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通学路の学童交通事故災害 運転者を悪く言うだけでは何の改善にもならない 交通事情の形態変化を無視し、明治・大正時代の歩行通学になぜ固執するのか? 一般道路での集団登校、先進諸国では見られない情景 

2018/01/31

今日のニュースでもまた登校中の学童の死亡事故。さすがに高齢運転者のせいにする大見出しはなくなったが相変わらず運転者の過失追求だけ。

昨年は世界の旅客航空機路線で死亡事故は無かった年と聞いた記憶がある。高度の専門訓練を受けたパイロット、操縦に専念する2人乗務、航空管制官の誘導、それでも空港での標識見誤りや停止線誤認による衝突事故が起っている。航空機事故では、パイロットの責任追及ではなく、徹底した調査による過失が起こった原因追及、それにより空港設備の改善命令がなされる(ナショナルジオグラフィック、テレビシリーズ・航空機事故の真実)。それに比べ日本では道路インフラや、信号・標識管理者の責任が追及されたニュースを見た記憶がない。総て運転者の過失責任とし、関与した不運な運転者が警察により送検され有罪になるだけ、同じ災害が繰り返されている。

下のグラフは、学齢期の子供の歩行中、自転車乗用中の負傷事故の割合を示したものである。明らかに自動車交通を利用できない学齢期の交通被害が多いことがわかる。

運転者の第一当事者事故件数では65歳以上の割合が年次増加しているように見えるが、下のグラフの年齢層別負傷者数を見ると、若年者の人口減による運転者数が減り高齢者では、2006年から2016年の十年間ベイビーブーマーの人口増が高齢者側に移動した結果の運転人口増加と見ることができる。

大都会周辺を除き、学齢期の人口が減り、小中学校の統合が進められ、ますます歩行や自転車通学の距離が遠くなることが予想される。地域の行政責任者は、通学バスの運行と合わせて多角的な合理的事実の根拠に基づき政策を決定する責任がある。

日本では、行政の政策を監視し評価する組織が無い、メディアは政策の欠陥を事件とともに繰り返し報道すべきであろう。

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