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遅すぎた社会保障番号

2012/02/15

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右の画像は私の1967年当時の古い社会保障カードである。これは所得税申告に必要で、給料をもらう為には不可欠のものである。

身分証明としては使えないと書いてあるが、銀行口座の開設などには必要なものである。外国人で社会保障とは関係のない私も不可欠であった。

日本でも確か1980年代、納税者番号の話はあったようだが、当時の進歩的学者が一億総背番号とかいって人権問題を持ちだし反対した。政治家も収入が暴かれるのを嫌ってこれに便乗し実現しなかった。以後、給料生活者以外の人たちの合理的な所得把握の手だてが無いままに過ぎてきた。

ここにきて、社会保障制度の行政事務の必要から言い出されてきたとおもわれる。未だにプライバシー保護上の懸念を重視する議論があるが、脱税などの不正行為の余地のない大多数の私たちにとって、金銭上で何も隠すべきプライバシーは無い。

日本には、世界に類を見ない戸籍制度があり、この方が私たち個人の出生に関する究極のプライバシーであり、それを地方自治体に補足されていることの方が重大であろう。昔は、入学や就職にも使われ、今でも相続手続きの際、戸籍のコピーを銀行が要求し収集している。この方が、必要のない重大なプライバシー侵害ではなかろうか。人権活動家はなぜこちらこそ問題にしないのか理解できない。

残念ながら、現在の麻薬やテロ、情報機器による様々な資金移動、脱税の防の止には、個人番号による識別はやむを得ない。

現実には、世界の先進国では、クレジット・カード番号も個人の活動の履歴追及に使われている。航空券、ホテルやレンターカーの予約にはクレジットカード番号が必要で、これが無ければ旅行も出来ないのが現実である。

幸い、島国の日本では今のところ重大なテロの恐れを感じていない例外社会であるが、現代社会の安全を確保するためには、人や資金の動きは重要な監視要件である。

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