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一度ここから出られたら戻れません

2008/06/14

このような標識を見られた経験はありませんか? 最近の記憶では名古屋のボストン美術館、岐阜の県立美術館の常設館の出口。先日シニアーチケットを買うのに身分証明書の提示を要求する非常識を書きましたが、私の本意を理解されなかったような気がしましたのでもう一度書きます。

美術館や博物館は本来利潤を求める施設でもなく、閲覧者も入館料を払っても、その対価として金銭的、物質的利益を得る目的で来るわけでもない。入館料を払った客が一度出たら戻れませんと云うう発想は、無料で入場する入館者を防ぐと云うことでしょうが、それまでして個人を疑わなければならない程日本人をドロボーと見ていることにはならないだろうか。

残念なこどであるが、日本の高級管理者は外国の例を云わなければ、納税者である一般人に聞く耳を持たない性癖があるので強いて書くが。欧米の美術館でこのような標識に気がついた記憶がない。一般に、無料の入場を防ぐ目的であろうと思われる方法としては、正規入場者にはバッジや、ワッペンの様なものを身につけるように求めて、当日ならば何度でも入場できるようにしている。こういえば日本の管理者は、そんなことをしたら、友達や家族でバッジを貸しまわして不正に利用されると云うでしょうが、そんなことまでして得をしたと喜ぶ人も皆無とは言わないが、大多数の正規入場者に不便で、不愉快な思いをさせるまでしてまれな不心得者を防ぐ義務や責任が美術館にあるだろうか。

欧米の美術館や博物館では、ゆっくり豊かな気持ちで鑑賞するために、途中で一時外に出て、軽食や飲み物、レストランで食事をしたり、ワインや、シャンパンを楽しみ、気分を改めて再入場できるのが常識である。日本の主な公共施設の管理者は、おそらく公費で出張して、海外の有名な美術館などを視察していると思われるが、なにを見て帰ってきているのであろうか。

私の諸外国での経験から、日本の大多数の一般市民は、もっと信用されてよい常識の持ち主であり、いろいろな組織の管理者は、先進各国の常識が通用する品位のある運営をしてもらいたい。

2件のコメント leave one →
  1. 不明 のアバター
    疎林 permalink
    2008/06/15 02:34

    普段から、先生のご意見は毎回のごとく感心して拝見しております。
    その根幹には、日本人かくあるべきというようなお考えがあるように感じられます。
    そして、それは紛れもなく、賞賛される位置に見られているのだろうと思います。
    今回のご意見でも、その基本線が貫かれています。
    私も、そうであることを願いますが、諸手を挙げてそうだそうだと言い募る勇気が出ません。
    末尾の、日本の大多数の一般市民、は少々引っかかるものを感じます。
    成程、美術館等でおいては或いはそうかもしれません。
    しかし、過去にこんなニュースが流れたことがあります。
    北海道のスーパーで、牛肉を買った人に現金を払い戻すと言ったとき、実際に売られた牛肉の数倍のお金がかかったようです。
    浅ましさを考え、行かなかった人もいるだろうことを想像しますと、これはやはり頂けない出来事ではなかったかと思います。
    今回の場面でも、日本人の多くは程度が程良い表現となりそうに思えるのですが。
    いかがでしょうか ?
     

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  2. 不明 のアバター
    敏朗 permalink
    2008/06/15 13:46

    忘己疎林  様
    コメント有難うございます。
    おっしゃるとおり、どんな場合にも現実を無視して信用出来るとは思われません。社会の安全や、利害関係の公正さ、あるいはつまらない行為でも、それが連鎖反応的に広まって困る恐れもあります。
    私が願望しているのは、我々の社会を少しずつ、個人の信用に基づいた社会体制にしていくべきだと思っているからです。成熟した市民社会では、社会が個人の 「うそ」 を事前に防止することばかりに勢力使うのではなく。「うそ」 の結果は自己責任であり、不都合なことが起ったら処罰を受けるのが当たり前の社会にするということです。
    卑近な例で申し訳ありませんが、店頭で万引きした場合、万引きが可能な商品の展示方法をが悪いとは云いません。もしそうならスーパーマーケットは成り立ちません。
    アメリカから来た友人が初めて東京の電車に乗ったとき、チケットを買って改札を通ったまでは良かったのですが、すぐにチケットを捨ててしまったことがありました、集札口があると知らなかったからです。
    では、欧米の乗客は本当に信用できるのでしょうか? 私はの理解は以下のようです。
    ① 社会的には乗客を信用する 「建前」 を守らなければならない。
    ② ビジネスには 「リスク」 が付き物で、それが許容される範囲ならば、不正があっても鉄道会社の責任ではない。
    ③ 不正乗車と疑わしい乗客があった場合、何らかの方法で不正の証拠を握り告発して社会的な処罰を与えることで抑止力にする。
    云ってみればコンビニと同じです。
    日本の場合には、信用されていない代わりに、誰でも同じ扱いと云う公平感を持つことが出来る。と言うところでしょうか。
    経済の面で見た場合、日本のシステムは、市役所などの多様な証明書発行業務、鉄道会社の集札業務や機械の設備投資、銀行の窓口業務の二重チェックシステムの人件費など、非生産的な支出がかなりの割合になっていると感じていますが、そのような研究があったら見てみたいと思います。

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