最古の戸籍が福岡県大宰府市で見つかった 7世紀末の木簡の裏
王侯貴族の家系録ではなく、住民の管理の為の家族親戚、移動など地域集団の記録という。
現在も、日本の国家が管理している戸籍簿や住民表のルーツであったのだろうか。日本の権力組織で千数百年も生き続けていたのか、それとも中央集権国家の形成とともに復活したのだろうか。
現代、世界中で国家組織が統一的に戸籍を有し個人情報を管理している国は日本と韓国だけと聞く。
出生の情報、これは最高の個人情報であり、個人の責任ではなく、また、どうすることも出来ない記録である、これが国家組織で管理され、出生や結婚、相続の手続きには証明書を要求される。特に財産相続では、今まで付き合いどころか居どころまで分からない親族まで掘り起こされ相続権者を見つけ出す義務を負わされている。
それよりひどいのは、財産相続では、銀行等金融機関が戸籍謄本を要求し当然のごとく取り上げてしまう。これらはどのように保管しまた営業に利用しているのか、また法的規制はあるのだろうか。
これは私の親族に関した実例であるが、離婚して独立し薬局を開くために銀行の融資を申請した時、離婚前の配偶者の兄弟の住所にある同銀行の支店まで信用調査がされていたことが分かった。これ等は戸籍情報の不正流用としか思えない。
しかし、日本の、このような個人情報の悪用の恐れのある国家の戸籍管理の危険を指摘している学者をみかけないのは不思議である。千数百年の日本の歴史的文化遺産を守る国民の義務であったかと!
社会保障番号の制定: 個人の社会的記録である収入や、納税記録、銀行口座、民事裁判での判決記録などが一括して検索できる事がプライバシー違反であるがごとく云って、先進的学者までが反対する意図が分からない。
これは、脱税や、政治家の不正献金、贈収賄、テロ、麻薬資金の移動などにくみすることはあっても、普通の市民にとっては秘密を要するプライバシーではなく、むしろ、本人の社会的記録であり、正常な市民である証明にもなるものである。
戸籍の様な、本人にはどうすることもできない出生の情報こそ守られるべき本当の個人のプライバシーであろう。