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福島第一原子力発電所災害と私のブログ 11年前の記事を見る

2022/03/11

私がブログを始めたのが2010年9月、翌年3月11日東北大震災で東京電力福島原発が冷却不能になり爆発とそれに伴い多量の放射性物質を大気中に放出することになった。

原発事故発生と同時に政府は情報管制を行い、原発からの距離決め、放射能専門家、研究者、メディア関係、上空飛行を含め米軍関係者など一切の入境を禁止し情報漏れを防いだ。

放射能情報の公表は、各地に設けられた文部省管轄のモニタポイントからの官製表のみとなった。

この時期私は、インターネットに公表された根拠のあると思われるデータを集めその都度ブログに投稿した。

下の表は2011年3月13日に書いた記事の上位10タイトルである。放射能関連の記事は13日に初めて書き始めた。この日の記事に128の表示を頂いた。

政府の発表が、根拠の分からない統制されたものであろうことの疑いは感じられていた。この状況は現在のCOVID-19感染情報でも続いていることを実感する。

下の2つの記事は原発災害関係の私の最初の投稿。

以降は、当時インターネットを利用して得られた信頼できると思われるデータを分析したものである。

SPEEDI 大規模大気中放射能拡散分析システム、この高度電算システムは、政府により運営予算を廃止され消滅させられたもの。文部省のモニタリングシステムは時間的空間的に平均された日ごとの離散データであった。SPEEDIは時間的局地的な細かい放射能関連情報を評価するシステムであり。局地的、あるいは空間的に細かい拡散状態や変動が検出できた。人体の受ける放射能障害は広い地域の平均ではない。個人にとって重要なのは、居住あるいは生活圏内の局地的環境である。これを知られてはまずいということだろう。

下のブロックは、私のブログを始めた2010年9月からのひと月毎の参照を頂いた数で、2011年3月から5月までの主に放射能関連のタイトルのもので、現在までこれを上まわる月当たりの参照は頂いていない。当時関心を持っていただけたことが分かる。

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