警察庁ご意見箱は何のためにあるのだろう
警察庁ご意見箱に送りたかった文章
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先進国では高齢者の急増の実情に合った道路交通行政を検討しています。
日本も加盟しているOECDは、加盟国の重要なデータの標準化と収集、統計解析などの科学的成果の刊行物や、主催した各種国際会議の記録を数多く公表していることは申すまでもなくご承知のことと思います。
昨年パリで行われたホーラム、国際交通ホーラムにおいて「障害を受けやすい交通利用者の安全:子供、高齢者、歩行者」と題した、Kate McMahon の要約を見ました。
彼女の研究グループや、膨大な収集資料、研究論文からの証拠に基づく交通行政への提言と云えるものと理解しました。
その新しい基本思想は
OECD参加先進各国では、高齢者の急激な人口増加により、高齢者はいまや道路交通の少数者ではなく、主要な利用者となり、道路構造や、交通運営から除外することは出来なくなってきた。このためにも、科学的な実証に基づく高齢者の運転状況を把握し、高齢者に適合する施策が不可欠となったという主張と思います。
高齢運転者に関しては、思い込みを排除し、以下の科学的実証に基づく施策が必要である。
1. 高齢運転者層は歩行者との間の事故で、他の年齢層に比べ統計的に特別多い加害者ではない。
2. 高齢者は身体的な虚弱さがあり、事故に遭遇したとき死亡につながり易い。
3. 高齢者運転は他の年齢層に比べて事故率は高くないが、死亡や重症リスクが大きい等の明確な理由により、単純な死亡統計だけを見て判断したのでは過大評価となる。
4. 高齢による交通の困難さは、歩行を伴う交通手段(バス・電車等)の方が早く始まり、自動車運転の方が遅くまで利用可能である。
5. 生涯できるだけ長く運転しようとする高齢者の努力を支援すべきである。
6. 年齢区分による運転訓練の義務化はすべきではない。
7. 運転の適性と訓練は、医学的に明確に運転障害を持つと診断を受けた運転者に限るべきである。
8. 道路構造と標識は、運転者に寛容で、予想がしやすく、短時間に判断を強要することの少ない方式に変える努力をすべきである。
9. 高齢者を交通政策の開発等に関与を求めることが必要である。
10.自動車の設計改善については、利用しやすく、乗員の保護と安全運転が可能な技術的支援の向上を目指すべきである。
以上は私の要約であります。
ECMT の人口推定によると、65歳以上の人口が日本を除く先進国で2010年19%, 2020年には22%、日本は2010ですでに22%と、他国より10年高齢化が進んでいます。
このことから見ても、日本ではヨーロッパよりさらに進んだ交通政策が必要であり、
現在の警察庁の日本人に対する一般、あるいはメディア向けに、高齢者=認知症患者のような交通キャンペーンをして、高齢者を自動車交通から排除するような認識は間違っています。高齢者には、若い人にない経験と実績に基づいた、高度の判断力と知性を持って社会に貢献出来る人が少なくありません。そのような全人口の22%にも及ぶ人口を除外して、勝手に高齢者をコントロールするような思い上がりは、これからの社会の実情に合わないことを示唆しています。
http://www.internationaltransportforum.org/jtrc/safety/Paris2008/08McMahon.pdf
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これに対し文字制限1000文字がかかっているので送信不可能となり、以下のように短縮した。しかも送信出来た文章は勝手に変更されて、空白や改行を除外した以下のような”だら文”となった。
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高齢者は道路交通の主要な一員である。先進国では高齢者の急増の実情に合った道路交通行政を検討しています。その新しい基本思想はOECD参加先進各国では、高齢者の急激な人口増加により、高齢者はいまや道路交通の少数者ではなく、主要な利用者となり、道路構造や、交通運営から除外することは出来なくなってきた。このためにも、高齢運転者に関しては、思い込みを排除し、以下の科学的実証に基づく施策が必要である。1. 高齢運転者層は歩行者との間の事故で、他の年齢層に比べ統計的に特別多い加害者ではない。2. 高齢者は身体的な虚弱さがあり、事故に遭遇したとき死亡につながり易い。3. 高齢者運転は他の年齢層に比べて事故率は高くないが、死亡や重症リスクが大きい等の明確な理由により、単純な死亡統計だけを見て判断したのでは過大評価となる。4. 高齢による交通の困難さは、歩行を伴う交通手段(バス・電車等)の方が早く始まり、自動車運転の方が遅くまで利用可能である。5. 生涯できるだけ長く運転しようとする高齢者の努力を支援すべきである。6. 年齢区分による運転訓練の義務化はすべきではない。7. 運転の適性と訓練は、医学的に明確に運転障害を持つと診断を受けた運転者に限るべきである。8. 道路構造と標識は、運転者に寛容で、予想がしやすく、短時間に判断を強要することの少ない方式に変える努力をすべきである。9. 高齢者を交通政策の開発等に関与を求めることが必要である。10.自動車の設計改善については、利用しやすく、乗員の保護と安全運転が可能な技術的支援の向上を目指すべきである。 以上は私の要約であります。ECMT の人口推定によると、65歳以上の人口が日本を除く先進国で2010年19%, 2020年には22%、日本は2010ですでに22%と、他国より10年高齢化が進んでいます。このことから見ても、日本ではヨーロッパよりさらに進んだ交通政策が必要であり、高齢者を自動車交通から排除するような認識は間違っています。高齢者には、若い人にない経験と実績に基づいた、高度の判断力と知性を持って社会に貢献出来る人が少なくありません。そのような全人口の22%にも及ぶ人口を除外して、勝手に高齢者をコントロールするような政策は、これからの社会の実情に合わないことを示唆しています。http://www.internationaltransportforum.org/jtrc/safety/Paris2008/08McMahon.pdf
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これでは、「ご意見箱」と云いながら、警察庁でどう処理するかも明記されていない。真面目な投降者を無視した、不平不満を聞き置く処置、ぐらいのシステムではなかろうか。
真に受けて投稿する 馬鹿か ?
おはようございます。退役軍人です。現役であるのに、どうしてハンドルネームが退役なのか。このご質問にお答えすれば、民間人技師としては現役ですが、軍人としては退役した技術士官であるからです。ちなみに、私は日本人ですが、米国市民権(国籍)を保有します。高齢者の自動車運転について、貴兄の問題提起を興味深く拝見しています。個人差という観点から申し上げると、一定の年齢で運転を制限するという政策が誤りであることは明白です。これには異論ありません、また警察庁などが主導する運転制限政策には明確な論理の欠如があるとも考えます。一定の知識を持ち、必要な運転技量があれば、誰にでも免許を取得し車を運転する権利があります。これを年齢という事実だけで制限するのは明らかな誤りです。個人の権利と、それに伴う責任、これを根底とする我々の社会。ここでは、権利を主張するのであれば結果に伴う責任を負うという「原理原則」に基づく政策であるべきで、現実と乖離した政策は明らかな誤りでもあるから。但し、高齢者の方々が持つ「私は大丈夫。」という意識と、「安全運転に必要な身体的能力に乖離があること」を、率直に認めるべきであるとも考えます。もう一つ指摘させていただければ、道路網というインフラは「効率を追求しなければならない。」という現実です。高齢者の方の運転に不安を感じることも、現実の問題です。例を挙げさせて頂くと。私の父は78歳で亡くなりましたが、74歳で運転免許を返上しました。父の運転する車に同乗して危険を感じ、私が説得してやめてもらいました。車を保有し、償却し、維持する費用を月額に直した金額よりも、タクシー利用のほうが安くつくという現実もありましたので。伯父は93歳になりますが、89歳まで運転していました。伯父は従兄弟達の説得に応じて、免許を返上しましたけれど。つまり、74歳で危険であると判断出来る身体的能力の老化が認められる場合と、89歳まで大丈夫であった場合があるということ。その差、実に15年です。これは安全運転に必要な身体的能力には大きな個人差があるということですね。更に、効率的な道路網の運用という点で考えると。安全運転には問題なくとも、判断に時間を要し決断が遅い故に、他の車に迷惑をかけてしまう現実も認めるべきでしょう。道路という公共インフラは、物流などの点で多くの産業に死活的要素であることも否定できません。従って、国民の税金を投じて整備され運用されている国民の資産なのだから、効率よく運用しなければならないということかな。これらを鑑みて、高齢運転者の免許更新時に「反応時間」を計測したり、視野の広さや、聴覚検査を通じて、一定の基準を満足できなければ更新を認めない、あるいは有効期間を短くするなどの規制が必要でしょう。またこれと同時に、紅葉マークのようなマークを「身体的能力級別」に義務化して、交通に関する優先権を与えると良いと思います。紅葉マークの車は、都市部での駐車禁止規定を適用しないとか。紅葉マークの車には、一定の優先通行権を付与するとか。紅葉マークの車に、妨害したものは厳しい罰則を適用するとか。結論として、規制と保護の両面から政策立案すべきであると考えます。直言、失礼いたしました。
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退役軍人 様コメントありがとうございました。私は正真正銘の高齢者です、ご指摘の通り、老人は「わしはまだ大丈夫」という思い込みがあるのは確かです。また、本当に他に迷惑をかけたり危険を及ぼすようになったとき、自覚するのが困難であることも事実です。私の場合は、家内や娘、孫など、運転免許を持つ家族を乗せる機会が多いので一応客観的な評価を受けていると思っています。アメリカでも、運転が無理になった両親に誰がそのことを話すかという難しい問題の解決法が模索されていることを知っています。一般的には、家族か、コミュニティーの関係者が良いとされているようですが、問題は、老人だけの生活が増加し、自動車運転が不可欠で、しかも同乗家族が無く運転の評価を受ける機会がない場合です。警察がその役に当たるということは欧米諸国の社会では否定的と理解しています。医学的にも研究はまだ十分でないようで解決にはならない現状のようです。道路インフラは高額な社会投資で効率が大切であることはそのとおりですが、生活にも欠かせないもので、納税者全体の利益のバランスのとれたものでなければならないのも事実と思います。道路標識や、信号、交差点の構造など、研究、改良の余地があることは、いろいろな国で運転されている貴兄は実感されていることと思います。紅葉マークですか、ご意見のように、高齢者保護のため実効のある規制とセットであれば多くの人は強制しなくても表示するでしょう。根拠のない理由で表示を強制し、表示しないだけで有罪にするという人権無視に対して許せないと云う事です。最後に、わたくしがどうして高齢者交通に関してこんなに固執するのかという疑問を持たれるかもしれませんが、この問題に関しては、唯一、OECDのような機関が、国際的な標準化に努力し科学的に分析可能な各国のデータを収集し公表しているので、議論可能な共通の根拠に立って意見が表明できるからです。では、またよろしく。
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