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アメリカの1960年代に見た才能ある人材の移民政策 主に州立大学で

2019/04/15

1960年台初期アメリカの州立大学の自然科学系大学院の増設とNSF研究財団(連邦政府自然科学研究)の急激な発展が起こった。それまでは州立大学は主にティーチャーズ・カレッジで各州の地方都市に散在していた。

1950年末のソビエト(旧)に人工衛星実現の先行をされ、アメリカの科学技術のに対する急速な発展が要求された。

1966年2月私はアイダホ州立大学物理学科の大学院博士・修士課程の学生の研究指導と地球大気物理学の研究にNSFの資金で渡米した。このような場合、当時は日本の国立大学では在職のまま研究留学扱いとなった。

1967年4月、ニューヨーク州立大学オーバニーキャンパス(SUNY Albany)に移った。ニューヨーク州の州都に総合大学をと、当時のネルソン・ロックフェラーの肝いりで出来た一流大学への期待を担った大学であった。

大学では急激な人材募集で、インド、韓国、台湾、日本などの留学生の内、学位を取って業績の認められた人たちが教授や准教授として多く採用されていた。また、アメリカにとって有用な人物として推薦され認められればアメリカ国籍が取れた。

採用では学科長が直接の人事権を持ち、ある学科長が自身の保全のため従順な東洋人を多く採用したと判断され、上位管理者により解任された事件をみた。アメリカの州立大学では終身雇用制度があり、この権利を獲得した教授は首にはならないが、予算に余裕があれば上位の管理職は他の優秀な人材を高額の給料で採用上に据えることが出来た。

1960年末期から1970年にかけてベトナム戦争激化のため財政困難で大学予算は急激に悪化、学部の発展は止まった。

現在日本では移民といえば労働力のように見られているが、日本が世界で一流の先進国と認められるようになるためには、世界の有能な人材が日本人と同格で日本の社会の指導的階級に採用されることが、日本人の社会の向上にもつながるとの認識が必要である。

日本社会には、既得権を持った管理職が、自分より有能で異質な才能の人材を排斥し、自己の地位を守るようなことが許されないような監視機構が望まれる。

ただし、今のアメリカ社会、トランプ大統領の権力構造は日本に似てきた感がある。

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