ノーベル化学賞 おめでとう
ノーベル賞受賞科学者の活動環境。日米の違い。
近年、日本の自然科学部門のノーベル賞受賞者が続くが、今年受賞された両博士の研究・教育環境の違いの略歴を見てみた。
鈴木 章 博士: 北海道大学名誉教授、その間1963~1965年アメリカの大学で研究、1994年退官、私立大学教授歴任、2002年国内の大学を退職、台湾大学の招聘教授。
根岸 栄一 博士 :フルブライト奨学生、ペンシルベニア大学 1963 Ph.D、アメリカの大学を歴任、パデュー大学教授、1999年同大学研究室特別教授。パデュー大学卒業生や在籍した研究者のノーベル賞受賞者数 5名 輩出。
以上 Wikipedia 調べ。
いずれも、1960年代アメリカで研究者としての職歴を持ち大学教授としての研究・教育歴が長いのが共通点であるが、通常の教授職を退いた後の研究者としての環境の違いが見られる。
一律ではないが、アメリカでは業績のあった教授は、付属研究所の研究室に所属し研究を大学院生、研究者の教育や養成をしながら、それらのチームでの研究活動が継続できる体制がある。
研究業績に関係なく、一定の年齢で研究者としての環境から追い出す日本の制度。定年後は、公益法人の研究所所長などの行政職か、私立大学の教授の道しかない。実質的な研究組織での研究継続は不可能である。国際的な賞の受賞者の場合でも、最高管理職に”偉い人”として置きたい公益法人があるが、迎えられても研究が継続できる環境は与えられない、組織の行政的な長としての看板である。ほかには、私立大学が教育者として迎えると云ったところであろう。これは、平均的な大学のレベルを上げるのに貢献していると言えなくもないが、研究者としての基礎レベルが、世界的に評価されている研究者のもとで仕事ができる学生でなければ、単に”偉い人に教わった”だけでは教育の効果は少なく、もったいない。
横並び公平の日本社会、年齢だけで一律に活動の場を追いだすシステムは大きな社会的損失であろう。知的に高度な社会では、高齢によって仕事から退職する時期は、”自分で決める”のが原則であろう。高齢と云うだけで現役社会から活動を差別され、行動の制約をしてよいという理由はない。ニューヨーク州立大学に私の友人で78歳で現職教授がいる。
アメリカの州立大学の場合、付属研究所の運営費では研究活動は出来ない、研究組織の代表者は、2~4年毎に成果が評価され、あらためて研究計画提案書を作成しなければならない。研究課題や目的、成果の予測だけでなく、自分の給料やチームの研究者の給料、設備、研究経費等の綿密な計画書を作成しなければならない。研究チームの評価は、主研究費提案者および共同研究者の以前の研究業績が重要で、論文リストを添えて検証可能な文書とし作成しなければならない。受理される条件は代表者の年齢ではなく研究提案者のチームの下で実現性があるかかどうかである。単なる過去の管理職歴だけで評価される「天下り」はない。
知人の研究室に案内され休日に訪問したとき、その研究所のボスに出会ったことがある。自分のもとで研究に従事している研究者の生活を維持するためにも次期の研究費を獲得できるよう学会などの研究者仲間でアピール出来る研究課題、研究者社会の動向の情報の収集など、具体性のあるプロポーサルを書くには多くの時間と努力が必要で、部下が休んでいるときに働かなければならないベンチャー企業の経営者のような一面も求められていることを知った。
さいごに、私の知人の州立大学教授がリタイアーされた時、「これで研究プロポーサル」に追われることがなくなったとの”実感のこもった”言葉を聞いたことがある。
とても魅力的な記事でした。
また遊びにきます。
ありがとうございます。
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