非科学的な文科省の放射線量積算データ 原子力安全委員会の資料を参考に修正を試みた
東京電力福島第一原発で大量の放射線核種が大気に放出されたのは3月15日であるが、各地点での空間放射線量のモニタリングが本格的に始まり公表されたのは3月17日頃からである。
文部科学省の積算線量の積算起点は最も早いもので3月23日12時前後からである。新聞などに公表されている積算放射線量はこの値を写したものである。したがってこれを被曝量とするのは間違いで、放射線量の最も高かったのは3月15日であり、3月15日から22日までの期間の被曝量が無かったとするのは全く現実を無視した非科学的なものである。災害をレポートすべきジャーナリズムがどうしてこの矛盾を突かないのだろう。不可解である。
統計学を勉強したことがあれば、このデータの欠落部分をかなり正確に推定出来ることに思い当たるはずである。当然のことであるが、原子力安全委員会でもこの作業をしていたことが分かった。
第22回原子力安全委員会の 資料第1-2号 平成23年4月10日開催の資料が公表されており、原発から大気中に放射性物質の飛散が始まった3月12日からの、「実測に基づく各地点の積算線量の推定値」の表題での資料が見つかった。
http://www.nsc.go.jp/anzen/shidai/genan2011/genan022/siryo1-2.pdf
このデータベースでは、3月12日からの放射線量率を、各観測ポストでの測定が始まった直後の減衰率から逆算して4月5日までの積算線量を求めた推定値を記載している。ただ、表題には積算線量となっているが、実際には屋外8時間、屋内滞在時間16時間における木造家屋低減効果を0.4とし、一日平均の低減として、空間放射線量率から求めた積算量に0.6を掛けて見かけを軽減させていることに注意する必要がある。
私のブログでは、4月15日から、公表された初期のデータを用いてデータの欠落部分を対数近似式で近似して計算し速報を試みた。以後データの蓄積を待って修正し計算を試み投稿している。
浪江町の累積放射線量 災害発生時から一年間で20ミリシーベルトの推測 どんな根拠の計算から出るのだろうか? «
ここで、原子力安全委員会資料と文部科学省のデータベースから纏めた積算放射線量と、私のデータ分析による推定値とを比べてみた一例が以下の表である。
原子力安全委員会の推定値は木造家屋の低減率0.6を掛けているのでこの公表値を1.66倍して放射線量率の積算値に換算した。
ちなみにこの日の文科省のデータをまる写しにした朝日新聞の積算照射線量表では、手七郎41.62、長泥23.39mSvであった。これは3月23日からの集計値と断わってはあるが。ともかく新聞発表の値は、上の表の4列目6月16日までの積算値と比べると、原子力安全委員会の推定値を加えた文科省の推定値の60%、私の計算値の50%である。
3月12日より4月5日までの推定結果では私(市川)の方が10~20%ほど大きく、4月6日より6月16日までの積算値は何れも文部科学省のデータを用いているので同じになるはずだが私の積算値の方が大きい。私の場合同日に複数回の測定値があった場合最大値を用いているからであろうか。長泥の結果は、これでは説明できない差異であるが、詳細については検討してみるつもりである。
6月16日時点の積算放射線量も私の推定値の方が20~40%ほど大きいが、1年間の推定値では私の推定値の方が小さい。これは、原子力安全委員会の積算基準がまだ放射線量の減少中の4月6日の値を用いて以後の放射線量を算出しているからで、私の場合はほぼ一定になった6月16日の値を用いたからである。
福島県の高放射線域の半減期は2年か 過渡的な放射線量減衰期は終わり定常的な減衰期になったようだ «
いずれにしても、30km地点のこの放射線量の大きい地域の住民は、すでに政府が安全基準としている10mSvを、3倍以上6倍ほどの被曝を受けてしまっているが、政府は依然としてかたくなに避難準備区域として緊急性を認めていない。
マスメディアでは報道されていない高被曝量が観測されている地域あることの証拠として、このブログで参照した原子力安全委員会資料の一部のコピーを以下に表示します。
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