大韓旅客機撃墜事件に見る国際社会の力関係
2012/08/24
「弱小国の悲しさ」 「アメリカや日本の旅客機ならば、同様の航路逸脱・領空侵犯があっても安易に撃墜はしなかったろう」 これは国際情勢にくわしいアメリカ国籍を持つ韓国人の友人の当時の ”嘆き” であった。
事件は、1983年9月1日、大韓航空の旅客機(747)がソ連防空軍の戦闘機により撃墜され乗客乗員269名が全員死亡した。
当時の国際関係は東西冷戦下にあり、日米関係は 「ロンヤス」、ロナルド・レーガンと中曽根首相の”蜜月?”時代。
” 事故発覚当初はソ連は撃墜を否定したが、日本の自衛隊電波傍受部部隊が録音したソ連戦闘機の傍受テープをレーガン政府は自衛隊から入手し、事件翌日翻訳して放送で公開した。
9月9日、国連安保理事会に於いてこの英文翻訳テープが公開され、ソ連外相グロムイコは撃墜を認める声明を発表した。
中曽根政府は、この傍受テープが自衛隊からアメリカに渡った事実は知らなかったし、経路も不明であると主張し続けた。”
”_” 内はウィキペディア 大韓航空機撃墜事件 より
北太平洋では日米が国際的に圧倒的な力を持ち、両国とも国内的にも安定し強力な実務的政府であった時代。
以来30年、日米・特に日本の国際経済における影響力の凋落と、国内政治の不安定さ、
30年前の 韓国の友人の”嘆き”を実感する昨今である。
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