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プライバシーの履き違い 東京電力の情報隠し

2012/08/01

プライバシー保護法が云いだされてから久しいが、プライバシで守らなければならないものは何だろう。

政府官僚や行政組織、会社など社会で公的に認められた組織で、決定や活動にかかわった記録はプライバシーではない。社会的責任として保存し、公開の必要があるときは何時でも公表するのが義務である。

外交上や企業の技術的な秘密事項など、公表できない(時期的に出来ない)情報は、プライバシーとは別の次元の話である。

メディアで云われている東京電力の情報公開拒否理由はこの混同で論理的に見ても低次元の間違いであろう。

絶対守られなければならない究極のプライバシーは 出生の秘密・遺伝子情報・病歴など個人の責任ではない、個人の力ではどうしようもない事実などであろう。日本では戸籍情報を国家的に管理しているが、このことこそ国家によるプライバシーの組織的侵害である。世界の民主主義先進国で、こんな国は日本と韓国だけであると云う。

犯罪組織では、組織の指導的階層の発言や行動は犯罪にかかわる事項で当事者の不利になり当然秘密にするであろうが、社会的に合法な組織での活動や、管理上の決定にかかわる職としての記録はプライバシーではない。組織や個人の社会的責任や活動の記録である。

たとえば、個人の年収や財産も社会的に見ればプライバシーとは言えない。不必要に公表されるべきものではないが、社会人である以上合法的に得られた利益利権は絶対に守られなければならないプライバシーではない。

もう一つのプライバシーの履き違い。テレビが多用する腰から下だけを写した人物の証言取材、これはプライバシーの尊重と云いたいだろうが、隠れてしか発言しない者の発言は「証言として無価値である」との理解が無い、人物を背景の画像として利用する、これこそ人権侵害である。

こんな安易な取材を互いに非難しないで日常続けているメディア、これは一種の安易な日本のメディア間の談合の証であろう。

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