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笹井芳樹 博士の死を悼む 組織の体質やメディアの「いじめ」の影をぬぐいきれない悲報である

2014/08/06

科学的な研究者は、長い教育と共同研究での訓練により育つものであり、研究活動は研究者間での知識を共有する作業で成り立っている。研究者間では、証拠に基づく議論はしても相互に信頼関係があって初めて成り立つものである。

また、今までに知られ、確立された知識や理論の記述は教科書であり研究論文ではない。研究論文は、教科書にないこと、あるいは教科書の誤りを、証拠を示しながらこれを理解できる能力と実績を持つ研究者仲間での評価を受けるための表現手段ともいえる。

言い換えれば、科学論文は研究者が論理的な誤りを皆に検証してもらうために発表するものと極言することができる。たとえ、文章が他の論文の文章と類似していたとしても、あるいは記載された映像に加工が加わっていたとしても、それは同じ研究で競争的立場にある人たちを説得するためのものであり、「だました」「だまされた」の関係ではない。納得できない研究者は検証実験をするであろう、したがって、誤った結論や記載の論文は科学の現場から消えていくのみである。今までは、科学の世界では、メディアが、汚職事件のように「悪意」だとか、「捏造」だといったペーパー上での状況証拠を掘り起こし糾弾することはなかった。

現在の電子化された論文発表方法になってから、コンピュータプログラムによるコンビニの防犯カメラの顔分析のように、論文の文章や、映像の欠陥も自動的に検出することができ、ロボットが論文全体の理解とは無関係に欠陥をリストする。今回の事件は、これがソーシャルメディアに流れ、これを商業メディアが騒ぎ立て、関係の組織体制は個人の犯罪に見せかけようとする構図に見えるがどうだろう。

科学は、商業メディアのように「なるほど」と思わせる表現や、「工夫を凝らした口先だけ」でできているものではない。この無知が今回の悲劇を生んだのではないだろうか。

科学的教育や訓練も受けたことがなく、まして研究論文も書いたことがない者は何も言うなと言っているのではない。ただ、特にメディア、犯人捜しのような興味本位の取材やテレビ局の不適切なコメンテーターの起用は、人権侵害や「いじめ」になることの責任の重さを知ってほしいということである。

「STAP細胞必ず再現して」…小保方氏に遺書

読売新聞 8月5日(火)22時1分配信

「あなたの責任ではない。STAP細胞を必ず再現してください」と励ます趣旨の遺書を残していたことが5日、兵庫県警への取材でわかった。

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