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世界にまれな日本の社会秩序

2011/06/12

これほどの災害に対し沈着に助け合う賞賛すべき善意の市民社会 世界にまれな日本の秩序 «

これは私が震災発生後3日目に書いたブログである。

それから3ヶ月、後被災地ではいまだに復興は遅々として進まず、被災者は困難な生活に耐えながらも、そのことが原因となって被災者が関与した犯罪のニュースは殆ど見ない。

これは世界にまれにみる日本の国民性の素晴らしさには変わりないと思う。ただ、それだけでは理解できないようにも思う様になった。

権力に強制されたり、武力で統制されたりしたわけでもなく、また、社会システムの形成の根底となる国民的な共通の教義を持つ強い宗教もない。このようにな社会環境で秩序が保たれる主要な条件は何だろう? 闘争を嫌う穏やかな合意形成型の日本人、個人の我慢強さに支えられたこの社会の秩序はどのように形成されたのだろうか、根拠に確信は無いが考えてみた。

日本の自然環境は、気候が穏やかで緑が多く水資源の豊富な生産性の高い地域である。これが人々の温厚な精神を形作っているのかも知れない。しかし、人々の一生のうちでは何度か、地震や台風、水害など自然の力による災害を経験し、これらの巨大な破壊力に遭遇し抵抗するすべもなく、それを受け入れ、幾度となく再建してきた歴史を持つ民族でもある。これが、強い力には、不毛な対抗をするのではなく、忍耐強い哲学(文化)を作り上げてきたのかもしれないと思うようになった。

一方、自然の災害に限らず、政治権力や官僚の行政、東京電力のような巨大な組織の横暴に対しても、不満はあっても力を行使しての抵抗はしない、従順に従い個人で出来る範囲の頑張りで努力する、このような習性になったのではないだろうか。

一例として、世界競争力ランキング2011(震災前の評価)で全59カ国中、日本政府の効率50位、ビジネスの効率27位、 IMD announces the 2011 World Competitiveness Rankings and the results of the Government Efficiency Gap

政府の機能を果たしていないとの最低評価でも、デモを掛けるわけでもなく、政治や官僚機構で費やされている税金は自然災害の損失と同列と見て、抵抗できないものとして諦めているのだとすれば理解できる。

こう見てくると、残念ながら日本の社会が巨大な災害時に見せた「世界の手本」と云う評価を手放しで喜べない不幸な歴史の重みを感じないわけにはいけなくなる。

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