「計画的避難区域」 とは何だったか 何時発令されたのか 調べてみた
「計画的避難区域」及び「緊急時避難準備区域」の設定について
平成23年4月22日
原子力被災者生活支援チーム
2. 「計画的避難区域」及び「緊急時避難準備区域」とは
(ア) 計画的避難区域
① 基本的考え方
事故発生から1年の期間内に積算線量が20ミリシーベルトに達するおそれのあるため、住民等に概ね1ヶ月を目途に別の場所に計画的に避難を求める。
国際放射線防護委員会(ICRP)と国際原子力機関(IAEA)の緊急時被ばく状況における放射線防護の基準値(20~100ミリシーベルト)を考慮。
② 区域の範囲(詳細は別添参照)
飯舘村(全域)
川俣町の一部(山木屋地区)
葛尾村(20km圏内を除く全域)
浪江町(20km圏内を除く全域)
http://www.meti.go.jp/press/2011/04/20110422004/20110422004-2.pdf
4月22日に発令されたようだ。この地域の人々がすでに被曝してしまった線量を文科省のデータベースをもとに計算しグラフにしてみた。
文科省のデータは3月17にからであったが。3月15日に放射性物質の大量放出が始まっているので、近似曲線の外挿法により3月15日からの積算線量に0.6を掛けて、政府の主張する被ばく線量に換算して表したのが下のグラフである。
年間20ミリシーベルトどころか避難勧告の最終期限には3地点でこれをオーバーしている。ピンクの塗りつぶしが避難勧告の期間である。
文科省が発表したこの地点での20ミリシーベルトを超えた日付と年間積算線量の推計値はそれぞれ、津島沖中が(7月14日、38mSv)、手七郎が(3月27日、89mSv)、長泥が(5月10日、47mSv)、木椚平(3月21日、204mSv)となっている。
5月22日までの時点で、この地の人々は、政府の云う最大被曝限度の40%~200%をすでに受けてしまっていたことになる。
上記のグラフはリアルタイムで毎日発表されていた文科省のデータベースで作成したもので、避難勧告が出された時点以前、少なくとも4月当初にはグラフで見るように確実に予測できていたことである。この国の権力組織が、如何に事実を知ろうとしない無責任な体制であったかが分かる。
追記: 2011年7月7日の私のブログ記事
文科省のデータベースを用い 日本各地の空間放射線率の初期時間変動グラフを描いてみた « に用いたグラフを再掲します。
これで見ると、浪江町赤字木手七郎、飯館村長泥の空間線量は福島第二原発のモニター値より大きかったことである。また放射性核物質の爆発的拡散は3月14-15日の日付の変わり目ごろより始まり、各地の汚染も15日早朝には始まっていたことが分かる。
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