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高齢者に対する社会保障費負担増 世代間の不公平と思い込むのは間違いであろう

2010/12/17

「日本の世代別生産年齢層のGDPと社会貢献度」は、私のブログでは他のタイトルに比べ今日までトップで検索されています。今回は高齢者問題の側面から考えてみました。

経済問題は非常に複雑な要素の絡み合いが結果として出てくる現象であり、交通問題のように発表された科学的証拠により分析出来るのとは違い、基礎となるデータを得るのも難しく感じています。この記事は、あまり触れられていない一つの着眼点に目を付け、一例として書いたものです。

高齢者に対する社会の経済的負担問題は、世界の最先端を走っている長寿国日本は、他の先進国からモデルケースとして見られ、合理的で節度ある社会政策を進めるのに注目していると思いたいところです。「英エコノミスト誌の日本分析」

第二次大戦の戦後、日本、ヨーロッパともに破壊の後に立ちあがった当時の勤労世代が、高齢化世代としてして社会の20%にもなろうとしている現在、それを社会の経済的負担のみと見るのは間違っていると思います。

高齢者に対する国民年金・医療補助など複雑に変化し、年次的に統一し標準化して見積もることは難しいので乱暴なようだが福祉元年と云われる1973年を基準とし、それ以前の高齢者には社会補償がなく、高齢者の扶養は長男家族が負担していたと仮定してみよう。

定年離職時60歳(当時は55歳?)、 定年後の平均余命を20年とし、 扶養を担った長男との年齢差30歳としてみてみる。

定年離職の年度     公的扶養補助    長男家族の負担   長男の現在の年齢

1973年以前      0%          100%         67歳以上

1983        50%           50%         57歳

1993以後     100%            0%         47歳以降

言い換えれば、現在67歳以上の高齢層は、両親(高齢者)の経済的面倒と生活を同居家族で負担してきた世代である。以後社会保障制度により徐々に経済的負担の割合が減り、現在47歳より若い世代では、おおざっぱに云えば、個人的負担を無くし生産年齢層全体(社会)が負担する社会変革になったと云える。

社会保険掛け金や、高齢者に係る税負担だけを見て、現75歳以上の世代が一方的に社会からの恩恵を受けるように見るとすればそれは錯覚で、上のように、現時点での高齢者は公的拠出金よりも重い負担を親の扶養のために家族で背負ってきた人たちであろう。

数値を挙げて説明する経済分析の力がないので、感覚的で偏った見方であるが、このような視点が政府系文書やマスメディアに抜けているように感じてい、やたらに若い世代の負担増を印象付けているように思います。

定量的な分析法や、可能なデータベースがあったらお教えください。

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