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強いものにこそ厳しく当たる欧米文化 日本の要人の不用意な発言への攻撃は日本軽視の結果ではない だが 日本の要人の普遍的な見識のない言動は 欧米知識人の優越感をくすぐる恰好の話題となる

2013/05/02

最近話題となったいくつかの日本の主要政治家の不用意な発言。なぜそんなことが起こるのか考えてみた。

自分が属する組織や仲間内での力学には敏感、失点のない行動、その結果権力のトップに到達した人たち。そして権力の座が上に行くほど周囲にはイエスマンばかり。馬鹿な発言でも周囲はもり上がる。こんな状況に長年置かれれた甘えの構造と見えるがどうだろう。

国会答弁など国内行政の重要な発言では、官僚の書いた文書を一言一句の間違いもなく読み上げる。しかし、組織のシステムに沿わない外国関係や取材などでほころびが目立つのは優秀な協力者を個人のブレーンとして持っていないとしか思えない。

管理職が「偉い人」と見なされている日本の社会、これが基本的な間違いと思う。

管理職は ”優秀な人材を適材適所に配置し、その見識を総合的に集約し決断する職業的技術者”であり、自分が権力の座に上り詰めたとしても、所詮支援組織の中の話、その人個人の判断力や見識の普遍性が備わるわけではない。

現代の複雑な社会、全般にわたって個人の能力が及ぶ範囲ではない。

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