによる相関図で、2000年から2012年までの高齢者の人口比と死亡事故件数との相関を示したものであり、理由はともあれ社会的事実である。
高齢者増に伴って交通事故が激増しているという事実は全くなく「嘘」であることが分かる。
この論文では、死亡事故件数の原因を説明するための効果的な変数とそれを組み合わせたいくつかのモデルについて予測値(数式による近似値)を用いて事故原因を分析している。
私は、この論文のモデル式に用いられた説明変数実測値を参照して高齢者人口増に対する死亡件数の実測値を調べてみた。
下のグラフは、この論文で用いられた説明変数の実測値の年次変化を2000年の値を基準にして指数化し描いたものである。
これで分かることは、高齢者人口増だけが例外で他の変数はほぼ並行してわずかに年次減少を示している。
高齢者人口増が全体の死亡事故件数の減少に対し、何が原因しているかを見るために、2000年からの12年間の高齢者人口増と、運転免許を持っていない人口数との関係を調べてみた。運転免許保持者が高齢化していくに従い日本全体の免許の非保有率が減少しているという単純な事実が分かる。
運転免許保有率が高まる効果が交通事故死亡件数を減らしているのでは?
これを確かめるために、説明変数の運転免許 非保有者率に対する死亡事故件数の関係をフラフにしたものが下図である。
明らかに強い正の相関を示している。
これは何かの間違い、常識では承服できなという疑問を持つ人も多いと思う。
この疑問を解くための説明変数として、走行台キロメートルを見てみると、高齢人口比が増加するにしたがい、社会全体の平均で見ると車一台当たりの走行距離が短くなっていることが分かる。
これは、高齢者は生活のため、または社会活動や生活の質を保ち、通院など保健上の必要から運転しているのであって、年間運転距離が少なく、夜間、天候の悪い危険な状況での運転を避けているためといえる。
日本の交通の現状を時系列で見ると、高齢者人口の増加とともに運転免許保持者が増加し平均の一人当たりの運転距離が減少していることが、結果として死傷事故率の減少になっていると解釈されよう。
残念なことに、
日本では、自動車先進国中際立って歩行者事故死者率が高い重大な事故原因にもかかわらず無視されていることである。
この論文に関するわたくしの最大の疑問は、歩行者数(自転車利用者数)がなぜ説明変数として採用されていないかということである。
一方、交通法令違反が取り上げられているが、これは根拠が非科学的で合理性を欠いていると思う。
以上の話とは別だが、社会的現象として以下のような現実がある。
これは高齢化が進むに従い世帯当たりの人数が減る、言い換えれば若い同居家族の交通支援が得られない、高齢者自身での移動が必要である割合が増えていることである。
これらの人たちにとって、自動車運転は最も安全な移動手段でることに注目すべきである。
一般道路での高齢者の歩行や(自転車利用)を必要としない社会構造を構築することが日本の死亡交通事故を減少させることに不可欠と思う。
いずれにしても、交通事故のデータを収集している警察庁が、このような事実を知らないはずはなく、高齢者増やそれに伴う歩行者(自転車利用者)増を無視し、高齢者の交通事故死者数だけを取り上げて「激増」と発表し、これと無関係な高齢運転自体が罪悪のように見せかける広報をしている根拠が分からない。
付録③ 参照したデータ
長い下り坂でブレーキが効かなくなった大型トラックの為に設けられた退避場
アイダホ州を南北に貫く動脈95号線 北から南に向かう途中、谷底の町ルーストン(Lewiston)に下る長大な坂道がある。南行きでは下り坂道が続く。急カーブに差し掛かる手前、ブレーキが利かなくなったトラックが重力で泊まれるよう上り坂の行き止まり側線が設けられている。
下の写真はこの避難側線の入り口標識とその個所の地形写真。
最後の下り、市街地に入る前にも。
この地形は、下に見られるように、川が削った峡谷とみられる崖に作った道路である。
下端がLewistonの町、川はアイダホ州では美しいClearwater River,すぐ西側のワシントン州ではSnake Riverと呼ばれている峡谷に続く川である。何れもグーグルストリートより。
この道路は私には懐かしい所である。アイダホ大学に居た1967年当時、こんな立派な道路ではなく、片側1車線、双方向で曲率はもっと激しかったように思う。当時でも物流の大型トラックが多く、下り車線で曲がり切れず転落死亡事故が多いと聞いていた。
長野県で起きたスキーバス事故、原因はわからないが、必ずしも運転手の過失だけではなく、道路管理者の責任も追及すべきであろう。特に夜間の道路標識のあり方には問題がある。
空港での飛行機事故では、パイロットや管制官の人為的過失の追及だけでけでなく、空港設備、標識の適正や安全管理も厳しく追及され改善命令が出される。それが現在の最も安全な交通機関となった成果である。
恐怖にうったえる説得 警察の交通政策
恐怖に訴える論説得手段としての利用
「恐怖に訴える論証」は、説得の手段としてマーケティングや社会政策によく使われている。恐怖は人の態度や考え方を変化させる有効な手段であり、動機付けと恐怖のメッセージを処理する能力によって効果に差がある[3]。恐怖の例として、村八分、職を失うこと[4]、喫煙によってガンになること、自動車を運転していて事故に巻き込まれること、などがある。
ウィキペディア
今はどうか知らないが1950年代東京の交番の前、本日の交通事故死者?名の立て札が目についた。こんな半世紀以上も前から続く手法、その効果の検証を示すデータも研究もなく、このような広報手段に相変わらず税金が使われ、それが高価なハイテク化に進化した?
かえって気が弱い運転者をナーバス(ナーバスドライバー)にする広報。わたくしの知るかぎり、自動車交通先進国でこのような”おぞましい”交通標識を見たことがない。
世界一になった日本の運転者の自動車交通安全率、警察庁や地方公安委員会は日本の一般運転者に敬意を払うべきである。
上から目線で注意する権力におぼれた組織、理性と常識を持つべきであり、これこそ税金の無駄使いを返上すべきであろう。
spaceglow.wordpress.com/2016/01/04/すでに達成していた世界一位
区間スピード標識のいろいろ アメリカ
ハワイ州 マウイ島北東海岸道路の路線での区間標識。基本的には45M.P.H.(72km/h)道路か?
滑りやすい、道幅狭し、速度落せ、カーブが急といった漠然とした責任逃れの注意標識でなく、道路管理者の判断で適正スピードを表示しているいくつかの例。
注意情報の書かれたひし形の下の数字は速度M.P.H.
10は 制限速度16km/h, 日本でこんな遅い速度標識はあるだろうか?
特に夜間この標識は非常に助かることは言うに及ばない。
これを見て、警察庁の役人根性では、権力側がわざと責任を負う馬鹿な行為と云う声が聞こえてきそうだ。
上は日本に無い標識 ”ゆずれ” 注意書き 「対向車に道を譲れ」の標識と停止マーク。
平均速度と事故率との関係 ソロモンカーブ
オースト―ラリア アデレード大学の研究 Road Accident Research Unit Adelaide University
Travelling Speed and the Risk of Crash Involvement on Rural Roads より引用。
http://casr.adelaide.edu.au/ruralspeed/RURALSPEED.PDF
これはある道路の多数の車の平均速度と衝突事故の遭遇率を描いたもので ソロモンカーブ(David Solomon 1964に発表)といわれるグラフである。
事故確率が最低になる値は平均速度より速く、昼間で約5~10M.P.H.(8km/h-16km/h)としている。
下の走行速度の度数グラフは、韮崎から清里方面40km余りの規制速度50km/h道路で旅行中記録したものである。晴天の午後、渋滞はないが殆ど先行車に追随している場合で、仮にこれを実勢速度とみなすと平均速度54~55km/h、速度分布の最大区間と一致する。これは規制速度(黄色)より5km/hほど早いことになる。
この道路区間では、通過距離の割合はそれほど多くないが、何か所か商業圏住居地域を通過するので厳密にはソロモンカーブは適用できないが、一応最も安全な走行速度は55~63km/hと推定される。
最も安全な走行速度を法規違反にしないためには法定速度を60km/hにすべき(85パーセンタイル速度62~63km/h、赤色バー)ともいえる。
道路状況を無視して路線で一律に決める道路速度規制は安全には無関係であるといえる。
私の経験では、このような整備された道路では、アメリカやカナダあるいはヨーロッパでは路線自体の規制速度80~90km/hが普通で、村など居住地を通過する場合、入り口300mぐらい手前から段階的に減速させるよう速度標識が立っていて50~60km/hに減速させるのが普通である。
下の表のように、警察庁は規制速度を変更し始めたのを機会に、規制速度と実勢速度の関係や事故率の科学的分析をを公表すべきであるがそのようなものを見たこともないし、データの公表もされていないので研究機関の論文も見たことがない。
これは、大勢の運転者が規制速度違反をしていることを知りながら放置しているとの批判に耐えられず行ったものと思われる。
区間規制という概念も取り入れているようだが、道路管理者の法的責任義務として制定されたとも思えない。日本のように路線番号に付随して一律に規制速度を設定する不合理な規制はいまだに変更されていないように見える。
現在、危険な区間での速度数値規制標識が皆無であると云う確信はないが、あったりなっかとりで道路管理者の責任が制度化されていないことこそが不条理である。
規制速度の決まり方 明らかに安全速度ではなく道路の属性としてである 言い換えれば罰則基準
https://www.npa.go.jp/koutsuu/kikaku/regulation_wg/1/siryou4.pdf
これで分かるように日本の道路速度標識はドライバーに対する安全走行速度標識ではない。道路の形態によって決めた路線の属性である。
これに当てはまらないカーブには速度注意の標識、あるいは路面に楔マークが幾重にも書かれているだけ、ドライバーに必要な安全速度は書かれていない。道路標識の欠陥事故はすべてドライバーの過失として処理できるようになっている。
以下に私の車のOBD2データ記録から分析してみた一例を書いてみる。
上の地図は、何れも走行速度分布と累積頻度、規制速度と85パーセンタイル速度等について分析した路線図である。
信号停止などを除いた時速20キロメートル以上で走行できている場合についての統計値である。
下のグラフの場合は、ごく一部を除き規制速度50km/hの路線である。
黄色は規制速度、赤色は85パーセンタイル速度。
上は清里ラインと銘打ったよく整備された美しいところが多い道路で、私が走行した時間帯は渋滞もなく正常に走行できた。クルーズ速度を75km/hに設定していたが、先行車があり65km/h以上の頻度はごくわずかである。このことからこの道路での85パーセンタイル速度は62km/h程度と見てよいだろう。だだし晴天の午後、乾いた道路の場合である。
このグラフから、実勢速度は規制速度の12km/h増と見られる。
下は、ほぼ全路線40km/h規制の場合である。
この場合は、険しい下り坂の山道、平地に入ってからは道の両側が商業兼住宅地となっていて脇道があり、歩道も整備されていない危険な道路が続く場合であり車もかなり混みあっていた。
実勢速度は規制速度の18km/hプラス。
何れの場合も 2表の警察庁交通局のモデル推定値より開きは大きい。
危険な道路の方が実勢速度と規制速度の開きは大きいと云える。この結果だけで結論とするのは無理であるが、実情を無視し、全国一律に路線毎に決める速度規制が安全情報として不合理であり、運転者に無視されることの一因では?
もう一つ、警察の速度狩りが安全で走りやすい道路で行われ、このような道路では、運転者が速度超過に敏感なことも一因では。
道路の法定速度 道路の属性であり安全速度ではない 安全はどんな場合も運転者の責任である
軽井沢のバス事故から連想して私の運転記録から山岳道路の標識と安全の関係を分析してみた。
長野県の国道141号線の場合。
A
B
C 何れもグーグルストリートより。
この区間の法定速度は全線40km/hと表示されている。しかし下の走行記録で見ると私には法定速度ギリギリかそれ以下でなけれは走れなかった個所が何か所かあった。写真で見るように路面は乾燥していて私の車は普通乗用車である。Cの箇所の場合は、車列の先頭が大形貨物車であり25km/hにまで下げて走行していたからである。
この下り坂道は4分ほどの時間距離であるが、写真Aの先、13:56:20秒からの走行速度の度数分布と、累積分布をグラフにしたのが下図である。
法定速度40km/hでは走れなかった場合の累積度数が25%、実に坂道全体の四分の一であった。それでも速度表示は全線40km/hと変わらず、ただ漠然とした注意、速度落とせとか路面に楔マーくあるだけで運転者に対する具体的な安全速度情報は無い。
私の運転では、この坂道全体での85パーセンタイル速度は52km/h弱であった。
このような場合アメリカやカナダの多くの州では、道路の設計速度で走れない場合は、たとえば上記のような場合、30km/hとか、25km/hといったようにカーブ直前には安全走行速度が表示されている。これにより、夜間初めての道路でも安心して走れる。路面が濡れていたり氷結している場合にも数値を根拠にしてどの程度減速するか判断できる。
この道のように、減速せよ、氷結注意では運転者は適格な判断ができない。
これは、官僚組織の責任回避の代表的な悪知恵、危険の判断は運転者にまかせ、安全な実勢速度(85パーセンタイル程度)で運転しても法定速度より超過すれば有無を言わさず犯罪行為とする。
法定速度は道路の属性であり安全標識ではない、こんな勝手な言い分に我々は慣らされてしまっている。
タイトル 朝日新聞21日朝刊記事より
メディアは警察庁の広報機関ではない。国際見識を持った知的な記事がほしい。
こんな些細な標識の形を言う前に、常識で判断してどうしても理解できない道路信号灯。下の二つの写真を見てください。上は日本、下はロンドン。
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この二つの街路信号、誰が見ても一方通行の道路信号と判断するのが自然である。ところが上の日本の場合は双方向道路の信号。もちろん下は一方通行の場合である。
日本ではなぜ対向車線側にこちらの信号があるのか。道路の一方通行という概念がなかった時代の遺物だろうか? こんな不自然で危険な国際常識では理解されない信号方式。これこそ改定すべきであろう。
今のところ日本への観光客はバスで移動する団体観光客が殆どであろうが、レンターカー移動を考える欧米の個人旅行者には想定外、非常に危険である。
これは日本の自動車交通の国際化が世界で認識された後のことであろうが、まず早急にやらなければならないことは歩行者保護であり、ロンドンにその先例が多い。
バスの観光客も市街地では歩行することになるが、日本はイギリスと同様に近隣諸国は右側通行。車道を横断するとき、歩行者にとって車の来る方向が反対になる。
ロンドンでは下の3枚の写真に見られるように、観光客の多い道路では注意すべき方向を具体的に英語と矢印で歩道上に書いている。特に横断道路の中央を超すと注意する方向が反対側になることを明示的に指示している。
歩行者、車交通量の激しい道路では一気に横断できない工夫もされている。
また、市街地では、車の信号が運転者から見て歩行者や自転車と同一視野に入るよう低い位置にあり大型車に隠れ見落とさないよう、車道を挟むよう両側にある。当然反対車線には錯覚するような信号はない。
信号を管理する警察庁、地方公安委員会、道路交通省のお偉方。公費を使って海外出張しなくてもこのようにグーグルストリートで安全標識の実例を見ることができることを知ってほしい。
道路行政も国際化に伴い、交通管理者は、権力を背景に無理難題をすべて運転者の過失犯罪に押し付けていることに気付くべきであろう。
グーグル・ストリートマップで見る半世紀近く前に住んでいた懐かしい町の今
グーグル・ストリートマップで見る半世紀前に住んでいた懐かしい町、今の姿。
ニューヨーク州立大学に務めていた当時住んでいた個人住宅にあった小さな1戸建てアパートメント。
アメリカの古き良き時代の末期1960年代後半、わたくしはこのアパートメントに住み、入り口のキーは部屋に置いたまま鍵をかけずに外出する習慣であった。ある日、帰ったらロックされていた。階下の家主は外出t中。やむを得ず近くのモーテルに泊まり次の朝家主にキーを借り入った。わたくしのキーはいつものテーブルに置いたまま。前日家主の両親が訪れていたので東洋人の私の生活ぶりを見たさに入り、オートロックにターンして出ていったものと想像した。こんな時代であった。
上はストリートビューで見た現在も良く手入されているこの住宅。1968年当時新築間がないこの家の裏側の2階に増設された1戸のアパートメント。ここに約2年間住んだ。ポストとその手前の通路が私専用の駐車場であった。はっきりしないが家の右側に外階段の登り口がいまでも見える。
左の写真は当時のもの。
1968年から69年9月まで大気光の研究者として働いたニューヨーク州立大学オーバニーキャンパス。1962年当時のニューヨーク知事Nelson A. Rockefellerが一流の大学を夢見計画し、著名な建築家Edward Durell Stoneの設計によるユニークなすべての学部が一棟に入る巨大な建物。1970年はじめごろすべてが完成。
キャンパス全体の構成デザイン権が切れたか、下は現在の建物群。いくつかの独立した建物が加えられ、遠方に見える学部も増設された。
下の衛星画像は私の通勤路、アパートメント、左上のマークから下端の大学まで。いくつかの経路があるが青は時間距離最短コース高速道路を使った経路。左下の巨大なインターチェンジサークルは大陸横断主要道路I-90と、ニューヨーク市・カナダのモントリオールを結ぶI-87の分岐点。
当時、食事や、スコッチなど気が利いた買い物に出かけた小さなしゃれたプラザ。
地図の左下11分マークの右に見える一区画、現在も健在のようだ。
気候の良い時には外で食事ができるヨーロッパ風のレストラン。
昔を懐かしむ今、残念ながら日本での現在の住居地域には自宅も含め当時の面影はまったくなくなってしまった。