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日本を築いた70歳世代のパワー 現役の指導者層の甘えが気になる

2011/07/11

7月10日付朝日新聞で中部国際空港の初代社長の記事を見た。本当に中部国際空港が成功したかどうかは、今後少なくとも10年後でなければ評価できないと思うが、幾度か経験した羽田・成田空港と比べた時、ビジネス空港としての常識は備わっていると感じた。

平野幸久氏現73歳、トヨタ出身、官僚出身ではなくビジネスマンである。前々から、アメリカの友人から成田はビジネス客にとって不便な空港と言われたことが少なくない。その点、平野氏が書いておられるように、トヨタ時代、海外の空港を頻繁に利用された経験から、常識的な国際空港とすることを使命の一つと考えておられたようだ。

私は、1960年代末、ニューヨーク市のトヨタ支社の幹部の方の、ハドソン川河畔ニュージャージ―側の高級アパートメント(日本語のマンション)に2に日ほどお世話になったことがある。当時日本車はまだ一部の小型車だけで、値段の割に信頼性が良いと云う以外、特徴は無く、一般には輸入車ではヨーロッパ車の方が優勢であった。当時家族ぐるみで在住している海外支社の人たちの努力は大変なものがあったと思う。日曜日その方の運転の車でニューヨーク市内ウォール街、ビジネスの”メッカ”を案内していただいた。

1980年代、カナダバンクーバー、奥様が家内の友人で、トヨタのアルミ部品の工場建設の責任者のお宅に招かれたことがある。やはり家族で生活されていて子供の教育には苦労されていたことを聞いた。カナダは、公用語は英語とフランス語2ヶ国語、また、環境や景観に関する規制が厳しく、工場建設の諸認可の苦労話を聞いた。

上記はトヨタの話であるが、分析機器など当時日本のハイテク製品の海外進出に関係した人にも会ったこともあるが、日本の海外進出の基礎を築いた初代の人たちは、家族ぐるみ、自力で現地の社会の中に入って競争的関係の中で働いてきたのである。

現在の閣僚、一流の企業幹部や高級官僚の人たち、組織のお膳立てなしに一人のビジネスマンとして世界に通用するだろうか、疑いたくなるニュースが目立つ。

海外視察旅行一つを取って見ても、修学旅行のように何カ月も前に設定された旅程に沿って集団で ”うなずいて” 回るだけ。こんな旅行はビジネス旅行にはない。空港に着いても誰の出迎えもなく自分でレンターカーを借り目的地に行く、仕事の都合で、航空便やホテル予約も電話やインターネットで変更し効率的に旅行するのが常識である。

組織のバックアップが充分で無い時代、国際社会で、個人の能力で日本経済の発展を支えてきた70歳世代の人々について思う。

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