東京都の防災訓練のテレビ映像を見て
東京に住んだことのない私、気休め的観測を抜きにしてみると、防災訓練はどう見ても本質的な問題から目をそらした些細な対策としか思えない。
在職中、毎月2~3日の割合で東京出張があったが、一番の恐怖は地下鉄であった、またラッシュ時に渋谷など他の鉄道路線の乗り換え通路一杯に人があふれ、地震や火事、テロ(日本では実感が無いが)などでパニックになったときどんなことになるかぞっとする思いに駆られたことが何度かある。
東京に職場を持つ人たちは、周囲の大勢の人たちと同じ状況であることで当たり前のこととして安心感があるのかも知れないが、外国で大学や研究所生活を経験したことのある研究者で、東京都内に職場を持つ友人の何人かとは危険な生活環境ではあるがやむを得ないと云った諦めとも嘆きともいえる会話をしたことがる。
地下鉄の恐怖については前に書いたことがあるが、電車が事故で非常停止した時、何時間もかかって車内から一人一人梯子を使って脱出し、トンネルを歩いて地上に出た事件があったが、これを報道したメディアを含め、この状況が当たりまえと思う神経が分からない。
旅客機は、どんな大型機でも、地上停止から90秒以内に全員が非常口から脱出できなければ適格条件を満たさない。
たとえば地下鉄の場合、地震で全線一斉に停電した場合どれだけの人が閉じ込められるであろうか、最寄りの駅まで自走出来る容量のバッテリーを積むことを義務化する規制をかけるだけでどれだけ安全性が確保されるか、現在の技術では可能であり、お金の問題だけである。地下鉄車両の場合、停電で自動的に非常ブレーキはかからないようで惰行運転は可能なようだが、必ず次の駅に行きつけるとは限らないだろうし、運転手が揺れや路線の安全確認のため停止(減速)処置の判断をすることも考えられる。
石原東京都知事は、政治、経済、学術、芸術などの集中した都市は世界にまれな文化だと云っているようだが、災害からの防御が不可能に膨れ上がった都市は果たして文化都市であろうか? 危険を無視して効率を重視する貧しい時代の遺産では無いだろうか。