イカロスの墜落の風景に見る人間の愚かさ 新聞週間特集・朝日新聞の記事からの連想
先ほどテレビ番組、ブリューゲルの絵画”イカロスの墜落の風景”「美の巨人たち:TV-Tokyo」 の解説を聞いて、このタイトルを思い立ついた。
この絵画では、画面の右下に海面に墜落したイカロスの下半身が見えるが、神話と違い、絵画の中の人物すべてがイカロスから視線が外されて描かれている。ブリューゲルがこの構図に込めたメッセージは、「見ざる・云わざる・聞かざる」でなければ生き抜いていけない当時の悲しい社会情勢を風景にこめて描いた諷刺画という。誰の発想による解説であったか聞き逃したが。
東京電力福島原子力発原所事故の災害から半年間、本当のデータから目を反らし、政府の広報機関のようになっていた日本のジャーナリズム。
この放射能汚染は、ジャーナリズムとしては、危険や権力の報復を恐れず報道すべき「戦場ジャーナリズム」に匹敵する大きな社会の危機であった。にもかかわらずそれを放棄した汚点は明らかと思う。
情報が無かったと云うが、日本政府はアメリカ、フランスにはかなり正確なデータを知らせたと見られ、その結果、ニューヨークタイムスなどは、検証可能なデータに基づいて事故数日後には現在見ても間違いのない記事を書いていた。アメリカ政府機関も日本政府に配慮しながらも核心となる航空機による観測データを公表している、アメリカの国家核安全保安局と文部科学省のSPEEDI公開 «。
日本の新聞は、日本政府や東京電力がデータを公表しなかったとしても、外国メディアから信頼できるデータを入手して、リアルタイムで記事にできる情勢であった。これも、政府の「外国は風評被害を煽っている」と云う悪意のある広報に便乗して沈黙を守っていた。
この特集では、上記の様な当時の自社の行動を認めた朝日新聞としての反省の部分も見えるが、全体としては云いわけの匂いを禁じえない。
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