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マンション

2006/04/29
バイキングで詳しい語源情報を教えていただいたのでもう一つ、
 
マンション: 最近耐震偽装問題でよく見る言葉、これも私の推測では、どこかの不動産会社が売り出し物件のアパートメントをより高級感を出すために辞書から引っ張り出した英単語を付けて、○○マンションと固有名詞に使ったものがあちこちでまねされて、一般化し、”マンション”だけが独立して普通名詞化したものと思っていた。いろいろWeb検索をしてみるとこの推測は正しいようだが、最初に使った不動会社の名を知りたいものだ。
日本だけでしか使われない概念の言語は、カタカナ表記でも外来語とは言えず、日本語であろう。国語審議会や役所用語として検討すべき対象ではないかと思う。
こちらは「バイキング」と違って、社会的に重要な概念で、「アパートメント」と「マンション」とどう違うか、笑い話では済まされないことだと思うがどうだろう。
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  1. 不明 のアバター
    ganzy permalink
    2006/04/29 18:40

    夏目漱石「明暗」五十四の中に、ロンドン市長の公邸を指す「マンション ハウス」の用例が出ています。
    ですから、「マンション」なる言葉は、ずいぶん古くから使われていた(あるいは、知られていた)言葉のようです。
    それを、いつ・誰が、現在のような使い方にしたのか…私の力では知ることができません。
     
    下に、夏目漱石「明暗」五十四 の全文を載せておきます。お遊びとして「マンションハウス」の語をお確かめください。
     
     
            五十四 彼らほど多人数(たにんず)でない、したがって比較的静かなほかの客が、まるで舞台をよそにして、気楽そうな話ばかりしているお延の一群(いちぐん)を折々見た。時間を倹約するため、わざと軽い食事を取ったものたちが、珈琲(コヒー)も飲まずに、そろそろ立ちかける時が来ても、お延の前にはそれからそれへと新らしい皿が運ばれた。彼らは中途で拭布(ナプキン)を放(ほう)り出(だ)す訳に行かなかった。またそんな世話しない真似(まね)をする気もないらしかった。芝居を観(み)に来たというよりも、芝居場へ遊びに来たという態度で、どこまでもゆっくり構えていた。「もう始まったのかい」 急に静かになった食堂を見廻した叔父は、こう云って白服のボイに訊(き)いた。ボイは彼の前に温かい皿を置きながら、鄭寧(ていねい)に答えた。「ただ今開(あ)きました」「いいや開いたって。この際眼よりも口の方が大事だ」 叔父はすぐ皮付の鶏(とり)の股(もも)を攻撃し始めた。向うにいる吉川も、舞台で何が起っていようとまるで頓着(とんじゃく)しないらしかった。彼はすぐ叔父の後(あと)へついて、劇とは全く無関係な食物(くいもの)の挨拶(あいさつ)をした。「君は相変らず旨(うま)そうに食うね。――奥さんこの岡本君が今よりもっと食って、もっと肥ってた時分、西洋人の肩車(かたぐるま)へ乗った話をお聞きですか」 叔母は知らなかった。吉川はまた同じ問を継子にかけた。継子も知らなかった。「そうでしょうね、あんまり外聞(がいぶん)の好い話じゃないから、きっと隠しているんですよ」「何が?」 叔父はようやく皿から眼を上げて、不思議そうに相手を見た。すると吉川の夫人が傍(そば)から口を出した。「おおかた重過ぎてその外国人を潰(つぶ)したんでしょう」「そんならまだ自慢になるが、みんなに変な顔をしてじろじろ見られながら、倫敦(ロンドン)の群衆の中で、大男の肩の上へ噛(かじ)りついていたんだ。行列を見るためにね」 叔父(おじ)はまだ笑いもしなかった。「何を捏造(ねつぞう)する事やら。いったいそりゃいつの話だね」「エドワード七世の戴冠式(たいかんしき)の時さ。行列を見ようとしてマンションハウスの前に立ってたところが、日本と違って向うのものがあんまり君より背丈(せい)が高過ぎるもんだから、苦し紛(まぎ)れにいっしょに行った下宿の亭主に頼んで、肩車に乗せて貰ったって云うじゃないか」「馬鹿を云っちゃいけない。そりゃ人違だ。肩車へ乗った奴はちゃんと知ってるが、僕じゃない、あの猿だ」 叔父の弁解はむしろ真面目(まじめ)であった。その真面目な口から猿という言葉が突然出た時、みんなは一度に笑った。「なるほどあの猿ならよく似合うね。いくら英吉利人(イギリスじん)が大きいたって、どうも君じゃ辻褄(つじつま)が合わな過ぎると思ったよ。――あの猿と来たらまたずいぶん矮小(わいしょう)だからな」 知っていながらわざと間違えたふりをして見せたのか、あるいは最初から事実を知らなかったのか、とにかく吉川はやっと腑(ふ)に落ちたらしい言葉遣(ことばづか)いをして、なおその当人の猿という渾名(あざな)を、一座を賑(にぎ)わせる滑稽(こっけい)の余音(よいん)のごとく繰(く)り返(かえ)した。夫人は半(なか)ば好奇的で、半ば戒飭的(かいちょくてき)な態度を取った。「猿だなんて、いったい誰の事をおっしゃるの」「なにお前の知らない人だ」「奥さん心配なさらないでも好ござんす。たとい猿がこの席にいようとも、我々は表裏(ひょうり)なく彼を猿々と呼び得る人間なんだから。その代り向うじゃ私の事を豚々って云ってるから、同(おん)なじ事です」 こんな他愛(たわい)もない会話が取り換わされている間、お延はついに社交上の一員として相当の分前(わけまえ)を取る事ができなかった。自分を吉川夫人に売りつける機会はいつまで経(た)っても来なかった。夫人は彼女を眼中に置いていなかった。あるいはむしろ彼女を回避していた。そうして特に自分の一軒(いっけん)置いて隣りに坐っている継子にばかり話しかけた。たとい一分間でもこの従妹(いとこ)を、注意の中心として、みんなの前に引き出そうとする努力の迹(あと)さえありありと見えた。それを利用する事のできない継子が、感謝とは反対に、かえって迷惑そうな表情を、遠慮なく外部(そと)に示すたびに、すぐ彼女と自分とを比較したくなるお延の心には羨望(せんぼう)の漣(さざなみ)が立った。「自分がもしあの従妹の地位に立ったなら」 会食中の彼女はしばしばこう思った。そうしてその後(あと)から暗(あん)に人馴(ひとな)れない継子を憐(あわ)れんだ。最後には何という気の毒な女だろうという軽侮(けいぶ)の念が例(いつ)もの通り起った。

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