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国語審議会は必要か

2010/11/29

今日の朝日新聞声の欄を読んで。

81歳の 山田 昭広さんの記事で、2000年の国語審議会で日本人の名前表記を「姓ー名」の順表記が望ましいと勧告したことを知った。山田さんは「問題はそんな簡単な問題ではない、答申をお墨付きのように考えない方がよい」と書いておられた。

私もまったく同感である。山田さんの論旨にも同感であるが、それに加え、学術論文の場合、参考文献の索引に用いられる著者名は、通常の書式では私の場合ならば、”Toshiro Ichikawa ” と書けば、文献リストでは”Ichikawa, T”と処理される。検索名の書式は学者の生命であり業績の証でもある。また、これは世界に流通している共通のものでもある。一方、”Ichikawa, Toshiro”のように苗字と個人名の間にコンマ(,)を入れれば、現在の電子システムでは、コンマの前を苗字と認識する様だ。もし、欧米の入国審査や公文書に、”Ichikawa Toshiro” と表記すると、パスポートとは別人と判断されトラブルにもなりかねない。外国ではパスポート表記が本人を証明する唯一のものです。ただし、飛行機のチケットでは、”ICHIKAWA/T”のように姓/名の順序で表されていることに気付かれている方も多いと思います。要するに、名前の書き順が日本人のアイデンティティーと考えるのは自由だが、グローバルには理解されないので意味がありません。国の行政機関がすることではないし、答申はあまりにも現実の世界を知らない狭義の認識と思います。

インターネット時代、国語審議会のメンバーの名簿と、経歴を調べることは容易と思うがその根気は無いので暴言かも知れないが、もし、国語の専門家と云われる委員のみで、他の分野の学術・文化・ビジネス・政治等に無頓着な人選ならば、強制力の伴う言語行政としては問題があると思う。ついこの間発表になった常用漢字の変更も、テレビのクイズ番組の話題としては面白いが、国が定めることもないと思う。これからの世界で活躍してほしい子供達の教育にはもっと大切なことがたくさんあるはずです。

具体的には、国語審議会のメンバーには、日本語文化ばかりではなく、世界それぞれの国の文化に精通し、各分野で仕事をし、言語で議論のできる体験を積んだ人材で構成すべきと思います。

前にも何度か書いたように現在80歳代の世代は、日本の経済力や社会基盤を発展させたばかりではなく、学術・文化で世界に貢献した人材を多く輩出した世代であることを認識し、上記の山田さんのような方の提言には耳を傾けるべきであると思いました。

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