高齢者に対する社会保障費負担増Ⅱ 少子高齢化のせいにするのは間違いであろう
福祉元年と云われた1973年以前、高齢者は特別の事情がない限り、当時の家族制度では当然のごとく長男家族との同居により生活していた。言い換えれば、高齢両親と、その生活を支える労働世代の数は同数であった。決して労働世代全体で高齢者を支えてきたわけではなく、このような社会機構の違いを無視して労働人口と高齢人口との比率を問題にするのは無意味であろう。
現在と当時では定年後の高齢者の寿命が違うとの声が聞こえるようだが、これを余命表で見てみよう。(国立社会保障・人口問題研究所2010)
ここで、政府機関では、労働期間の上限を歴史を無視して、一律に64歳として発表している場合を見るがこれは間違いで、1960年代まではおそらく55歳前後であったろう。したがって上記の表から以下の定年時と平均余命(男性)の関係を見てみる。
定年年代: 余命、
1947年: 16年、 1970年: 20年 以上定年を55歳とした場合。
1980年: 18年、 2000年: 21年 定年 60歳。
2005年: 18年 定年 65歳。
このように、戦後の1947年以前を除外すると、実質定年年齢が延びていることを考慮すると、無収入になってからの高齢者の余命は延びているどころかむしろ短くなっているとも言えなくもない。ちなみに、1947年の65歳の平均余命は10年で、この数値を使えば高齢者の非労働余命は当時の2倍近くになることになり、あたかも社会の負担増になっているような錯覚をさせることができるがこれは事実ではない。
もちろん、現在の高齢者は、医療保護や、老後生活のケアー等社会的保護が進んできているので、高齢者一人当たりに換算すると労働社会の負担が大きくなってきているのは事実だが、制度の整備がなかった時代、高齢者を姨捨山に置いたのではなく、同居家族の負担で行われてきたことを理解したうえでの論争であってほしい。
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