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原子力災害危機対策 曖昧な言葉だけのやり取りで証拠を残さない命令系統

2011/05/29

本日の朝日新聞記事によると海水注入について、内閣府と東電、現場の吉田所長との間で「曖昧に合意」とある。

昨日書いた5月27日のウォール・ストリート・ジャーナルの記事と合わせてみると、物理的な事故対策は吉田所長に任せ、事故拡大防止策は二の次にして、政府・東電のどの最高指揮命令系統の面子も潰れないよう、また責任問題が起こらないように特化した対策であったようだ。

海水注水の中断が国会で問題にされ、政府・東電の責任問題が起こりそうになり、双方ともどんな命令も出した証拠は無いと主張、とは言っても、吉田所長の注水継続の処置を認めていたと云うわけにはいかない。つじつま合わせで、吉田所長がわざと報告をタイミングをずらせて監督当局に送ったので情報の混乱が起こったと云うことで解決しようとしたことだけはほぼ事実のようだ。

さらに、官邸の注水中断の動揺の元凶は、海水注入についてかえって臨界反応を助長するのではないかの疑問に対し、斑目春樹内閣府原子力安全委員長の曖昧な表現「可能性はゼロとは言えない」だったようだ。統計的数値ではなく「言葉じり」だけで判断する習性の官邸メンバーで困惑が起こったのであろうか?

斑目春樹氏はどんな専門性を持った人物か? ちなみに東京大学の教員紹介で見てみた。公表されているとは云え違う目的で転載するのははばかれるのでリンク情報だけにします。教員紹介

氏の著書・学術論文のリストを見ると、表題だけで判断するのは不当だと思いながらも、自然科学の研究業績が見えてこない。法律・マネージメント関係の文系感覚の学者と云うイメージとなる。天下の東大大学院教授を批判するのは身の程知らずと云われるかもしれないが、もしここに書かれている業績が代表業績とすれば、どうして教授で居られたのか理解できない。

現内閣府のシンク・タンクメンバーはどのような集団か知らないが、氏の原子力安全委員長としての専門性も疑われる。業績のはっきりしない権力迎合型の学者、どのようにも取れる発言、政府・官僚が組織する各種委員会委員の典型のように見える。

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