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対韓国・中国問題 石原慎太郎と大江健三郎 どうしてこんなにも認識の隔たりがあるのだろう

2012/10/01

石原慎太郎氏(1932年生まれ)、大江健三郎氏(1935年生まれ)、最近公表された両氏の文章を読んで、どうしてこうも違うのであろうと不思議に思う。

世代だけで片付けるつもりはないが同世代の人。また、人間の機微について研究し精通しているはずの作家の経歴を持ち、現在両氏の言動は社会に対して強い影響力を持など共通点は多い。

石原氏は、経験を積んだ政治家であり、国際的な人脈もあり行政官のトップとしてを権力と実行力を備え持つ人材である。大江氏は外国文化に造詣が深くまたノーベル文学賞受賞者として評価され、単に文学だけでなく、内外の文化・思想を重んじる人々の頂点にあり、それらの人々に大きく影響を与える人物と云える。

社会的存在力のない私(1933年生まれ)にとって、この両氏はやはり社会の指導層としての目から見た、国・民族、あるいは文化、宗教組織等の治める側の人間の歴史感にとらわれた人たちに見える。俗の言葉でいえば「天上人」を意識している人達であろう。

様々な集団の指導者の争い(ゲーム)に巻き込まれた私たち一般人、個人の被った、被害、悲劇、憎しみ、悲しみ、人間の尊厳の喪失と云った視点の歴史が忘れられているように思った。

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